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#221
人は誰しも命は惜しいし、名誉も欲する。
それ故に勇者は死を免れようとして、
あたかも訴訟魔が己の財産を守り抜く為に
智恵と手腕を発揮する時以上に、
勇者は全身全霊を挙げて武勇と智恵を
揮うのである。
#222
そろそろ全盛期を終え掛けてる年齢に達していて、
その精神と肉体の衰えがどこから始まるのかを、
周囲に気付かせないでいられる人は
滅多にいるものではない。
#223
感謝の念というものは、どこか商売上の信用取引に
似ている所がある。それは交際を長続きさせるからだ。
そして我々が借りを相手にきちんと返すのは、
その行為自体が純粋に正しいと
思ってるからではない。
そうする事によって、自分に貸してくれる者が
次々と現れ易くなるからである。
#224
恩返しの義務を果たしている人ならば誰もが、
必ずしも自分は恩知らずではないと
断言出来るとは限らない。
#225
己が相手に与えた恩恵に対して、相手が感謝で
報いてくれる事を期待しても、往々にして
その期待が外れる。
何故ならそれは恩恵の与え手側の傲慢と、
受け手側の傲慢が折り合わず、恩恵の価格に関して、
両者間での取引の合意が得られていないからである。
#226
余りに性急に恩を返そうとするのも、また一種の
忘恩行為となる。
※ これをどう解釈すれば良いのか、今一解りかねる。
それでも自己流に推測すれば、「即座に返すと大して大きな利益を
与えられないから、長期的なスパンで測り知れない位に利益が
大きくなるのを待ってから返した方が良い。」という
意味なのであろうか?
#227
幸運の最中にある者たちは、己の非を反省する
事がない。
単に幸運によって悪行が守られているに過ぎない
時でも、彼等は己の正当性を決して疑わない。
#228
傲慢が他者から借りを作るのを拒否し、
アムール・プロプル(我欲)が金銭を支払うのを拒否する。
#229
誰かからたった一度でも恩や利益を受けたなら、
その後はその者から悪事を働かれても、
甘受しなければならなくなる。
※ 悪人やろくでなしから、恩や借りを作るべきではない、となろうか。
#230
手本ほど広く、強く伝染するものはない。
我々が大いなる善行や悪行を果たせば、それらは
必然的に世間から模倣されるのを止められない。
我々は善行を見ると、競ってその手本を
模倣しようとするし、悪行を見ると、羞恥心によって
自制して来た邪な心が手本によって解き放たれ、
同じく手本を模倣してしまう。
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#223についてはいかがなものかと思われます。偉人の中には無償の愛や恩恵を施す人もいましたし、私の身近にも見返りを望まずボランティアをつづけているひとがいくにんもおります。
2016/4/10(日) 午前 2:45 [ 彩帆好男 ]
作者のラ・ロシュフコーは圧倒的大多数の俗人・凡人を対象に捉えて考察しているので、そういったどちらかと言うと、少数派の例は除外したのでしょうね。
そういう多数派の口に出せない、隠された本音を抉り出したのです。
ラ・ロシュフコーは大多数の人間は程度の差こそあれ、純粋な良心だけでなく、そういった打算も含まれているという事を言いたかった訳です。
2016/4/10(日) 午後 7:43
>>221
舛添さん、今は自分の地位を守るためにマスゴミだけでなく都民とも勇敢に戦っています(笑)
しかし都知事が都民とたたかっていいものなのでしょうね。
やっぱり辞職まっしぐらでしょうか。
2016/5/29(日) 午後 5:22
ナイス☆ありがとうございました。
奴はお仲間の草加煎餅からも、犬HKや便通なんかのマス塵からも見捨てられたという情報が入ってますね。
つまり「失脚&逮捕フラグが立ったぞ!」とネット上でははしゃいでいますが、まだまだ油断はなりません。
何せ朝鮮人らしく、我々日本人の常識や感性ではとても考えられないような真似を、平気でやる男ですから。
それにしても歴代都知事の中で、ここまでロクでもない、銭ゲバの屑はいなかったのではないでしょうか。とても嘗ての美濃部亮吉なんかの比ではないでしょう。
2016/5/29(日) 午後 5:48