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#251
短所が却ってその人を、魅力的に見させている人も
いれば、逆に長所が却って鼻に付き、
疎ましく思わせている人もいる。
※ よく歴史上の人物なんかに多くいる。広い視野で見れば寧ろ
美点なのに、当人の印象が悪いせいで欠点だと思われていたりとか。
#252
人の趣味が変わるのを見るのは別段珍しくもない。
だが人の性分が変わるのを見るのは、ごく稀である。
#253
私利私欲はあらゆる種類の美徳と悪徳を総動員させ、
適材適所に配置して使いこなす。
#254
謙虚とは大抵は、他者を己に服従させる為に偽装した、
見せ掛けだけの服従に過ぎない。
それは傲慢の手法の一種であり、実は後で驕り高ぶる
為に一旦は遜るのである。
しかも傲慢とはそれこそ千通りにも姿を変えるが、
この謙虚という衣を纏った時ほど、巧妙に人を
騙し通せられるものはない。
※ 我が国の諺「実るほど頭を垂れる稲穂かな」に通じる言葉を、
ここまで露骨でえげつなく、実も蓋もなく、皮肉に言い表した言葉を
寡聞にして知らない。
#255
あらゆる感情には、それぞれ特有の声色と表情、
身振り等の動作がある。
それらの間に調和がよく取れているかどうか、
心地良さげかそうでないかで、その人物が
他者に好かれるか、嫌われるかの差を生んでしまう。
※ 例え悪意がないとしても、声のトーンや口調が激しかったり、
荒々しかったり、顔付きが険しかったら、確かにそれだけで好印象を
持たれなくなる。
#256
どんな立場や地位のどんな人間であれ、周囲からは
このように見られたいと望む通りに、己の外面を
取り繕っている。
だからこそ社会というのは所詮、上っ面だけで
成り立っているとも言える。
#257
重厚な態度とは、内面の欠点を隠す為に編み出された
身体の秘術である。
#258
良き趣味とは、エスプリ(知性)よりも
ジュジュマン(判断力)に由来する。
※ #97の箴言とは内容が矛盾している。
#259
愛する事の喜びとは、何よりも愛する事そのものにある。
そして人は相手から受ける情熱よりも、自身が抱く
情熱によって幸福になる。
※ 実に味わい深い箴言である。
#260
礼儀正しさとは己自身の願望の表れである。
自身も同様に他者から礼儀正しく振る舞われたく思い、
そして他者から礼儀を知る者だと思われたい
願望なのである。
※ 実も蓋もない言い方だが、例えそうだとしても構わないと思う。
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暫く記事更新が停滞気味なので、ここらで比較的アップし易い本シリーズの記事を上梓致しました。
2016/10/23(日) 午後 3:56
沢山の格言をありがとうございます!
#254
謙遜は自慢に通じる!ってことですね。
ナイス!
2016/11/6(日) 午後 8:46
ナイス★ありがとうございます。




まあ・・その・・ラ・ロシュフコーはヒネくれた皮相的な見方をするのが好きな人でして・・・
これは大多数の人が自覚なくやってる事でしょうし、別にあんまり気にしなくても良いんじゃないでしょうか。
ラ・ロシュフコーはどちらかと言うと、これらの箴言を無自覚な人間に対して発してると思います。
だからこういう理論を心の片隅に留めておけばいいかと。
傲慢と謙虚は紙一重、と言いますか、自分では謙虚なつもりでいても、それが行き過ぎると却ってイヤミになり、傲慢と化してしまうとも言えるでしょうね。
2016/11/6(日) 午後 9:14
>2016/11/19(土) 午後 8:52の内緒さん
#252
あの人は趣味も性分も変わってないように見えますけど・・(^^;)
#255
蓮舫は表情も口調も動作も、やたら居丈高で攻撃的だから、誰からも好かれんでしょうな。どことなく精神を病んでるっぽいですね。
2016/11/20(日) 午前 9:00