YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

『天皇論〜日本固有の道』

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 今回は天皇云々から離れた話題になります。「火」と「家」についての考察です。
 
 
<<<<<P.68より抜粋>>>>>
 火の発見と利用はやがて家を作る事になった。
 人類東遷の最先頭に立って無限の試練を克服し、冒険を重ねつつあらゆる難関を突破して東へ東へと進み、ついに東の果ての日の本に辿り着いたのが日本民族の祖である。
 日を仰ぎ、日を求めて移動していた人間が、火を利用し、火の効用を知って、再び日の神秘を探し求めて、日の霊力・神を知るのである。
 
 日(ひ)──火(ひ)──霊(ひ)──神。この関係を見逃して人類の進歩文化は語れない。
 人類は火と共に進歩してきた。火を如何に利用し、人間生活に役立ててきたかは、我々人間の住む建物を家と呼んでいる語によっても知る事ができる。
<<<<<抜粋終了>>>>>
 
 
 そしてここからは、その「家」の起源や語源についての考察です。
 
 
<<<<<P.68〜P.69より抜粋>>>>>
 家とは「いへ」と書く。
「いへ」の「い」は「生命(いのち)」のい、「寝ぬ(いぬ)」のい、生命と寝る事を表している。
「いへ」の「へ」は「へっつい」、竈(かまど)の事で、火の燃える特定の場所を表している。
 
 人間が火を燃やした当初は、火山の爆発や落雷などによって燃えている木を集めてきて燃やしていたに違いない。
 しかしその火は雨や暴風雨に消されてしまう事が縷々繰り返される事になる。
 そこで火を絶やさぬ為に竈を作り、竈を中心に柱を立て、屋根を上げ、側壁を張って、火を風雨から守ったのが家の起こりである。
 
 そして家の中に燃えている火を消さない為には、少量ずつ永続的に燃やし続けなければならない。
 もし誤って多量に焚いたり、不注意であったりすると、火事を起こして家を失ってしまうばかりでなく、幼児や家財道具などをも消し去る事になる。
 
 そこで人類は、男は狩りに出て獲物を探し、女は家にあって火を見守りつつ家事を掌る事にした。
 女たちは火を燃え易くする為に竈の真ん中をよく掻き分け、通風を良くすると共に、他所に燃え移らぬよう見張り注意した。
<<<<<抜粋終了>>>>>
 
 
 なるほど、「家」の由来、語源はこんなだったのですねえ。
 
 
<<<<<P.69より抜粋>>>>>
 古来竈の真ん中の事を「ホト」と言い、女の局所も「ホト」と言う所から、ホトの取り扱いを誤ると火事になり、火遊びとなって火傷する事になるという意味も加わって、家は家族の休息する所、慰安の場所、そして生活の基本根源でもあると同時に、人間生活における節操・貞操・貞節道徳的精神的練成場でもある。
 
 つまり家は「へ」を守り、「へ」を正しく取り扱う所であって、「へ」の取り扱いを誤ると、家は破産し身は破滅する事になる。
 そこで家に神、先祖を祀る神霊舎(みたまや)を作り、これを中心に道徳倫理の練磨訓練に励んで来たのが我が国日本の家である。
 
 日本人の道徳的高さは、「へ」の二面性の取り扱いにあったと言って良い。
 竈の「へ」は生活を表し、女の「へ」と「ホト」は倫理道徳を表している。
 性の乱れを火遊びと言って最も警戒して来たのである。
<<<<<抜粋終了>>>>>
 
 
 そうなんでしょうか?(笑)日本は古来より性に関して大らかだったと思うのですが?(笑)
 まあその疑問はともかく、これは初耳でしたので勉強になりました。それでは次は、本記事最後の抜粋です
 
 
<<<<<P.69〜P.70より抜粋開始>>>>>
 英語の「ホーム」「ハウス」は夫婦となった男女の生活する所、単なる住宅ないし夫婦、親子、家族の合宿所という意味である。
 それから発展した複合住宅を「アパート」と言い、立体拡大長屋を「マンション」と呼んで有難がっているが、外装の豪華さに比して内面は精神的閉塞家畜小屋に似て、我が国が生んだ自然発生的庭のある家、「いへ」とは全くその本質をを異にする。
 
 家の特質は自家用神社即ち神霊舎(神棚)を備え祀っている所にある。
 家の思想や家族主義は、農耕民である定住定着者たちが培ってきたものであり、住宅の原理や個人主義思想は、遊牧移動民の生活が作ったものである。
 
 日本を包む自然環境と伝統は、日本特有のものであるから、恐らく日本固有の神道、天皇、神社、家も特有のものであるに違いない。
 しかし日本も地球上の一存在であり、地球の一部であるが故に、地球の部分である事に間違いはない。然らば部分である以上、全体に通ずるものであり、普遍性共通性を内含するものである事実は何人(なんぴと)も無視する事は出来ない。
<<<<<抜粋終了>>>>>
 
 
 はい、以上にて本記事の抜粋は全て終了です。
 
 太古の「いへ(家)」の中核を成した竈が、時代が下って神棚(もしくは仏壇)に変わり、現在に至ります。
 つまりは家は単に機能的で快適ならそれだけで良いという訳ではなく、家にとって命とも言うべき祭祀と、祭祀を行う為の神棚が欠けていてはならない、となるでしょうか。
 そんな魂を欠いた家は最早「いへ」ではなく、単に血縁関係にある者たちが物理的に集まって過ごすだけのハコ、合宿所に過ぎないという事になりますか。
 
 よく大々的に宣伝をしている住宅建築の企業にとっては耳が痛い話かも知れませんね。
 現代の建築企業がそんな事まで意識しながら家を建ててるようには思えませんし。
 そんな事に元から関心がなさそうに見えますしねえ・・・・。
 
 
 
 
 
 それでは本記事#3はここまで。次回はまた別のテーマです。

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当書庫の記事は久々の更新!

何せ当書庫の前回記事の投稿日が2015年7月27日だから、実に1年7ヵ月ぶりの更新になる。

本当に相変わらず、記事更新のペースの遅いブログです・・・・

2017/3/22(水) 午後 11:43 ZODIAC12

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引用されている説は南出氏のものですか?

国学や民俗学の素養が必要で、説の当否は判断しかねますが、ユニークで面白い説ですね。

英語圏の場合、ユダヤ・キリスト教の聖書的規範が元になっているように思えますが、日本の場合は神道的世界観を土壌に様々な外来の文化(古くは仏教や儒教、新しくは西洋的なライフ・スタイル)の混交のような気がします。

2019/6/25(火) 午後 6:00 [ 稲垣秀哉 ]

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>>稲垣秀哉さん

御訪問ありがとうございます。

いえ、これは南出氏のではなく、先日も来て下さった、戸松慶議氏の論説です。
私も面白くユニークな論説だとは思いますが、同様に民俗学には疎いので、どこまでが妥当なのか、私にも分かりかねます。

だとしてもこれらの論は一考の価値があるんじゃないかと思えます。それなりに合理性がありますから。
南出氏とは少々タイプが違いますが、戸松氏もまた一廉の思想家だと思いますので。

確かに現代に至るまで我が国は、神道をベースに、仏教・儒教・欧米思想が加味された在り様ですが、記事で引用した話はそれらが渡来するずっと以前の、純粋に神道(惟神の道)だけしかなかった頃の話だと思います。

2019/6/26(水) 午前 1:13 ZODIAC12


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