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| 計略名の来歴は不詳だが、その寓意は字面を見れば凡その見当が付くであろう。 |
| 魚を効率良く獲ろうとする時に、まずは水を掻き混ぜて、魚の周囲の水全体を濁らせる。 |
| そうして魚の視界を遮って思考を混乱させ、動きが鈍ったり、動きの止まった魚を捕えるというのが寓意である。 |
| 他にはよくあるシンプルなイメージとしては、煙幕を張られて周囲が見えなくなったり、暗闇の中に迷い込んだりして、視界が利かなくなって動きの止まった相手を、よく見える位置から狙い打ちして、仕留めていくようなものである。 |
| すなわち攪乱工作を用いる、謀略性の強い計略である。 |
| 敵を混乱させて足並みを乱し、統制を失わせ、弱体化させたからトドメを刺す、目的を達成する、というのが基本的な事である。 |
| これは軍事面でも軍事面以外でも、どちらでも使える計略である。 |
| 軍事面では敵軍に巧妙な攪乱工作を仕掛けて、指揮系統を混乱・麻痺させる。 |
| そうする事で敵の戦力を分断・低下させたり、疑心暗鬼に陥らせたり、判断ミスを引き起こさせて作戦行動をミスリード(誤導)させたりと、こちらの思うままに動かして行き、目的を達成する。 |
| それに関しては兵法書『六韜(りくとう)』から、この計略に関連性のある記述を抜き出してみる。 |
| 全部で六巻に分かれる『六韜』の内の第三巻『竜韜(りゅうとう)』。 |
| その『竜韜』に収録されている【第二十九 兵徴篇(へいちょうへん)】には、次の一節がある。 |
| こういう敵情の時こそ正しく、この計略を仕掛ける好機である。 |
| >>>>>三軍(さんぐん)数(しばしば)驚き、士卒(しそつ)斉(ひと)しからず、相(あい)恐るるに敵の強きを以てし、相語るに不利を以てし、耳目(じもく)相属(つ)ぎ、妖言(ようげん)止まず、衆口(しゅうこう)相惑わし、法令を畏(おそ)れず、その将を重んぜざるは、これ弱(じゃく)の徴(ちょう)なり。<<<<< |
| >>>>>現代語訳:全軍がしばしば動揺し、将兵の足並みが揃わない。 |
| 御互いに敵は自軍よりも強いなどと恐れ合い、御互いに自軍が不利であると語り合っている。 |
| 確かな根拠もない流言蜚語が飛び交い、皆が疑心暗鬼に陥っている。 |
| 兵卒たちが法令を畏れず、指揮官や幹部たちを敬わずに、軽んじ侮っている。 |
| これらはその軍が弱い事を表している。<<<<< |
| いわゆる偽旗作戦などもこの計略の一種となろうか。 |
| 偽旗作戦とは、敵に成り済まして行動し、恰もその偽装した対象が行ったかのように見せ掛け、行動の責任をその対象に擦り付けて陥れる戦術である。 |
| あるいは自分でも敵でもない、第三者に成り済ます場合もある。 |
| 敵を攪乱し、判断を狂わすには有効な戦術である。 |
| 軍事面以外では(主に交渉事では)、やはり同じく様々な攪乱工作を施して、相手の冷静な判断力を奪い、正常な思考を麻痺させる。 |
| そうしてから相手を自分の思うがままに動く操り人形と化させ、その事に一切気付かせぬように留意しながら、自分の狙う方向へと誘導する。 |
| 【第二五計 偸梁換柱】とも運用法が被るが、組織や集団が対象の場合だと、次のような運用法もある。 |
| ◎内部には色々な党派・派閥に分かれていたりするので、それらの中で最も混乱し、足並みが乱れている者たちを狙い打ちして攻撃したり、買収したりする。 |
| ◎敵陣営の有能な者Aを追い落とし、こちらにとって都合の良い、無能な者Bと入れ替わらせる。 |
| その為にわざとAを冷遇したり、故意に失敗させたり、悪い噂をばら撒いたりする事で、Aの評価を落とさせる。 |
| 反対にBを丁重に厚遇したり、次々功績を立てさせる事で、BがAよりも優れた人材だと思わせる。 |
| そうする事でAは失脚・更迭に追い込まれ、替わってBが要職に就く。 |
| 兵法書『孫子(そんし)』の【第九 行軍篇(こうぐんへん)】では、様々な敵情探知の具体的なノウハウが論じられている。 |
| 混水摸魚策を仕掛けられそうな敵情の内患の記述は以下の通りで(原文は割愛し、現代語訳のみ)、前出の『竜韜』の一節よりも、より具体的で詳細に述べられている。 |
| 敵軍がこれらの内患や弱点を抱え込んでいるのなら、こちらが付け込めて、思い通りに動かせる格好の材料となり得る。 |
| ◎敵軍兵士が杖を突きながら立ったり歩いたりしているのは、食糧不足に陥り飢えている。 |
| ◎敵軍兵士が水汲みに出て来て、汲んだ本人が真っ先に水を飲んでいるのは、水不足に陥り渇いている。 |
| ◎敵軍にとって有利な状況が明らかなのにも関わらず、敵軍がこちらへ進撃して来ないのは、疲労困憊している。 |
| ◎敵軍の兵士同士が、夜中に大声で呼び交わすのは、恐怖心に駆られている。 |
| ◎敵軍が統制を欠いているのは、将が無能で威令が行き届いていない。 |
| ◎敵軍の旗幟(きし)が揺れ動いている時は、敵軍内に上下問わず動揺が起こっている。 |
| ◎敵軍の幹部・指揮官が、徒(いたずら)に部下の兵士を怒鳴り付け、当り散らしたりしているのは、戦いに疲れている。 |
| ◎敵軍兵士が軍馬を殺して食してるのは、兵糧が底を尽き、飢えに苦しんでいる。 |
| ◎敵軍兵士が炊事用具を片付けて、軍営の外に群がっているのは、追い詰められて最後の決戦を挑もうとしている。 |
| ◎敵軍の将が小さな声で、自信なさ気にぼそぼそと部下たちに語り掛けているのは、その将が部下たちからの信頼を失っている。 |
| ◎敵軍の将が無闇矢鱈と褒賞を濫発するのは、行き詰っている。 |
| ◎反対に敵軍の将が、徒に兵士に刑罰を科すのも、同様に行き詰っている。 |
| ◎敵軍の将が先に配下を怒鳴り散らしておきながら、後になってから離反を心配するようでは、将自身の不明ぶりを露見させてしまっている。 |
| ◎敵軍がこちらへ軍使を送って挨拶するのは、休養を取りたいが為の時間稼ぎをしようとしている。 |
| 同じく『孫子』の【第十 地形篇(ちけいへん)】では、将の過失によって生じ、敗戦を招く六種類の危機的な状態があると説く。 |
| 敵軍がこれらの状態に陥っている時も、この計略を仕掛け易くなる。 |
| それらは「走(そう)」「弛(し)」「陥(かん)」「崩(ほう)」「乱(らん)」「北(ほく)」の六種である。 |
| それぞれの意味は以下の通り(原文は割愛し、現代語訳のみ)。 |
| ★走・・・・・両軍の勢力が拮抗している時に、一の力で十の力の敵と戦う事となった状態。 |
| ★崩・・・・・将帥(全軍の総司令官)と最高幹部たちとの間柄が険悪で、最高幹部たちが不平不満や私怨を抱いて、将帥の命令に従わない。 |
| 敵兵と出逢えば将帥の許可もなく、最高幹部たちが己の判断のみで勝手に戦い始める。 |
| 将帥も最高幹部たちの能力をろくに把握していない、と言った状態。 |
| ★乱・・・・・将帥が惰弱で厳格さに欠け、軍令も徹底していない。 |
| その為に将兵の統制が取れておらず、戦闘配置も出鱈目で乱れている、と言った状態。 |
| ★北・・・・・将帥が敵情を把握する事が出来ず、自軍の兵力が劣勢なのに優勢な敵と戦ったり、自軍が弱兵なのに強兵と戦ったりして、更には自軍の要となるべき精鋭部隊がない状態。 |
| この混水摸魚策は基本的な運用法が【第五計 趁火打劫】と似ている。 |
| 違いと言えば、趁火打劫策がどちらかと言うと、意図せずして偶発的に起きた、敵側の外患に乗じて叩くのに比し、この混水摸魚策は敵内部に紛争や対立、混乱や無秩序等の内患を意図的に作り出し、敵内部の団結・協調を阻止し、弱体化させてから叩くのが趣旨である。 |
| よってこの混水摸魚策の方が趁火打劫策よりもずっと謀略性が強い。 |
| 以上がこの計略の趣旨である。 |
| この計略で重要なのは、「混水摸魚」の「摸魚(目的達成の瞬間)」よりも、「混水(攪乱工作)」の方が重要である。 |
| 「混水」が稚拙だと、計略を見抜かれる危険性が高まり、成功が覚束なくなる。 |
| 故にどれ程巧妙で周到に「混水」が出来るかが成功の鍵となる。 |
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