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| 字面にある「梁」も「柱」も、家屋の屋台骨を支える主要な構成要素である。 |
| 柱が垂直(縦)に据え付けられているのに対し、梁は柱の上で水平(横)に据え付けられて、屋根を支えている。 |
| 両者は太さが異なるので、当然強度も異なる。 |
| 柱は太くて頑丈だが、梁は柱よりも細く、強度も柱よりは劣る。 |
| そんな梁に使うような太さと強度の木材を、縦に支える柱として使用すればどうなるか? |
| いつまでも支え切れる筈がないので、早かれ遅かれ家屋は倒壊するに至る。 |
| 故に梁として使うべき木材を柱として用いてはならない。 |
| だがそうは言っても、家屋の外側からではそういう実態は見えない。 |
| 家屋の外見は今までと何ら変わっていないから、そんないつ倒壊するかも分からない、危険な状態にある事など知り得ようがない。 |
| こういう理屈を軍事や政略に応用したのが本計略である。 |
| この偸梁換柱策の軍事的な運用としては、一応次のような三点の意味の解釈がある。 |
| ◎陽動作戦を次々仕掛けて敵軍を奔走させ、敵軍の布陣を崩させる。 |
| そうして崩した敵の陣形から、露わになった「梁」を見付けだす。 |
| ここで言う「梁」とはすなわち、脆弱な箇所、自軍が攻撃し易い部分の事である。 |
| ◎敵軍の「柱」、すなわち手強く厄介な部分を、同盟を組んでいる友軍や第三者の軍に押し付けて、自軍を相対的に優位に立たせる。 |
| そして自軍は比較的楽な、敵軍の「梁」を攻める。 |
| ◎戦闘中のどさくさに紛れて、友軍の精強な部隊や兵士たちを自軍に引き抜く。 |
| それによって自軍を強化させたり(同時に友軍を弱体化させる事となる)、友軍が失敗するように仕向ける。 |
| このように軍事的な運用においては、史実上ではこれらの通りに運用された故事が見当たらないし、あまり現実的な話にも思えない。 |
| そこで本稿では専ら、政略的な運用としてのみ語る。 |
| この計略は敵味方どちらに対しても使えるものである。 |
| どちらの陣営であれ、先ずは君主や重臣高官等の支配層を、有能・優秀な人材は失脚・抹殺に追いやる。 |
| その後は自分たちの息の掛かった内通者や、棒にも箸にも掛らないような無能・劣悪な人材へと挿げ替える。 |
| このように「柱(有能・優秀な人材)」を抜き取って、「梁(内通者、無能・劣悪な人材)」へと交替させる事で、次に挙げる二種類の路線を狙う。 |
| ★国や組織を「家屋」に見立てれば、「梁」を「柱」に据えた事で、「家屋」の堅固さを低下させる。 |
| 脆くなった「家屋」を自壊へと導く。 |
| ★国や組織のトップや要職を、こちらの息の掛かった者ばかりで占めさせる。 |
| そうして意のままに操れる傀儡と化させ、その状態をずっと継続させる。 |
| すなわち表向きは自立してるように見せ掛けて、裏側から間接的に乗っ取る。 |
| 国家や組織がこのようになれば、例え表面的にはどれ程堅固そうに見えても、内実的にはすっかり骨抜きとなっており、いつ崩壊するか判らなくなる。 |
| 兵法書『六韜(りくとう)』の中の一編である『武韜(ぶとう)』。その『武韜』の中の【第十五 文伐篇(ぶんばつへん)】。 |
| 「文伐」とは「武力を行使する事なく敵に勝つ事」を意味し、この【文伐篇】では、このような状態を実現させる為の、具体的な十二種類のノウハウが述べられている。 |
| これら十二種類の策は、どれもこれも敵国の君主を驕らせ、堕落させたり、臣下を利益で誘い、買収して手懐けたりと、敵の君臣間に楔を打ち込んで離間を謀り、知らず知らずの内に内部崩壊へと導く、といった趣旨のものである。 |
| すなわち十二種類全ての策略が、この計略の趣旨に通じるものであるが、それらの内でも特に、第五番目の策略は以下に引用する通り、悪どくてえげつない。 |
| これは特定の相手、すなわち優秀な為にこちら側にとっては厄介で都合の悪い相手を狙い打ちし、追い落とす。 |
| その後は無能で愚か故に、こちら側にとって御し易く、都合の良い相手へと替わらせる為の、具体的で生々しい策略である。 |
| 五に曰(いわ)く、その忠臣を厳にして、その賂(まいない)を薄くし、その使いを稽留(けいりゅう)して、その事を聴く勿(なか)れ。 |
| 亟(すみや)かに代わりを置く事を為さしめ、遺(おく)るに誠事(せいじ)を以てし、親しみて之(これ)を信ぜば、その君(きみ)将(まさ)に復(ま)た之に合わんとす。 |
| 苟(いやしく)も能(よ)く之を厳にせば、国乃(すなわ)ち謀る可(べ)し。 |
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| 第五は、相手国の忠臣を手厚く遇して、その君主への贈り物は逆に薄くする事である。 |
| 忠臣が使者として訪れたのなら、宿舎へ留め置いたままにしておき、決して会見をさせないでおく。 |
| そこで相手が「これでは一向に埒が開かない」とばかりに痺れを切らして、新しく別の使者を派遣して来たら、今度はその新しい使者を丁重に遇し、誠意を持ち、親愛の情を見せる。 |
| そうすれば相手国の君主は、先に派遣した使者に疑念を抱き、後から派遣した使者の方を信頼するようになるので、相手国に楔を打ち込める。 |
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| こうする事で、相手国の忠臣(自国にとっては好ましくない人物)は信用を失って重用されなくなり、場合によっては失脚に持ち込める。 |
| 代わって自国にとって都合の良い人物が重用される。 |
| 尚、この計略を用いるに当たって、特に注意せねばならない事柄がある。 |
| それは同じ乗っ取りの計略でも、【第三〇計 反客為主】とは運用法が逆であるという事である。 |
| 完全に乗っ取り、内面だけでなく、外面までもすっかり変えてしまう反客為主策を「陽」とするなら、この偸梁換柱策は「陰」である。 |
| すなわち内面はすっかり変えてしまっても、少なくとも外面だけはそれまでと全く変化がないように見せ掛けなければならない。 |
| ルネッサンス期イタリアはフィレンツェ共和国の外交官を務めた政治思想家ニコロ・マキアヴェリは、自著『君主論』の第18章及び『政略論』第1巻の第25章の中で、この外見は変えずに、内部だけをこっそりと巧みにすり替える趣旨の事を論じている。 |
| 『君主論』の第18章【君主はどのようにして信義を守らねばならないのか?】より。 |
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| こういう気質は上手く粉飾する事が必要であり、見事に猫を被り、厚かましくなるべきである。 |
| ましてや人間などというのは、極めて単純であり、目先の利益や必要に容易に動かされ易いので、騙そうと思ってる者にとって、騙せる者は容易く見付けられるものである。 |
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| 所で人間というものは総じて、実際に手に取って触れるよりも、目で見た事だけで判断してしまうものである。 |
| それは目で見る事ならば誰にでも出来るが、実際に触れるとなると、ごく少数の者にしか許されないからである。 |
| 全ての者が外見だけで君主を見てしまうが、実際に君主に触れているのは、ごく僅かな者のみである。 |
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| 大衆というものは常に、外見だけで、又は物事の結果のみで評価を下してしまうものである。 |
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| 『政略論』第1巻の第25章【自由な国家において現今の制度を変えようとする者は、少なくとも旧来の制度の外面だけは保持するべきである】より。 |
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| 一国の政体を改革しようとして、それを皆に納得させ、同意を取り付けようとするのなら、せめて従来の制度の外面だけでも残しておくべきである。 |
| すなわち新制度の実体が、従来のものとは全く別物に変わってしまったとしても、民衆にはこれまでと何の変更もないと思い込ませておかねばならない。 |
| それと言うのも大多数の人間は、実体と同等に外面にも心を奪われるものであるから。 |
| いや、寧ろ実体などどうでも良く、外面だけで物事を判断する事の方が多いからである。 |
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| ローマ(古代ローマ)は王政から共和政へと移行した際に、一人しかいなかった「レクス(rex:王)」を、二人の「コンスル(consul:執政官)」に替えた。 |
| また王に随行していた従者の人数を超えないよう配慮し、執政官の護衛を務める「リクトル(Lictor:警士)」の人数も、十二人以下に制限した。 |
| 更にローマで毎年催されていた犠牲の例祭は、嘗ては王自らが儀式を執り行うものであった。 |
| だが王がいなくなった後は、民衆が古い慣習を懐かしく思わないように、この祭典の主宰する官職を創設した。 |
| この官職を「レクス・サクロルム(rex sacrorum:供犠王)」と呼び、最高の聖職者を就任させた。 |
| ローマ市民は犠牲祭がこのように運営されている事に満足した。 |
| 祭典の場に王の姿が見られない事で、市民が物足りなさを感じ、元の王政を復活させたいなどと望む事のないよう、予めその芽を摘み取る事が出来た。 |
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| すなわち新しい路線で人々の頭を新しく切り替えさせる時でも、その変化を目立たせないようにする為に最大限、旧来の路線の衣や化粧を施しておくよう、留意しなければならない。 |
| また行政官の人員や権限、そして任期等をすっかり変更するような事があったとしても、少なくとも従来の呼称(官職名)だけは手を付けず、そのまま保っておかねばならない。 |
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| 以上論じられた事から、手を付けるのは内面だけに止め、外面には一切手を付けないでおく事が肝要である。 |
| 例えば商品を製造して販売する場合、いくら改良して前の物より品質や性能が上がってるとしても、外見のデザインが前と同じだったら、改良されて性能がより優れた物となった実感も湧き難い。 |
| 内部だけでなく外貌も一緒に変える事で、前よりも良くなった事を強く印象付けられる。 |
| このように人というのは、中身が以前とはすっかり変質し、実態はまるで別物と化してしまっても、外見が元のまま保たれていれば、その変化に気付くのはなかなかに困難である。 |
| つまり内実は全くの別物へと入れ替わっていても、それまでと変化がないのだと容易に錯覚させる事が出来る。 |
| 仮に中身がすっかり変わってしまっていている事に気付かれても、外観に従来との変化が見られなければ、全部否定・破壊したいと思うまでの激しい反発も、なかなか生じ難い。 |
| そんな人間の心理を応用したのがこの計略である。 |
| 故にどうしても外面的な箇所に手を付けねばならぬ必要がある場合でも、最小限に止めるよう留意すべきである。 |
| 以上の事から、この偸梁換柱策をイメージする比喩としては、 |
| ★建物が白蟻に侵入され、外側は何ともないように見えても、内側はあちこちを食い荒らされた状態。 |
| ★外見は筋骨隆々とした頑丈そうな体格をしているが、臓器や骨がボロボロになって病んでいる状態。 |
| なんかを思い浮かべれば良いだろうか。 |
| 見掛けばかり立派でも、実際は今日明日にでも倒れてしまいそうな危険な状況にあるのに、見掛けだけに目を奪われてその危険が認識出来ないでいる。 |
| 故にこの計略を仕掛けられている事に気付いたならば、手遅れになる前に、屋台骨を支える「柱」として不適格な、本来ならば「梁」として扱われるべき建材を抜いて、本来の「柱」を復元させる事である。 |
| 最後にこの偸梁換柱策の具体的な運用法を、何点か挙げてみる。 |
| ◆ある国の君主A(柱)を暗殺・廃位等に追い込み、代わってAと同じ一族であり、自分の息の掛かったB(梁)を擁立し、新君主として即位させる。 |
| その後はBを傀儡として実権を握る。 |
| ◆国や組織の要職から有能で、気骨や忠誠心のある人材(柱)を排除し、こちらにとって与し易い、都合の良い人材(梁)と入れ替わらせる。 |
| これによって国や組織を骨抜きにし、弱体化させる。 |
| それを実現する為の手段として、前述の『六韜』の【文伐篇】の手法を始め、買収工作等で内通者を作り、内通者と協同して罪や醜聞を捏造したり、評判や名誉を貶めたりして、有為な人材を次々抹殺して行く。 |
| ◆上記の事柄は軍事面でも応用可能である。 |
| 交戦中の敵軍が手強い司令官A(柱)に率いられている為に、自軍が手古摺っている場合、Aの悪評をでっち上げて、敵本国まで風評を流布させる。 |
| それと同時に無能なB(梁)が軍を率いれば、敵国にとって有益であるかのような風評も流布させる。 |
| そのように情報工作を駆使して、厄介なAを更迭に追いやり、無能なBと交替させて敵軍を弱体化させる。 |
| ◆改革における諸制度の運用や、諸機構等の人員数・権限・職務内容・任期・就任資格等を色々と変革させても、役職や組織の名称だけは変更せずに存続させる。 |
| そうする事で以前と外見に大した違いを感じさせなくし、改革によって発生する、反感や不安等の心理的抵抗感をなるたけ抑える。 |
| 考えられるのは以上の所である。 |
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