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前編からの続き
6.活躍してスポットが当たるのはいつも主人公一人だけ。他は見せ場や活躍なし。 アメコミは基本、一作品ごとに付きヒーローは主人公一人だけで、日本のスーパー戦隊みたいにチームを組んでるとかない。『X−MEN(エックスメン)』みたいなのは例外なんじゃないかな?
そして主人公に匹敵する強さを持った相棒とか、切磋琢磨する間柄な好敵手がいない。
そして戦闘要員のヒーローでも、主人公以外のキャラは活躍しない、戦っても敵に歯が立たず、カマセになるのが相場。
特撮だけど『ウルトラ』シリーズだと、怪獣を倒せるのは結局、ヒーローたるウルトラマンだけ。
科特隊(科学特捜隊)に代表されるような「地球防衛隊」とでも呼べそうな組織は、いつも独力では怪獣に勝てずカマセにされるだけ。
けれど漫画だと、主人公以外にもスポット当てて結構活躍させるからねえ。
主人公とその仲間たちに少しばかり活躍させても、そのエピソードシリーズのラスボスを倒すのは主人公なのは、まあ許せるとしても(本当は主人公以外が倒しても構わないと、個人的には思うが)、それ以外の敵キャラまで主人公じゃなきゃ勝てないってのは、何だか好きじゃないな。
だから『リングにかけろ』『聖闘士星矢』『キン肉マン』『北斗の拳』『ジョジョの奇妙な冒険』『ブラックエンジェルズ』『魁!男塾』のように、主人公以外の仲間が活躍して、強敵たちに勝利するのがいいな(引き合いに出すのが古い少年ジャンプ漫画ばっかりで何だが、他に思い浮かばないんで・・・)。
アメコミだと『X−MEN』はどうだか知らんけど、他は敵に勝てるのって、きっと主人公だけなんじゃないのか?
主人公だけじゃなく、仲間たちも共に戦い、苦しみ、傷付き、悲しみ、悩み、笑い、喜び、楽しむ事を共有する事で、主人公と一緒に仲間たちも心身共に成長して行く。
そんな過程に共感、感情移入するのも醍醐味の一つなんだけど、主人公一人だけが目立ってるだけじゃ、そういう楽しみもないなあ・・・・。
漫画だと『ドラゴンボール』なんかもそうで、結局シリーズごとのラスボスは、最後に主人公の孫悟空がタイマンで倒すんだけど。
けどその間にはまあ、ベジータやピッコロといった仲間たちもそれなりには活躍させてるから、その分はマシか。
ただクリリン、ヤムチャ、天津飯といった、一度カマセ役が固定化されたキャラの扱いは、毎度完全に戦力外扱いで、華々しい見せ場も活躍もなく、何とも残酷だけど・・・・。
後、『リングにかけろ2』や、『キン肉マンⅡ世』や、『ジョジョの奇妙な冒険』第3部以降みたいに、旧世代のキャラたちでも、多少なりとも見せ場や活躍を与えられてるのも漫画のいい所かな。
もしアメコミにも旧世代キャラを登場させるとしたら、どんなふうに扱われる事になるんだろ?
7.頭脳戦・知恵比べの要素がない。
これは漫画でもそういうの多いんだけどね。『ドラゴンボール』はそれが極端過ぎる。
だからバトル漫画でよく起こりがちな、強さのハイパーインフレ現象を別名「ドラゴンボール現象」とも呼ばれる位でさ。
そういったパターンの走りになったモンだから、そう呼ばれるようになったんだろうけどさ。
こういうのって何度もやられると白けるよ。これの原因も強さの基準が一本しかないからだよな。
つまり作中世界での原理が、単純なパワーだけだから、パワーで劣るとカマセにしかならなくなるんだよな。
だからこそ強さが雪ダルマ式に上がって行くだけのバトル漫画は、読んでる内に「またかよ・・・」と思えるようになるんだよ。
つまりバトルに作中世界独自の原理とか、明確なルールがないから、ただシンプルに肉弾戦を重ねるだけのワンパターンな展開になるんだよ。
そういう意味で、『ジョジョの奇妙な冒険』の第3部以降(要するに戦闘スタイルが波紋法からスタンドへと移行して以降の部)や、『デスノート』とかは異色だと思う。
前者は「スタンド」と呼ばれる一種の超能力を使ってバトルをやらかす訳だけど、スタンドにもルールとか法則があって、主人公やラスボスと雖もその埒外にいる事は許されない。
後者はバトル漫画ではないんだけど。主人公が悪人であるピカレスクの一種で、デスノートを使うに当たって、複雑で数多くあるルールの制約の下で、目的を達成しようと智恵を絞っているスリリングな展開は、下手なバトル漫画よりずっと面白い。
つまりこれら制約の掛かった漫画は、主人公もラスボスもその他も、平等に弱点を持ち、公平に一定の原理原則の下で活動する。
全員が完全無欠の圧倒的なオールマイティではないので、絶対的に動かせない制約の範囲内で、智恵を絞ったり、機転を利かせたりする。
時には制約を逆手に取って、上手く利用したりする事もある。
そうこうして素の実力の不足分や短所を補い、格上相手にも逆転勝利する事が可能な世界観な訳だ。
そして一歩対応を誤れば、主人公だって負ける事もある。
そういう頭脳を駆使した意外な手段で、勝てそうになかった強敵を降す事で、読者はカタルシスを得られる訳だけど。
それが『ドラゴンボール』みたいな、頭脳戦や知恵比べの要素が皆無のインフレバトル漫画や、強さの基準や原理・法則が不明確なアメコミじゃあ、そういうカタルシスは味わえないなあ・・・・。
『キン肉マン』の場合は一応頭脳戦の要素もなくはないんだけど、もうムチャクチャな屁理屈のオンパレードで御都合主義の塊みたいな漫画だよ。
けどそれでも何故か不思議に熱くなってしまうのは作者の才能の為せる業か。
インフレバトル漫画の悪い側面である、ただ根性や気合いだけで勝つだの、限界ギリギリまで追い込まれて、急激に覚醒パワーアップした途端、圧倒的な力を引き出して逆転勝利だの、読んでて萎えるわ。
子供の頃は興奮出来たが、すっかり大人になった今となっては、「ま〜〜たこのパターンかよ・・・」と白けるだけだっての。
8.どちらの陣営にも深い哲学や思想がない。ただ戦ってるだけ。
漫画で言や、『ドラゴンボール』がそのいい例。ただ単に戦う事が快感なだけの、バトルジャンキーばっかり登場する作品。
まあアメコミには『ドラゴンボール』みたいな、主人公たちが戦闘自体を脳天気に心底楽しんでる作品はないかとは思うけど。
アメコミは戦いに関して、深い目的とか、深淵な哲学や思想とかないな。それは主人公陣営、敵陣営どっちもだけど。
主人公たちには主人公たちの、敵には敵の、それぞれ掲げた理念とか目的があればいいけど、インフレバトル漫画やアメコミは、そういったのがおざなりになってるように思う。あっても無理矢理な後付けばっか。
特にアメコミだと、ヒーローはただひたすら陽気(脳天気)で爽やか、欠点や悩みが全くない、誰からも好かれてて、嫌う奴が誰もいないという、完全無欠の優等生。
中には普段はオタクっぽい冴えなそうな奴もいるみたいだけど。
そんで悪役は明確な理念も何もなく、純粋さもなく、一本通った筋もなく、本当にただ破壊行為を繰り返すだけの奴ばっかり。単純過ぎてどっちにも魅力を感じられんわ。
雪ダルマ式に膨れ上がって行くばかりの強さのインフレを抑える為にも、それぞれの勢力ごとの思想や哲学、イデオロギーとを明確に持たせた方がいいと思うんだがねえ。
大義とかは主人公たちばかりじゃない、敵にだって敵なりの、(読者が共感出来る)大義とかがあるんだとなる。
確か『ガンダム』シリーズなんかがそうじゃなかったっけ?『ガンダム』はきちんと観てないモンだから、よう知らんのよ。
9.両陣営とも役割が固定化されてて、流動性や意外性全くなし。
よく言われる「闇堕ち」あるいは「悪堕ち」。
つまり元は正義の陣営に属していたり、元々悪人だった訳じゃない奴が、心が歪んだり、道を踏み外してダークサイドに堕ちる展開の事。そして主人公の敵となる。
ハリウッド映画だと、『スターウォーズ』シリーズにおけるアナキン・スカイウォーカーが、ダース・ベイダーになったのがそのいい例か。
それとは反対に、悪党の改心もよくある。
当初は敵組織の一員として、主人公たちとは敵対してたけど、主人公との戦いに敗れた後、改心して敵組織を抜けて、主人公サイドに仲間入りする。
また最初は主人公たちとじゃ敵同士の関係だったとしても、元々悪党ってワケじゃない相手の場合は、主人公たちとの戦いに敗れた事で、縛っていた柵(しがらみ)から解放されて、主人公たちの仲間入りをしたりとか。
少年ジャンプ漫画はこれら両方の要素を揃えてるのが結構多い。けどこれらの要素はアメコミでは見られないな。
アメコミだと闇堕ち(悪堕ち)もない代わりに、悪党の改心・敵だった奴の仲間入りもない。
キャラの役割や立ち位置がずーーーっと固定されたままで、意外性が全くないからちっとも面白くない。
漫画みたいな両極を行ったり来たりする流動性がないんだよなあ・・・・・。
だからって蝙蝠みたいに両陣営を何度も行ったり来たりしてると、さすがに「お前、いい加減にしろよな・・・」と言いたくなるが。
何でアメコミではそういった流動性が全く見られないんだ?やっちゃいけない決まりでもあるのか?
10.永久に物語が完結しない。
バトル漫画は大抵がストーリー形式で進行する。
そして大抵は作中最大の目的がある(悪の組織の壊滅とか、作中最大最強の宿敵を倒す事)。
作中で色んなシナリオやイヴェントが発生して、主人公たちが色々寄り道しても、基本は中心軸となる最大の目的に沿って、ストーリーが進行する。
そしてどれだけ長期連載になろうとも、早かれ遅かれいつかは最大の目的を果たし、物語は完結、すなわち最終回を迎える。
インフレバトル漫画だと、『ドラゴンボール』みたいに後付けで、前回の敵をも上回る強敵を次々登場させて、ワンパターンなバトルを繰り返させるだけ、という悪循環に陥りがちだけど。
それでも読者からの人気が低迷すれば、早かれ遅かれいつかは連載打ち切られるけど、アメコミは同じ作品を何十年も変わらず、ずーーーーっと使い回しだよな。
敵キャラも固定されてて一向に倒されない、決着が着かないし。
いい加減終わらせて、新しいの作ったらどうなんだって思うけど。
11.結局誰も死なない。
アメコミじゃ主人公及びその仲間たちが死ぬなんて事あるのか?聞いた事ないけど。
バトル漫画だとそんなのは別段珍しくもない。
バトル漫画じゃ主人公の仲間の誰かが、最終回までに何人も死ぬのがほとんどだし。いや、主人公だって最後死ぬのも結構あるしな。
古いけど嘗て一世を風靡した、故・梶原一騎(かじわらいっき)原作のスポ根漫画なんてそんなのばっかりだし。
最終回で主人公が燃え尽きて死ぬ終わり方がほとんど。
漫画じゃ人気もあって重要なポジションのキャラでも、死なす時は大胆に、惜し気もなく、劇的に死なせるけど、アメコミにはそういった展開もないだろうから緊迫感がまるでないよな。
尤も昨今の漫画だとどうなんだろうね?
人気作品は連載終了させないようにと、出版社が無駄な引き伸ばしを作者に強要してると聞くから、なかなか死なせられなくなってるのかも?
そして漫画だと、死んだキャラは生きてる主人公たちがピンチに陥ったり、何か悩んだり苦しんでたりすると、霊となって現れて、助言したり力を貸してくれたりする事がよくある。
誰も死なないアメコミじゃ、そんな展開も見られんわな。
以上、思い付く限り、ダラダラと取り留めもなく語ってみたわ。予め言った通り、俺の独断と偏見に塗れた見解ばかりだけど(笑)。
皆はどう思うだろうか?良かったら忌憚のない意見を聞いてみたいな。
この記事内容に対する批判・異論・反論でも歓迎だわ。
「お前の言ってる事のここが間違ってる!気に入らん!」といったのでも結構。
完
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雑記・徒然
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アメコミのZODIACさんの分析、的を得ています!ってか、私は読んだことがないですが、絵に柔らかみがないので見る気になれないのです。
なんか退屈しませんか?
引き込まれる要素が皆無で、おっしゃるように完結しない。
2018/4/14(土) 午後 5:42
>>たけしさん
ナイス★感謝します!!
あ、言われてみればそれもありますね!
そう、アメコミの絵のタッチって、日本漫画の絵と比べると、確かに昔から硬くて取っ付き難かったです。
それにどれも同じような絵に見えて、どうも日本漫画の絵みたいに、ヴァリエーションに乏しいなと感じてました。
ストーリー展開や設定もワンパターンですし、人物造形もおざなりな感じだしで、何であんなにハマる人間が多くいるのか不思議に思えます。
私の感想に賛同して下さり、どうもありがとうございました。
2018/4/14(土) 午後 7:32
永久に話が完結しないというのはある意味一回限りの単発で見ても理解できるということなのかも知れません。ストーリー性を求めるのは難しいかもしれません。そういえばもう漫画も相当長期間見ていません。今の日本の漫画もどうなっているのでしょうか。
ちなみに私は少女アニメは基本的には知見がありません。
竹原はたまたま行ったところがそうだったという感じです。
2018/6/16(土) 午前 9:33
>>2018/6/16(土) 午前 9:36の内緒さん
どうか御気になさらず。出来ないのでしたら、そのまま放置で結構です。
まったく・・・Ahoo!はいつまで経っても進歩が見れませんなあ・・・・
2018/6/16(土) 午後 6:47
>>千葉日台さん
>>>ある意味一回限りの単発で見ても理解できるということなのかも知れません。ストーリー性を求めるのは難しいかもしれません。<<<
まあ日本のアニメでも、『ドラえもん』『サザエさん』『ルパン三世』『ちびまる子ちゃん』『クレヨンしんちゃん』みたいな長寿作品は、単発エピソードの集大成で、一貫したメインのストーリーがある訳じゃないですけど。
そういったタイプの作品は初めての人でも取っ付き易いという利点があるのでしょうけど、アメコミはそういうのばっかりですから。
だから何か新作発表したらどうなのかと言いたくなるのですよ。
2018/6/16(土) 午後 6:55
ウルトラマンは本当は科学特捜隊VS怪獣となるはずだったそうです。そこへ円谷英二監督がその中間ヒーローを入れたら面白いというのでウルトラマン誕生につながったとかいうエピソードを聞いたことがあります。
2018/7/29(日) 午前 11:19 [ 彩帆好男 ]
>>サイパンさん
そうだったんですか?それは初耳でした。
そういう発想をした円谷英二は、やはり天才だったのでしょうか。
という事はやはり円谷監督が、ウルトラマンの生みの親で間違いないんですね。
50年以上も前に誕生した『ウルトラ』シリーズも、今じゃ世界を席巻してますからね。
けど私個人的には、最後はウルトラマンだけが活躍して、美味しい所を掻っ攫って行く展開ばかりでは、科学特捜隊が単なる噛ませの引き立て役に過ぎず、やはり不満も残ります。
科学特捜隊の存在意義が揺らいでしまいますから・・・。
2018/7/29(日) 午後 2:47
確かに科特隊は引き立て役になりさがってしまいましたね。
2018/7/31(火) 午前 7:45 [ 彩帆好男 ]
>>サイパンさん
ええ、だから最終回でウルトラマンがゼットンに手も足も出ずに完敗した後、科学特捜隊が開発した秘密兵器を使って、ゼットンを倒したのは、『ウルトラ』シリーズでは珍しい展開でしたよね。
もしかしたらこういう快挙の例も、昭和シリーズと平成シリーズを併せても、これだけじゃないんですか?
2018/7/31(火) 午前 8:46
最終回のその結末は別な思惑から生まれたようですね。
ウルトラマンの製作がたいへんすぎて毎回の放映においつかないじょうきょうになってしまい、その結果しかたなく放映を中止することになったとか。そのためウルトラマンを殺す必要性が生じたと聞いています。
2018/9/8(土) 午前 9:33 [ 彩帆好男 ]
>>サイパンさん
へえ!?そういう裏事情があったんですか?
まあ仮にそうだったとしても、結果的に後世ずっと印象に残るラストになりましたよね。
何でもプロレスラー(元か?)の前田日明は、このウルトラマンがゼットンに敗れ去ったラストが大変許せなくて、悔し泣きして、「ウルトラマンの仇を取ったる!!」と意気込んだのが、プロレスラーになろうとしたキッカケだったとか。
当時の子供たちにはさぞかなりのショックだったんじゃないでしょうか?
何しろ無敵のヒーローが最後に敵に負けて死んでしまうんですから。
2018/9/8(土) 午後 0:10
思い出しましたが、他にも数作ほど科学特捜隊が独自に怪獣を倒す話がにさんあったと記憶しています。しかしそれは怪獣がたくさん出てくる場合のみでメインイベントはウルトラマンの戦いですね。後ぺスターは特捜隊とウルトラマンのコラボレーションでした。
2018/10/16(火) 午前 2:08 [ 彩帆好男 ]
>>サイパンさん
・・・の、ようですね。どうやら私の認識不足だったようで。
そのペスターの回はよく憶えてなかったので少し調べてみたら、直接トドメを刺したのはウルトラマンでも、科特隊も重要な働きをしたみたいで。
その他に怪獣酋長ジェロニモンの回がそうでしたね。
ジェロニモンはウルトラマンが倒しても、ジェロニモンに生き返らされたドラコとテレスドンは、ウルトラマンじゃなく科特隊が独力で倒してますね。
2018/10/16(火) 午後 8:24
あと、ギガス。スフラン、マグラもそうですね。
またジェロニモンもよくみると科特隊とウルトラマンとのコラボレーションかもしれませんね。ほぼノックアウトしたジェロニモンをウルトラマンが高々と抱え上げ、イデの銃でとどめを刺させたのですから。
2018/10/17(水) 午前 6:02 [ 彩帆好男 ]
>>サイパンさん


そう言われてみれば、対ジェロニモン戦はそんなフィニッシュでしたよね。
サイパンさん、よく憶えておられますね。
2018/10/17(水) 午前 11:12