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平成31(2019)年 4月30日を以て、今上天皇陛下が「譲位」なされる事が決まりました(決められたと言った方がいいか?)。
つまり来年の今頃は既に平成という時代が終わって、別の元号へと変わっている事になる訳です。
全く・・・国賊どもが裏で暗躍して、このような残念な結果に・・・。
如何に陛下が望まれた事だとしても、明治皇室典範(昭和の敗戦で押し付けられた似非皇室典範の方じゃなく)の第10條(条)に従って、断固御諌め申し上げるべきだったのに、陛下の周囲には真に見識ある者が一人もいなかったのでしょうかねえ?
しかも「譲位」と言わずに、やれ「退位」だ、「生前退位」だなどと、不敬な言い回しばかりを使う、不見識な愚か者たちの多い事、多い事。
この件に因んだ短歌を五首程詠んでみました。
とは言っても題材が題材なだけに、五首全てとも明るく言祝ぐような内容ではありません。
まあそれはともかくとして、嘗て福澤諭吉は自著『文明論之概略』の中で、次の言葉を記しました。
『恰(あたか)も一身(いっしん)にして二生(にせい)を経(ふ)るが如く、一人(いちにん)にして両身(りょうしん)あるが如し。』
これは幕末の世から明治へと、異なる二つの時代を跨いで生きた、福澤当人の述懐です。
昭和世代の私等は昭和、平成、そして次代の陛下の御世と、二つどころか三つの時代を跨ぐ事となるので、『恰も一身にして三生を経るが如く、一人にして三身あるが如し。』となりましょうか。
大正生まれの方だと更に、「三」の箇所が「四」となりますね。
「一身にして四生・・・」「一人にして四身・・・」なんて、歴史上滅多に体験出来ない、凄い事ではないでしょうか?
それでは、次からは本題の短歌五首です。
それぞれ平仮名原文(大きなピンク色表記の文字)と漢字混じり原文(黄緑色表記の文字)と現代語訳(濃黄色表記の文字)を併記してあります。
第一首目:
たかみくら ゆえなくさるは あめそらに
ふたつひのぼる いむべきさまぞ
高御座(たかみくら) 故無(ゆえな)く去るは 天空(あめそら)に
雙日(ふたつひ)昇る 忌むべき樣(さま)ぞ
帝が訳もなく高御座(皇位)を去られてしまうのは、まるで空に太陽が二つも昇るかのような不吉な事(皇統が二つに分裂する事の濫觴)となる。
第二首目:
あまつそら ふたつひのてる そのさまは
かつてきたりし おほみだれのよ
天つ空(あまつそら) 雙日の照る 其の樣は
嘗て来たりし 大乱れの世
そんな空に太陽が二つもあるかのような不吉な出来事(上皇と今上の御二方が同時におわされる事、皇統が二本に分裂する事)は、嘗て我が国が辿って来た、大乱の時代(南北朝時代)の再来ではないか。
第三首目:
あまつひを ふたつのぼしむ まがつひと
いまよをみだし なにのぞみしか
天つ日を 雙昇しむ 禍(まが)つ人
今世を乱し 何望みし乎(か)
そんな太陽が二つ昇っているような世を再び現出させようと企む邪(よこしま)な者共、現代日本を混乱させて、何が狙いだと言うのか?
第四首目:
みくらいを おりられむとす いまのうへ
などてたれもが いなといはんや
皇位(みくらい)を 降りられむとす 今の上(いまのうえ)
などて誰(たれ)もが 否(いな)と云はん耶(いわんや)
間もなく皇位から降りられて、譲位を為されようとする今上陛下に対し、何故誰もが御諌め申し上げ、譲位を阻止しようとしないのか?
第五首目:
いまのうへ たかみくらより さりしのち
いんといはるや いぬといはるや
今の上 高御座より 去りし後
院と云はる哉(いわるや) 犬と云はる哉
そして高御座(皇位)を去られ、上皇とおなりあそばされた後、「院(上皇)」と呼ばれるのであろうか?はたまた不敬な輩が現れて、「犬」などと呼ばれてしまうのか?
さて、以上です。
最後の五首目の歌の下の句「いんといはるや いぬといはるや(院と云はる哉 犬と云はる哉)」ですが、これの出典は『太平記』です。
この言葉を吐いたのは南北朝時代に室町幕府初代将軍・足利尊氏に仕えた勇猛な武将で、「婆娑羅(ばさら)大名」としても知られた、土岐頼遠(ときよりとお)です。
『太平記』の中にある、土岐頼遠の有名な台詞に因んだものです。
土岐頼遠は美濃守護職(美濃国の守護大名)で、戦で数々の武功を立てた、北朝及び足利方の勇将でしたが、同時に粗暴で傍若無人な性格でもありました。
ある日の事、頼遠が馬に乗り、家来たちを引き連れ、京の市中を進んでいる道中、光厳上皇(北朝)の乗った牛車の行列と出くわしました。
そこで本来ならば頼遠は、上皇に対し下馬して道を譲るのが礼なのですが・・・・
頼遠は元々傲岸不遜な性格で天皇や皇族を軽視していた上に、酒に酔って気が大きくなっていた事もあって、道を譲らない所か、馬から降りようとすらしませんでした。
それで上皇の御供の者が、「これなるは院(上皇)の御幸なるぞ。」と言って頼遠の無礼を咎めました。
そこでカチンと来た頼遠が言った台詞が、
『何に院と云ふか 犬と云か。犬ならば射て落とさん。』
つまり、
「何!?「院」と言ったのか?それとも「犬」と言ったのか!?
犬だと言うのなら(犬追物の標的として)矢で射落としてやろうぞ!」
と言い、上皇の牛車目がけて、家来共々一斉に矢を射たのです。
この極度の不敬の罪を問われて、後日頼遠は斬首となります。
以上の事から五首目の短歌の言わんとする事が御分りかと。
今上陛下が譲位されて後、「院(上皇)でも犬でも大差ないだろう。」みたいな、とにかく土岐頼遠の台詞と蛮行に象徴されるような、譲位された後の陛下の権威を貶めるような言動を取られる事を懸念して詠んだ歌です。
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雑記・徒然
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