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本記事は前記事に絡んでの話です。つまり「何故私が譲位に反対なのか?」の理由です。
それは歴史の教訓として、大乱の火種となりかねない事を倣ったからです。
江戸後期の文化14(1817)年に、第119代天皇であられる光格天皇が、皇太子である恵仁(あやひと)親王、すなわち第120代・仁孝天皇に譲位したのを最後に、以降は譲位の例はありませんでした。
だから此度の譲位は実に200年ぶりの譲位となります。
冒頭でも言いましたように、譲位を為されてはならない根拠とは、明治になってから制定された皇室典範、その中の条文(第十條)で譲位を禁じるようになったからです。
皇室典範第十條:
天皇崩スルトキハ皇嗣即チ践祚シ祖宗ノ神器ヲ承ク
井上毅(いのうえこわし)の『皇室典範義解』では、この第十條の意義の解説の箇所で、以下のように述べています。
これこそが在世中での譲位を禁止とした理由です。
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再び恭(つつしみ)て按ずるに、神武天皇より欽明天皇に至る迄(まで)三十四世曾(かつ)て譲位の事あらず。
譲位の例の皇極天皇に始まりましは、蓋(けだ)し、女帝仮摂より来(きた)る者なり(継体天皇の安閑天皇に譲位したまいしは同日に崩御あり。未だ譲位の始となすべからず)。
聖武天皇、皇光天皇に至って遂に定例を為せり。此(これ)を世変の一とする。
其(そ)の後、権臣の強迫に因り両統迭立(りょうとうてつりつ)を例とするの事あるに至る。
而(しこう)して、南北朝の乱、亦(また)此に源因せり。
本條は践祚を以て先帝崩御の後に即ち行われる者と定めたるは上代の恒典に因り、中古以来譲位の慣例を改める者なり。
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誤訳を恐れず現代語で意訳すれば、次のようになるかと。
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再び考えてみるに、初代・神武天皇から第29代・欽明天皇までの三十四世の間、先帝崩御に因らない譲位の例はなかった。
第35代・皇極天皇から譲位の例が始まったのは、皇極天皇の仮摂に因んだものである(第26代・継体天皇が第27代・安閑天皇に譲位した例があるものの、譲位と同日に継体天皇が崩御した為、これを以て譲位の先例としてはならない)。
第45代・聖武天皇、皇光天皇の代に至ると、遂に譲位が定例化した。これを世変の一つとする。
その後は権臣に強迫された挙句、両統迭立という先例を作ってしまった。
南北朝時代という大乱の原因は、この両統迭立にある。
本條(第十條)の意義とは、践祚が先帝の崩御された後に行われるものである事を定めたのは、上代の原理原則に則り、中世以来の譲位の慣例を改める事にある。
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つまり上記引用文にあるように、治世の途中での皇位から降りられる事を認めてしまえば、時の権力者の都合で、権力者にとって気に入らない天皇を引き摺り下ろし、都合の良い人物を即位させる事が出来てしまいます。
権力者によって恣意的に皇位や皇統を左右されるなど、あってはならない事です。
今上陛下が譲位なされて上皇と御成りあそばされるのは、院政時代の再来となってしまいます。
院政時代の朝廷では、公家たちが今上派(親政派)と上皇派(院政派)とに分裂して、党派間抗争があり、朝廷が乱れました。
それが上記引用文にもあるように、後世には両統迭立、そして南北朝時代の遠因となりました。
そのような乱世の火種となるからこそ、明治皇室典範において譲位を禁止したのです。
『天に二日無く、地に二王無し』という普遍の真理を衝いた格言もあります。
意味は言うまでもないでしょうが、「天空に太陽が二つもないのと同じ事で、地上には(一つの国には)君主が二人もいてはならない」となりましょうか。
なのでいくら譲位されているとは言え、一度は登極(即位)された御方が同時に複数おられますと、実質的に天子が二人(あるいはそれ以上)も存在される事となり、混乱や対立の原因となりかねません。
それにいくら一代限りの特例法とは言え、このような前例を作ってしまえば、以後は何かある度に、あらゆる理屈を付けて譲位が可能となってしまいます。
このような仮定も不敬かも知れませんが、天皇陛下となられた御方と雖も、やはり生身の人間です。
天皇としての御役目の過酷さに音を上げられ、「譲位して楽な身になりたい」などと思われ、実際にその通りになされる御方が絶対に出て来ない、などとどうして断言出来るでしょうか?
僅かな在位期間で次々譲位が行われるような有り様となったら、それこそ社会が混乱に陥るでしょう。
しかし私がその見識を信頼する保守系言論人の中には、この譲位を支持されている方々も見受けられます。
何故反対しないのか意外に思ったので、その真意を三名の方に尋ねてみた所、それぞれ異なっていました。
一人目は無回答でした。
二人目は「南北に分かれて対立した南北朝時代の皇室と、現在の皇室は同じではない。」「そして今上陛下と皇太子殿下の間に、対立らしき事柄は何もないので懸念するには及ばない。」との事でした。
今すぐではなくても、未来永劫に亘って乱れない保証もないだろうと思うのですが・・・・
何せ南北朝時代、いやその前段階の両統迭立の時代だって、院政が始まってからすぐに起こった訳ではないのですから。
だからさすがに楽観し過ぎではないのかと思えるのですが・・・・
そして三人目は、直接的にではなく、間接的に人伝(ひとづて)に聞いたのですが・・・
何でも「天皇本来の御役目である祭祀や、祭祀の次世代への継承が、今の状態では不可能なまでに追い込まれていて、どうにもならなくなっている。
だからこそ譲位に危険性が伴うのを承知の上で、敢えて譲位に踏み込まれた。譲位を実行されてでも、優先すべき問題を片付けねばならないと御決断下された。」との趣旨でした。
一理あるようにも聞こえますが、それならそれで摂政を御立てになられて、陛下は祭祀のみに専念される。
祭祀以外の事は摂政に委ねられれば最良だと思えるのですが。
仮に将来不吉な事が何も起こらずに済んだとしても、だからと言って「別に譲位したって何も問題ないじゃないか。」などと思うのは浅はかです。
そんなのは結果論に過ぎません。単に幸運に恵まれただけに過ぎません。だから道理に反する事は最初からするべきではないのです。
天皇というのは民間企業の社長ではないのです。まるで会社で社長を退任した後、会長に就任する事と同じような感覚で考えるべきではありません。
とは言っても、もう今となっては譲位が覆る事は不可能でしょうから、今更反対の声を表明しても詮無い事なのかも知れません。
それでも我々はこの件から、「何故こうなったのか?」「このような事を阻止するにはどうするべきか?」の教訓を学び取るべきなのでしょう。二度とこのような事が起こらないように。 |
雑記・徒然
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