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前回人生初の漢詩(七言絶句)を披露して以来、8ヵ月ぶりに第二作目が出来上がりました。(^^)b
前回とは形式が違って、今回のは五言絶句です。
字数こそ前作よりも八字分少ないですが、だからと言って、前作よりも楽に作詩出来た訳でもなく、頭を痛めた事に何ら変わりありませんでした。
何せ一文字ごとに属する平仄・韻目を調べ上げなければならなかったのですから・・・。
その平仄を始めとして、「偶数句(承句と結句)の押韻」「同字禁止」「冒韻(ぼういん)禁止」「下三連(かさんれん)禁止」「孤平(こひょう)禁止」「反法(はんぽう)と粘法(ねんぽう)」等の制約を全てクリアして、ようやく出来上がったのですから、随分悩みましたよ。
平仄の配列を考えながら各位置に文字を当て嵌めていかねばならないので、使いたい字を好きな位置に挿入する訳には行かないのが漢詩の厄介な所です。
そしてやっと出来上がったにしても、初心者ですから大した出来栄えではないのも言うまでもなく・・・・(^^;)。
前出の制約を踏まえる事が精一杯でしたよ(ーー;)。
それでは以下の通りに白文の画像を御覧下さい。
見れば分かる通り、五言絶句、すなわち一句につき五文字毎に、全部で四句。5×4の全20文字の形式の詩です。
前回のも絶句でしたが、各句七文字ずつの全28文字でした。
さて続いては、訓読と平仄配列と韻目を記した画像をどうぞ。
画像内の各字それぞれの右側には、白黒二色の丸が付いていますが、白丸(○)の付いた字が平字、黒丸(●)の付いた字が仄字です。
起句(第一句)の二字目が平字か、それとも仄字かで、「平起式」と「仄起式」とに分かれます。
それによって全体の平仄の配列がガラッと変わります。
この詩は起句二字目の「富」が●(仄字)なので、形式は五言絶句仄起式となりますね。 それでは以下のように、詩文を書き起こしてみます。
赤色の文字が白文(原文)、緑色の文字が訓読文(読み下し文)、オレンジ色の文字が現代語訳です。
詩題:
過 無 恙(かぶよう)
無恙(ぶよう)に過(す)ぐ
何事もなく日々を無事に過ごす
起句:
無 富 在 平 成
富(とみ)無(な)くも平成(へいせい)に在(あ)り
(自分は)金や財産など特にないけれど、(それでも幸いにも)平和な世に生きている。
承句:
有 安 過 日 鬻
安(やす)きを有(たも)ち、日(ひ)を鬻ひ(ひさい)で過(す)ぐ
安穏とした生活を維持しながら、その日その日を仕事をしながら(平凡に)過ごしている。
転句:
溢 歓 娯 酒 茶
歓(よろこ)び溢(あふ)る、酒茶(しゅちゃ)を娯(たの)しむれば
好きな酒や茶を味わい、楽しんでいる内に、喜ばしい気分に満ちて来る。
結句:
遠 禍 惟 求 福
禍(わざわい)を遠(とお)ざけ、惟(た)だ福(ふく)を求(もと)むるのみ
(普段思う事と言えば)災難を遠ざけて、ただ幸福を求めるだけである。
以上です。
詩の中身は特にドラマ性に富んでる訳でもない、気宇壮大な世界観もない、私の至って平凡な日常を詠んだだけの代物ですが、こんな出来具合でも本当に時間を掛けて苦労したのですよ。
平仄や韻の関係で、使いたい字を使えず、やむを得ず却下した物が多いです。
それで仕方なく全く別の字に差し替え、どうにか意味の通る文になるよう整える作業を、それこそ何度も何度も繰り返しました。
さて、詩についての解説ですが・・・・ま、大した内容でもないので、本来なら不要かも知れませんが(^^;)、それでも一応はね・・・・。
詩題:
「無恙」とは、「恙無(つつがな)く」「恙無し」という言葉もあるように、「何事もなく無事に」という意味です。
起句:
下二字の「平成」とは、元来は「内平外成(内平らかに外成る)」または「地平天成(地平らかに天成る)」という古典にある言葉が由来です。
要は「国の内外、そして天地共に平和となっている」という意味になります。
そしてこれが現在の元号「平成」の由来でもあります。
いわば国家的規模の状態を表現する言葉なのに、たかが個人的境遇を表すのには大袈裟な表現かとも思えますが・・・・(^^;)。
まあ「自分は現在、平穏な世に(少なくとも自分の周囲の空間の範囲では)生きている」という意味の他に、「自分は今、平成時代に生きている」という意味とも掛けた訳です。
つまり和歌で言う所の「掛詞(かけことば)」の手法に相当しますか。いわばダジャレですね。
当初はこれを起句(第一句)ではなく、承句(第二句)として使おうとしたんですけどね・・・・。
けれど承句に持って来ると、最後の「成」が韻字(押韻の為の字)になってしまいます。
すると結句(最後の第四句)の最後の字も、「成」と同じ音韻を持つ字を使わねばならなくなりますが、それだけでなく、すぐ上の「平」の字が使えなくなってしまいます。
と言いますのも、「平」も「成」も同じく、三種類ある仄声の内の「入声(にゅうせい)」、その「入声」の内の「一屋」という韻目(同じ音韻を持つ漢字のグループ)に分類されるからです。
漢詩には本稿の最初の方でも様々な制約を列挙しましたが、その中に「冒韻禁止」のルールがあります。
「冒韻」とはその詩で押韻として使われた字と同じ音韻を持つ(同じ韻目に属する)字を、押韻以外の位置で使う事です。
韻字と同韻の字は、押韻以外の位置では使ってはいけないという、面倒臭い決まり事がありまして・・・(ーー;A)。
五言絶句においては偶数句、すなわち承句と結句の句末の字の位置が押韻となります。
「平成」の語だけはどうしても使いたかったので、「成」が韻にならないで済むよう奇数句、すなわち起句か転句(第三句)のどちらかに移すしかなかったのです。
このように漢詩の作詩とは、和歌以上にややこしくて大変なのです・・・・(ーー;A)。
他にややこしいのは、同じ字でも、平仄両面に属する字がたくさんあるという事です。
同じ字でもどの意味で使うかによって、あちらでの発音と、平仄及び属する韻目が変わるそうで。
三字目の「在」は「在る(ある)」「居る」という動詞の意味だと「上声(じょうせい)」の内の「十賄」という韻目に属し、「所在」という名詞の意味だと「去声(きょせい)」の内の「十一隊」という韻目に属します。けどどっちにしても仄字ですけど。
承句:
一字目の「有」は「有る(ある)」の他にも、「有つ(もつ、たもつ)」とも読みます。「保つ」と同じ意味です。
三字目の「過」は、平仄両方の韻を持っています。
「過ぎる」という動詞の意味だと、「下平声(かへいせい)」の内の「五歌」に属し、「過ち」という名詞の意味だと、「去声」の内の「二十一箇」に属します。
ここでは前者の意味なので、「五歌」の平字となります。
「鬻」とは「かゆ」とも読み、「粥」すなわち水分多く、ドロドロしたペースト状の御飯をも意味しますが、ここでは「鬻ぐ」と書いて「ひさぐ」と読みます。
意味は「物を売る」「商売する」という意味です。
いや、だからと言って何も、私は実際に店に立って、何か物を売る仕事をしている訳ではありません。
ここではあくまでも、「仕事をしている」という意味の比喩として使いました。
転句:
私は日本茶や紅茶、コーヒー等の茶類が好きでして。
まあ酒も好きですが、そんな頻繁には飲みませんね。
けれど茶も酒も美味いとやはり気分は良いですね。
少々取って付けたような一文ですが、他に色々と作ってみたけど、平仄が合わず、残念ながら次々没にして、ようやく平仄の合ったのがこれだったのですよ(^^;)。
結句:
最初の一字目「遠」も音韻が二種類ありますが、どちらも仄字です。
「遠い」という形容詞の意味だと、「上声」の内の「十三阮」に属し、「遠ざける」という動詞の意味だと、「去声」の「十四願」に属します。
ここでは後者の意味なので、「十四願」の仄字となります。まあどっちにしたって仄字なんですけど。
結句末の字も韻字になります。
承句末の位置に「鬻」を当てた以上、これと同じ韻目(入声:一屋)に属する字の中から選んで押韻するしかなく、その中に「福」の字があったので選びました。
この「福」を結句末に置いて、尚且つ平仄が整った上に、ちゃんと意味も通る一文にしようとしたら、こんな風になったという事です。
さて、以上がこの五言絶句仄起式の漢詩の詳細です。
やはり初心者ではこの程度が限界でしょうかね・・・・。
それに詩語とかを全く使ってないから、どうにも洗練された、風雅な趣に欠けるなあと、自分でも思いますしね・・・・(^^;)。 |
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こちらも同じく添削してもらったら、散々ダメ出しされてしまった・・・・



本当に漢詩は難しい・・・・この分だと三首目の五言律詩も色々と間違いやらかしてるだろうな・・・・・
2019/6/23(日) 午前 10:22