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さて、本稿では早くも、極めて重要な理論を紹介します。
神話の時代より我が国の根幹を為す統治原理として、代々受け継がれて来た理想的な政治理念であり、最も安定した統治の極意とも言うべき、究極的な統治の秘訣──────それこそが「シラス(治らす/知らす)」と「ウシハク(領く)」の理念です。
両者の違いを弁え、両者を混同させる事なく両立させて来たのが我が国の歴史です。これは現代でも変わりません。
このシラス・ウシハク論のシラスこそ、天皇統治の本質の中核を成すと言っても過言ではない位に重要です。
当記事ではこれより何度かに分けて抜粋しますが、抜粋する箇所は原本のページの若い順ではなく、順不同に抜粋します。
<<<<<P.124より抜粋開始>>>>>
天皇の本質である精神は、また「しろしめす」という古語によく現われている。
しろしめすの義は、万邦をしてその所を得せしめ、兆民をしてその堵に安んぜしむるのであって、人の天分を発揮せしめ、個性を明かにし、人をしてその所を得せしめる事である。
権力、権勢、武力、財力、征服、支配によって占領統一する事ではない。
「しろしめす」「しらす」は、「うしはく」領有私有と違って、自己を空しうして宇宙万物を生成化育する精神を以って治めるという意味である。
しろし、しらしは、知らし、知る、治(し)ろしめすという義である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
<<<<<P.48〜P.49より抜粋開始>>>>>
天皇の本義
天皇の本義は、すめらみこと、及び「知らす、聞こしめす、見そなわす」に示されている。
すめらみこととは、知る、澄ます、統べる、治ろしめすの意であって、
第一義は宇宙実在の実相とその作用を知ると共に、これを掌っている法則を知る事である。
転じて国民生活の実体を知り、国民の希望念願を知り尽くして、それを叶えてやると同時に、天皇の本意を国民全体に知らしめる事である。
第二義は澄まし清める。
みそぎ、はらひ(はらい)の神事に見られるように、清さとけがれ、美と醜、明と暗、直と曲が神道を支える観念であって、魂を清め、心身の修行を積み、不浄、汚濁、不潔、醜悪のものを清め、かつ鎮めて、情義の美しい同胞社会を顕現しようとする。
みそぎ、はらひの行事は、いざなぎのみことの神話伝承が起源とされているが、古来よりの日本人は神聖なものを美として眺め、神は宇宙のあらゆるところ、海にも、山にも、田にも、川にも、井戸にも、水屋にも、かまどにも、厠(かわや)にも宿るものと信じ、そこを美麗にしておかなければならないと考えて神を祀ったのである。
心清く、美しく、直ければ、必ず神の助けがあり、心汚く、濁れ、曲がっておれば、神罰を受けるものとされ、常に清く、美しく、直く、明るくする事に心掛けてきた。
天皇は国民の中心であり雛形であるため、清浄無垢、無私無欲無我に徹してきたのである。
第三義は統べる。
一切を知り、知らしめ、清く明るく直く美しい心を以って、国民精神の統一を図り、国民生活の統合を図る。
第四義の治ろしめすは、道を真中に立てて、治者と被治者の一体を実現する事を言うのである。
更にまた知らす、聞こしめす、見そなわすは、範を万民に垂れ、万民の中心となって道を践み行う原理を示すものである。
知らすは既に述べた通りであり、聞こしめすは天の声、地の声、人の声ばかりでなく、宇宙間に存在する森羅万象ことごとくの声なき声を聞くという事であり、ましてや国民全体の声を聞かずにはいないという事である。
見そなわすというのは、知る、聞くと同じく、全てのものを見ると同時に、天皇の御心、態度、行為を見て貰うという意味である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
以上のように、これが「シラス」の意味とシラス型統治の根本です。
一般にイメージされる「統治」とは、これとは本質的に異なるウシハク型統治でしょうか。
<<<<<P.49〜P.50より抜粋開始>>>>>
治ろしめす・領く
日本の政ごとは、諸外国に行われている政治権力を中心に、武力財力等の力を以って社会整理を行い、秩序を維持するというものではなく、天皇が祭祀によって体得した神人不二一体の境地即(すなわ)ち治ろしめすという理念(道)を基盤にして、権力武力財力等の領く力を活用して統治する。
いわゆる道と力、治ろしめすと領く、祭と政の併存両立を建前とするものである。
これは高天原(たかまがはら)の理想治ろしめすと、出雲(いずも)の原理領くとの融合結体によって形成せられたものであり、奉還思想の原理を示すものである。
これは他国に類例を見ない、日本独特の政治原理である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
そうです。シラス(知らす、治らす)とウシハク(領く)は水と油の如く、互いに相容れない反撥し合う関係、否定し合う対立関係ではなく、両立して互いの欠ける所を補い合う、相互補完関係にあるのです。
どちらが良くて、どちらが悪い、どちらが優れていて、どちらが劣っている、という性質のものではありません。
さてさて、以降は【第三章 天皇の本質】の中の、P.147〜P.155に及んで展開されている【第三節 天皇の構造】より抜粋、と言うより全文丸ごと転載しますが、長過ぎるので、丁度良い所で何度か区切りながらにします。
<<<<<P.147〜P.149より抜粋開始>>>>>
【第三節 天皇の構造】
南方文明を代表する天照大御神と、北方文明を代表する須佐之男命(すさのおのみこと)のうけひ(受霊)【註:「うけひ」は「うけい」と読む。】によって、両文明が融合一体化し、八神を産み、それぞれの使命任務を発揮して大いに神ながらの道を発展せしめた事は、八幡神の活躍によって知る事が出来る。
八神の内、男神五柱は天照大御神の物実(ものざね)・剣より生まれたものであるが、天照大御神とのうけひによったものである。
「うけひ」とは、一方が他方の霊を受け入れて新文化を創るという事であって、要約すれば二つの文化が融合一体化して更に一段と高い文化を創造するという事である。
この南方文明の天照大御神と北方文明の須佐之男命のうけひは、神道理念にとっては極めて重大な意義を持つものである事は、後に出て来る国譲りと共に、神道の基本構造たる、道と力、権威と権力、治ろしめすと領くを規定し、形成するものだからである。
道を代表する天照大御神と力を代表する須佐之男神のうけひによって、権力の統治が時と所によっては道義の統治よりも効果的である事実を証明する事が出来た。
大御神もその価値効用を十分認められた為、すっかり気を良くした須佐之男神は、知らず識らずの間に慢心し、やがて生産を妨害する天つ罪を犯す事になって、遂に高天原の神々の怒りを蒙り、追放せられる事となった。
放逐された須佐之男神は、各地を彷(さまよ)い歩いた末、出雲(いずも)の国に辿り着いたのである。
そこで善良な農民たちを虐げ苦しめる、やまたのおろちという没義道な集団を目の当たりに見、これを退治して農民を安堵させると共に、おろちの持っていた統一力団結力、いわゆる三種の神器の叢雲(むらくも)の剣を高天原の大御神に献上して、爾後(じご)の統治における原則たらしめた。
そして自らは農民たちの良き指導者となって、その地方を安住の地たらしめたのである。それが出雲の国である。
ところが大国主命(おおくにぬしのみこと)の時代になって、天照大御神は大和島根を合体して全国を統一すべく、出雲に使者を送り交渉を重ねてたが、仲々進捗しなかった。
最後に建御雷神(たけみかずちのかみ)が天鳥船神(あめのとりふね)を随(したが)え、条理を説いてようやく大国主命の賛同を得、国譲りの実を挙げる事が出来た。
この時の説得の言葉に、
「汝(いまし)が領(うしは)ける葦原中つ国(あしはらのなかつくに)は、我が御子(みこ)の治(し)ろしめさん国と言(こと)よさし給へり(たまえり)。かれ汝が心いかにぞ。」
即ち前述せる通り「うしはく」は所有、領有、私有するの意で「うし」は主、「はく」は下駄をはく、靴をはく、太刀を佩(は)くなどの「はく」事で、いわゆる物を身に付ける事を言うのである。
要するに力で国土を領有支配する事を言い、転じて権力、武力、財力等の力による統治を言うのである。
これに対して「治ろしめす」は知る、知らしめる、真実、事実、真理、真相を知ると同時に知らしめ、理解させる。
自他を知り、事物を知り、過去現在を知り、未来を察知し、内外の別なく、有形無形との論なく、よく熟知しなければ、国民全体を同化し統一して、生成発展せしめる事が出来ない。
と同時に清澄・統べる・純粋の心を合わせるという事を言っているのであり、いわゆる万人一人の漏れなく等しく認める道義、理念、原理、法則等の道による統治を言うのである。
これによって分かる通り、高天原は道を以て統治の原則とするに対し、出雲は力を以て統治の原則としていたが、文化の流動は道と力を一体化し、道義・権威・法則を主となし、権力・武力・財力を従と為して、各々の分を成り立てて来た。
道と力の併存両立する国は、我が国を除いて他にないのである。
これが即ち天皇の構造を形成する基本の原理である。と共に、世界史上嘗て見る事のなかった冠絶した原理でもある。
<<<<<抜粋終了>>>>>
と、ここらで一休みしましょうか。
如何でしたか?上記抜粋文の中の赤い大文字で表記してある箇所は重要ではないでしょうか?
これこそが「治らす」「領く」の定義ですから。
では続いて・・・・
<<<<<P.149〜P.152より抜粋開始>>>>>
この事をイザヤ・ベンダサンはその著『日本人とユダヤ人』の中で次のように述べている。
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≪引用開始≫
朝廷・幕府併存という不思議な政治体制である。これは七百年以上続いた訳だから、日本の歴史の大部分はこの制度の下にあったと言える。
これは一体誰のアイディアなのだろう。考えてみれば不思議である。
しかしこの独創的政治制度も、戦前は我が国の国体に悖るものとされ、あの軍人勅諭では、
『世の様の移り変わりてかくなれるは、人の力もて引き返すべきにはあらねども、まことに浅ましき次第なりき』
とされていて、出来る事なら消してしまいたい事態だとされている。
変わって戦争後ともなると、何もかも一緒にして封建的の一言で片付けられ、この不思議な制度は常に無視され、黙殺されているのである。
朝廷・幕府の併存とは、一種の二権分立と言える。
朝廷が持つのは祭儀・律令権とも言うべきもので、幕府が持つのは行政・司法権とでも言うべきものである。
後編へ続く
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『天皇論〜日本固有の道』
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こんにちは。
引用されている文章の内容には、概ね賛同しますが、『古事記』はいつの頃からか解読不能な書物となっていて、今日のように読めるようになったのは江戸中期の国学者本居宣長が解読に成功したからです。その畢生の大業が詳細な注釈書である『古事記伝』ですが、明治期になって大日本帝国憲法制定の際、この本居説に基づいて「しらす」「うしはく」の違いに着目し、「しらす」の思想を憲法に取り入れたのが、井上毅でした。
井上は漢学に造詣が深い、儒教思想に基づく天皇親政論者でもあり、明治天皇の侍輔を務め、信任の篤かった老儒元田永孚と協力し合って、教育勅語を作成した人物です。
ですから天皇政治の在り方をこの言葉「しらす」でうまく説明できるとは言えても、歴代天皇がこの言葉に従って、統治してきた、すなわちしろしめて来られた、ということではなかったと思います。
ただ、大正以降の國體論では重要な概念だと思います。
2019/3/29(金) 午後 5:52 [ 稲垣秀哉 ]
>>稲垣秀哉さん
ようこそ!いらっしゃいませ!よくぞ御出で下さりました。感謝致します。
はい、『古事記』に原文が漢字ばかり、しかも意味を持たない当て字の羅列で、解読不可能だった、それを本居宣長が解読して今日のように誰もが読めるようになった、という話は聞いた事があります。
本居宣長の功績は我が国の思想史において絶大なものがあると思います。
そしてそんな宣長の意志を継いで、帝国憲法に採用した井上毅もまた、慧眼の士でありましたなあ。
元田永孚は不勉強なのでよく知りません。ただ井上毅とは同郷の、旧熊本藩士だったとだけしか。
>>帝国憲法第一條:大日本帝國ハ萬世一系ノ之ヲ統治ス<<
『帝国憲法義解』でのこの条文の解説の中に「シラス」の単語がたくさん記されています。
その中の一文に『所謂「シラス」とは即ち統治の義に他ならず。』とあります。
どこにも「ウシハク」の語はありません。
2019/3/30(土) 午前 2:02
>>歴代天皇がこの言葉に従って、統治してきた、すなわちしろしめて来られた、ということではなかったと思います。<<
ええ、戸松氏はあくまでも天皇統治の理念的な在り様を論じているだけで、別に常にこういう統治が実現されて来た、とまで言ってる訳ではありません。
古代の天皇統治が後世程に明確にシラスとウシハクを差別化されていたのかはよく分りませんし。
それに天智天皇、白河上皇、後白河法皇、後鳥羽上皇、後醍醐天皇等のように、独裁的(という言い方も語弊がありますが)なリーダーシップを発揮して、どちらかと言うとシラス式統治よりもウシハク式統治の性格が濃い統治をされていた天皇もおられましたし。
その事を踏まえた上で戸松氏は論じてるのだと思います。
>>ただ、大正以降の國體論では重要な概念だと思います。<<
申し訳ないのですが、この言わんとする所、すなわちどういったニュアンスで言われてるのかがよく理解しかねます。
2019/3/30(土) 午前 2:03
こんにちは。
大事なお話にもかかわらず、未整理のまま、急いでコメントしたため、意味不明瞭になってしまっていたようですね。申し訳ありません。
本居宣長が偉大な思想家であることはもちろんのことながら、井上毅も元田永孚も立派な人物でした。
最後の部分は、「しらす」の概念が帝国憲法の柱として取り込まれたおかげで、それ以降の國體論にとって避けることのできない重要な概念になったという意味であります。
2019/3/30(土) 午後 3:53 [ 稲垣秀哉 ]
>>稲垣秀哉さん
おはようございます。昨日最後に書き込んでから、ずっとPCの前にいられなかったので、今頃気付いたので遅くなりました。
最後の箇所はそういう意味でしたか。わざわざありがとうございました。
現今の日本国憲法に至っては、「しらす」も何もあったものじゃなく、「国民の総意に基いて存在が許されているだけの、単なる御輿」に過ぎないと規定しているのですから、何をか言わんやです。
2019/3/31(日) 午前 10:15