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前編からの続き
統治には一種の宗教的な祭儀が不可欠である事は、古今東西を問わぬ事実である。
無宗教の共産圏でも、例えばレーニンの屍体をミイラにして、一種のピラミッドに安置し、その屋上に指導者が並んで人民の行進を閲するのは、まさにファラオの時代を思わせる祭儀である。
誤解されては困るが、私は絶対にこういった行為を野蛮だと言っているのではない。
蛮行とはもっと別の事であって、このような祭儀行為とこの祭儀をを主宰する権限とは、常に最高の統治権者が把持して来た、非常に重要な権限だ、という事実を述べているのである。
だが祭儀権と行政権は分立させねば独裁者が出て来る。
この危険を避ける為、両者を別々の機関に掌握させ、この二機関を平和裡に共存させるのが良い、と考えた最初の人間は、ユダヤ人の預言者ゼカリヤであった。
近代的な三権分立の前にまず、二権の分立があらねばならない。
二権の分立がない所で、形式的に三権を分立させても無意味である。
それが如何に無意味かは、ソヴェトの多くの裁判を振り返ってみれば明らかであろう。
西欧の中世において、この事を早くから主張したのはダンテである。
彼はこの二権の分立を、教権と帝権即ち法皇と皇帝の併存という形に求めた。
法皇は一切の俗権が停止されねばならぬ。皇帝は法皇に絶対に政治的圧力を加えてはならぬ。
そして両者が車の両輪の如くになって、新しい帝国が運営されるべきである、と考えた。
だがダンテの理想は夢で終わった。彼が日本の朝廷・幕府制度の事を知ったら、羨望の余り、溜め息を吐いたであろう。
ダンテの夢が夢で終わったように、ゼカリヤの夢も夢で終わった。
日本の天皇はヨーロッパ的意味での皇帝ではない。少なくともインペラトールではない。
美々しい鎧に身を固め、馬上豊かに騎士団を引き具して行く皇帝の姿は、絶対に日本の天皇にはない。
私は随分探したのだが、まだ鎧をつけた天皇の像を見た事がない。天皇は必ず「こし」に乗っている。
その外容はヨーロッパ的に見れば、皇帝よりも寧ろ法皇に近い。
私は天皇を、後述する日本教の大祭司だと考えている。そして将軍はまさに総督である。
この素晴らしい制度は、一体どんな政治哲学に基いて、誰が考案したものであろうか。
事実、祭儀と行政司法と宮廷生活とが混合していた中世ヨーロッパの政府は、政府などと言える代物ではなかった。
それに比べれば幕府即ち頼朝政府は、何と素晴らしいものであったろう。恐らく当時の世界の模範であったに相違ない。
これは絶対に私の独断ではない。少しでも日本の歴史を知っている外国人なら、皆同じ感慨を持つだろう。
政治というものが実務としてある以上、能力ある者がこれを担当するのが当然の事である。
──────これらの政治理念が、中世ヨーロッパの皇帝や宰相や騎士団の考え方とは、雲泥の差がある事は言うまでもない。──────
日本人が二権分立という、ユダヤ人が夢見て果たせなかった制度を、何の予習もせずにいとも簡単にやってのけ、しかも自らは少しもそれを高く評価してないという事実は、中扉に載せたラビ・ハニナ・ベン・ドーサの言葉を思い起こさせるという事を指摘するに止めよう。
『その人の行いがその人の知識より偉大な時は、その知識は有益である。しかしその人の知識がその人の行いより大になる時は、その知識は無益である。』
日本人自身がこの事を少しも高く評価しない、天才というものはそういうものなのであろうか。──────天才乃至は天才的人間の特徴は、自分のやった事を少しも高く評価しない点にある。──────(五五頁〜五九頁)
≪引用終了≫
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<<<<<抜粋終了>>>>>
一旦は区切ります。とまあ、イザヤ・ベンダサン(実は山本七平)の著書からの引用が少し長くなってしまいましたが、次もまた戸松氏以外からの引用です。
<<<<<P.152〜P.155より抜粋開始>>>>>
日本人が自己の優れた天才的能力を少しも気付いていないという点について、アメリカのJWT・メーソンも著書『神ながらの道』おいて次のように指摘している。
「日本人は外来文化思想を自覚し、且つそれを表現する能力においては、他国の追随を許さぬ程優れた物を持っているが、どういう訳か自国の思想・神道については、全く自覚もしなければ、また表現する事も実に拙劣である。
日本人は好んで仏教教義の深遠さを説き、儒教の優秀性、西洋科学の卓越性を讃えるが、神道が仏教よりも遥かに優れた精神的原理を有し、儒教よりも内面的見解において深遠であり、又西洋文化よりも一層物質的進歩と精神的理想主義とを調和せしめる力を持っている事に気付いていない。
──────もし日本人が潜在意識的直観を持って、しかも同時に自覚的自己表現的分析力を発達せしめ得るとすれば、日本文化は未だ嘗て他民族の企て及ばざりし高所に達するであろう。
しかし日本人が自己の内なる独創力を発揮する事なく、徒に外国文化に囚われるならば、神道の創造的精神は硬化埋没し、日本は次第次第に無力になって行くであろう。
何故なら進歩は自己発展、固有性の発揮を通してのみ起こるものだからである。」
<<<<<抜粋終了>>>>>
そして次からは戸松氏の論、本題の「治らす」「領く」の話に戻ります。そしてこれが本稿最後の引用となります。
<<<<<P.153〜P.155より抜粋開始>>>>>
治ろしめすと領くは、ベンダサンの言うような祭儀権と行政権に区分されるべき単純なものでないが、多少はそうした意味も含んでいるので、大いに耳を傾け、参考にすべきであると思う。
国民を同化統一し、万民悉く生成化育するには、道(道義・原則・法則)と力(権力・武力・財力)の併存両立を図らねばならないが、国家の統治に当たって力の重大さを軽視してはならない。
その点を大国主命は国土奉還の条件に、
「私も子等と同様喜んで葦原中国(あしはらのなかつくに)を奉還しましょう。
ただ私の住む所の為に、天津神の御子の代々御世を継ぎ給うべき天津日嗣の、その御膳を御作りする御厨(みくりや)である、煙立ち上る、富足りた、天之御巣の壮大な備えと同じ程に、地の底の岩根までも深く宮柱を埋め、高天原に千木の届く程に屋根の高い、立派な宮殿を築いて私を祭って下さるならば、私は百に足らぬ八十の曲がりくねった道また道を訪ねて行き、遠い黄泉国(よみのくに)に身を隠す事に致しましょう。
また私の子供である百八十人の神々は、八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)が先駆となり殿(しんが)りとなって、必ず御仕え致すでしょう。
一人も背く者はありますまい。」
と述べている。これが日本民族の奉還思想である。
全個の関係を治ろしめて行く原理は、私有領有でもなく、単なる公有国有でもない。公私の分も明らかにして結ぶ、公私一体の原理を成り立てる事である。
従って奉還すると言っても、決して領土を返還する事ではなくて、そのまま統治を委任されるのである。
唯統治上の精神が領くではなく治ろしめすに変わるのである。道を主とし力を従として、両立へ依存せしめるのが天皇の構造である。
日本の原理は天皇を始め道を践み行うものであって、力、権力、武力、財力を私有領有するものではなく、全て万民を生成化育発展せしめる為に駆使すべきものである。
日本は古来道と力、文と武を分け、道を以て力を正し、文を以て武を制して来た国である。
法皇と皇帝の関係が多少これに似ているが、本質は全く違う。
この二つの関係を明治憲法は一つにし、やがて文は武に吸収され、道は力に屈した形で天皇制を作った。
それは山縣有朋の作った軍人勅諭に明示されている。
日本本来の精神に立ち返る為には、現憲法ばかりではなく、明治憲法をも根本的に見直し改め直さねばならない。
日本は何時も天皇を「治ろしめす」として把握し、将軍を「領く」に表現して来た。
明治になって西洋化され、「領く」形式を排し、「治ろしめす」に改めたのであるが、事実は「治ろしめす」天皇が「領く」の将軍の地位に落とされて来たのである。
大元帥陛下が何よりの証拠である。道統や国学を知らぬ法理論者が、天皇を機関即ち地位の上に固定したのも、こうした所に発生しているのである。
又これを否定攻撃した連中も、治ろしめす、領くの区別を明らかにせず、単に感情的に騒ぎまくったに過ぎなかった。
ここに天皇観の本格的堕落が起こったのであり、近代日本の無知と悲劇があった訳である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
さて、皆さん如何でしたでしょうか?
以上の事柄が、我が国固有の統治原理である「シラス(治らす/知らす)」「ウシハク(領く)」の要諦です。
この原理を把握している人は、日本人でも少ないのではないでしょうか?
ましてや外国人なら尚更でしょう。
つまり我が国が古来より、外国のような専制支配に陥った時代は一度もなく、我が国の過去をいつの時代であれ、そのような目で見ている人は、単に外国の目線や感覚のフィルターを掛けて見ている、という事になるので、最初から見えている像が歪んでいる事になります。
我が国では神代より、天皇による治ろしめす統治が布かれ、その帝が治ろしめされておられるのを背景として、その理念から逸脱する事のないよう、その時その時の為政者が実質的な力を行使して、領いて来たというのが実態なのです。
現代日本では内閣総理大臣が領く存在です。
単に領く原理だけだったら、すなわち治らす原理の裏付けのない、剥き出しの領く統治では、やがては腐敗し、専制支配の惨禍を及ぼしていたでしょう。
シラスとウシハクはどちらか一方が欠けてても良くない、いわば車の両輪の関係、相互補完の関係にあります。
外国は治ろしめす原理がなく、専ら領く原理のみだから、我が国と比べると支配者の締め付けがキツイのではないでしょうか?
その領く権力の暴走を抑制するブレーキや鞘となる力が治ろしめす原理なのです。
このシラス・ウシハクを現代で言い換えれば、「権威と権力の分離」「立憲君主制」となるかと思いますが、やはり似てるようで我が国のシラス・ウシハク式の統治とは、どこか異なると思います。
それはイギリスを始めとした海外の立憲君主たちは、権力こそ放棄して権威を留めるのみの存在となったとしても、我が国の天皇のように祭祀を行わないからではないかと。
すなわち「君臨すれども統治せず」な状態となっているからだと。
しかし我が国の天皇はそれとは異なり、「統治すれども親裁(親政)せず」です。
すなわち天皇は君臨しているだけでなく、統治もされています。その統治が領く統治ではなく、治らす統治だという事です。
ただ親政(親裁)、すなわち実際の行政実務だけは臣下に御任せになられています。
よほどの事態でもない限りは、一々政務を直接的に手掛けられる事は、厳に慎まれているという事です。
何故なら古来より天皇が治らす統治を担われ、為政者が領く統治を担うという分担制であり、御互いの領域には決して立ち入らない事を不文律として遵守されて来たのですから。
天皇以外の者が治らす領域に足を踏み入れる事が許されないのは勿論、天皇の方も領く領域に足を踏み入れられる事を固く慎まれていたのです。
もし天皇が親政をしたり、実際の政務に口出しをされたとなると、それは天皇が領く領域に入って来られた事になり、シラス・ウシハクの統治原理が崩れてしまい、天子としての威厳や神聖性が損なわれてしまいます。
故に天皇親政というのはよほどの例外、異常事態なのです。
以上の事から我が国の天皇は、外国の君主と違って君臨されているだけでなく、統治までもされていますが、よほどの特殊な事情でもない限りは、政務を直接的に執られる事や、何らかの介入をされたりする事だけは、固く控えておられるだけに過ぎません。
以上を以て、本稿#4を終わります。
了
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『天皇論〜日本固有の道』
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本書庫の記事アップも本当に久し振りだなあ〜〜!
前後編併せて本書庫の更新は、実に1年5ヵ月ぶり!!!
2018/8/30(木) 午後 9:33
こんにちは。
うーん、ちょっとこのコメント欄では十分に意見しかねますが、日本の天皇という御存在は、厳格に原理原則で割り切れるものではなく、もっと融通無碍な存在でありながらも核心となる固有の芯がしっかりある、ということで、「しらす」の事はうなづけるものがありますが、引用文の國體観は戸松氏個人のイデオロギーと言えるのではないでしょうか。
明治期の天皇の在り方が異常であるとのことですが、これは日本を取り巻く国際情勢が異常であったからであって、だから幕末、水戸学に代表される儒教的國體論(一種のイデオロギー)に則って、皇室の下、日本の総力結集が行われたのです。それが明治維新であり、王政復古であり、「しらす」と「うしはく」の統一、幕末の言葉で言えば「公武合体」になったのです。王政復古の大号令も、五箇条の御誓文にも、その趣旨がちゃんと表れています。
そして、時間の長さから言えば短くて「異常」ということになるかもしれませんが、古代には自ら武器を取り、兵を率いた天皇も存在したわけで、何度も天皇親政の運動は起きているのが歴史事実です。
2019/3/29(金) 午後 6:37 [ 稲垣秀哉 ]
平常時、2つの原理は分離していて大丈夫ですが(むしろその方が政治的に優れている)、国難などの非常時には権威と権力の一体化の運動が起こっています。
日本の歴史全体を愛する立場から言えば、山本七平が主張するように、武家政治も優れていると言えますし、神武の創業に則ることを謳った明治維新も必然であったと思います。
逆に、戦後の自民党政治は朝幕併存体制のようなものですが、異常な国際状勢の下、大日本帝国を亡ぼした敵(グローバリスト)はその後も虎視眈々と国民国家としての日本を解体しようともくろんできたわけで、今や御代替わりを迎えて皇室も自民党政治も溶解しようとしています。
小生の國體論はこれに対抗する意志で書いているので、単に日本が受容してきた儒教の再評価にとどまるものではなく、それで見えてくる歴史を踏み越えなければならないのでは、という問題提議なのです。
2019/3/29(金) 午後 6:38 [ 稲垣秀哉 ]
>>稲垣秀哉さん
さて、御待たせ致しました。こちらにもどうもありがとうございました。
>>明治期の天皇の在り方が異常であるとのことですが<<
>>古代には自ら武器を取り、兵を率いた天皇も存在したわけで<<
ああ、それは「明治になって西洋化され・・・」以降の件ですね。
戸松氏は「明治になって天皇に軍服を着させ、大元帥にしてしまった」と批判されています。
つまり天皇を軍の最高司令官の地位に就かせた事が大層気に入らないらしいのですが、私も稲垣さんと同様、それは戸松氏の偏った見方だと思っています。
何せ戸松氏は「大日本帝国憲法が國體を歪めてる」と、否定的に捉えていますから。
稲垣さんも仰るように、私も同様に、「例えば初代の神武天皇からして、自ら甲冑を着て東征を率いたのに、何故このような事を言うのか?」と疑問に思ってます。
だからこうして転載したものの、私は決して戸松氏の論に100%賛同してる訳ではありません。
2019/3/30(土) 午後 1:19
>>それが明治維新であり、王政復古であり、「しらす」と「うしはく」の統一、幕末の言葉で言えば「公武合体」になったのです。王政復古の大号令も、五箇条の御誓文にも、その趣旨がちゃんと表れています。<<
それは五箇条の御誓文で言うと三番目の、
>>官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス<<
の事ですね。
>>平常時、2つの原理は分離していて大丈夫ですが(むしろその方が政治的に優れている)、国難などの非常時には権威と権力の一体化の運動が起こっています。<<
>>日本の歴史全体を愛する立場から言えば、山本七平が主張するように、武家政治も優れていると言えますし、神武の創業に則ることを謳った明治維新も必然であったと思います。<<
要するに平常時はシラスとウシハクが分離・併存した状態ですが、乱世とか一大改革時になると、度々シラスとウシハクの統合化、一元化が為されて来たという事になりますか。
2019/3/30(土) 午後 1:20
前編の方のコメ欄で私が引き合いに出した、天智天皇、白河上皇、後白河法皇、後鳥羽上皇、後醍醐天皇、明治天皇等のように。
だからと言って、そういう時期でも天皇が外国の専制君主のようになったという意味で言ってるのではありません。
実際の直接的な実務はあくまでも臣下に委ねた上で、という意味です。
尤も後醍醐天皇に限っては、実際の実務まで御自身で直接手掛けようとされたみたいですが。
平成の次の御世でも、出来れば分離併存型のままが望ましいです。
勿論「単なる象徴でいれば良い」、つまり「実権のない御飾りの御輿のままでいれば良い」などという不敬な思いからではありません。
伝統の則した知ら示す統治を体現して頂きたいと思うからです。
例えほんの一部とは言え、陛下御自ら領(うしは)かれる事までされるのは、問題があるような気がするのです。
>>大日本帝国を亡ぼした敵(グローバリスト)はその後も虎視眈々と国民国家としての日本を解体しようともくろんできたわけで、今や御代替わりを迎えて皇室も自民党政治も溶解しようとしています。<<
2019/3/30(土) 午後 1:23
此度の譲位が日本国憲法の枠組を超越するのかも知れず、そういう意味では希望があるのかも知れません。
実は私は少し前までは、譲位にはとても納得が行かず、反対だったのですよ。
しかしある人からの話を聞き、以来少しずつ考えを改め、今では僅かな懸念も残っているものの、寧ろその方が有益なのかも知れないと思うようになりました。
良くも悪くもこれまで続いた在り様は大きく変化するのかも知れません。
こう言うと陛下の政治利用みたいに聞こえてしまうかも知れませんが、此度の譲位を契機として、日本国憲法及び現行皇室典範の無効宣言と、大日本帝国憲法及び明治皇室典範の復元改正が実現すれば良いと考えてます。
日本国憲法及び現行皇室典範こそが日本解体の爆弾となりますし、グローバリストにとっては格好の武器となってしまいますから。
それを無効であると国会で宣言するのです。
稲垣さんがこのように考えておられるかどうかまでは分かりませんが、私はもう十年位前からそのように考えています。
そうなれば自民党などなくなっても構いません。
2019/3/30(土) 午後 1:25
私は元々自民党のファンという訳でもなく、他にマトモな政党が存在しないので、他と比べれば比較的マシな方という事で、消極的に支持していたに過ぎません。
だから自民党が解散しても別に何とも思いません。
ただ党はともかく、少なくとも安倍政権に限ってはまだ頑張ってもらいたいなと思いますが。
色々と不安や不満もありますが、現状他に首相を任せられそうな人がいないものですから・・・・
その不満の最たるものが、前述の日本国憲法及び現行皇室典範の無効宣言と、大日本帝国憲法及び明治皇室典範の復元改正をすべき事を、本当は知っているにも関わらず、いつまでも実行しようとしない事です。
2019/3/30(土) 午後 1:27
それどころか日本国憲法及び現行皇室典範の改正などというゴマカシでお茶濁そうとしていますから。
一体どのような理由や裏事情があるのかまでは知りませんが、少なくとも法理論的にはこれが正解な訳ですよ。
これさえ果たせば、戦後に生じたのあらゆる問題の大部分は自然と解消されるんですけどね。
グローバリストの侵略と破壊工作を撥ね退ける最大にして根本的な対策は、その無効宣言と原状回復です。
何だか話が取り留めもなくなりましたが、以上です。
2019/3/30(土) 午後 1:28
こんにちは。
こちらの方も、未整理なまま、急いでコメントしていたようで申し訳ありません。
ご丁寧にご返答いただきありがとうございます。
引用はしていても、戸松氏の考えは戸松氏の考え、【ZODIAC】さんの考えは【ZODIAC】の考えですものね。
ご意見を拝読して、歴史についても、また日本の現況についても愛国心を持ってよくお考えになられていることを知ることが出来て、とてもよかったです。
それでこそ、建設的な意見交換ができるというものです。
これからもよろしくお願いします!
2019/3/30(土) 午後 4:09 [ 稲垣秀哉 ]
>>稲垣秀哉さん
いえいえ。前編同様、どうか御気になさらず。
そしてそのように評して下さり、私としてもとても光栄に思います。
何しろ当方の記事群を、きちんと読み込んで下さる方が滅多にいないものですから、稲垣さんみたいな方は大変貴重なのですよ(笑)。
そちらのゲストブックでも戸松氏の思想は、「神道的な大らかさ、闊達さに欠け、教条主義的な窮屈さを感じる」と指摘されてましたが、確かに言われてみればそうかも知れません。
戸松氏の國體論や神道論は、ディープ過ぎると言いますか、まるで大学の講義みたいで、ほとんどの人はついて行くのが大変そうです(^^;)。
私も完全に理解出来てる訳ではありませんしね。
2019/3/31(日) 午前 10:16