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それについては上手く説明出来ないかも知れませんし、得心が行かないかも知れませんが。 別に賛同出来なければ、それでも構いません。意見の相違は仕方のない事ですから。 私は「法律論」と「政治論」を分けて考えようと思っています。 現行憲法改正派と自主憲法制定論派は、決まって法律論を蔑ろにして、政治論に偏っています。 それは遵法精神に欠けています。法を政治状況次第で、どうとでも都合良く捻じ曲げて解釈したり出来ると思っているのですから。 つまり法を政治の道具と思っている節が窺えます。 そういう人たちは決まって、 「無効宣言を果たす前に、敵が攻撃を仕掛けて来たらどうする?何も出来ないだろう。 だからより現実的な現行憲法の改正、又は現行憲法を破棄して自主憲法の制定がいいんだ。」 と言います。こんな事を言う人は無効論を正しく理解していません。これでは「無効宣言を果たすまでは、日本国憲法が憲法として有効である」という事になってしまいます。
2013/1/26(土) 午後 1:39
無効論とは「憲法としては元から無効であり、現在に至るまで一度も有効になった事がなく、将来に亘っても永久に、憲法として有効になる事はない。」というものです。 だから無効宣言が果たされていない現在でも無効である事には変わりなく、今のままでも軍事行動に出ても問題はありません。 「ならば無効宣言なんてやる意味がないだろう。」などと言われそうですが、確かに絶対にやらねばならない訳でもありませんが、それでも政治的な手続きとして、やらないよりはやった方が良いです。 国会において明確に宣言される事で、確実なものと出来ますから。 それらを踏まえた上で、具体的な実施手順は↓↓を参考にすれば良いと思います。 【新無効論の目的・論理概略・現実対処法】 http://inosisi80.iza.ne.jp/blog/entry/124923/ ↑↑はいのししさんのイザブログ版ですが、私はこれを元に記事でも書こうな、なんて思ったりもしています。
2013/1/26(土) 午後 1:41
さて、話を戻して。 上で言いました、 「無効宣言を果たす前に敵に攻められたら困るから、より実現の容易(?)な(日本国憲法の)改正で行くべき」 と言うのの他にも、承詔必謹論の、 「日本国憲法の成立に当たって、先帝陛下の玉璽が押印されたから、これを軽視する訳には行かない。」 などという主張も、 「憲法の条文を空文化、骨抜きにして、運用や解釈を変えて行って、実態を法の支配に即したものにする。」 などという主張も、これらは皆政治論であって、法律論ではありません。 「法の支配」から逸脱した、遵法精神を欠いた論理だと思います。 法律論は政治論によって左右されてはならないと思います。 南出氏は引き合いに出した事はありませんが、大津事件を範とすべきではないでしょうか? 言うまでもないでしょうけど、「大津事件」と言っても昨年起きた中学校のイジメ自殺事件の事ではなく、明治時代の日露戦争以前に起きた、津田三蔵巡査によるロシア皇太子への暗殺未遂事件の方です。
2013/1/26(土) 午後 1:43
この事件の審理に当たって、時の大審院長・児島惟謙(こじまこれかた)の、政治からの圧力を突っ撥ねて、司法の独立を固守した姿勢を見習いたいのです。 重大な国際問題に発展するから、政府当局者たちは揃って「津田を死刑にしろ!」と息巻いていました。 けれど当時の日本の法には、天皇及び皇族に対して危害を加えた者に対する罪名である大逆罪が存在しました。その罰は極刑です。 しかしこれはあくまでも、日本の天皇及び皇族に対するものであって、外国の皇族はその適用対象とはなっていませんでした。 政府は「それならば類推適用で大逆罪にして、津田を死刑にしろ!」と言い出しましたが、児島惟謙はその政治的圧力に屈しませんでした。 その結果、大逆罪ではなく、一般人に対する謀殺未遂罪の判決が下され、極刑ではなく無期懲役となりました。 以前も話した覚えがあるのですが(気のせいかも知れませんが^^;)、民法、憲法、商法等では類推適用が認められるにしても、唯一刑法だけは一切認められず、罪刑法定主義を厳守しなければなりません。
2013/1/26(土) 午後 1:44
この大津事件は当然ながら刑事事件ですので、刑法の範疇であり、罪刑法定主義で罪状を量るべき所を、国際政治や外交の都合上で法を捻じ曲げてでも死刑にしろという声が強かったのです。 当時の状況を考えれば、そのような恐慌状態に陥るのも分からなくもないのですが、しかしそれに従えば司法の自殺行為なので、児島惟謙は断固として突っ撥ねたのです。 児島だって当時の日本の置かれた状況を分かっていなかった訳ではなかったでしょう。それでも政治と司法は別物だという確固とした意識があったのです。 これが却って良い結果をもたらしました。 この判決が海外でも大きく報道されて、日本の司法に対して国際的な信用度が高まったのです。 この一事で日本が近代法を運用する主権国家として認められるようになり、当時進行中であった不平等条約改正への弾みになったのです。 故に私は政治上の都合がどうであれ、それによって法律とか國體が捻じ曲げられる事はあってはならないと思うのです。
2013/1/26(土) 午後 1:45
さて前置きが大分長くなりましたが、さざんかさんの言われる、 >私は憲法も、まずは現行憲法改正で、国民の考え方を少しづつ教育していくことから初めて、その後に国民の考え方が変化して行った機を見て、現行憲法無効論で無効宣言して、帝国憲法と、その時点の自主憲法とを整合させて、帝国憲法復活と、改正を同時にやり遂げたらどうか というのも、やはり法律論ではなく政治論だと思います。 >現行憲法は、改正したとしても、その無効性は変わらない と言うのはその通りですが、それでは「日本に革命が起こった事を認める」という事になってしまうのではないでしょうか? 元々無効なものを改正したとしても、法の支配に反するので無効ですが、政治的駆け引きの為に、國體に反するものを改正するという行為は、國體を蔑ろにする行為だと思いますので、それは避けるべきだと考えます。 それに日本国憲法を改正するには、衆参両院でそれぞれの総議員の三分の二以上の賛同を得てから、それを国民投票に懸けて、国民の賛成票の多数決で決定するという、実に七面倒臭い手続きの過程を踏まなければなりません。
2013/1/26(土) 午後 1:50
そんなのは実質上、実現不可能だと思います。 無効確認決議ならそんな面倒な事をしなくても、総議員の過半数の賛成で決議が出来ます。 衆参両院それぞれの過半数か、衆議院だけの過半数かまでは分かりませんが。 そして国民投票に懸ける必要もありませんし、一般国民の声など関係ありません。 國體(不文法)こそが最優先されるべきであり、国民の承認など不要だからです。 そういった配慮は政治論であって法律論ではないので、また別に考えるべきでしょう。 そして、 >今無効宣言すれば、むしろ中途半端な自主憲法が出てくる可能性があり、そうすれば二度と帝国憲法の復活はできません 今無効宣言をすれば、それはすなわち大日本帝国憲法の原状回復が自動的に為されますので、自主憲法とやらが這い出て来る余地はありません。 無効宣言をする事は、そのような訳の分からない憲法モドキの出現の芽を摘み取る事にもなります。 以上ですが、これで疑問に答え切れたかどうかは分かりませんし、賛同出来ないというのでしたら、それはそれで構いません。
2013/1/26(土) 午後 1:51
仰ることはよくわかります。私も法理論的には、全く正しいと思いますが、それを国民が受け入れるかどうかが、というかそれを国民が理解して、そのとおりになるかどうかが心配でした。 私は、日本は神国だと信じているので、帝国憲法が正統であるということがいつかは、国民全体で納得する時が来ると思っているのですが、それまでの過程が私にも暗中模索のような見えてこないところがあって、現状と重なって、いろいろ思い悩むところです。
2013/1/27(日) 午後 0:50 [ さざんか ]
古事記では、神武天皇が熊野で大熊に出会い、その毒気にあたって、天皇も軍勢も皆眠ってしまったと書いてあります。その時に 高天原から、天照大神と高木神の命を受け、建御雷神が地上を平定する時に使った太刀をその地の高倉下(たかくらじ)という人の倉に夢のお告げとともに、太刀を降し、それを高倉下が天皇に届けたら、天皇も軍勢もいっきに目覚めて、敵は自ずから敗れたと言います。 ひょっとしたら、これと同じように、日本人もいっきに目覚める時が来るのかもと思ったりします。その時に天上から降された太刀の役割をするのが、南出弁護士の無効論かもしれませんね。 私も無効論は正論だと思いますし、経緯も一気に無効宣言と同時に、帝国憲法が復活すればいいと思うのですが、石原慎太郎氏の様子などを見ていると、その後に結局帝国憲法を改正して自主憲法を作るような雰囲気に感じられて、それが心配です。 でも、人間の一人二人の考えだけで国が左右されるのではなく、いろいろな僥倖が重なって、いわば神意ともいうべきものが天 降るように、いつの間にか最もよい結果となるような気もします
2013/1/27(日) 午後 0:56 [ さざんか ]
私等のように無効の理論を知っている者と、それを全く知らない者との間には、かなりの温度差があるでしょうね。 いきなり言ったら、中にはビックリする者も少なからず出て来るやも知れません。 それでも最初は「ビックリさせ」なければならないでしょう。 何においても物事の始めというのは、そんなものなのかも知れませんから。 その古事記の記述は今まで全く知りませんでしたが(^^;)、もしかしたら南出氏や新無効論にはそういう使命が課されているのかも知れませんね。 石原慎太郎は結局は保守の何たるかを全く理解していない、右翼認知症ですからね。 昨年都議会において、「無効である。」と明言した事は、まあ一応の評価は出来ますが、それでも元々の理解度が浅過ぎます。 もうこれ以上、この御仁には何も期待していません。 あの一事で役割を終えたなと思っています。 それに維新の会みたいな所に身売りしてしまい、もう何がしたいんだかサッパリ解りません。今やもうどうでもイイ人です。
2013/1/28(月) 午前 9:29
国民全体の目を覚まさせる為には、多少乱暴とも思える事もしなくてはならないかも知れません。 過度に配慮し過ぎて、却って逆効果になる可能性もなくはないですから。 尤も、そんな強行手段を採らなくとも、道理を以って説得すれば大部分の人が理解を示してくれる可能性もまたなくもないです。 さざんかさんの言われるように「いつの間にか最良の結果になっていた」というのが望ましいのは、言うまでもありませんが。 その際に邪魔になるのが、無効論に反対する保守モドキの言論人たちの存在です。 この類の連中は、明確な左翼よりタチが悪いです。
2013/1/28(月) 午前 9:30
確かに、やってみれば意外と、国民は納得するかもしれませんね。 最初は衝撃かもしれませんが、学び始めたら、一気に目覚める可能性もありますね。やってしまえば、強硬手段でもなんでも、運よく行くような気もします。もしかしたら、帝国憲法こそが建御雷神の太刀そのものかもしれませんね。
2013/1/28(月) 午後 6:08 [ さざんか ]
ですね。私だって5、6年前までは、無効論なんて全然知らなかったのですから。 けれどすぐにこれは正しくて、凄い論理だと直感しましたよ。 だから私と同じような者が、これからも続々現れるかも知れません。(^^)v
2013/1/29(火) 午後 8:08
ほんとですね。 正しい理論というのは、説得力がありますものね。
2013/2/2(土) 午前 1:06 [ さざんか ]
はい、それでも元々の筋が悪い人も結構います。 そういう人は論理上の奇妙な陥穽に嵌り込んでしまって、珍妙な妄説ばかり展開しています。
2013/2/2(土) 午後 2:57
ほんとですね。
2013/2/5(火) 午前 11:52 [ さざんか ]
はい。谷田川惣とか、倉山満とか、上念司とか・・・・。 更に皇族であられる竹田恒泰氏まで・・・・・この方まで反対なのは何とも残念です・・・・(T_T)。
2013/2/6(水) 午前 10:27
竹田恒泰氏もそうですか、普通の保守派はほとんど、無効論は無理だと思っているのでしょうね。 倉山とかいう人のブログでは、大日本帝国憲法の講義までしているようなことが書いてあったようですが、皆おそらく帝国憲法の立派さはわかっているのでしょうが、復活は無理という意見なのでしょうか。
2013/2/15(金) 午後 1:51 [ さざんか ]
言論人でもブロガーでも、保守派を自任する人たちって、情緒論や政治論ばかりが先走っていて、法律論が伴っていない事がほとんどですね。 竹田氏や倉山氏や谷田川氏は、憲法学者とか、法学を学んだとか言う割に、おかしな論法が目立ちます。 もしかしたら、自説の誤りに内心気付いてはいるものの、つまらない面子に拘っているだけかも知れませんが。
2013/2/16(土) 午前 9:02
>2013/2/17(日) 午後 10:53の内緒さん 後日そちらへ御伺いしますので、御待ち下さい。
2013/2/19(火) 午後 9:12
今日11/3は明治天皇御生誕の日で 戦前は「明治節」と呼ばれていました。 今は文化の日と呼ばれて文化勲章の日だと思う人が多いでしょうが、文化勲章は後付けです。 明治天皇、60年に満たない短いご生涯の中で日本を強国に成長させ、国家の危機であった日露戦争に勝利した功績は日本人であれば忘れてはなりません。 意味不明な受賞者もいるような文化勲章の日なんてやめて「明治節」と言う祝日に変えたらどうかと思います。まあ、民主党政権では難しいでしょうが。 ...
2012/11/10(土) 午後 5:22 [ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
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それについては上手く説明出来ないかも知れませんし、得心が行かないかも知れませんが。
別に賛同出来なければ、それでも構いません。意見の相違は仕方のない事ですから。
私は「法律論」と「政治論」を分けて考えようと思っています。
現行憲法改正派と自主憲法制定論派は、決まって法律論を蔑ろにして、政治論に偏っています。
それは遵法精神に欠けています。法を政治状況次第で、どうとでも都合良く捻じ曲げて解釈したり出来ると思っているのですから。
つまり法を政治の道具と思っている節が窺えます。
そういう人たちは決まって、
「無効宣言を果たす前に、敵が攻撃を仕掛けて来たらどうする?何も出来ないだろう。
だからより現実的な現行憲法の改正、又は現行憲法を破棄して自主憲法の制定がいいんだ。」
と言います。こんな事を言う人は無効論を正しく理解していません。これでは「無効宣言を果たすまでは、日本国憲法が憲法として有効である」という事になってしまいます。
2013/1/26(土) 午後 1:39
無効論とは「憲法としては元から無効であり、現在に至るまで一度も有効になった事がなく、将来に亘っても永久に、憲法として有効になる事はない。」というものです。
だから無効宣言が果たされていない現在でも無効である事には変わりなく、今のままでも軍事行動に出ても問題はありません。
「ならば無効宣言なんてやる意味がないだろう。」などと言われそうですが、確かに絶対にやらねばならない訳でもありませんが、それでも政治的な手続きとして、やらないよりはやった方が良いです。
国会において明確に宣言される事で、確実なものと出来ますから。
それらを踏まえた上で、具体的な実施手順は↓↓を参考にすれば良いと思います。
【新無効論の目的・論理概略・現実対処法】
http://inosisi80.iza.ne.jp/blog/entry/124923/
↑↑はいのししさんのイザブログ版ですが、私はこれを元に記事でも書こうな、なんて思ったりもしています。
2013/1/26(土) 午後 1:41
さて、話を戻して。
上で言いました、
「無効宣言を果たす前に敵に攻められたら困るから、より実現の容易(?)な(日本国憲法の)改正で行くべき」
と言うのの他にも、承詔必謹論の、
「日本国憲法の成立に当たって、先帝陛下の玉璽が押印されたから、これを軽視する訳には行かない。」
などという主張も、
「憲法の条文を空文化、骨抜きにして、運用や解釈を変えて行って、実態を法の支配に即したものにする。」
などという主張も、これらは皆政治論であって、法律論ではありません。
「法の支配」から逸脱した、遵法精神を欠いた論理だと思います。
法律論は政治論によって左右されてはならないと思います。
南出氏は引き合いに出した事はありませんが、大津事件を範とすべきではないでしょうか?
言うまでもないでしょうけど、「大津事件」と言っても昨年起きた中学校のイジメ自殺事件の事ではなく、明治時代の日露戦争以前に起きた、津田三蔵巡査によるロシア皇太子への暗殺未遂事件の方です。
2013/1/26(土) 午後 1:43
この事件の審理に当たって、時の大審院長・児島惟謙(こじまこれかた)の、政治からの圧力を突っ撥ねて、司法の独立を固守した姿勢を見習いたいのです。
重大な国際問題に発展するから、政府当局者たちは揃って「津田を死刑にしろ!」と息巻いていました。
けれど当時の日本の法には、天皇及び皇族に対して危害を加えた者に対する罪名である大逆罪が存在しました。その罰は極刑です。
しかしこれはあくまでも、日本の天皇及び皇族に対するものであって、外国の皇族はその適用対象とはなっていませんでした。
政府は「それならば類推適用で大逆罪にして、津田を死刑にしろ!」と言い出しましたが、児島惟謙はその政治的圧力に屈しませんでした。
その結果、大逆罪ではなく、一般人に対する謀殺未遂罪の判決が下され、極刑ではなく無期懲役となりました。
以前も話した覚えがあるのですが(気のせいかも知れませんが^^;)、民法、憲法、商法等では類推適用が認められるにしても、唯一刑法だけは一切認められず、罪刑法定主義を厳守しなければなりません。
2013/1/26(土) 午後 1:44
この大津事件は当然ながら刑事事件ですので、刑法の範疇であり、罪刑法定主義で罪状を量るべき所を、国際政治や外交の都合上で法を捻じ曲げてでも死刑にしろという声が強かったのです。
当時の状況を考えれば、そのような恐慌状態に陥るのも分からなくもないのですが、しかしそれに従えば司法の自殺行為なので、児島惟謙は断固として突っ撥ねたのです。
児島だって当時の日本の置かれた状況を分かっていなかった訳ではなかったでしょう。それでも政治と司法は別物だという確固とした意識があったのです。
これが却って良い結果をもたらしました。
この判決が海外でも大きく報道されて、日本の司法に対して国際的な信用度が高まったのです。
この一事で日本が近代法を運用する主権国家として認められるようになり、当時進行中であった不平等条約改正への弾みになったのです。
故に私は政治上の都合がどうであれ、それによって法律とか國體が捻じ曲げられる事はあってはならないと思うのです。
2013/1/26(土) 午後 1:45
さて前置きが大分長くなりましたが、さざんかさんの言われる、
>私は憲法も、まずは現行憲法改正で、国民の考え方を少しづつ教育していくことから初めて、その後に国民の考え方が変化して行った機を見て、現行憲法無効論で無効宣言して、帝国憲法と、その時点の自主憲法とを整合させて、帝国憲法復活と、改正を同時にやり遂げたらどうか
というのも、やはり法律論ではなく政治論だと思います。
>現行憲法は、改正したとしても、その無効性は変わらない
と言うのはその通りですが、それでは「日本に革命が起こった事を認める」という事になってしまうのではないでしょうか?
元々無効なものを改正したとしても、法の支配に反するので無効ですが、政治的駆け引きの為に、國體に反するものを改正するという行為は、國體を蔑ろにする行為だと思いますので、それは避けるべきだと考えます。
それに日本国憲法を改正するには、衆参両院でそれぞれの総議員の三分の二以上の賛同を得てから、それを国民投票に懸けて、国民の賛成票の多数決で決定するという、実に七面倒臭い手続きの過程を踏まなければなりません。
2013/1/26(土) 午後 1:50
そんなのは実質上、実現不可能だと思います。
無効確認決議ならそんな面倒な事をしなくても、総議員の過半数の賛成で決議が出来ます。
衆参両院それぞれの過半数か、衆議院だけの過半数かまでは分かりませんが。
そして国民投票に懸ける必要もありませんし、一般国民の声など関係ありません。
國體(不文法)こそが最優先されるべきであり、国民の承認など不要だからです。
そういった配慮は政治論であって法律論ではないので、また別に考えるべきでしょう。
そして、
>今無効宣言すれば、むしろ中途半端な自主憲法が出てくる可能性があり、そうすれば二度と帝国憲法の復活はできません
今無効宣言をすれば、それはすなわち大日本帝国憲法の原状回復が自動的に為されますので、自主憲法とやらが這い出て来る余地はありません。
無効宣言をする事は、そのような訳の分からない憲法モドキの出現の芽を摘み取る事にもなります。
以上ですが、これで疑問に答え切れたかどうかは分かりませんし、賛同出来ないというのでしたら、それはそれで構いません。
2013/1/26(土) 午後 1:51
仰ることはよくわかります。私も法理論的には、全く正しいと思いますが、それを国民が受け入れるかどうかが、というかそれを国民が理解して、そのとおりになるかどうかが心配でした。
私は、日本は神国だと信じているので、帝国憲法が正統であるということがいつかは、国民全体で納得する時が来ると思っているのですが、それまでの過程が私にも暗中模索のような見えてこないところがあって、現状と重なって、いろいろ思い悩むところです。
2013/1/27(日) 午後 0:50 [ さざんか ]
古事記では、神武天皇が熊野で大熊に出会い、その毒気にあたって、天皇も軍勢も皆眠ってしまったと書いてあります。その時に
高天原から、天照大神と高木神の命を受け、建御雷神が地上を平定する時に使った太刀をその地の高倉下(たかくらじ)という人の倉に夢のお告げとともに、太刀を降し、それを高倉下が天皇に届けたら、天皇も軍勢もいっきに目覚めて、敵は自ずから敗れたと言います。
ひょっとしたら、これと同じように、日本人もいっきに目覚める時が来るのかもと思ったりします。その時に天上から降された太刀の役割をするのが、南出弁護士の無効論かもしれませんね。
私も無効論は正論だと思いますし、経緯も一気に無効宣言と同時に、帝国憲法が復活すればいいと思うのですが、石原慎太郎氏の様子などを見ていると、その後に結局帝国憲法を改正して自主憲法を作るような雰囲気に感じられて、それが心配です。
でも、人間の一人二人の考えだけで国が左右されるのではなく、いろいろな僥倖が重なって、いわば神意ともいうべきものが天
降るように、いつの間にか最もよい結果となるような気もします
2013/1/27(日) 午後 0:56 [ さざんか ]
私等のように無効の理論を知っている者と、それを全く知らない者との間には、かなりの温度差があるでしょうね。
いきなり言ったら、中にはビックリする者も少なからず出て来るやも知れません。
それでも最初は「ビックリさせ」なければならないでしょう。
何においても物事の始めというのは、そんなものなのかも知れませんから。
その古事記の記述は今まで全く知りませんでしたが(^^;)、もしかしたら南出氏や新無効論にはそういう使命が課されているのかも知れませんね。
石原慎太郎は結局は保守の何たるかを全く理解していない、右翼認知症ですからね。
昨年都議会において、「無効である。」と明言した事は、まあ一応の評価は出来ますが、それでも元々の理解度が浅過ぎます。
もうこれ以上、この御仁には何も期待していません。
あの一事で役割を終えたなと思っています。
それに維新の会みたいな所に身売りしてしまい、もう何がしたいんだかサッパリ解りません。今やもうどうでもイイ人です。
2013/1/28(月) 午前 9:29
国民全体の目を覚まさせる為には、多少乱暴とも思える事もしなくてはならないかも知れません。
過度に配慮し過ぎて、却って逆効果になる可能性もなくはないですから。
尤も、そんな強行手段を採らなくとも、道理を以って説得すれば大部分の人が理解を示してくれる可能性もまたなくもないです。
さざんかさんの言われるように「いつの間にか最良の結果になっていた」というのが望ましいのは、言うまでもありませんが。
その際に邪魔になるのが、無効論に反対する保守モドキの言論人たちの存在です。
この類の連中は、明確な左翼よりタチが悪いです。
2013/1/28(月) 午前 9:30
確かに、やってみれば意外と、国民は納得するかもしれませんね。
最初は衝撃かもしれませんが、学び始めたら、一気に目覚める可能性もありますね。やってしまえば、強硬手段でもなんでも、運よく行くような気もします。もしかしたら、帝国憲法こそが建御雷神の太刀そのものかもしれませんね。
2013/1/28(月) 午後 6:08 [ さざんか ]
ですね。私だって5、6年前までは、無効論なんて全然知らなかったのですから。
けれどすぐにこれは正しくて、凄い論理だと直感しましたよ。
だから私と同じような者が、これからも続々現れるかも知れません。(^^)v
2013/1/29(火) 午後 8:08
ほんとですね。
正しい理論というのは、説得力がありますものね。
2013/2/2(土) 午前 1:06 [ さざんか ]
はい、それでも元々の筋が悪い人も結構います。
そういう人は論理上の奇妙な陥穽に嵌り込んでしまって、珍妙な妄説ばかり展開しています。
2013/2/2(土) 午後 2:57
ほんとですね。
2013/2/5(火) 午前 11:52 [ さざんか ]
はい。谷田川惣とか、倉山満とか、上念司とか・・・・。
更に皇族であられる竹田恒泰氏まで・・・・・この方まで反対なのは何とも残念です・・・・(T_T)。
2013/2/6(水) 午前 10:27
竹田恒泰氏もそうですか、普通の保守派はほとんど、無効論は無理だと思っているのでしょうね。
倉山とかいう人のブログでは、大日本帝国憲法の講義までしているようなことが書いてあったようですが、皆おそらく帝国憲法の立派さはわかっているのでしょうが、復活は無理という意見なのでしょうか。
2013/2/15(金) 午後 1:51 [ さざんか ]
言論人でもブロガーでも、保守派を自任する人たちって、情緒論や政治論ばかりが先走っていて、法律論が伴っていない事がほとんどですね。
竹田氏や倉山氏や谷田川氏は、憲法学者とか、法学を学んだとか言う割に、おかしな論法が目立ちます。
もしかしたら、自説の誤りに内心気付いてはいるものの、つまらない面子に拘っているだけかも知れませんが。
2013/2/16(土) 午前 9:02
>2013/2/17(日) 午後 10:53の内緒さん
後日そちらへ御伺いしますので、御待ち下さい。
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