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孫臏はご引用のエピソードの他にも不倶戴天の敵・龐涓をかまどの数を意図的に作らすことにより死地に追いやるというある意味芸術的とも言える辣腕振りを発揮していますが、孫子の兵法の作者と歴史上思われていただけの該博さはありますね。
2012/7/9(月) 午後 4:59 [ 彩帆好男 ]
その竈の数の偽装工作の故事は、記事最後で触れた「馬陵の戦い」での逸話です。「馬陵の戦い」の話なら、旧ブログでも書きました。 旧ブログじゃ【第一七計 抛磚引玉】の故事として紹介しましたが、今度は【第一五計 調虎離山】の故事として紹介しようかと思います。 元祖の孫武と、その子孫の孫臏は、昔は同一人物じゃないのかと思われてたみたいですが、今から30年以上も前に『孫臏兵法』という書簡が発掘されて、別人だった事が判明したとか。
2012/7/9(月) 午後 6:43
なるほど。 これは孫臏と龐涓だから成立したとも言えますね。 孫臏ならば敵指揮官の気性を熟知し「どう反応するか」予測できますから。 相手が100%予測通りに動くかは、戦を始めてみなければ何とも言えません。 >邯鄲の包囲を解除させる事 に、関しては第二計を用いるのが効果的ですね^−^ >二等国の地位に転落し 当時の魏軍の構成を知らないので憶測ですが、 おそらく大敗した時に、軍の指揮をとる将領クラスの人材を失ったんじゃないでしょうか。 人命を軽視するわけではないですが、雑兵の補充はいくらでも可能です。 ですが将領クラスや技術職の人材は、一度払底すると数年やそこらでは補充できるものじゃないですから。
2012/7/29(日) 午前 10:05
魏軍の惜しいところは、移動における軍行動を各隊に任せたことですね。 大軍の行軍コースは道路の幅とかから、ある程度予測できるし、されるものです。 となれば伏兵が隠れる地点も自ずと絞れます。 当然、伏兵を警戒しなければならないし、警戒していれば「各々で〜」なんて命令は出さないはずです。 そんなことをすれば各個撃破されます(地形的に可能かは自分には判断しかねますが) 魏軍は余程焦っていたのだろうし、その焦りを生み出すためにも「相手にとって大事な要衝地」を攻撃するのが大事なんですね^^ 中国はスケールが大きいから読むと面白いですね イイね!ヽ(*´∀`)ノ★ぽち
2012/7/29(日) 午前 10:12
どうも御待たせしました。 二人は嘗ての同門だったので、孫臏は龐涓がどうしたらどう動くかを、よく知っていたのでしょう。 >おそらく大敗した時に、軍の指揮をとる将領クラスの人材を失ったんじゃないでしょうか。 >人命を軽視するわけではないですが、雑兵の補充はいくらでも可能です。 >ですが将領クラスや技術職の人材は、一度払底すると数年やそこらでは補充できるものじゃないですから。 それは正に「千軍は得易く、一将は求め難し」「万卒は得易く、一将は求め難し」という諺そのものですね。 そして後半部分に関しては、私も同感です。 待ち伏せした桂陵という地は、恐らくは伏兵を仕込むのに適した地形だったのかも知れません。 岩陰や高台から弩や弓とかを射たのが主だったかも。 元史料にはそこまで詳細には記述されてはいませんでしたが。 >魏軍の惜しいところは、移動における軍行動を各隊に任せたことですね。
2012/7/30(月) 午後 0:55
状況的な理由もあるでしょうし、もし大梁を陥されたら、本当に致命的だったかと思われます。ですがこれは龐涓個人の性格もあるかと思います。 裸一貫から一国の将軍(それも最高位クラス)にまで出世した位だから、根本的には決して愚かな筈はないのですが、どうも精神的なユトリとか、美風とか、雅量みたいなものを感じられないのですよね。 まあ親友を罠に嵌めて抹殺しようとした位ですから・・・・(^^;)。 >大軍の行軍コースは道路の幅とかから、ある程度予測できるし、されるものです。となれば伏兵が隠れる地点も自ずと絞れます。 ですね。大軍だとどうしても通れるコースが限られて来ますからね。 >当然、伏兵を警戒しなければならないし、警戒していれば「各々で〜」なんて命令は出さないはずです。 >そんなことをすれば各個撃破されます(地形的に可能かは自分には判断しかねますが) この辺りが龐涓の思考がイマイチよく分からない所です。
2012/7/30(月) 午後 0:57
龐涓が伏兵の可能性に全く思い至らなかった程、愚かだとも思えないので、伏兵に遭う事もある程度は覚悟の上で、各自銘々に急行軍を掛けさせたのでしょうかね?そこが謎なのですが。 勿論栞さんの言われるように「余程焦っていた」のは間違いないかと思えますが。 >その焦りを生み出すためにも「相手にとって大事な要衝地」を攻撃するのが大事なんですね^^ そうなのです。それこそがこの囲魏救趙計の肝でしょう。 相手の急所・泣き所を攻める。個人であれ集団であれ、これでまず間違いなく戦力は低下します。 他には幾方向からも攻撃を加えて、あちこちに対処させるよう仕向ける事で、戦力の分散化を図るという運用法もありますが。 >中国はスケールが大きいから読むと面白いですね 良い意味でも悪い意味でも、あらゆる物事や事象が、日本とは桁違いになりますよね。人口と国土の規模がデカい分。 最後に「イイね」をどうもありがとうございました。
2012/7/30(月) 午後 0:58
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孫臏はご引用のエピソードの他にも不倶戴天の敵・龐涓をかまどの数を意図的に作らすことにより死地に追いやるというある意味芸術的とも言える辣腕振りを発揮していますが、孫子の兵法の作者と歴史上思われていただけの該博さはありますね。
2012/7/9(月) 午後 4:59 [ 彩帆好男 ]
その竈の数の偽装工作の故事は、記事最後で触れた「馬陵の戦い」での逸話です。「馬陵の戦い」の話なら、旧ブログでも書きました。
旧ブログじゃ【第一七計 抛磚引玉】の故事として紹介しましたが、今度は【第一五計 調虎離山】の故事として紹介しようかと思います。
元祖の孫武と、その子孫の孫臏は、昔は同一人物じゃないのかと思われてたみたいですが、今から30年以上も前に『孫臏兵法』という書簡が発掘されて、別人だった事が判明したとか。
2012/7/9(月) 午後 6:43
なるほど。
これは孫臏と龐涓だから成立したとも言えますね。
孫臏ならば敵指揮官の気性を熟知し「どう反応するか」予測できますから。
相手が100%予測通りに動くかは、戦を始めてみなければ何とも言えません。
>邯鄲の包囲を解除させる事
に、関しては第二計を用いるのが効果的ですね^−^
>二等国の地位に転落し
当時の魏軍の構成を知らないので憶測ですが、
おそらく大敗した時に、軍の指揮をとる将領クラスの人材を失ったんじゃないでしょうか。
人命を軽視するわけではないですが、雑兵の補充はいくらでも可能です。
ですが将領クラスや技術職の人材は、一度払底すると数年やそこらでは補充できるものじゃないですから。
2012/7/29(日) 午前 10:05
魏軍の惜しいところは、移動における軍行動を各隊に任せたことですね。
大軍の行軍コースは道路の幅とかから、ある程度予測できるし、されるものです。
となれば伏兵が隠れる地点も自ずと絞れます。
当然、伏兵を警戒しなければならないし、警戒していれば「各々で〜」なんて命令は出さないはずです。
そんなことをすれば各個撃破されます(地形的に可能かは自分には判断しかねますが)
魏軍は余程焦っていたのだろうし、その焦りを生み出すためにも「相手にとって大事な要衝地」を攻撃するのが大事なんですね^^
中国はスケールが大きいから読むと面白いですね イイね!ヽ(*´∀`)ノ★ぽち
2012/7/29(日) 午前 10:12
どうも御待たせしました。
二人は嘗ての同門だったので、孫臏は龐涓がどうしたらどう動くかを、よく知っていたのでしょう。
>おそらく大敗した時に、軍の指揮をとる将領クラスの人材を失ったんじゃないでしょうか。
>人命を軽視するわけではないですが、雑兵の補充はいくらでも可能です。
>ですが将領クラスや技術職の人材は、一度払底すると数年やそこらでは補充できるものじゃないですから。
それは正に「千軍は得易く、一将は求め難し」「万卒は得易く、一将は求め難し」という諺そのものですね。
そして後半部分に関しては、私も同感です。
待ち伏せした桂陵という地は、恐らくは伏兵を仕込むのに適した地形だったのかも知れません。
岩陰や高台から弩や弓とかを射たのが主だったかも。
元史料にはそこまで詳細には記述されてはいませんでしたが。
>魏軍の惜しいところは、移動における軍行動を各隊に任せたことですね。
2012/7/30(月) 午後 0:55
状況的な理由もあるでしょうし、もし大梁を陥されたら、本当に致命的だったかと思われます。ですがこれは龐涓個人の性格もあるかと思います。
裸一貫から一国の将軍(それも最高位クラス)にまで出世した位だから、根本的には決して愚かな筈はないのですが、どうも精神的なユトリとか、美風とか、雅量みたいなものを感じられないのですよね。
まあ親友を罠に嵌めて抹殺しようとした位ですから・・・・(^^;)。
>大軍の行軍コースは道路の幅とかから、ある程度予測できるし、されるものです。となれば伏兵が隠れる地点も自ずと絞れます。
ですね。大軍だとどうしても通れるコースが限られて来ますからね。
>当然、伏兵を警戒しなければならないし、警戒していれば「各々で〜」なんて命令は出さないはずです。
>そんなことをすれば各個撃破されます(地形的に可能かは自分には判断しかねますが)
この辺りが龐涓の思考がイマイチよく分からない所です。
2012/7/30(月) 午後 0:57
龐涓が伏兵の可能性に全く思い至らなかった程、愚かだとも思えないので、伏兵に遭う事もある程度は覚悟の上で、各自銘々に急行軍を掛けさせたのでしょうかね?そこが謎なのですが。
勿論栞さんの言われるように「余程焦っていた」のは間違いないかと思えますが。
>その焦りを生み出すためにも「相手にとって大事な要衝地」を攻撃するのが大事なんですね^^
そうなのです。それこそがこの囲魏救趙計の肝でしょう。
相手の急所・泣き所を攻める。個人であれ集団であれ、これでまず間違いなく戦力は低下します。
他には幾方向からも攻撃を加えて、あちこちに対処させるよう仕向ける事で、戦力の分散化を図るという運用法もありますが。
>中国はスケールが大きいから読むと面白いですね
良い意味でも悪い意味でも、あらゆる物事や事象が、日本とは桁違いになりますよね。人口と国土の規模がデカい分。
最後に「イイね」をどうもありがとうございました。
2012/7/30(月) 午後 0:58