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幕府〜もともとの意味は、こっちなんですよね^^ 李牧のやり方は臆病に見えたけど、 実際は損害を最小に留めた最善の策だったということか。 でも、それを周囲は考えが及ばず、李牧を更迭してから気づいたって皮肉な話です。 後任が戦に勝ったとしても、農地や家畜に相応の被害が出ただろうから、 その損失を埋めるのが大変だったはずです。 復興したころに匈奴は来るだろうから、戦い続けたらキリないだろうしなぁ さて次はどうなる?ヽ(*´∀`)ノ★ぽち
2012/8/5(日) 午前 11:22
いつも多忙な合間を縫って御越し下さり、そしてポチ感謝です。 リンク先の語句註釈まで読んで下さり、光栄です!解り辛い所はなかったでしょうか? この李牧の例に限らず、消極的で防戦一方に徹する路線というのは、いつの時代でもどこの国でも不評を買い易いものです。 「ファビアン戦略」というのは兎角爽快感に欠けるものでしょう。 「ファビアン戦略」とは持久戦法の事ですが。 尤も「ファビアン戦略」とこの李牧の戦略は「ファビアン戦略」とは少々異なるのですが、それでも敢えて話しますと・・・・・・これは古代ローマとカルタゴが戦った第二次ポエニ戦争、別名「ハンニバル戦争」の時に、天才将軍ハンニバル率いるカルタゴ軍と戦った、ローマ軍の司令官であるクィントゥス・ファビウス・マクシムスの名に由来します。 ハンニバルたちは本国カルタゴから遠く離れたイタリア半島まで入り込んで来たので、兵站がネックとなっていました。 だからこそカルタゴ軍は行く先々で略奪とかして補給するしかないのですが、ファビウスはそこに目を着けました。
2012/8/6(月) 午前 10:05
ハンニバルは戦争の天才なので、まともに勝負したらまず勝てないので、ファビウスはハンニバルと直接交戦する事を避け続けました。 その代わりにハンニバル軍の行軍路を予測し、略奪を阻止する為に行軍路上にある土地を全て焼き尽しました。いわゆる焦土作戦です。 狙い通り兵站の弱いハンニバル軍には効きました。 にも関わらず、これは散々な不評を買いました。 焦土化された土地の住民だけでなく、中央政府までも、あまりの消極的な戦いぶりに非難囂々でした。 その為にファビウス・マクシムスは「クンクタートル」という不名誉な綽名まで着けられてしまいました。 ラテン語で「グズ」「のろま」という意味です。 ファビウスの戦略を理解しないまま、中央はファビウスを更迭して、別の人間と交替させました。 勿論後任者はファビウスとは正反対に、積極的に戦いました。けれど結果的に致命的な大敗北を喫しました。
2012/8/6(月) 午前 10:08
これによりハンニバルとは真正面から戦っても勝てない事をローマはようやく悟り、ファビウスの戦略の正しさを認めるようになったのです。 以来ファビウスに着けられた綽名「クンクタートル」は、「グズ」「のろま」という蔑称から、「細心」「周到」「慎重」といった意味に変わりました。 それでファビウスは司令官に再任され、再び同じ持久戦法を用いて、再びハンニバルたちを苦しめました。 そして最後まで決定的な一戦こそなかったものの、兵站を閉ざされてすっかり弱り切っていたカルタゴ軍は、それ以上の戦闘継続が不可能となり、ハンニバルは遂に断念して、カルタゴへ撤退する事になりました。 ローマ側の損害を最小限に抑えた上での戦略的勝利です。
2012/8/6(月) 午前 10:09
積極的に攻撃を仕掛けてハンニバルをも閉口させた猛将マルクス・クラウディウス・マルケルスが「ローマの剣」あるいは「イタリアの剣」と呼ばれたのに対し、防御重視のファビウスは「ローマの盾」あるいは「イタリアの盾」と呼ばれました。 以上のこの話は、≪第一九計 釜底抽薪≫の故事として書き上げる予定です。 このクィントゥス・ファビウス・マクシムスと李牧の話はよく似てますが、両者を比べると、李牧は持久戦術の意図ももしかしたら多少はあったかも知れませんが、どちらかと言うと、長年懸けて匈奴を油断させるという意図が強かったと思います。
2012/8/6(月) 午前 10:12
名将というのは、すべてを計算して、計画をたてるのでしょうが、衆人は 一部分のみを見て、判断するから、まさに燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや、そのままの状態が起こりますね。 それにしても、君主は将軍の人となりをしっかりと見て、完全に信頼するということはないのでしょうか。自分の思い通りでないと、更迭したのでは、せっかくの計画も中途で挫折しますね。 明治天皇は、最後まで乃木将軍を信じて更迭されなかったのは、さすがですね。
2012/8/17(金) 午後 5:11 [ さざんか ]
そうなのですよ。支那史上では頻繁に現れる事態でして、どうも君主の周囲が讒言するのですよ。 嫉妬だったり、私怨だったり、政敵を蹴落とす為だったり。 君主の側近(主に宦官)が前線まで監察に派遣されるのですが、その時にそこの司令官が監察官に賄賂を贈らないと、監察官が宮廷へ帰着してから、何を言われるか判ったものじゃありません。 ある事ない事織り交ぜられて、ボロクソ扱き下ろされますから。その司令官が君主に嫌われていると尚更です。 全体的に見て名君と評価出来る人物の中にも、しばしばそういった側近の讒言に惑わさてしまい、味噌を付けてしまった残念な君主もいます。勿論惑わされなかった君主もいますが。
2012/8/19(日) 午前 9:35
明治天皇は真に偉大な帝王であられましたな。 そうですよ、乃木希典陸軍大将率いる第三軍団が旅順攻略に手間取り過ぎて、無駄に損失ばかり出していると、前線だけでなく世論でもそのように酷評されていた真っ只中にあって、明治天皇は「乃木だからこそ・・・」と全幅の信頼を置いていました。 これって凄い事だと思います。誰にでも出来る事ではありません。 『坂の上の雲』の中では乃木大将は、第三軍参謀長の伊地知幸介少将と揃って、ボロクソ扱き下ろされてましたけど。 だけど現在冷静に評価し直してみると、この時に乃木大将や伊地知少将を更迭しなくて正解だったかと思います。
2012/8/19(日) 午前 9:36
戦略もなく感情に任せたやり方、どこかの国の火病みたいですが、一番損失を被るという事ですね。傑作&TBします。
2012/8/20(月) 午後 3:55
早速来て下さり、どうもありがとうございました。(^^)ノ まずは始めに連続ポチ&返礼TBを、纏めて感謝御礼申し上げます。 まあそうですね。その場の感情や勢いだけで、軽々しく開戦すべきではないですね。 ちゃんとした勝算を立てないと・・・・。
2012/8/21(火) 午前 8:18
最近は近隣諸国による日本領土に対する不法侵入が後を絶たない。特に韓国による竹島、そしてシナによる尖閣諸島。 竹島に関しては大統領自らが不法侵入をし事実上の刑法犯となりながら何もできず、尖閣に関しては活動家と呼ばれる連中を無償で祖国に送りかえている。勿論法的な制裁は逮捕を除くとゼロである。 自民党小泉政権下での政治判断をまねての事だろうが、...
2012/8/20(月) 午後 3:55 [ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
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幕府〜もともとの意味は、こっちなんですよね^^
李牧のやり方は臆病に見えたけど、
実際は損害を最小に留めた最善の策だったということか。
でも、それを周囲は考えが及ばず、李牧を更迭してから気づいたって皮肉な話です。
後任が戦に勝ったとしても、農地や家畜に相応の被害が出ただろうから、
その損失を埋めるのが大変だったはずです。
復興したころに匈奴は来るだろうから、戦い続けたらキリないだろうしなぁ
さて次はどうなる?ヽ(*´∀`)ノ★ぽち
2012/8/5(日) 午前 11:22
いつも多忙な合間を縫って御越し下さり、そしてポチ感謝です。
リンク先の語句註釈まで読んで下さり、光栄です!解り辛い所はなかったでしょうか?
この李牧の例に限らず、消極的で防戦一方に徹する路線というのは、いつの時代でもどこの国でも不評を買い易いものです。
「ファビアン戦略」というのは兎角爽快感に欠けるものでしょう。
「ファビアン戦略」とは持久戦法の事ですが。
尤も「ファビアン戦略」とこの李牧の戦略は「ファビアン戦略」とは少々異なるのですが、それでも敢えて話しますと・・・・・・これは古代ローマとカルタゴが戦った第二次ポエニ戦争、別名「ハンニバル戦争」の時に、天才将軍ハンニバル率いるカルタゴ軍と戦った、ローマ軍の司令官であるクィントゥス・ファビウス・マクシムスの名に由来します。
ハンニバルたちは本国カルタゴから遠く離れたイタリア半島まで入り込んで来たので、兵站がネックとなっていました。
だからこそカルタゴ軍は行く先々で略奪とかして補給するしかないのですが、ファビウスはそこに目を着けました。
2012/8/6(月) 午前 10:05
ハンニバルは戦争の天才なので、まともに勝負したらまず勝てないので、ファビウスはハンニバルと直接交戦する事を避け続けました。
その代わりにハンニバル軍の行軍路を予測し、略奪を阻止する為に行軍路上にある土地を全て焼き尽しました。いわゆる焦土作戦です。
狙い通り兵站の弱いハンニバル軍には効きました。
にも関わらず、これは散々な不評を買いました。
焦土化された土地の住民だけでなく、中央政府までも、あまりの消極的な戦いぶりに非難囂々でした。
その為にファビウス・マクシムスは「クンクタートル」という不名誉な綽名まで着けられてしまいました。
ラテン語で「グズ」「のろま」という意味です。
ファビウスの戦略を理解しないまま、中央はファビウスを更迭して、別の人間と交替させました。
勿論後任者はファビウスとは正反対に、積極的に戦いました。けれど結果的に致命的な大敗北を喫しました。
2012/8/6(月) 午前 10:08
これによりハンニバルとは真正面から戦っても勝てない事をローマはようやく悟り、ファビウスの戦略の正しさを認めるようになったのです。
以来ファビウスに着けられた綽名「クンクタートル」は、「グズ」「のろま」という蔑称から、「細心」「周到」「慎重」といった意味に変わりました。
それでファビウスは司令官に再任され、再び同じ持久戦法を用いて、再びハンニバルたちを苦しめました。
そして最後まで決定的な一戦こそなかったものの、兵站を閉ざされてすっかり弱り切っていたカルタゴ軍は、それ以上の戦闘継続が不可能となり、ハンニバルは遂に断念して、カルタゴへ撤退する事になりました。
ローマ側の損害を最小限に抑えた上での戦略的勝利です。
2012/8/6(月) 午前 10:09
積極的に攻撃を仕掛けてハンニバルをも閉口させた猛将マルクス・クラウディウス・マルケルスが「ローマの剣」あるいは「イタリアの剣」と呼ばれたのに対し、防御重視のファビウスは「ローマの盾」あるいは「イタリアの盾」と呼ばれました。
以上のこの話は、≪第一九計 釜底抽薪≫の故事として書き上げる予定です。
このクィントゥス・ファビウス・マクシムスと李牧の話はよく似てますが、両者を比べると、李牧は持久戦術の意図ももしかしたら多少はあったかも知れませんが、どちらかと言うと、長年懸けて匈奴を油断させるという意図が強かったと思います。
2012/8/6(月) 午前 10:12
名将というのは、すべてを計算して、計画をたてるのでしょうが、衆人は
一部分のみを見て、判断するから、まさに燕雀いずくんぞ鴻鵠の志を知らんや、そのままの状態が起こりますね。
それにしても、君主は将軍の人となりをしっかりと見て、完全に信頼するということはないのでしょうか。自分の思い通りでないと、更迭したのでは、せっかくの計画も中途で挫折しますね。
明治天皇は、最後まで乃木将軍を信じて更迭されなかったのは、さすがですね。
2012/8/17(金) 午後 5:11 [ さざんか ]
そうなのですよ。支那史上では頻繁に現れる事態でして、どうも君主の周囲が讒言するのですよ。
嫉妬だったり、私怨だったり、政敵を蹴落とす為だったり。
君主の側近(主に宦官)が前線まで監察に派遣されるのですが、その時にそこの司令官が監察官に賄賂を贈らないと、監察官が宮廷へ帰着してから、何を言われるか判ったものじゃありません。
ある事ない事織り交ぜられて、ボロクソ扱き下ろされますから。その司令官が君主に嫌われていると尚更です。
全体的に見て名君と評価出来る人物の中にも、しばしばそういった側近の讒言に惑わさてしまい、味噌を付けてしまった残念な君主もいます。勿論惑わされなかった君主もいますが。
2012/8/19(日) 午前 9:35
明治天皇は真に偉大な帝王であられましたな。
そうですよ、乃木希典陸軍大将率いる第三軍団が旅順攻略に手間取り過ぎて、無駄に損失ばかり出していると、前線だけでなく世論でもそのように酷評されていた真っ只中にあって、明治天皇は「乃木だからこそ・・・」と全幅の信頼を置いていました。
これって凄い事だと思います。誰にでも出来る事ではありません。
『坂の上の雲』の中では乃木大将は、第三軍参謀長の伊地知幸介少将と揃って、ボロクソ扱き下ろされてましたけど。
だけど現在冷静に評価し直してみると、この時に乃木大将や伊地知少将を更迭しなくて正解だったかと思います。
2012/8/19(日) 午前 9:36
戦略もなく感情に任せたやり方、どこかの国の火病みたいですが、一番損失を被るという事ですね。傑作&TBします。
2012/8/20(月) 午後 3:55
早速来て下さり、どうもありがとうございました。(^^)ノ
まずは始めに連続ポチ&返礼TBを、纏めて感謝御礼申し上げます。
まあそうですね。その場の感情や勢いだけで、軽々しく開戦すべきではないですね。
ちゃんとした勝算を立てないと・・・・。
2012/8/21(火) 午前 8:18