YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

第一三計 打草驚蛇

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第一三計 打草驚蛇








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 計略名の意味は「藪を突いて蛇を出す。」つまり「藪蛇」という意味と、「草叢を叩いて蛇を燻り出す。」の二種類ある。
 前者だと不注意からカウンターを喰らう、つまり対抗措置を取られてしまうという事を戒めている。
 後者だと直接蛇を叩くのではなく、蛇が潜んでいる草叢を叩いて蛇を驚かせて、蛇を遠くへ追い払ったり、蛇の居場所や動きを把握する事を示唆している。
 解題でも述べたように、この計略の趣旨は「敵情偵察・敵情把握の計略」「敵の隠された真意を見抜く計略」である。
 他の言い回しだと「鎌を掛ける計略」又は【第六計 声東撃西】とは違った意味で「相手をフェイントで引っ掛ける計略」となろうか。
 この計略で重要なのは、「驚蛇(蛇を探る事)」よりも「打草(草叢の叩き方)」の方である。
 つまり「驚蛇」──────敵の戦力・作戦・居場所・部隊配置・行軍路・目的・正体・動向等が何なのか──────という以上に、「打草」──────それ等を炙り出し、明るみに出す為の手段──────の方である。
「草叢の叩き方」が稚拙だと、「蛇」にこちらの意図を勘付かれて、まんまと逃げられてしまう。
 だからこそ、燻り出そうとしているこちらの意図を「蛇」に気付かせないように、巧妙に「草叢を叩く」必要がある。
 つまりは「驚蛇」ではなく、「打草」の方の巧拙こそが、この計略を成功させられるかどうかの鍵となる。
 だからと言って何も、全てにおいて鎌を掛けたり、トリッキーでペテン的な手法ばかりを用いる訳でもなく、一定の法則に基いた観察法もある。
 それに関しては『孫子』の第九篇『行軍篇(こうぐんへん)』において、敵情の偵察・探知の心得や具体的なノウハウを、詳細に説いている。長いので原文の紹介は割愛し、現代語訳のみにする。


>>>>>>>>>>>>>>
 敵軍が自軍の目と鼻の先まで接近していながら静まり返っているのは、地形の険阻さを恃んでいる。
 敵軍が遠く離れて布陣していながら頻りに挑発して来るのは、こちらを誘い出そうとしている。
 敵軍が敢えて険阻な地形を棄て、平坦な地形に布陣しているのは、そこに何らかの利点を見い出している。
 木々が揺れ動いているのは、敵軍が進軍して来たのである。
 草叢に色々な仕掛けを施してあるのは、こちらの動きを牽制しようとしている。
 鳥の群れが飛び立つのは、伏兵が潜んでいる証拠である。
 獣が驚いて走り出すのは、奇襲部隊が襲来している。
 土埃(つちぼこり)が真っ直ぐに高く舞い上がるのは、戦車部隊の進撃による。
 土埃が低く一面に広がっているのは、歩兵部隊の進撃による。
 土埃があちこちで細い筋のように上がっているのは、敵軍が薪を採っている。
 土埃が微かに移動しながら舞い上がるのは、敵軍が宿営の準備をしている。
 敵軍の軍使が謙遜した、柔らかな口上を述べながら、それとは裏腹に敵軍が守りを固めているのは、実は敵軍が進攻の準備に取り掛かっている。
 反対に敵軍の軍使が居丈高で、高圧的な口上を捲くし立てながら、こちらへ進攻する姿勢を示しているのは、実は敵軍が退却の準備に取り掛かっている。
 敵軍の戦車が前面に押し出て来て、布陣の両翼を固めているのは、実は敵軍が陣地の構築に取り掛かっている。
 敵軍が何の脈絡もなく、突然講和を申し入れて来るのは、何らかの策謀がある。
 敵陣内の動きが慌しく、頻りに戦車を連ねているのは、決戦を期している。
 敵軍が頻りに進んでは退き、頻りに退いては進むのは、こちらを誘い込もうとしている。
 敵軍兵士が杖を突きながら立ったり歩いたりしているのは、食糧不足に陥り飢えている。
 敵軍兵士が水汲みに出て来て、汲んだ本人が真っ先に水を飲んでいるのは、水不足に陥り渇いている。
 敵軍にとって有利な状況が明らかなのにも関わらず、敵軍がこちらへ進撃して来ないのは、疲労困憊している。
 敵陣営の上に鳥が群がっているのは、敵軍が既に陣営を引き払い、無人となっているからである。





後編へ続く

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閉じる コメント(19)

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なるほど、たしかに草叢の叩き方こそが重要ですね。王魯の言葉からも、住人たちは、むしろやぶ蛇なことをしてしまったのではという気がしますものね。
ところで、孫子の行軍篇を読むと、鳥の群れが飛び立つと、伏兵がいるというのは、八幡太郎義家でしたか?これで察知した話がありますよね。大江匡房から習ったとか言うことだった気がしますが、大江匡房は孫子を勉強していたのですね。うろ覚えの話ですが。

2012/9/21(金) 午後 0:49 [ さざんか ]

王魯の話は結末が不明なので、住民にとって吉と出たか、凶と出たかは定かではないですが、どうなったんでしょうね?


八幡太郎義家のその故事自体なら前から知ってました。
その逸話は後三年の役における話だそうで。

大江匡房は当代きっての碩学で、儒学だけでなく兵法にも精通してたみたいですね。
匡房は義家の事を、武勇はあっても兵法を知らないと窘めて、以来義家は匡房に弟子入りして、兵法を学んだとか。

恐らくは『孫子』を学んだのでしょう。
だから鳥の群れが乱れたのを見て、伏兵を察知出来たのでしょうね。

2012/9/22(土) 午前 11:06 ZODIAC12

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孫子はこの頃すでに日本で兵法イコール孫子みたいな扱いだったのでしょうね。それにしても、八幡太郎義家は、正房に注意されてすぐに弟子入りするとは、柔軟な心の持ち主だったのでしょうね。
大江匡房も八幡太郎義家も、歴史に残る人物だけあって、当時の初期の頃の武士のかっこ良さがありますね。

2012/10/5(金) 午後 10:03 [ さざんか ]

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こちらも遅くなりました。

この二人についてはほとんどよく知らないのですが(^^;)。
それでも義家を主人公とした小説なんかを読むと、どうやら快男児だったようですね。
小説だという事もあるでしょうけど、確かに格好良く描かれていました。尤も史実上での実像と、そう懸け離れてはいないでしょうが。

この頃でも兵法書は、『孫子』の他にも『六韜』も読まれてたようです。
藤原氏はこれらで権謀術数のノウハウを研究してたとか。

2012/10/9(火) 午後 8:11 ZODIAC12

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『孫子』の他にも『六韜』というのがあるのですか。字は見たことある気もします。
それにしても、藤原氏は権力欲がすごいものですね。一族には良い人も悪い人もいたでしょうが、一族全体の志向はやはり権力欲で、平安時代は、そのために藤原一族の私利私欲のために、地方が荒れたとも聞きました。
皇室も常に、こうした権力を私物化した勢力から、本来の正常なあり方に直すという歴史のようでもありますね。

2012/10/13(土) 午前 0:00 [ さざんか ]

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どうもまた御待たせしました(^^;)。


はい、『六韜』は「ろくとう」ではなく「りくとう」と読みます。

『孫子』『六韜』の他に、『呉子(ごし)』『司馬法(しばほう)』『三略(さんりゃく)』『尉綾子(うつりょうし)』『李衛公問対(りえいこうもんたい)』を併せて、「武経七書(ぶきょうしちしょ)」と総称されます。


そして『六韜』というタイトルの意味ですが。
「韜」とは弓や剣などの武器を入れる革袋の事です。
つまり武器ではなく、兵法の秘訣を納めているという意味を込めてのネーミングでしょう。

内容は大きく分けて六部構成で、全部で六十篇となっています。


◎文韜(ぶんとう)・・・・・第一篇〜第十二篇:戦を始めるに際し、何をすべきか?主に政治の問題を説いている。

◎武韜(ぶとう)・・・・・第十三篇〜第十七篇:政治戦略を説いている。

◎竜韜(りゅうとう)・・・・・第十八篇〜第三十篇:作戦指揮や兵力配置を説く。

◎虎韜(ことう)・・・・・第三十一篇〜第四十二篇:平野部で戦う際の戦略戦術、武器の使用法などを説く。

2012/10/14(日) 午後 0:01 ZODIAC12

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◎豹韜(ひょうとう)・・・・・第四十三篇〜第五十篇:森林や山岳など、地形に応じた戦い方を説く。

◎犬韜(けんとう)・・・・・第五十一篇〜第六十篇:兵士の教練や編成、各兵種の協同作戦などを説く。


ところで「虎の巻」という言葉を聞いた事がありませんか?
「門外不出の秘伝」「兵法の極意」「〜〜の極意」「秘匿性の高い知識・情報・秘密」といった意味で使われる慣用句ですが。

これの語源は上記の中の「虎韜」が由来です。
何故「虎韜」が転じてそういう意味で使われるようになったのか、どうも謎なのですが。


藤原氏は外国みたいに、易姓革命を起こして皇統簒奪を謀るような事は決してなかったですが、一族の私利私欲を貪る余り、日本を疲弊させてしまいました。
公有の領地を私有の荘園にしてしまったりと、腐敗してました。藤原氏に関しては、余り詳しくはないですが。


>皇室も常に、こうした権力を私物化した勢力から、本来の正常なあり方に直すという歴史のようでもありますね。

藤原氏に関しては、白河天皇が院政を始めた事で、藤原摂関支配体制に終止符を打ちましたが。

2012/10/14(日) 午後 0:03 ZODIAC12

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なるほど、虎の巻というのは、虎韜のことですか。おそらく、武器の使用法を説いてあったということで、今でいう武器の取扱い説明書のような感じで用いられた部分があるのかもしれませんね。

白河天皇としては、藤原政治に終止符を打つための苦肉の策であったのでしょうが、やはり天皇の上に上皇という位を作ることは、絶対に良くないですよね。なんとか早めにこうした制度を打ち切るべきでしたね。天皇より上の位は、ありえないですね。

2012/11/3(土) 午後 11:26 [ さざんか ]

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虎韜が内容的に最も具体性が高いから?なのでしょうか??どうもその辺が不明なのですが(^^;)。


院政に関しては、ある程度はやむを得ない側面があり、またある程度までは評価出来ると思うのですが、どうも行き過ぎたなと思います。
やはりある一定期間を過ぎたら、きっぱりと止めるべきだったと思います。

嘗ての藤原摂関体制と同じく、一種の利権や既得権益になってしまった側面がありますからね。
いくら天皇の血縁者たちによるものだとは言え・・・・。

2012/11/4(日) 午後 2:02 ZODIAC12

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院政に関しては、全くそのとおりだと思います。
最初は確かに評価できますが、その後に天皇という位を飾り物のようにしたことは、絶対許されないですね。これが元で、さまざまの争いを生み、保元の乱を堺に武士の世の中になってしまいましたからね。明治以来、天皇の退位をなくしてしまったことは、正解だと思います。天皇というのは、外国の君主とは違い、大嘗祭によって天照大御神の御神霊が下るとされているので現人神と言われる御位ですから、退位して再びただの人間になられるというのは変ですよね。

2012/11/11(日) 午後 9:54 [ さざんか ]

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そうですね。当人たちは意識していなかったのでしょうが、こういう在り様は外国では「僭主(せんしゅ)」というのだという趣旨を、旧ブログで書いた事があります。


皇室の祖先の方々を批判するのも何やら畏れ多いかも知れませんが・・・・・至上の位に在られる御方が、一度に複数名も立たれると、混乱が起きても不思議ではありません。

少し調べてみたら、やはり日本史上において、上皇を支持する院政派と、今上を支持する親政派とに分裂して党派抗争が何度も起こったようですし。


この院政というシステムは、どうも日本独自のもののようです。
外国でも生前に後継者に譲位して、自身は退位した例も結構ありますが、日本のように制度あるいは慣習化されたものではありませんでした。
外国ではそれはあくまでも少数の例外であって、普通は終身ですし、それに一度譲位したら権限は実質なくなります。
日本の院政のように、退位後も実権を手放さないなんて事はほとんどないです。

2012/11/12(月) 午後 2:02 ZODIAC12

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なるほど、日本独自のものでしょうね。僭主というには畏れ多い気もしますが、ある意味そうですよね。
明治天皇が、崇徳上皇を祀られたというのも、崇徳上皇は院政に反対されたような立場(院政派と今上派の争いの一つの例として)だったと思うので、また、保元の乱以来皇室が実権を失う結果になったということもあって、崇徳上皇をお祀りすることで、過ちを正す意味もあったのかもしれませんね。

2012/11/20(火) 午後 7:43 [ さざんか ]

またまたどうも御待たせしました(^^;)。


現代でも企業なんかで、社長を引退して会長になっても、新社長に実権までは譲り渡さないなんて例もありますよね。
そういった企業経営の次元と同列に論じるのもアレですが・・・・・(^^;A)。


崇徳上皇と言えば、憚りながら言わせてもらえば・・・・・「日本史上最大の怨霊」となられた御方ですな。
菅原道真や早良親王以上の恐るべき怨霊となられました。

父の鳥羽天皇(鳥羽上皇)から嫌われた事により、皇位には即いても、生涯実権を握られる事がありませんでした。
それを不満に思い、弟である後白河天皇と「保元の乱」で争い敗北され、悲劇的な終わりを迎えられました。

そして配流先で、

『日本国の大魔縁(だいまえん)となり、皇を取って民とし民を皇となさん。』

『この経を魔道に回向(えこう)す。』

と血で書き込み、爪や髪を伸ばし続けて恐ろしげな姿になり、強い恨みを残されたまま崩御されたそうですから、本当に怖いものがあります。


しかもオカルトじみてると思われるかも知れませんが、この御方には怨霊伝説があります。

2012/11/22(木) 午前 10:55 ZODIAC12

◎崇徳上皇の崩御から12年後の安元2(1176)年に、仇敵・後白河天皇に近かった建春門院・高松院・六条院・九条院等が相次いで死んだ。


◎安元3(1177)年に、「延暦寺の強訴」「安元の大火」「鹿ヶ谷の陰謀」が立て続けに起こった。


◎武家政権の成立は、「皇を取って民とし民を皇となさん。」の呪詛が成就したものとも見做せる。


他には怨霊としてだけでなく、四国地方の守護神という側面もあるみたいで、


◎「承久の乱」の敗北で、土佐国に流された土御門上皇が、途中で崇徳天皇の御陵の近くを通った時、崇徳上皇の霊を慰めるために琵琶を弾いたら、夢に崇徳天皇が現われた。
そして土御門上皇と都に残してきた家族の守護を約束したと言われる。

その後はその通りになり、土御門上皇の遺児であった後嵯峨天皇が鎌倉幕府の推挙により皇位に就いた。
土御門上皇は崇徳上皇の弟であり、「保元の乱」での抗争相手だった後白河天皇の曾孫。仇敵の子孫でも加護を与えた事になる。

2012/11/22(木) 午前 10:56 ZODIAC12

◎室町幕府の管領・細川頼之が四国の守護となった際に、崇徳天皇の菩提を弔ってから四国平定に乗り出したら、平定に成功した。
それ以後、細川氏代々の守護神として崇敬されたと言われている。


このように色々な霊力を発揮されているようです。
そしてこれは南出氏が言っている事ですが、江戸時代に家康が「禁中並びに公家諸法度」という皇室弾圧法を制定し、更には日本国憲法に占領似非皇室典範という、国民が主人で天皇が家来だという、国民主権思想に塗れたものを強制されて現在に至っている。
これこそ正に崇徳上皇の「皇を取って民とし民を皇となさん。」という呪いそのものであり、崇徳上皇の鎮魂も決して忘れてはならないと言っています。

2012/11/22(木) 午前 10:58 ZODIAC12

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この崇徳上皇の怨霊説は、かなり尾ひれがついたもので、血で写経したというのも、実はつくり話だということをどこかで読みました。また晩年も穏やかに暮らして亡くなられたのであって、決して恨みをもって亡くなったというふうではなかったと書いてありました。
多分に創作されたものではないかと言う気もしています。
崇徳上皇の怨霊の真偽は定かではありませんが、崇徳上皇と源為朝の忠義については、滝沢馬琴が小説に書いており、それをもとに三島由紀夫は、戯曲を書いているそうで、崇徳上皇への孤忠というテーマで、上皇を慕う為朝を描いているようです。
だから何だという話ではありますが、単なる怨霊としての存在ではなく、明治天皇が慰霊されたことは、崇徳上皇を怨霊として祀られたのではなく、もっと崇徳上皇を別の意義をもって、怨霊説からの解放を願われて尊崇の気持ちもこめて祀られたのだと、私としては、思いたいところです。

2012/11/23(金) 午後 2:40 [ さざんか ]

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おや!?史実ではなくフィクションでしたか!?
てっきり史実だと思ってましたが。

もしそうだとしたら、今まで語り伝えられて来た事は何だったのかという思いにさせられますが・・・・・(^^;)。
史実上実際に起こった奇怪な事件の数々は、単なる偶然の符丁に過ぎなったというのでしょうかね??

すみませんが、崇徳上皇に関してはこれ以上何も言えません。

2012/11/24(土) 午前 11:15 ZODIAC12

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鳥の乱れと言うのは源平合戦などでも記述がありますね。平安末期から鎌倉時代の武将たちは何らかの形で孫子兵法を読んでいたか、或いはそうした事は戦では本能的な常識だったのか。平安末期の時代が今よりいいとは言えませんが、どこか今の文系政権よりも活力があったのかもしれません。傑作&TBします。

2013/1/14(月) 午前 10:08 千葉日台

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こちらにもナイス☆&TB、ありがとうございました!
TB先にはまた後程・・・・


「鳥の群れ」云々では上の方の遣り取りでも触れてますが、もしかして目を通して下さったのでしょうか?@@
源義経なんかも富士の近くの野原で、雁(だったか?)の群れが飛び立ったのを見て、平家軍の伏兵を見破って勝利したとか。


まあ、あの頃は野性的な活力はあったかも知れませんが、カオス状態でしたからねえ・・・(^^;)。
現代と比べてどちらが良いかは、やはり一概には言えないでしょうね(^^;)。

2013/1/14(月) 午後 3:17 ZODIAC12

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