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[ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
2014/8/22(金) 午後 10:46
靖国神社に参拝してきました
8月になったので靖国神社に参拝してきました。 8月15日になると反戦平和の馬鹿左翼と大音量の右翼が入り乱れての恥ずかしい愚行が神社近くで繰り広げられる。それと私自身は戦没者遺族ではないのでこの日はここ数年遠慮している。 台湾阿里山の神門が使われている靖国神社、人が少なくて静かな時が参拝にいいですね。 先の大戦については軍部や政治家の度重なるボーンヘッドで多くの尊い犠牲が出たことは事実であり、やはり全てを聖戦...
[ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
2014/7/19(土) 午後 9:57
遅刻して教師に暴言、こんなガキは丸刈りにしろ
このニュースってさあ、非常に違和感感じるんだけど。 体罰が問題になっているところにわざわざ火をつけた形になって学校と言う組織に迷惑がかかると言う部分では反省なのだろうが、これって悪い前例を作った気がする。まあ、廊下に正座を授業中させておいただけでも苦情は来たのかも知れないが 。 どう考えても謝罪するは遅刻してきた上に教師に対して暴言をはいたガキではないのか? &...
[ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
2014/6/5(木) 午後 0:32
遅刻して教師に暴言、こんなガキは丸刈りにしろ
このニュースってさあ、非常に違和感感じるんだけど。 体罰が問題になっているところにわざわざ火をつけた形になって学校と言う組織に迷惑がかかると言う部分では反省なのだろうが、これって悪い前例を作った気がする。まあ、廊下に正座を授業中させておいただけでも苦情は来たのかも知れないが 。 どう考えても謝罪するは遅刻してきた上に教師に対して暴言をはいたガキではないのか? &...
[ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
2014/6/3(火) 午前 7:34
遅刻して教師に暴言、こんなガキは丸刈りにしろ
このニュースってさあ、非常に違和感感じるんだけど。 体罰が問題になっているところにわざわざ火をつけた形になって学校と言う組織に迷惑がかかると言う部分では反省なのだろうが、これって悪い前例を作った気がする。まあ、廊下に正座を授業中させておいただけでも苦情は来たのかも知れないが 。 どう考えても謝罪するは遅刻してきた上に教師に対して暴言をはいたガキではないのか? &...
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ガイドライン
[ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
2014/4/7(月) 午後 0:30
【感謝】111,111コメントになりました
昨日は111,111コメントを頂きました。 ありがとうございました。 ブログ開設後7年1か月で111,111(昨日終わりで111,114)コメントを頂きました。 コメントは原則都度返信しているので約半分が私のものです。(54,734コメント) ちなみにヒットは810,925(1日平均314.3ヒット)、コメントは1日平均43件です。TBは7,118件です。 コメントランキングは数年前まで...
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ガイドライン
[ 千葉県日当台からの徒然日記 ]
2014/4/7(月) 午後 0:27
【感謝】111,111コメントになりました
昨日は111,111コメントを頂きました。 ありがとうございました。 ブログ開設後7年1か月で111,111(昨日終わりで111,114)コメントを頂きました。 コメントは原則都度返信しているので約半分が私のものです。(54,734コメント) ちなみにヒットは810,925(1日平均314.3ヒット)、コメントは1日平均43件です。TBは7,118件です。 コメントランキングは数年前まで...
[ 趣味の玉手箱パート1 ]
2014/1/29(水) 午後 1:51
戦国の七雄−1 斉その5 晏子(あんし)の予言
十八史略を読む−23 「十八史略:徳間書店発行、丸山松幸、西野広祥編訳、1987年7月九刷」から 桓公から八代のちの景公のとき、晏子(あんし)という臣下がいた。彼は狐の皮で作った衣一着を30年も着続けながら、70余家の人々の面倒を見た倹約家であり、勤倹努力の人として重んじられていた。 ある時、晏子は斉の叔向(しゅくきょう)と密談し「斉はやがて陳氏に乗っ取られるでしょう」はたして、景公から五世を経て康公(こうこう)のとき、陳の公子の子孫である田和(でんわ)が周の安王(あんおう)の大命
[ 趣味の玉手箱パート1 ]
2014/1/29(水) 午後 1:50
戦国の七雄−1 斉その5 晏子(あんし)の予言
十八史略を読む−23 「十八史略:徳間書店発行、丸山松幸、西野広祥編訳、1987年7月九刷」から 桓公から八代のちの景公のとき、晏子(あんし)という臣下がいた。彼は狐の皮で作った衣一着を30年も着続けながら、70余家の人々の面倒を見た倹約家であり、勤倹努力の人として重んじられていた。 ある時、晏子は斉の叔向(しゅくきょう)と密談し「斉はやがて陳氏に乗っ取られるでしょう」はたして、景公から五世を経て康公(こうこう)のとき、陳の公子の子孫である田和(でんわ)が周の安王(あんおう)の大命
[ 趣味の玉手箱パート1 ]
2014/1/29(水) 午後 1:49
戦国の七雄−1 斉その5 晏子(あんし)の予言
十八史略を読む−23 「十八史略:徳間書店発行、丸山松幸、西野広祥編訳、1987年7月九刷」から 桓公から八代のちの景公のとき、晏子(あんし)という臣下がいた。彼は狐の皮で作った衣一着を30年も着続けながら、70余家の人々の面倒を見た倹約家であり、勤倹努力の人として重んじられていた。 ある時、晏子は斉の叔向(しゅくきょう)と密談し「斉はやがて陳氏に乗っ取られるでしょう」はたして、景公から五世を経て康公(こうこう)のとき、陳の公子の子孫である田和(でんわ)が周の安王(あんおう)の大命
[ 趣味の玉手箱パート1 ]
2014/1/29(水) 午後 1:47
戦国の七雄−1 斉その5 晏子(あんし)の予言
十八史略を読む−23 「十八史略:徳間書店発行、丸山松幸、西野広祥編訳、1987年7月九刷」から 桓公から八代のちの景公のとき、晏子(あんし)という臣下がいた。彼は狐の皮で作った衣一着を30年も着続けながら、70余家の人々の面倒を見た倹約家であり、勤倹努力の人として重んじられていた。 ある時、晏子は斉の叔向(しゅくきょう)と密談し「斉はやがて陳氏に乗っ取られるでしょう」はたして、景公から五世を経て康公(こうこう)のとき、陳の公子の子孫である田和(でんわ)が周の安王(あんおう)の大命




