今作のは律詩なので、絶句とは些か勝手が違います。
何しろ偶数句(第二・四・六・八句目)全ての末尾で韻を踏まねばなりません。
しかも全部同じ韻でないとアウトですから、そこは絶句よりも厳しいです。
今作は五言だったから偶数句だけでしたけど、もし七言律詩だったら偶数句全ての末尾に加えて、最初の第一句末尾でも同韻を踏まねばなりません。
四ヵ所五ヵ所も同じ韻の字を置かなきゃならないんですから、字の選定で頭痛めますよ・・・・
また律詩には絶句にはない「聯(れん)」という概念があります。
聯とは律詩における、二句毎の纏まりの単位です。律詩は八句あるので、全部で四つの聯がある訳です。
それぞれ第一・二句を「首聯(しゅれん)」又は「起聯(きれん)」、第三・四句を「頷聯(がんれん)」又は「前聯(ぜんれん)」、第五・六句を「頸聯(けいれん)」又は「後聯(こうれん)」、第七・八句を「尾聯(びれん)」又は「結聯(けつれん)」と呼びます。
この場合の「首」とは「くび」、つまり「ネック」の意味ではなくて「こうべ」、つまり「頭全体」「ヘッド」の意味です。
「頷」は普段は「頷く(うなずく)」と使われますが、「顎(あご)」という意味もあります。
「頸」は「くび」とも読み、これが「ネック」の意味です。
「尾」は言うまでもなく「シッポ」とか「終わりの部分」という意味です。
すなわちこれらの聯の呼称は、人体の部位に見立てている訳です。
律詩の厄介な点は平仄の配置や、押韻や、その他あらゆる禁止事項は絶句とほぼ同じなのですが、絶句にはない厄介なルールが、頷聯(前聯)と頸聯(後聯)がそれぞれ対句となっている事です。
すなわち第三句目と第四句目、第五句目と第六句目をそれぞれ、対句として対照的な構成にしなければなりません。
しかも平仄の配列と押韻も同時に守らねばならないので、何度も何度も没にしなければなりませんでした(ーー|||)。
さてそれではいよいよ、ここから詩文を各句毎に上段を原文(緑色の大文字)、中段を読み下し文(黄土色の文字)、下段を現代語訳(濃いピンク色の文字)の順に書き記して行きます。
それと並行して、各句毎の解説もして行きます。
詩題:
臘 月 夜 雪 中 独 行
臘月(ろうげつ)の夜、雪中(せっちゅう)を独り行く
十二月(陰暦)のある夜、雪の降る中を独り歩いて行く
「臘月」とは十二月の異称の一つです。
前記事でも言いましたように、この詩は昨年の平成30(2018)年1月22日(月)の晩の情景です。
「1月なのに何で臘月(12月)なんだ?」と思われるかも知れませんが、平成30(2018)年1月22日は旧暦(陰暦)で言えば、2017年12月6日に当たります。つまり旧暦を基準にしてみました。
そして十二月の異称には、臘月の他には「丑月(ちゅうげつ)」「季冬(きとう)」「晩冬(ばんとう)」「苦寒(くかん)」「大呂(たいりょ)」「玄枵(げんきょう)」等があります。
首聯(起聯)
第一句:
凛 冽 玄 冬 晩
凛冽(りんれつ)たる玄冬(げんとう)の晩
寒さの厳しい冬のある夜
第二句:
連 青 女 向 家
青女(せいじょ)を連れ、家へ向かふ(むかう)
青女(雪)を連れながら、我が家へと向かい歩く。
「凛冽」は「凛烈」とも。「玄冬」とは冬の異称の一つです。
「玄」は「黒」という意味もあります。これは五行説で五種類の原色(青・赤・黄・白・黒)の内、黒が冬に対応するからです。
それと対比して他の季節は、「青春」「朱夏」「白秋」とも言います。
「青女」とは雪の異称の一つです。元は支那の神話や伝説上の女神です。霜や雪を司る女神である事から、雪そのものをも意味します。
鬱陶しい雪を浴びながら夜道を帰ってる訳ですが、そう思うだけでは味気なく、些か癪なので、筆者も男ですから、女神を連れ合いにして一緒に歩いている(つまり女神と帰り道のデートをしている)という意味も含ませました(笑)。
頷聯(前聯)
第三句:
上 天 成 漆 黒
上天(じょうてん)は漆黒(しっこく)を成し
夜空は漆黒の色に染まり
第四句:
街 路 咲 銀 花
街路は銀花(ぎんか)が咲く
街並みは銀花(雪)が真っ白く咲き誇っている。
さてと、いよいよこの頷聯(第三・四句目)と次の頸聯(第五・六句目)とで、対句を創らねばなりません。
「上天」と「街路」、「成」と「咲」、「漆黒」と「銀花」がそれぞれ対応する組み合わせです。
四句目の「銀花」とはこれも「青女」と同様、雪の異称の一つです。他には「銀華(ぎんか)」「素雪(そせつ)」とも。
要は雪の事ですが、漢詩には「同字重出の禁」というルールがありまして、一つの詩の中で同じ字を使うのが禁止されています(畳語(重語)とかは別ですが)。
なので素直にどちらも「雪」と言いたかったのですが、平仄の配置と字数の関係の他に、一回しか使えない以上、別の呼び方を用いるしかないのです。
そこで二句目では「青女」、四句目では「銀花」と表現しました。
そしてこの頷聯(前聯)では、「黒と白の色の対比」を意図しました。
空は夜だから真っ黒(と言っても雪が降ってたので実際は白みのボンヤリ掛かった灰色でしたが)で、地上はそれとは対照的に真っ白だったという、光景の色彩的なコントラストを表現してみたつもりです。
恰も真っ黒な墨から真っ白い綿が垂れ落ちて来たのを連想させる、そんな印象を伝えたかったのです。
頸聯(後聯)
第五句:
昔 有 童 愉 積
昔、童(わらべ)有り、積もるを愉(たの)しむ。
その昔、雪の降り積もって行く様を、わくわく面白がってた子供がいた。
第六句:
今 更 壮 悩 遮
今、壮(そう)に更はる(かわる)、遮(さえぎ)らるるを悩む。
そんな子供も今や、雪で行動を妨げられる事を思い悩むような大人へと変わってしまった。
ここも対句となっていまして、「昔」と「今」、「有」と「更」、「童」と「壮」、「愉」と「悩」、「積」と「遮」がそれぞれの組み合わせです。
ただ対照を成させるだけでなく、平仄と押韻も考えながら創るのに苦労しました。
尾聯(結聯)
第七句:
幼 情 消 已 歎
幼き情(こころ)、已(すで)に消ゆるを歎(なげ)き
大人となり、無邪気で純粋だった頃の童心を、既に失ってしまった事を嘆き
第八句:
恨 歩 草 廬 遐
恨めしく歩く、遐(とお)く草廬(そうろ)へ
雪をただ恨めしく思いながら、遠く我が家を目指して歩いて行く。
第八句の末尾(押韻部分)の「遐(か)」は普段見慣れない字だと思いますが、「はるか(遥か)」「とおい(遠い)」という意味があります。
他の押韻の字「家」「花」「遮」は全て下平声の六麻の韻目の中から選んだものですので、運良く六麻の韻目の中から、この字を見付ける事が出来たので採用しました。
「遠」の字だと下平声の六麻ではなく上声の十三阮、つまり違った韻目の字を使う事となるのでアウトとなりますから。
八句目の「草廬」とは草庵、つまり草葺きの粗末な家の事ですが、自分の住居を遜って言う呼び方でもあります。
言うまでもなく筆者の自宅の事ですが、前出の「同字重出の禁」の制約から、既に二句目の末尾(押韻)部分で「家」の字を使っていますので使えません。なので「草廬」と表現しました。
そしてこれまた言うまでもない事ですが、筆者の家は文字通りの「草廬(草葺きの粗末な家)」ではありません(笑)。
以上です。律詩は初めての挑戦でしたが、やはり漢詩は一首創り上げるのにつくづく苦労します。