YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

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【赤穂浪士と山鹿流】
 
以下は☝からの転載です。
 
 
★★★★★★★★★★★★★★★
転載元記事作成日:20111215
 
≪転載開始≫
 
 
 
 12月もこの時期になると、以前は、テレビ番組などでも赤穂浪士が放映されたものです。
 今年の大石内蔵助の役者は、こうだった。去年の役者の方がよかった等々、お茶の間の話題をそれなりに誘ったのが、時は元禄十四年十二月十四日の赤穂藩四十七士の討入です。
 
 
 ところが、最近の若い人は、この赤穂浪士の物語さえ、ご存知ない方が結構いらっしゃるようです。
 そういえば、最近はテレビでも赤穂浪士はまったくといっていいくらいやらなくなった。
 テレビ局に巣食う反日の連中からしたら、日本人のDNAを目覚めさせる赤穂浪士の物語は、放映してほしくない番組なのかもしれません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ところでその赤穂浪士、戦後生まれの私たちの世代は、物語の冒頭にある、吉良上野介と主浅野内匠頭の確執について、「厭味な爺の若者いじめ」と思っている人が多いようです。
 けれど史実を調べてみると、吉良上野介というのは、実に立派な人物だったことがわかる。
 そもそも、性格に問題のあるヒヒジジイなら、大切な勅使下向の接待役など仰せつからない。
 吉良上野介は、複数回にわたって、その接待役をしているのです。
 
 
 けれど、吉良上野介が立派な人なら、浅野内匠頭から刃傷沙汰を受ける理由がなくなってしまう。
 だから、元々塩田開発の件で、うらみつらみがあったのだとか、いろんな俗説が生まれるのだけれど、どの説も、どうもしっくりきません。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 実は、江戸時代、赤穂浪士は芝居や講談で大人気を博した物語なのですが、この江戸芸能というのは、「二度美味しい」というのが特徴なのだそうです。
 芝居や講談は、聞いている間、おもしろい。楽しい。けれど、一番肝心なことが、なぜか伏せられている。
 
 
 その「肝心なこと」を、帰りの蕎麦屋で、連れて行ってくれた親父から、子が教わる。これがまた、とってもためになって面白いから、「二度美味しい」。
 江戸時代というのは、いわば建前をとっても大切にした社会ですから、本音の部分が芝居や講談で語れなかったりするわけです。
 その語れない部分を、親から子へ、成長したその子から、そのまた子へ、と伝承される。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 赤穂浪士の物語は、吉良上野介と浅野内匠頭が、勅使下向の接待役を命ぜられ、内匠頭が切腹を仰せつかり、最後に「主君の遺恨」を晴らすために、大石内蔵助が討ち入りを果たす、という物語です。
 けれど、主君の遺恨の中味が、「いじめられましたぁ」では、シャレにもなりません。
 
 
 実は、内匠頭と上野介の確執の背景には、実は、山鹿流という皇室尊崇を説いた学問を学んだ内匠頭と、直参旗本として幕府将軍家こそ大事とする吉良上野介との思想の対立だと、ボクは思っています。
 ウチでは代々そう教わって来たし、戦前はむしろその説が一般的だった。
 
 
 背景に、将軍家第一か、皇室第一かという思想上の対立があったからこそ、幕府の安定を第一とする新井白石は、浅野内匠頭の殿中松の廊下の刃傷沙汰のあと、あの、何事にも意思決定に時間のかかる徳川幕府をして、その日のうちに切腹という素早い対応をさせたわけだし、大石内蔵助が討入の際に、敢えて山鹿流陣太鼓を打ち鳴らした理由も、そこにある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 山鹿流というのは、江戸中期にあらわれた山鹿素行が著した学問です。その本質は、皇室尊崇にある。
 もともと学者だった山鹿素行は、四十七歳(ここでもなぜか47です)のとき、「中朝事実(ちゅうちょうじじつ)」という本を書きました。
 山鹿素行が、この「中朝事実」を確信したとき、彼は「五十年の夢、いっときに覚(さ)め申し候」と述べています。
 
 
 それほどまでに彼にとっても、その天啓は衝撃的だった。
 どういうことかというと、孔子の教えはありがたい。けれどそのありがたい教えを実現しているのは、なんのことはない、日本ではないか!、ということです。
 
 
 
 
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
天地の至誠、天地の天地たるゆゑにして、
生々無息、造物者の無尽蔵、
悠久にして無彊の道也。
聖人これに法りて天下万世の皇極を立て、
人民をして是れによらしむるゆゑん也
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
 
 たびたび政権が交代し、虐殺非道が行われる支那は、とてもじゃないが「中華」などと言えたシロモノとはいえません。
 君民一体となって理想の国家を築き上げてきた日本こそ、「中つ朝」であり、すなわち「中華」そのものである。
これこそが、「中朝」の「事実」である。
 我が国は、天皇が、皇祖、天照大神(あまてらすおおみかみ)の昔より、至誠の道を歩み、人民もまた、自らを戒め、徳に向って生きてきたではないか。
 これぞ、万民すべて安らかで、天下万国すべてが平穏で無事な状態である。
 そしてこのことが「天壌無窮の神勅」の意味であるし、そもそも日本の古名は、「葦原の中国(あしはらのなかつくに)」ではないか!
 
 
 山鹿素行は、自らの発見に感動します。そして、江戸に私塾を開いて子弟教育をした。
「我が国は、ご皇室を中心としてまとまっている、まさに中つ国である」と。
 
 
 ところがこれに「待った」がかかります。かけたのは、幕府です。
 当時、実質的に日本の統治をしていたのは徳川幕府です。
 ところが、天皇こそが日本の長であると説く山鹿流は、幕府にとって都合が悪い。
 幕府こそが日本随一の「政権」でなければ、統治がおかしなことになる。
 
 
 なるほど将軍は、天皇によって位階を授かる征夷大将軍の地位であるけれど、日本の統治が、頭二つになることは、世に混乱を招きかねない。
 ということは、山鹿流は幕府の統治に混乱を招き、国内の安寧を脅かす原因となる。これを敏感に察知したのが、当時、当代第一の学者だった新井白石です。
 やはり白石はただものじゃありません。で、どうなったかというと、山鹿素行は江戸を所払いになった。
 要は、政治犯として、江戸を追い出されてしまったわけです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 幕府に眼をつけられて追い出された男なら、普通なら士官など、まず無理です。
 ところが、この山鹿素行を、高禄を持って(なんと家老待遇です)迎え入れたお殿様がいた。
 それが、播州赤穂藩の浅野内匠頭の祖父で初代藩主の浅野長直です。
 
 
 長直は、侠気が強く、独立心の旺盛な人物でした。
 人気もあり、幕府もうかつには手を出せないだけの人脈もあった。
 しかも赤穂藩で塩田を起こして全国の塩の7%のシェアをとるまでに成長させ、また寛文元(1661)年には、京都内裏が炎上した際に、新内裏造営を命じられるなど、社会的信用もあった。
 
 
 幕府から見て、浅野長直が、危険人物の山鹿素行を召し抱えるというのは、決して歓迎できることではなかったけれど、相手が浅野長直では、文句も言えないし、そもそも江戸で人気学者だった山鹿素行を、ただ追い出しただけというのでは、幕府としても外聞が悪い。
 
 
 てなわけで、山鹿素行は、播州赤穂藩に、なんと千石取りの大身でお召し抱えになり、浅野長直の孫である浅野内匠頭や、大石内蔵助のような、藩の重臣たちの子の教育係となります。 
 
 
【管理者註:転載元原文では「浅野長直の子である浅野内匠頭」と誤記されているので、「浅野長直の孫である〜〜」と正しく改めた。】
 
 
 
 
 つまり、浅野内匠頭も、大石内蔵助も、子供の頃から皇室尊崇の山鹿流を骨身血肉として育ったわけです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 そして成人した浅野内匠頭は、赤穂藩三代当主となり、ある日、幕府の勅使下向の接待役を命ぜられた。
 江戸時代というのは、いまでは考えられないほど、身分の上下がやかましかった時代です。
 そうしたときに、天皇の勅使をどうみるか。。。。
 
 
 勅使は天皇の名代です。そして将軍は、天皇に任命された征夷代将軍です。
 では、勅使の席次は、将軍の上か下か。。。。
 
 
 なるほど、勅語を賜るときは、天皇の代行をするわけですから、もちろん将軍より上座となります。
 けれど、勅語を賜るという儀式以外の席、つまり、食事などの接待の席では、どうなるか。
 あくまで天皇の名代であり、将軍より上座と考えるべきか。
 
 
 官位からえいば、もちろん勅使の官位は将軍より下ですから、将軍の下座に席を作るべきか。
 吉良上野介は幕閣です。将軍家が上座となるのは、彼にとっては「あたりまえ」のことです。
 ところが浅野内匠頭は山鹿流です。勅使は天皇の名代である以上、儀式の席以外でも、勅使が上座で当然でだと考える。
 
 
 こうなると勅使接待の際の、他の者の席次から料理を出す順序、お部屋の位置にいたるまで、ことごとく二人の考えは違ってくる。両者は激しく対立します。
 けれど、勅使接待役の総責任者は、吉良上野介です。意見が対立したら、内匠頭の案は退けられます。
 いまでもそうだけど、この手の対立というのは、抜き差しならないところまで高まりがちです。
 
 
 昨今の保守同士の理論の対立、たとえば、親米か反米か、女系天皇容認か非容認かなど、同じ保守同士でも、極端な対立が生まれる。
 そしてこういう思想上の対立は、互いに相手を「絶対に許せぬ!」なんてところまで発展させてしまいます。非常に感情的になる。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 こらえにこらえていた内匠頭が、ついに怒りを爆発させた。それが殿中松の廊下です。
 彼は吉良上野介の額に一太刀あびせてしまう。
 そして止めにはいった梶川殿に、
 
「御止め下さるな梶川殿。五万三千石、所領も捨て、家来も捨てての刃傷にござる。武士の情けをご存知あらば、いま一太刀、討たせて下され、梶川殿」
 
と、まぁ、こういう名セリフが実際にあったかなかったかは別として、彼は刃傷事件を起こしてしまった。
 ただ、この台詞で肝心なことは、所領も家来も捨ててでも守らなければならないと考える動機が、浅野内匠頭には、まちがいなく「あった」ということです。
 すくなくともそれは、ヒヒジジイの若者イジメのような、低次元のものではない。
 
 
 内匠頭は、切腹となり、赤穂藩はおとりつぶしとなりました。
 けれど、主君の守ろうとしたもの、かけがえのないもの、それを押し通すのは、家臣の役目だし、同じ山鹿流を信じる志士の心でもあります。
 だから、内蔵助たちは、吉良上野介の家に押し入り、山鹿流陣太鼓を打ち鳴らして、主君の遺恨を晴らした、というのが、赤穂浪士の筋書きとなる。
 
 
 後年、歌舞伎や文楽、講談といった江戸の町芸能で、赤穂浪士は盛んに上演されますが、吉良と内匠頭の確執(じいさんの若者イジメ)が、実は山鹿流という思想上の対立に根差したものという「説明」は、まるでされません。
 そういうことは、幕府のお膝元の江戸での興行で、いちいち語ることができない。
 語れば、芝居小屋そのものがお取り潰しにあいかねない。
 
 
 だから、そのあたりの説明は、いっさいなく赤穂浪士は上演され、最後に内蔵助の討入の際に、吉良邸の隣りの上杉のお殿様に、「うぬ。山鹿流陣太鼓の音、内蔵助め、やりおったなっ!」という名セリフで、印象付ける。
 このセリフが出たところで、観客は、「ああなるほど、冒頭の爺様の若者イジメは、実は山鹿流が背景にあったのか」と知るわけです。
 
 
 こういうハナシは、芝居では説明されず、芝居小屋の帰り道に、お父さんが子供に言い聞かせる。
 それで子供たちは、なるほどと納得する。
「江戸の芸能は、芝居の途中と帰り道に、二度楽しめる」と言われるゆえんです。
 
 
 ちなみに、明治天皇が崩御された際に、当時まだ11歳3か月だった昭和天皇のお守役だった乃木希典は、昭和天皇のもとを訪れ、涙を累々と流しながらこの山鹿流の講義をしています。
 
 
 昭和天皇が、そんな乃木の姿を見て、「爺は、どこか遠くにでかけられるのか?」と可愛い声で質問なされた。
 乃木は何も答えず、滂沱の涙を流し、その足で自宅に帰ると、妻とともに割腹し殉死しています。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 乃木は幕末の長州藩士であり、吉田松陰の松下村熟生です。その松下村塾は、そもそもが山鹿流兵学師範所です。
 塾頭の吉田松陰は、11歳で毛利公の御前で「山鹿流」の講義をし、藩主から過分ともいえるお褒めをいただいた人でもあります。
 
 
 そして幕末、山鹿流は「尊王攘夷」の言葉を生み、倒幕を実現し、明治国家を建設しています。
 いいかえれば、明治という国家の中枢をなした思想が、山鹿流だったし、だからこそ戦前は、赤穂浪士といえば、多くの人は、吉良と内匠頭の確執は、思想上の対立であったと理解していたわけです。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ところでその山鹿素行の山鹿流ですが、戦前まであれほどの影響力をもった思想でありながら、戦後、山鹿素行を解説した本は、ただの一冊も出版されていません。
 また、全国に数ある大学で、山鹿素行、あるいは山鹿流を研究している大学のゼミは、ただのひとつもない。
 これが、左傾化したいまの教育の実態です。
 
 
 私たちがいま必要なことは、まさに山鹿流の復活にあるのではないかとボクは思うのですがみなさんは、いかがでしょうか。
 
 
 
≪転載終了≫
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