YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

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 はい、タイトルの通りです。新書庫【理想のバランス感覚】を本日開設しました。
 
 
【理想のバランス感覚】という記事シリーズは、これまで書庫【雑記・徒然】の中で展開して来ました。
 しかし現時点でも未完結状態であり、いつ完結するか分からないしで、このままだとこの書庫で新記事をアップしたい時にアップ出来なくて困る事になります。
 このシリーズも記事本数が8本に達しましたし、そろそろ別書庫で独立させても良いかなと思えました。
 そこで本日、新たに【理想のバランス感覚】という書庫を開設し、記事8本を全部この書庫に移動させました。
 
 
 そしてこの記事シリーズにこれまで御顔を出して下さった皆様には申し訳ありませんが・・・・
 
 実はシリーズ最初の記事「Ⅰ」が、まだ文字数が結構許容範囲だったのに、少ない文字数で区切って「Ⅱ」以降の記事を作ってしまった為に、後になってから「Ⅱ」以降の記事文章を一つ前ずつの記事に、前のめりになる形で詰め込みました。
 その為、皆様が書き込んで下さった投稿内容と、記事本文に齟齬が生じてしまいまして、記事とコメントの内容がチグハグになってしまいました。
 何とも申し訳ありませんでした。<(_ _)>
 
 
 けれども現在最後になってる「Ⅷ」のアップ日時は今年6月26日となっており、それ以降新記事アップはしていませんので、記事本数こそ増えてはいませんが、内容は充実して行ってます。
 すなわち文章を前方に詰め込んで行ったので、後の方の記事に文字容量に余裕が出来たり、文章が空っぽになった記事が次々出来たので、新しい内容を次々盛り込んで行きました。
 ですのでもし宜しければ、これを機に改めてシリーズの「Ⅰ」から御読み直して下れば幸いに思います。
 今から2ヵ月前、平成28年8月末から9月上旬にかけて、私は和歌を全部で六首も作歌しました。自分でも驚きの人生初の体験でした(笑)。
 
 最初の一首を除いて、題材は全て天皇に関する歌です。
 長歌が一首、その長歌に付随する反歌としての短歌が三首、独立した短歌が二首の、全部で六首です。
 
 短歌は「五・七・五・七・七」ですが、長歌は「五・七・五・七・五・七・・・・五・七・五・七・七」と五音と七音を交互に繰り返し、最後は七音で締めます。
 短歌と違って長歌には何句まで、という制限はありません。
 
 反歌とは「かえしうた」とも読み、長歌の後に添える短歌の事です。
 その意義は長歌の言わんとする旨を反復・補足・要約等をする事です。一首だけの場合もあれば、数首の場合もあります。
 
 自慢する訳ではありませんが、自分でもよく考え付いたなと驚きです・・・・(@@)。
 これらを某サイトの「おうた募集」のコーナーに応募したのですが、一向に掲載されませんね(^^;)。没になったのかも知れません(^^;)。
 
 それら私が作歌した六首は、以降の通りです。
 
 
 
 
一首目:短歌
なつそらに かまびすしきかな せみのこえ うきよのながれ なにおもふかも
>>>夏空に 喧しき哉 蟬の聲 浮世の流れ 何思ふかも<<<
 
 
 
二首目:長歌
しきしまの やまとごころの ねをなすは すめらのみやの まつりなり
かしこきのりを のちのよに つたへたやさぬ こころもち
まがつたくらみ はらひのけ あめつちすめる みよをまもらん
>>>敷島の 大和心の 根を成すは 皇の宮の 祭りなり
畏き法を 後の世に 伝へ絶やさぬ 心持ち
禍つ企み 祓ひ除け 天壌清める 御世を守らん<<<
 
 
 
三首目:二首目の長歌に附随する反歌其之一
さかしげに たがひもしらず すめろぎと とつくにのきみ かたるはしれぞ
≪賢しげに 違ひも知らず 皇と 外つ国の君 語るは痴れぞ≫
 
 
 
四首目:二首目の長歌に附随する反歌其之二
すめろぎの とうときよしは いにしへの まつりつたへる みわざなるかな
≪皇の 貴き由は 古の 祭り伝へる 御業なる哉≫
 
 
 
五首目:二首目の長歌に附随する反歌其之三
あきつしま くにからしれば とこしへに すゑまでつたふ つとめぞおぼゆ
≪秋津洲 國柄知れば 永遠に 裔まで伝ふ 務めぞ覚ゆ≫
 
 
 
六首目:短歌
とおつひと かりのみやるに なかぬなり かりのぬまたち けふらくのそら
≪遠つ人 雁の見遣るに 鳴かぬなり 雁の沼立ち 今日楽の空≫
 
 
 
 
 
 以上です。初心者なので稚拙だと思われたかも知れません。また、どの歌も古文の文法や意味とかを一応調べながら詠みましたが、やはり初心者なので文法や用法に誤りがある可能性もあります。
 
 それではここからは、それぞれの歌の意味を解説します。
 
 
 
 
 
一首目:短歌
現代語訳:夏空に蝉の鳴き声が喧しく鳴り響いているなあ・・・・。良くも悪くも移り変わって行く人の世に、蝉たちは何を思いながら鳴いているんだろうかなあ・・・・。
 
 最初に作歌の感触を摑む為の肩慣らしとして、8月の暑い季節に詠んでみました。
 
二句目・・・・・七音ではなく八音と、一字ばかり字余りとなりました。「哉(かな)」は詠嘆・感動の意味があり、「〜だなあ」「〜なあ」となります。
 つまり「!」(感嘆符/エクスクラメーション・マーク)と同じようなものですね。
 
三句目・・・・・字も「蝉」「声」ではなく、旧字体である「蟬」「聲」を使いました。
 
結句・・・・・「おもふ(思ふ)」は「o・mo・hu」ではなく「o・mo・u」と発音します。「かも」は「〜なのかなあ?」と言った、詠嘆を含んだ疑問を表します。
 
 
 
二首目:長歌
現代語訳:大和心の根幹を成しているのは、皇宮で天皇陛下の執り行われる宮中祭祀である。
 尊い不変の國體を、後世にまで伝え続け、途絶えさせないようにと思う心構えを持ち、邪悪な企みを撥ね退け、天地共に清澄で、一つに統べられた理想の御世を守ろう。
 
頭句・・・・・「しきしまの(敷島の)」は二句目の「やまとごころ(やまとごころ)」に掛かる枕詞です。
 枕詞というのはこの単語が出た時にはこれ、という風に一種の決まり、ワンセットになっているので、特に意味はありません。
 
六句目・・・・・「かしこきのり(畏き法)」の「かしこき(畏き)」は「尊い」「有難い」「立派である」「神霊や超自然的なものに対し、畏怖の念を覚える」等々。
「のり(法)」は「規範」「模範」「掟」「教え」「道理」等々。
 つまり我々日本人が時代に関係なく守り続けて行かねばならない、変更したり捨て去る事が絶対に許されない、有形無形のルール、慣習、倫理道徳、システム等の事です。
 
十一句目・・・・・「はらひのけ」は「祓ひ除け」「払ひ除け」どちらでも可です。
 
十二句目・・・・・「あめつちすめる(天壌清める)」の「すめる(清める)」は「澄める」でも可ですし、また「統(す)める(統べる)」の掛詞(かけことば)ともなっています。
「掛詞」とは砕けて言えば「駄洒落」です。同音異義語を駆使して、表と裏の二重の意味を含ませる修辞の技法です。
 
 ここでの「すめる」は英語で言えば、「clear(澄んでいる/透き通った:形容詞)」と「consolidated(統合された/固まった:形容詞)」の二重の意味を持たせました。
 
 
 
三首目:二首目の長歌に附随する反歌其之一
現代語訳:得意げに利口ぶって、違いもよく弁えずに、我が国の天皇と外国の元首の両者を同一視して語るのは愚かであるぞ。
 
二句目・・・・・「たがひ(違ひ)」の「ひ」は「hi」ではなく「i」と発音します。そして「互ひ(互い)」の掛詞となっています。
 
結句・・・・・「しれ」は「痴れ者」という言葉もあるように、「愚か」という意味です。
 なので「そういうのは“知る”ではなく“痴れ”と言うのだぞ。」という意味もあります。
 
 さて、ここで言う「天皇と外国の国家元首との大きな差異」とは、「民安かれ」との祈りで、毎日祭祀を行われる事と、御歌を御詠みなされる事の二点ではないかと思います。これは我が国の天皇のみに見られる特異な在り様です。
 ですので神代以来、天照大御神の霊統と男系男子の血統を受け継ぐ、皇尊(すめらみこと)たる我が国の歴代天皇を、大統領とか共和国の元首と一緒にするのは勿論、ヨーロッパ辺りの立憲君主とも同列にしてはいけないのです。
 
 
 
四首目:二首目の長歌に附随する反歌其之二
現代語訳:我が国の(歴代の)天皇が貴い御存在であられる理由は、やはり太古からの祭祀を御受け継ぎ、御伝えあそばされておられる偉大な御足跡であられるなあ。
 
 三・四句目の「へ」は「he」ではなく「e」と発音します。
 結句の「かな(哉)」は一首目の解説の所でもしましたように、詠嘆・感動の意味の「〜だなあ」「〜なあ」となります。
 
 
 
五首目:二首目の長歌に附随する反歌其之三
現代語訳:我が国(秋津洲)の素晴らしい國體を知った今となっては、(この國體を)末代の子孫の世代まで永遠に伝えて行く義務を感じている。
 
頭句・・・・・「あきつしま(あきづしま)」は「大和」という単語に懸かる枕詞としても使われますが、ここでは枕詞ではなく、「日本」「大和」「我が国」という意味で用いました。
 
三・四句目・・・・・「へ」は「e」、「ゑ」は「e」、「ふ」は「u」とそれぞれ発音します。
 
 
 
六首目:短歌
 この歌は表と裏の二重の意味があります。
 
 
表の意味の訳・・・・・(とある一羽の)雁を遠くから眺めるに、(まるで何かを気にしてるかのように)全く鳴き声を上げないでいるようだ。
(もし外敵か何かを恐れているのなら)雁の群れ集う沼を今日にでも飛び立ち、自由な空へ羽搏くが好かろう。
 
 
裏の意味の訳・・・・・一時の仮の御所に御座(おわ)します、今上陛下(始め皇室全体)を遠くから仰ぎ見ますに、(まるで何か不当な圧力を気にしおられるかのように)御心の内を御明かしになられませぬ。
(もし何か憂えておられますなら)これ以上、仮(一時)の御所(現在の皇居)と仮(偽り)の境遇で御暮らし続けなさる事を、今日にでも断ち切られ、御出立され、(高御座のある)京洛(京都)へ御還りになられませ。
 
 
「裏の意味」の方こそがこの歌の真意です。
 意外に思われるかも知れませんが、明治維新以来「遷都の詔」が一度も発布されていない為、驚くべき事に東京は現在に至るまで、名実揃った我が国の正式な首都の地位を、未だに確立していないのです!!!
 あくまでも「事実上の首都」という「実」だけで、「名」の方が伴っていないので、理論上、形式上の建前では、「天皇陛下はかなりの長期間に亘って東京へ御行幸中であり、未だ京都へ御帰還あそばされていない状態」という事になるのです!!!
 
 その詳細は👇2本をどうぞ御覧になってみて下さい。
 
 
 
 なので「天皇陛下が一日も早く、本来御座されるべき京都の御所へ御帰還あそばされますように」という願いを込めました。
 
頭句・・・・・「とおつひと(遠つ人)」は二句目の「かり(雁)」という単語に掛かる枕詞ですので、特に意味はありません。
 
二句目・・・・・「かりのみやるに(雁の見遣るに)」の「かりのみや」の箇所は、「仮の宮(一時の仮の御所)」という意味を裏に含ませた掛詞です。
 
四句目・・・・・「かりのぬまたち」の「かり」も同じく、「仮の(一時の、偽りの)」という意味も含ませた掛詞です。
「たち(立ち)」は「断ち」、つまり「(現在の境遇)を断ち切る」という意味も含ませた掛詞です。
 
結句・・・・・「けふ」は「ke・hu」ではなく「kyo・u」と発音します。
 表の意味ですと「けふらく」は「今日(けふ)」と「楽(らく)」に分かれます。
 ここでの「楽」は「(気分的に)楽しい」ではなく、「楽市楽座」という言葉でも使われているように「自由」、すなわち英語だと「free」に相当します。
 
 裏の意味ですと「けふらく」は「京洛(けふらく)」、すなわち「京都」の古い時代の雅称になります。「今日、楽」と「京洛」で掛詞になっている訳です。
 
 
 
 
 
 さて、以上です。皆さんは如何感じられたでしょうか?
 初心者ゆえ至らない箇所はあるかと思います。けれど例えそうだとしても、個人的には結構満足しています。

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