YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

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中編からの続き





 いよいよ後編です。





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 31〜33枚目は好文亭の外観です。
 この好文亭とは、ここ偕楽園の創建者たる水戸藩第9代藩主の烈公こと徳川斉昭の別荘だったと。
 烈公斉昭はここに、文人墨客、家臣、領民を集めて、詩歌や慰安会を催したそうです。
 つまり殿様の別荘兼多目的施設だったと理解して良いんですかね?



 ここからは各間(各部屋)の写真の紹介です。
 それぞれ「●●の間(ま)」と名付けられていますが、それらの名は部屋の襖絵に描かれた花木に由来します。
 なので襖絵を見れば、部屋の名前の見当が付く訳です。





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 34枚目は『梅の間』です。





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 35枚目は『桜の間』です。





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 36枚目は『菊の間』です。





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 37枚目は『桃の間』です。





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 38枚目は『つつじの間』です。





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 39枚目は『松の間』です。





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 40枚目は『紅葉(もみじ)の間』です。





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 41枚目は『竹の間』です。





 以上で好文亭の写真の紹介を終わります。



 最後にこの『好文亭』の命名の由来は、晋武帝(しんのぶてい)の次の故事に由来するそうです。

『文を好めば則(すなわ)ち梅開き、学を廃すれば則ち梅開かず。』

 意味は「晋武帝が学問を好んでいた時分には梅が花咲いたけど、たちまち学問を止めたら、パタリと梅が花咲かなくなった。」と。
 これが史実かどうかは分りませんが、この一文が名の由来だと。
 故にこの故事から、梅の異名を「好文木(こうぶんぼく)」と言うのだそうです。
 まさしくこの梅の名所・偕楽園に相応しい名かと。



 ちなみに晋武帝とは、三国時代の乱世にあった支那を天下統一し、漢(後漢)・魏(曹魏)に続く王朝・晋(西晋)の初代皇帝(実質は四代目)となった人物で、本名は司馬炎(しばえん)です。
 諸葛孔明(しょかつこうめい)のライヴァルでもあった、司馬仲達(しばちゅうたつ)こと司馬懿(しばい)の孫です。



 今年のではなく、何年も前の古い写真群で何でしたが、フォト集40は以上です。





【水戸偕楽園】HP
https://www.ibarakiguide.jp/kairakuen.html





フォト集40 完

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