YAMINABE the Second Operation

この11年間の数多くの思い出を携え、私は新たな旅へと出発します。それでは皆さん、御達者で。

第七計 無中生有

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承前  故事其之壹 ─ 辰





 そうして斉を除く五国──────韓・魏・趙・燕・楚──────が全て滅ぼされ尽くして、残るはいよいよ斉一国のみとなった。
 だが斉は元からすっかり戦意がなく、完全に骨抜きになっていたので、誰一人秦と戦って血を流した者もなかった。
 その為に秦軍は斉領内に侵入してから、国都・臨淄を陥落させるまでに、一兵卒すら失わず、一滴の血も流す事なく、六国の中で最も楽に征服出来たのであった。
 時は紀元前221年、斉王建の治世45年目の出来事であった。
 この詳細は【第二五計 偸梁換柱】の故事(リンク先工事中)で語る。
 こうして紀元前386年に太公和(田和)が姜氏斉を簒奪して、斉の新しい国君として即位してから始まった田氏斉は、7代166年目にして滅亡したのであった。
 これにより秦は六国全てを完全に滅ぼし尽くして、遂に天下統一を果たした。
 引いては550年もの長きに亘って続いた乱世、春秋戦国時代に遂に終止符を打ったのであった。





「火牛の計」──────奇策の士・田単、一世一代の智謀を揮い、祖国を滅亡より救う。
承前  故事其之壹 ─ 卯





 しかしそれでは道理に照らし合わせてみて、義に反する事明らかなので、敢えて王位を受け取りませんでした。
 そして安平君は道と宮殿を拵えて、大王様と后様を城陽の山中から御迎えなされたのでございます。
 それにより大王様は無事に都(臨淄)への御帰還を果たされ、こうして国君として君臨するに至ったのでございます。
 今や国も既に安定と落ち着きを取り戻し、民も心安らいで暮らしております。
 それ故に大王様はその恩も忘れ、「単、単」と御呼びなされまするのか?嬰児(えいじ)【※47】ですらも左様な事は致しますまい。」


 ここまで言われて斉襄王は、ぐうの音も出ない程にやり込められ、完全に反論に詰まってしまった。
 そして貂勃はこう締め括った。


「そこで大王様におかれましては、かの九人の奸臣どもを速やかに誅し、安平君に過ちを御詫びなされませ。さもなければ、国は危うくなりましょうぞ。」


 これを聞き終えた斉襄王は、己の不明ぶりをすっかり恥じた。貂勃の諫言に従い、九人の寵臣たちを誅殺して、その九人の一族の者たちを国外へ追放した。
 そして田単には謝罪の意を込めて、封地を加増させようと、夜邑(やゆう)【※48】という一万戸の邑を授けたのであった。


 以上が『戦国策』を出典とする二本の逸話である。





 ♗ 次代での滅亡

 その後の田単の足跡は明瞭ではない。
 あちこちの史書にその足跡が断片的に描写されるのみである。経緯は不明だが、趙の宰相になったともある。
 そして没年はいつで、どこで生涯を終えたか、子孫はいるのかも不詳である。


 斉襄王の治世においては、特に目を引くような事業や事件、そして大過と呼べるような失政等の、特筆された記録もない。
 斉がどこかと戦ったのかどうかもよく判らない。
 戦があったとしても、思うに田単も斉襄王も派手な事柄は慎んで、ひたすら国力の回復と民力の休養に励んだのではないかと思う。
 だがそれでも、燕の一大侵攻によって壊滅的な大打撃を受けた傷痕は根深く、遂に往年の国力を取り戻すまでには至らなかった。


 嘗ての天下の趨勢は、戦国時代に突入してからだと最初に天下の覇者となった魏が没落して以降は、最西端の秦、最東端の斉、そして北方の雄国・趙が勃興して来た。
 天下は暫くこの秦・斉・趙の三大強国が主流となっていたが、まずは趙が脱落した。
 それで秦と斉の二強時代となったが、この楽毅と五ヵ国連合軍の侵攻の直撃を受けた事で、斉もまた没落した。
 こうして天下は秦の事実上の一人勝ち状態となり、天下の趨勢は一強(秦)三中(趙・楚・斉)三弱(魏・韓・燕)となった。その状態が次の世代まで持ち越される。
 この楽毅率いる燕軍の侵攻で国が徹底的に痛め付けられた事こそが、斉襄王の子の斉王建の治世において、斉が滅亡する遠因となったのであった。


 田単の没年は不詳だが、斉襄王は紀元前284年の即位から数えて、丁度20年目の紀元前265年に死んだ。
 同年内に君王后(太史氏)との間に生まれた太子建が即位した。これが田氏斉最後の国君となる斉王建である。
 だが斉王建は暗愚であった為、秦の謀略にまんまと乗せられて、国君の斉王建から群臣・民衆に至るまで、すっかり骨抜きにされてしまう。
 そうして【第二三計 遠交近攻】の由来となった故事(リンク先工事中) でも語るように、六国が次々と秦に滅ぼされて行く中、斉は一切戦おうともせず、秦の侵略を傍観するだけであった。





後続  故事其之壹 ─ 巳(完結編)
承前  故事其之壹 ─ 寅





 ♖ 亡国の言

 そんな折に、楚へ使者として赴いていた貂勃が、斉への帰還を果たした。

 斉襄王は貂勃が宮廷で使者としての復命を終えた後、早速に貂勃を労う酒宴を開いた。
 酒も酣になって来た頃、斉襄王は田単を召そうとして命じた。

「宰相の単をここへ召すのだ。」


 斉襄王のその台詞を聞いた途端、貂勃は座席から下がり、稽首(けいしゅ)【※37】しながら言った。


「大王様は何故(なにゆえ)そのような亡国の言を口にされまするか?」


 突然予想だにしなかった事を言われ、斉襄王は面喰った。貂勃は続けた。


「大王様は御自身を、古の聖天子たる周文王【しゅうのぶんおう:姓は姫(き)、名は昌(しょう)】と比べられて、どちらが上と思われましょうや?」

「無論、寡人など及ばぬ。」

「左様にござります。然らば御自身と斉桓公(せいのかんこう)とでは如何でござりますかな?」


 ここで言う「斉桓公」とは、斉襄王の祖先である田氏斉の第2代国君の方ではなく、姜氏斉時代の斉の国君であった方である。その詳細は註釈の【※1】の箇所で述べた。


「それも寡人が及ばぬ。」

「正しくその通りにございます。」


 そのように先ずは斉襄王自身の口から認めさせてから、貂勃は本格的に諫言を始めた。


「周文王は呂望(りょぼう)を太公(たいこう)とし【※38】、斉桓公は管夷吾(かんいご)【※39】仲父(ちゅうほ)【※40】として、それぞれ師として敬い、教えを請うたのでございます。
 それに引き換え大王様は、宰相たる安平君を師と敬わないばかりか、「単、単」などと諱で呼び捨てになされる。
 有史以来、人臣の身で、安平君程の絶大なる功績を立てた者はおりませぬ。それにも関わらず大王様は、安平君を「単、単」と呼び捨てになさる。
 何故かような亡国の言を口にされまするか?」


 更に貂勃は、斉襄王の過日の失点をも論った。


「その上に大王様は、嘗て先君より授かった社稷(しゃしょく)【※41】を守り切れず、燕が軍を催して攻めて来た時に、城陽(じょうよう)の山中に逃れ【※42】られました。
 その間にいつ陥落させられるやも知れぬと、戦々恐々であった即墨の城市を持ち堪えさせ、三里の城(しろ)【※43】、五里の郭(かく)【※44】疲弊していた僅か七千程度の兵を以って【※45】、敵の司馬(しば)【※46】を虜にし、千里の斉の国土を全て取り戻したのは、一体誰でありましょうや?
 これ偏(ひとえ)に安平君の功に拠るものにございますぞ。」


 貂勃は更に畳み掛けた。


「それ故にもしあの時に安平君が、城陽の山中に逃れておられた大王様を捨て置いて、自身が王位に即かれたとしても、(絶大な功績に加え、遠縁ながらも王族の血統でもあるので)誰も反対する事は出来なかった事でありましょう。





後続  故事其之壹 ─ 辰
承前  故事其之壹 ─ 丑





「嘗て我が斉が燕に攻められた折、楚王が将軍の淖歯に万の軍勢を率いさせてくれた御蔭で、我が斉の救援に駆け付けて下さりました。
 今や我が国も既に安定し、落ち着きを取り戻しましてございます。
 ここは一つ楚王に対し、感謝の意を御伝えされるが宜しかろうと存じまする。」


 斉襄王は「なるほど、尤もな事だ。」と思い、


「誰を使者に遣わすべきか?」


 と問うた。寵臣たちは答えた。


「貂勃が宜しかろうと存じます。」


 こうして貂勃は、斉襄王の命により、楚へ謝礼を伝える為の使者に選ばれた。
 貂勃は使者として楚へ赴き、楚では貂勃を歓迎し、宴席を設けた。


 しかし貂勃は予定の帰国日を数日過ぎたにも関わらず、楚に滞在し続けた。
 その事を捉まえて、九人の寵臣たちは斉襄王に讒言を吹き込んだ。


「貂勃如き小臣の身に過ぎぬ者が、楚王の如き万乗(ばんじょう)【※32】の君に引き留められるは、単(ひとえ)に権勢の後ろ盾あってこそ。」


 すなわち田単の権勢が背景にあるからこそ、そのように丁重なもてなしを受けていると暗に言ったのである。
 田単の推挙で斉襄王に任用されるようになったから、貂勃も田単の党派だと見做していたのであろう。
 寵臣団は更に続けた。


「安平君の大王様に対する態度は、君臣の礼、上下の別を失しております。かつその心根は不善を為そうと企んでおるのです。
 国内においては、百姓(ひゃくせい)【※33】の人心を収攬し、貧窮した者を救おうと、足りぬ物を融通してやったりと、民に徳を施しております。
 そして国外においては、戎翟(じゅうてき)【※34】や天下中の賢士たちを手懐け、秘かに諸侯に仕える英雄豪傑たちと交誼を重ねております。
 心中秘かに何事か企んでいるに違いありませぬ。大王様におかれましては、何とぞ御明察の程を。」


 このように寵臣団は、田単が謀反を企んでいるかのように匂わせた。
 これを聞き、斉襄王は自身の恩人であり、斉の国にとっても恩人である田単に対して、疑念が過(よぎ)り出した。
 そして後日、斉襄王は、


「宰相の単(田単)を召せ。」


 と命令した。


 噂を事前に聞き知っていたのかどうか、田単は頭に冠を被らず、両足は履(くつ)【※35】を履かずに裸足のままで、上着を肌脱ぎした姿で、王の前に拝謁した。
 これは当時の習慣で、上に対して恐懼し、甘んじて罪と罰を受けるという意思表示の作法である。
 田単は斉襄王に対し、死罪を請うた。そしてどのような過程を辿ったかは不明だが、五日後に斉襄王は沙汰を下した。


「疑いは晴れた。そなたに罪はなかった。
 そなたはそなたなりに臣下としての礼を尽くすが良い。寡人(かじん)【※36】は寡人なりに王としての礼を尽くすのみ。」


 こうして田単は罪科を免れたのであった。





後続  故事其之壹 ─ 卯
承前  故事其之壹 ─ 子





 今の世では三百丈どころか千丈の城、三千戸どころか一万戸の邑など珍しくもありません。
 故に僅か三万程度の軍勢では、千丈もの城を包囲する事など叶わず、野戦で用いるにも到底足りぬのです。
 故に貴殿は、僅かそればかりの軍勢で、一体如何様にされるおつもりか?」


 それを聞き終え、田単は嘆息して言った。


「どうやら我はまだまだ至らなかったようですな。」


 田単は負けを潔く認めたものの、先の即墨での燕軍への逆襲の折には、「火牛の計」の奇策を駆使したとは言え、僅か五千程の手勢で燕の大軍を撃破した経験があるので、趙奢の見解にどれ程納得したのか疑問が残る。
 またこの遣り取り自体が史実かどうかも不明である。





 ♔ 貂勃を推挙する

 続いて『戦国策』から二本目の逸話である。今度の話は【斉策】からの出典であり、話の舞台は祖国・斉である。


 斉襄王治世下の宮廷に貂勃(ちょうぼつ)という人物がいた。
 この貂勃は日頃から頻りに、「安平君(田単)は小人(しょうじん)【※27】である。」と扱き下ろしていた。
 先の燕からの祖国解放の最大の功労者であり、救国の英雄である宰相・田単を、事もあろうに小人呼ばわりしていたのである。
 それである日の事、田単は貂勃を酒席に招いて、その真意を問い質した。


「先生(貂勃)は常より宮廷で我を貶しますが、我に一体何の落ち度がありましょうや?」


 貂勃は答えた。


「かの盗跖(とうせき)【※28】の飼っていた犬が、堯(ぎょう)【※29】に向かって吠えたは、何もその犬が盗跖を貴び敬い、堯を賤しみ蔑んだにあらず。
 犬というものは元々、己の主人以外の者には、誰彼構わず吠えるものでございます。
 例えば今、公孫子(こうそんし)【※30】が賢者で、徐子(じょし)【※31】が不肖者(愚者)だとして、その公孫子と徐子が戦ったとすれば、徐子の犬は公孫子の腓(こむら)に噛み付くでありましょう。
 愚者に飼われていてさえそうあらば、況(ま)してや賢者に飼われているともなれば、それこそ腓に噛み付かれるだけでは済まなくなりますぞ。」


 それを聞き、田単は尤もだと思った。
 つまり「自分のような才ある者を、何故いつまで経っても登用しようとしないのか?」「いつまでも自分を放って置くつもりなら、他国へ移って斉を脅かしてやるぞ。」という批難や脅しを込めていたのである。
 そして翌日、斉襄王に貂勃を推挙し、貂勃は何らかの官職に任じられたのであった。





 ♕ 政敵たちの讒言

 斉襄王には九人の寵臣がいた。しかしその九人が権勢を振るうのに、宰相の安平君・田単は正しく目の上の瘤であり、目障りな存在であった。
 それ故これ等九人の寵臣は、どうにかして田単の力を弱めようと企んでいた。
 そこである日の事、九人は斉襄王に次の進言をした。





後続  故事其之壹 ─ 寅

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