| 『地形篇』で挙げた六種類の地形は、実際の戦闘の場となる所の地勢に限っており、その範囲は狭く限定的である。 |
| 『九地篇』で述べるのは、『地形篇』のような限定的な範囲の地勢というよりは、戦場となる地域の性質・種類であって、より広範囲なものとなる。 |
| それらの種類の特徴と対処法は以下の通り。 |
| ●散地(さんち)・・・・・自国の領内が戦場となる場合、その戦場となる地域。 |
| ここでは戦いを避ける。将兵の心を一つに纏めて、団結を強固なものとする。 |
| ●軽地(けいち)・・・・・他国の領内が戦場となる場合、まだそれ程には深入りしておらず、自国との国境に近い地域。 |
| ここでは軍を駐屯させない。各部隊間の連携を緊密化させる。 |
| ●争地(そうち)・・・・・彼我どちらに取っても、奪えば有利になる地域。 |
| ここでは敵軍に先を越されて占拠されたなら、まともに戦ってはならない。急いで敵軍の背後に回り込む。 |
| ●交地(こうち)・・・・・彼我どちらに取っても、進攻可能な地域。 |
| ここでは各部隊間の連携を密に保つ。自重して防備を固める。 |
| ●衢地(くち)・・・・・諸国の国境と接していて、先にそこを押さえた者が諸国の衆望を集められるような地域。 |
| ここでは外交交渉を重視し、諸国との同盟関係を固める。 |
| ●重地(ちょうち)・・・・・敵の領内深い地で、いくつもの敵の城市に囲まれた地域。 |
| ここでは糧食や物資の現地調達を図る。 |
| ●圮地(ひち)・・・・・山林、沼沢、その他天然の要害があり、行軍の困難な地域。 |
| ここでは長居は禁物であり、速やかに通過する。 |
| ●囲地(いち)・・・・・進軍路が狭い為に撤退するには迂回せねばならず、敵軍は少数でもこちらの大軍を撃破出来るような地域。 |
| ここでは敵の裏を掻くような奇策を用いる。又は自ら退路を断って、全将兵に決死の覚悟を決意させる。 |
| ●死地(しち)・・・・・速やかに勇気を奮って戦わねば、忽ち敗れて命を落とすような地域。 |
| ここではただひたすら、死力を振り絞って勇戦するのみ。戦って勝つ以外に生き延びる道はない事を全将兵に示す。 |
| 自身はどのような場所や領域ならば最大限に力を発揮出来るのかを把握し、後は相手を如何にして、その場所や領域にまで誘導するのか、その二点こそがこの計略の要点である。 |
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| そうした上で将が血気に逸(はや)り、兵士をまるで蟻のように城壁に張り付かせて攻城戦を継続させる。 |
| そうして兵の三分の一を死なせても尚、城を陥落させる事は出来ない。攻城戦とはこれ程までの犠牲を強いられる。 |
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| このように城塞に立て篭もった敵を攻撃する事の困難さを説いている。 |
| だからこそ同書の第六篇『虚実篇(きょじつへん)』では、次のように説く。 |
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| 故に我戦わんと欲すれば、敵、塁(るい)を高くして溝(こう)を深くすと雖(いえど)も、我と戦わざるを得ざるは、その必ず救う所を攻むればなり。 |
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| 自軍が戦いを望む時についてであるが、敵軍がどんなに塁を高く築き、溝(堀)を深く掘って防備を固めていようと、こちらと戦わざるを得なくなるのは、敵軍が必ず捨て置く訳には行かない所を攻めるからである。 |
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| この「必ず救う所(敵軍が必ず捨て置く訳には行かない所)」について、三国時代の英雄・曹操(そうそう)は、「その糧道を絶ち、その帰路を取り、その君主を攻むるなり。」と、その具体的な種類を述べた。 |
| つまり糧道──────兵站──────や、帰路──────退路や帰国する道路──────や、君主──────必ずしも君主そのものばかりでなく中枢部等も───────を狙って、敵を外部へ引っ張り出すのが効果的であるという訳である。 |
| これらのような敵の泣き所を衝く以外にも、立て籠もった敵が否応なしに打って出て来ざるを得ないような状況に陥らせるには、挑発して苛立たせたり、偽装工作を施して、籠城しているよりも外へ打って出た方が得であると、敵に思い込ませるように仕向ける。 |
| 尚自身が有利に戦える場所や領域とは、この計略の使い手によって、それぞれ異なるであろうが、『孫子』の第十篇『地形篇(ちけいへん)』と第十一篇『九地篇(きゅうちへん)』では、地理や地勢、地域の特色について具体的に考察し、その対処法を言及している。 |
| まず第十篇『地形篇』では、地形を六種類に分類し、それぞれに応じた戦術を採るように説いている。 |
| それら六種類の地形の特徴と対処法は以下の通り。 |
| ★通(つう)・・・・・彼我(敵味方)共に進攻出来るような、四方に通じている地形。 |
| ここで戦う時は、先に南向きの高地を占拠し、補給路を確保する。 |
| ★挂(かい)・・・・・進攻するのは容易だが、反対に撤退するのが困難な地形。 |
| ここで戦う時は、敵軍が防備を固める前に攻撃を加えられれば勝てるが、防備を固められてしまった後では勝利は望めない。 |
| その上に撤退が困難なので、苦境に陥る事になる。 |
| ★支(し)・・・・・彼我どちらに取っても、進攻すれば不利になる地形。 |
| ここで戦う時は、敵の誘いに乗って出撃する事を慎む。 |
| 一旦退却して敵を誘い出してから、これを迎え撃つ。 |
| ★隘(あい)・・・・・入り口のくびれた地形。 |
| ここで戦う時は、まず自軍が先に占拠した場合は、入り口の防備を固めて敵を迎え撃つ。 |
| 敵軍に先を越されて占拠され、しかも入り口の防備を固められた場合は、手出しは避ける。 |
| しかし入り口の防備を固められていない場合は、すかさず攻撃を仕掛ける。 |
| ★険(けん)・・・・・険阻な地形。 |
| ここで戦う時は、先に自軍が占拠出来た場合は、必ず南向きの高地に布陣して敵軍を待ち受ける。 |
| もし敵に先を越されてしまった場合は、進攻を中止して躊躇わず撤退する。 |
| ★遠(えん)・・・・・地形と言うよりは本国から遠く離れた地。 |
| ここでは例え彼我の戦力が互角に均衡しているとしても、不利を強いられるので、決して戦いを仕掛けてはならない。 |
| 以上が第十篇『地形篇』で語られている事柄である。 |
| 続いて第十一篇『九地篇』からは、九種類の戦場についての考察である。 |
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| 計略名の「虎を調いて山を離れしむ」という寓意であるが、虎は山や竹林等を根拠地としているが、それは虎に取っては、山や竹林等が自身の力を最大限に発揮出来、有利に戦える場だからである。 |
| だからこそ虎を仕留めようとするならば、わざわざ虎に取っては有利で、己にとっては不利になる山や竹林等へ出向いて戦うべきではない。 |
| 寧ろあらゆる策略を駆使して、虎を拠点としている山や竹林から外へ出させて、己にとって有利な場所まで誘き寄せるのである。そうしてから虎を仕留めるのである。 |
| だからこそこの調虎離山策とは、まずはこちらが攻撃し辛い根拠地や要害に立て篭もっている敵軍を、策略を用いて外へ出て来るように仕向ける。 |
| そうして自軍が有利に戦え、力を発揮出来るような場所にまで上手く誘い出す事に成功したら、一気に敵を叩いて殲滅するのがこの計略の要旨である。 |
| つまりこれまた寓意的な比喩を借りれば、魚始め海の生物は陸上では活動が出来ないから、相手を水中に引きずり込ませ、鳥は地上へ降りたら力を発揮出来ないから、相手を空中へ引きずり込み、猿は森林へ相手を引きずり込ませるという風に、己の力を発揮出来る場所まで誘導するのである。 |
| そして寡兵(少数の軍)が大軍と戦う場合は、大軍が力を発揮出来るような広い平野部では戦わず、城塞に立て籠もったり、隘路(狭い交通路)に誘い込んだり、山中や森林や湿原等の障害物の多い所に誘い込む。 |
| 機動力や突進力のある兵車(戦車)部隊や騎兵部隊は、遮る物のない広大な平地でこそ、その本領を発揮出来る。 |
| だが前出の例で挙げたような、場が狭く、障害物の多い所では、本来の力を封じられ、本領を発揮出来なくなる。 |
| また軍事面に限らず、格闘技やスポーツの試合でも、ホーム(地元)でするのと、アウェイ(敵地)でするのとでは、選手たちのメンタリティにも程度の差こそあれ影響が出る。 |
| だからこそ相手側をどうにかして、自分のホームにまで呼び寄せて試合を開こうとする。 |
| この計略は、誘導作戦の側面がある【第一七計 抛磚引玉】ともよく似ていて、両者の区別が付き辛い。 |
| 両者とも敵が喰らい付きそうな餌を撒いたり、囮を使ったり、その他あらゆる策略を駆使して敵を誘い出すという点では共通している。 |
| 強いて両者の違いと言えば、まず調虎離山策が自身がよく力を発揮出来て、有利に戦える場所や領域(抽象的なものも含む)を予め確保しておいて、その場所や領域まで敵を誘い込む事である。 |
| それに比して抛磚引玉策が、どこか特定の場所や領域に誘い込むと言うよりは、軍事的成果に限らず、あらゆる種類の利益を、最小限の投資や労力で、最大限に獲得するものである。 |
| だから調虎離山策よりも詐術的な性格が強く、それ故にその元手となる撒き餌を、如何にして巧妙に拵えるかに重点が置かれる。 |
| 城塞などの根拠地に立て篭もった敵とは、なるべく交戦するのを避けるよう、兵法書『孫子(そんし)』でも戒めている。 |
| 以下はそれを論じた『孫子』の第三篇『謀攻篇(ぼうこうへん)』の中の一節である。 |
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| 故に上兵(じょうへい)は謀(ぼう)を伐(う)つ。その次は交(こう)を伐つ。その次は兵を伐つ。その下(げ)は城を攻む。 |
| 城を攻むるの法は、已(や)むを得ざるが為なり。 |
| 櫓(ろ)、轒轀(ふんおん)を修め、器械を具(そな)う。三月(みつき)にして後に成る。 |
| 距闉(きょいん)又三月にして後に已む。 |
| 将その忿(いか)りに勝(た)えずして、これに蟻附(ぎふ)せしめ、士を殺すこと三分の一にして、城抜けざるは、これ攻(こう)の災いなり。 |
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| 故に最上の戦法とは、敵の目論見を見抜いて、実際に戦いに及ぶ前にそれを封じ込める事である。 |
| 次善の戦法は、敵の同盟や連携を断ち切って、敵を孤立化させる事である。 |
| それに次ぐのが、実際に軍を率いて干戈を交える事である。 |
| そして最低の戦法とは、城を攻める事である。 |
| 攻城戦は他に手の打ち様が尽きた時に、最後の手段としてやむを得ず用いる事である。 |
| 櫓(大型の盾)や轒轀(攻城用の四輪車)等の攻城兵器を揃えるのに三ヵ月は掛かる。 |
| 攻城の為に距闉(土塁)を築くのにもやはり三ヵ月は掛かる。 |
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| 第一五計 |
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| 調虎離山 |
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| 虎(とら)を調(あざむ)いて山(やま)を離(はな)れしむ |
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| 『西遊記(さいゆうき)』『封神演義(ほうしんえんぎ)』等の通俗小説が出典だとされているが、詳細は不明。 |
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| ☰ ☴ ☲ ☶ ☱ ☵ ☳ ☷ |
| 天を待って以って之を困(くる)しめ、人を用いて以って之を誘う。 |
| 往(ゆ)けば蹇(なや)み、来たれば返る。 |
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☰ ☴ ☲ ☶ ☱ ☵ ☳ ☷
| | 天の時、すなわち自軍が有利になる時が訪れるのを待ってから敵軍を苦しめる。 |
| それから人の力を用い、餌を撒いて敵軍を自軍に有利な地勢に誘い出す。 |
| 敵軍に攻め込むのが危険な場合は、敵軍の方から攻めて来させるように仕向けて迎撃する。 |
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| ☰ ☴ ☲ ☶ ☱ ☵ ☳ ☷ |
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