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前編からの続き
統治には一種の宗教的な祭儀が不可欠である事は、古今東西を問わぬ事実である。
無宗教の共産圏でも、例えばレーニンの屍体をミイラにして、一種のピラミッドに安置し、その屋上に指導者が並んで人民の行進を閲するのは、まさにファラオの時代を思わせる祭儀である。
誤解されては困るが、私は絶対にこういった行為を野蛮だと言っているのではない。
蛮行とはもっと別の事であって、このような祭儀行為とこの祭儀をを主宰する権限とは、常に最高の統治権者が把持して来た、非常に重要な権限だ、という事実を述べているのである。
だが祭儀権と行政権は分立させねば独裁者が出て来る。
この危険を避ける為、両者を別々の機関に掌握させ、この二機関を平和裡に共存させるのが良い、と考えた最初の人間は、ユダヤ人の預言者ゼカリヤであった。
近代的な三権分立の前にまず、二権の分立があらねばならない。
二権の分立がない所で、形式的に三権を分立させても無意味である。
それが如何に無意味かは、ソヴェトの多くの裁判を振り返ってみれば明らかであろう。
西欧の中世において、この事を早くから主張したのはダンテである。
彼はこの二権の分立を、教権と帝権即ち法皇と皇帝の併存という形に求めた。
法皇は一切の俗権が停止されねばならぬ。皇帝は法皇に絶対に政治的圧力を加えてはならぬ。
そして両者が車の両輪の如くになって、新しい帝国が運営されるべきである、と考えた。
だがダンテの理想は夢で終わった。彼が日本の朝廷・幕府制度の事を知ったら、羨望の余り、溜め息を吐いたであろう。
ダンテの夢が夢で終わったように、ゼカリヤの夢も夢で終わった。
日本の天皇はヨーロッパ的意味での皇帝ではない。少なくともインペラトールではない。
美々しい鎧に身を固め、馬上豊かに騎士団を引き具して行く皇帝の姿は、絶対に日本の天皇にはない。
私は随分探したのだが、まだ鎧をつけた天皇の像を見た事がない。天皇は必ず「こし」に乗っている。
その外容はヨーロッパ的に見れば、皇帝よりも寧ろ法皇に近い。
私は天皇を、後述する日本教の大祭司だと考えている。そして将軍はまさに総督である。
この素晴らしい制度は、一体どんな政治哲学に基いて、誰が考案したものであろうか。
事実、祭儀と行政司法と宮廷生活とが混合していた中世ヨーロッパの政府は、政府などと言える代物ではなかった。
それに比べれば幕府即ち頼朝政府は、何と素晴らしいものであったろう。恐らく当時の世界の模範であったに相違ない。
これは絶対に私の独断ではない。少しでも日本の歴史を知っている外国人なら、皆同じ感慨を持つだろう。
政治というものが実務としてある以上、能力ある者がこれを担当するのが当然の事である。
──────これらの政治理念が、中世ヨーロッパの皇帝や宰相や騎士団の考え方とは、雲泥の差がある事は言うまでもない。──────
日本人が二権分立という、ユダヤ人が夢見て果たせなかった制度を、何の予習もせずにいとも簡単にやってのけ、しかも自らは少しもそれを高く評価してないという事実は、中扉に載せたラビ・ハニナ・ベン・ドーサの言葉を思い起こさせるという事を指摘するに止めよう。
『その人の行いがその人の知識より偉大な時は、その知識は有益である。しかしその人の知識がその人の行いより大になる時は、その知識は無益である。』
日本人自身がこの事を少しも高く評価しない、天才というものはそういうものなのであろうか。──────天才乃至は天才的人間の特徴は、自分のやった事を少しも高く評価しない点にある。──────(五五頁〜五九頁)
≪引用終了≫
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<<<<<抜粋終了>>>>>
一旦は区切ります。とまあ、イザヤ・ベンダサン(実は山本七平)の著書からの引用が少し長くなってしまいましたが、次もまた戸松氏以外からの引用です。
<<<<<P.152〜P.155より抜粋開始>>>>>
日本人が自己の優れた天才的能力を少しも気付いていないという点について、アメリカのJWT・メーソンも著書『神ながらの道』おいて次のように指摘している。
「日本人は外来文化思想を自覚し、且つそれを表現する能力においては、他国の追随を許さぬ程優れた物を持っているが、どういう訳か自国の思想・神道については、全く自覚もしなければ、また表現する事も実に拙劣である。
日本人は好んで仏教教義の深遠さを説き、儒教の優秀性、西洋科学の卓越性を讃えるが、神道が仏教よりも遥かに優れた精神的原理を有し、儒教よりも内面的見解において深遠であり、又西洋文化よりも一層物質的進歩と精神的理想主義とを調和せしめる力を持っている事に気付いていない。
──────もし日本人が潜在意識的直観を持って、しかも同時に自覚的自己表現的分析力を発達せしめ得るとすれば、日本文化は未だ嘗て他民族の企て及ばざりし高所に達するであろう。
しかし日本人が自己の内なる独創力を発揮する事なく、徒に外国文化に囚われるならば、神道の創造的精神は硬化埋没し、日本は次第次第に無力になって行くであろう。
何故なら進歩は自己発展、固有性の発揮を通してのみ起こるものだからである。」
<<<<<抜粋終了>>>>>
そして次からは戸松氏の論、本題の「治らす」「領く」の話に戻ります。そしてこれが本稿最後の引用となります。
<<<<<P.153〜P.155より抜粋開始>>>>>
治ろしめすと領くは、ベンダサンの言うような祭儀権と行政権に区分されるべき単純なものでないが、多少はそうした意味も含んでいるので、大いに耳を傾け、参考にすべきであると思う。
国民を同化統一し、万民悉く生成化育するには、道(道義・原則・法則)と力(権力・武力・財力)の併存両立を図らねばならないが、国家の統治に当たって力の重大さを軽視してはならない。
その点を大国主命は国土奉還の条件に、
「私も子等と同様喜んで葦原中国(あしはらのなかつくに)を奉還しましょう。
ただ私の住む所の為に、天津神の御子の代々御世を継ぎ給うべき天津日嗣の、その御膳を御作りする御厨(みくりや)である、煙立ち上る、富足りた、天之御巣の壮大な備えと同じ程に、地の底の岩根までも深く宮柱を埋め、高天原に千木の届く程に屋根の高い、立派な宮殿を築いて私を祭って下さるならば、私は百に足らぬ八十の曲がりくねった道また道を訪ねて行き、遠い黄泉国(よみのくに)に身を隠す事に致しましょう。
また私の子供である百八十人の神々は、八重事代主神(やえことしろぬしのかみ)が先駆となり殿(しんが)りとなって、必ず御仕え致すでしょう。
一人も背く者はありますまい。」
と述べている。これが日本民族の奉還思想である。
全個の関係を治ろしめて行く原理は、私有領有でもなく、単なる公有国有でもない。公私の分も明らかにして結ぶ、公私一体の原理を成り立てる事である。
従って奉還すると言っても、決して領土を返還する事ではなくて、そのまま統治を委任されるのである。
唯統治上の精神が領くではなく治ろしめすに変わるのである。道を主とし力を従として、両立へ依存せしめるのが天皇の構造である。
日本の原理は天皇を始め道を践み行うものであって、力、権力、武力、財力を私有領有するものではなく、全て万民を生成化育発展せしめる為に駆使すべきものである。
日本は古来道と力、文と武を分け、道を以て力を正し、文を以て武を制して来た国である。
法皇と皇帝の関係が多少これに似ているが、本質は全く違う。
この二つの関係を明治憲法は一つにし、やがて文は武に吸収され、道は力に屈した形で天皇制を作った。
それは山縣有朋の作った軍人勅諭に明示されている。
日本本来の精神に立ち返る為には、現憲法ばかりではなく、明治憲法をも根本的に見直し改め直さねばならない。
日本は何時も天皇を「治ろしめす」として把握し、将軍を「領く」に表現して来た。
明治になって西洋化され、「領く」形式を排し、「治ろしめす」に改めたのであるが、事実は「治ろしめす」天皇が「領く」の将軍の地位に落とされて来たのである。
大元帥陛下が何よりの証拠である。道統や国学を知らぬ法理論者が、天皇を機関即ち地位の上に固定したのも、こうした所に発生しているのである。
又これを否定攻撃した連中も、治ろしめす、領くの区別を明らかにせず、単に感情的に騒ぎまくったに過ぎなかった。
ここに天皇観の本格的堕落が起こったのであり、近代日本の無知と悲劇があった訳である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
さて、皆さん如何でしたでしょうか?
以上の事柄が、我が国固有の統治原理である「シラス(治らす/知らす)」「ウシハク(領く)」の要諦です。
この原理を把握している人は、日本人でも少ないのではないでしょうか?
ましてや外国人なら尚更でしょう。
つまり我が国が古来より、外国のような専制支配に陥った時代は一度もなく、我が国の過去をいつの時代であれ、そのような目で見ている人は、単に外国の目線や感覚のフィルターを掛けて見ている、という事になるので、最初から見えている像が歪んでいる事になります。
我が国では神代より、天皇による治ろしめす統治が布かれ、その帝が治ろしめされておられるのを背景として、その理念から逸脱する事のないよう、その時その時の為政者が実質的な力を行使して、領いて来たというのが実態なのです。
現代日本では内閣総理大臣が領く存在です。
単に領く原理だけだったら、すなわち治らす原理の裏付けのない、剥き出しの領く統治では、やがては腐敗し、専制支配の惨禍を及ぼしていたでしょう。
シラスとウシハクはどちらか一方が欠けてても良くない、いわば車の両輪の関係、相互補完の関係にあります。
外国は治ろしめす原理がなく、専ら領く原理のみだから、我が国と比べると支配者の締め付けがキツイのではないでしょうか?
その領く権力の暴走を抑制するブレーキや鞘となる力が治ろしめす原理なのです。
このシラス・ウシハクを現代で言い換えれば、「権威と権力の分離」「立憲君主制」となるかと思いますが、やはり似てるようで我が国のシラス・ウシハク式の統治とは、どこか異なると思います。
それはイギリスを始めとした海外の立憲君主たちは、権力こそ放棄して権威を留めるのみの存在となったとしても、我が国の天皇のように祭祀を行わないからではないかと。
すなわち「君臨すれども統治せず」な状態となっているからだと。
しかし我が国の天皇はそれとは異なり、「統治すれども親裁(親政)せず」です。
すなわち天皇は君臨しているだけでなく、統治もされています。その統治が領く統治ではなく、治らす統治だという事です。
ただ親政(親裁)、すなわち実際の行政実務だけは臣下に御任せになられています。
よほどの事態でもない限りは、一々政務を直接的に手掛けられる事は、厳に慎まれているという事です。
何故なら古来より天皇が治らす統治を担われ、為政者が領く統治を担うという分担制であり、御互いの領域には決して立ち入らない事を不文律として遵守されて来たのですから。
天皇以外の者が治らす領域に足を踏み入れる事が許されないのは勿論、天皇の方も領く領域に足を踏み入れられる事を固く慎まれていたのです。
もし天皇が親政をしたり、実際の政務に口出しをされたとなると、それは天皇が領く領域に入って来られた事になり、シラス・ウシハクの統治原理が崩れてしまい、天子としての威厳や神聖性が損なわれてしまいます。
故に天皇親政というのはよほどの例外、異常事態なのです。
以上の事から我が国の天皇は、外国の君主と違って君臨されているだけでなく、統治までもされていますが、よほどの特殊な事情でもない限りは、政務を直接的に執られる事や、何らかの介入をされたりする事だけは、固く控えておられるだけに過ぎません。
以上を以て、本稿#4を終わります。
了
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『天皇論〜日本固有の道』
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さて、本稿では早くも、極めて重要な理論を紹介します。
神話の時代より我が国の根幹を為す統治原理として、代々受け継がれて来た理想的な政治理念であり、最も安定した統治の極意とも言うべき、究極的な統治の秘訣──────それこそが「シラス(治らす/知らす)」と「ウシハク(領く)」の理念です。
両者の違いを弁え、両者を混同させる事なく両立させて来たのが我が国の歴史です。これは現代でも変わりません。
このシラス・ウシハク論のシラスこそ、天皇統治の本質の中核を成すと言っても過言ではない位に重要です。
当記事ではこれより何度かに分けて抜粋しますが、抜粋する箇所は原本のページの若い順ではなく、順不同に抜粋します。
<<<<<P.124より抜粋開始>>>>>
天皇の本質である精神は、また「しろしめす」という古語によく現われている。
しろしめすの義は、万邦をしてその所を得せしめ、兆民をしてその堵に安んぜしむるのであって、人の天分を発揮せしめ、個性を明かにし、人をしてその所を得せしめる事である。
権力、権勢、武力、財力、征服、支配によって占領統一する事ではない。
「しろしめす」「しらす」は、「うしはく」領有私有と違って、自己を空しうして宇宙万物を生成化育する精神を以って治めるという意味である。
しろし、しらしは、知らし、知る、治(し)ろしめすという義である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
<<<<<P.48〜P.49より抜粋開始>>>>>
天皇の本義
天皇の本義は、すめらみこと、及び「知らす、聞こしめす、見そなわす」に示されている。
すめらみこととは、知る、澄ます、統べる、治ろしめすの意であって、
第一義は宇宙実在の実相とその作用を知ると共に、これを掌っている法則を知る事である。
転じて国民生活の実体を知り、国民の希望念願を知り尽くして、それを叶えてやると同時に、天皇の本意を国民全体に知らしめる事である。
第二義は澄まし清める。
みそぎ、はらひ(はらい)の神事に見られるように、清さとけがれ、美と醜、明と暗、直と曲が神道を支える観念であって、魂を清め、心身の修行を積み、不浄、汚濁、不潔、醜悪のものを清め、かつ鎮めて、情義の美しい同胞社会を顕現しようとする。
みそぎ、はらひの行事は、いざなぎのみことの神話伝承が起源とされているが、古来よりの日本人は神聖なものを美として眺め、神は宇宙のあらゆるところ、海にも、山にも、田にも、川にも、井戸にも、水屋にも、かまどにも、厠(かわや)にも宿るものと信じ、そこを美麗にしておかなければならないと考えて神を祀ったのである。
心清く、美しく、直ければ、必ず神の助けがあり、心汚く、濁れ、曲がっておれば、神罰を受けるものとされ、常に清く、美しく、直く、明るくする事に心掛けてきた。
天皇は国民の中心であり雛形であるため、清浄無垢、無私無欲無我に徹してきたのである。
第三義は統べる。
一切を知り、知らしめ、清く明るく直く美しい心を以って、国民精神の統一を図り、国民生活の統合を図る。
第四義の治ろしめすは、道を真中に立てて、治者と被治者の一体を実現する事を言うのである。
更にまた知らす、聞こしめす、見そなわすは、範を万民に垂れ、万民の中心となって道を践み行う原理を示すものである。
知らすは既に述べた通りであり、聞こしめすは天の声、地の声、人の声ばかりでなく、宇宙間に存在する森羅万象ことごとくの声なき声を聞くという事であり、ましてや国民全体の声を聞かずにはいないという事である。
見そなわすというのは、知る、聞くと同じく、全てのものを見ると同時に、天皇の御心、態度、行為を見て貰うという意味である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
以上のように、これが「シラス」の意味とシラス型統治の根本です。
一般にイメージされる「統治」とは、これとは本質的に異なるウシハク型統治でしょうか。
<<<<<P.49〜P.50より抜粋開始>>>>>
治ろしめす・領く
日本の政ごとは、諸外国に行われている政治権力を中心に、武力財力等の力を以って社会整理を行い、秩序を維持するというものではなく、天皇が祭祀によって体得した神人不二一体の境地即(すなわ)ち治ろしめすという理念(道)を基盤にして、権力武力財力等の領く力を活用して統治する。
いわゆる道と力、治ろしめすと領く、祭と政の併存両立を建前とするものである。
これは高天原(たかまがはら)の理想治ろしめすと、出雲(いずも)の原理領くとの融合結体によって形成せられたものであり、奉還思想の原理を示すものである。
これは他国に類例を見ない、日本独特の政治原理である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
そうです。シラス(知らす、治らす)とウシハク(領く)は水と油の如く、互いに相容れない反撥し合う関係、否定し合う対立関係ではなく、両立して互いの欠ける所を補い合う、相互補完関係にあるのです。
どちらが良くて、どちらが悪い、どちらが優れていて、どちらが劣っている、という性質のものではありません。
さてさて、以降は【第三章 天皇の本質】の中の、P.147〜P.155に及んで展開されている【第三節 天皇の構造】より抜粋、と言うより全文丸ごと転載しますが、長過ぎるので、丁度良い所で何度か区切りながらにします。
<<<<<P.147〜P.149より抜粋開始>>>>>
【第三節 天皇の構造】
南方文明を代表する天照大御神と、北方文明を代表する須佐之男命(すさのおのみこと)のうけひ(受霊)【註:「うけひ」は「うけい」と読む。】によって、両文明が融合一体化し、八神を産み、それぞれの使命任務を発揮して大いに神ながらの道を発展せしめた事は、八幡神の活躍によって知る事が出来る。
八神の内、男神五柱は天照大御神の物実(ものざね)・剣より生まれたものであるが、天照大御神とのうけひによったものである。
「うけひ」とは、一方が他方の霊を受け入れて新文化を創るという事であって、要約すれば二つの文化が融合一体化して更に一段と高い文化を創造するという事である。
この南方文明の天照大御神と北方文明の須佐之男命のうけひは、神道理念にとっては極めて重大な意義を持つものである事は、後に出て来る国譲りと共に、神道の基本構造たる、道と力、権威と権力、治ろしめすと領くを規定し、形成するものだからである。
道を代表する天照大御神と力を代表する須佐之男神のうけひによって、権力の統治が時と所によっては道義の統治よりも効果的である事実を証明する事が出来た。
大御神もその価値効用を十分認められた為、すっかり気を良くした須佐之男神は、知らず識らずの間に慢心し、やがて生産を妨害する天つ罪を犯す事になって、遂に高天原の神々の怒りを蒙り、追放せられる事となった。
放逐された須佐之男神は、各地を彷(さまよ)い歩いた末、出雲(いずも)の国に辿り着いたのである。
そこで善良な農民たちを虐げ苦しめる、やまたのおろちという没義道な集団を目の当たりに見、これを退治して農民を安堵させると共に、おろちの持っていた統一力団結力、いわゆる三種の神器の叢雲(むらくも)の剣を高天原の大御神に献上して、爾後(じご)の統治における原則たらしめた。
そして自らは農民たちの良き指導者となって、その地方を安住の地たらしめたのである。それが出雲の国である。
ところが大国主命(おおくにぬしのみこと)の時代になって、天照大御神は大和島根を合体して全国を統一すべく、出雲に使者を送り交渉を重ねてたが、仲々進捗しなかった。
最後に建御雷神(たけみかずちのかみ)が天鳥船神(あめのとりふね)を随(したが)え、条理を説いてようやく大国主命の賛同を得、国譲りの実を挙げる事が出来た。
この時の説得の言葉に、
「汝(いまし)が領(うしは)ける葦原中つ国(あしはらのなかつくに)は、我が御子(みこ)の治(し)ろしめさん国と言(こと)よさし給へり(たまえり)。かれ汝が心いかにぞ。」
即ち前述せる通り「うしはく」は所有、領有、私有するの意で「うし」は主、「はく」は下駄をはく、靴をはく、太刀を佩(は)くなどの「はく」事で、いわゆる物を身に付ける事を言うのである。
要するに力で国土を領有支配する事を言い、転じて権力、武力、財力等の力による統治を言うのである。
これに対して「治ろしめす」は知る、知らしめる、真実、事実、真理、真相を知ると同時に知らしめ、理解させる。
自他を知り、事物を知り、過去現在を知り、未来を察知し、内外の別なく、有形無形との論なく、よく熟知しなければ、国民全体を同化し統一して、生成発展せしめる事が出来ない。
と同時に清澄・統べる・純粋の心を合わせるという事を言っているのであり、いわゆる万人一人の漏れなく等しく認める道義、理念、原理、法則等の道による統治を言うのである。
これによって分かる通り、高天原は道を以て統治の原則とするに対し、出雲は力を以て統治の原則としていたが、文化の流動は道と力を一体化し、道義・権威・法則を主となし、権力・武力・財力を従と為して、各々の分を成り立てて来た。
道と力の併存両立する国は、我が国を除いて他にないのである。
これが即ち天皇の構造を形成する基本の原理である。と共に、世界史上嘗て見る事のなかった冠絶した原理でもある。
<<<<<抜粋終了>>>>>
と、ここらで一休みしましょうか。
如何でしたか?上記抜粋文の中の赤い大文字で表記してある箇所は重要ではないでしょうか?
これこそが「治らす」「領く」の定義ですから。
では続いて・・・・
<<<<<P.149〜P.152より抜粋開始>>>>>
この事をイザヤ・ベンダサンはその著『日本人とユダヤ人』の中で次のように述べている。
============
≪引用開始≫
朝廷・幕府併存という不思議な政治体制である。これは七百年以上続いた訳だから、日本の歴史の大部分はこの制度の下にあったと言える。
これは一体誰のアイディアなのだろう。考えてみれば不思議である。
しかしこの独創的政治制度も、戦前は我が国の国体に悖るものとされ、あの軍人勅諭では、
『世の様の移り変わりてかくなれるは、人の力もて引き返すべきにはあらねども、まことに浅ましき次第なりき』
とされていて、出来る事なら消してしまいたい事態だとされている。
変わって戦争後ともなると、何もかも一緒にして封建的の一言で片付けられ、この不思議な制度は常に無視され、黙殺されているのである。
朝廷・幕府の併存とは、一種の二権分立と言える。
朝廷が持つのは祭儀・律令権とも言うべきもので、幕府が持つのは行政・司法権とでも言うべきものである。
後編へ続く
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今回は天皇云々から離れた話題になります。「火」と「家」についての考察です。
<<<<<P.68より抜粋>>>>>
火の発見と利用はやがて家を作る事になった。
人類東遷の最先頭に立って無限の試練を克服し、冒険を重ねつつあらゆる難関を突破して東へ東へと進み、ついに東の果ての日の本に辿り着いたのが日本民族の祖である。
日を仰ぎ、日を求めて移動していた人間が、火を利用し、火の効用を知って、再び日の神秘を探し求めて、日の霊力・神を知るのである。
日(ひ)──火(ひ)──霊(ひ)──神。この関係を見逃して人類の進歩文化は語れない。
人類は火と共に進歩してきた。火を如何に利用し、人間生活に役立ててきたかは、我々人間の住む建物を家と呼んでいる語によっても知る事ができる。
<<<<<抜粋終了>>>>>
そしてここからは、その「家」の起源や語源についての考察です。
<<<<<P.68〜P.69より抜粋>>>>>
家とは「いへ」と書く。
「いへ」の「い」は「生命(いのち)」のい、「寝ぬ(いぬ)」のい、生命と寝る事を表している。
「いへ」の「へ」は「へっつい」、竈(かまど)の事で、火の燃える特定の場所を表している。
人間が火を燃やした当初は、火山の爆発や落雷などによって燃えている木を集めてきて燃やしていたに違いない。
しかしその火は雨や暴風雨に消されてしまう事が縷々繰り返される事になる。
そこで火を絶やさぬ為に竈を作り、竈を中心に柱を立て、屋根を上げ、側壁を張って、火を風雨から守ったのが家の起こりである。
そして家の中に燃えている火を消さない為には、少量ずつ永続的に燃やし続けなければならない。
もし誤って多量に焚いたり、不注意であったりすると、火事を起こして家を失ってしまうばかりでなく、幼児や家財道具などをも消し去る事になる。
そこで人類は、男は狩りに出て獲物を探し、女は家にあって火を見守りつつ家事を掌る事にした。
女たちは火を燃え易くする為に竈の真ん中をよく掻き分け、通風を良くすると共に、他所に燃え移らぬよう見張り注意した。
<<<<<抜粋終了>>>>>
なるほど、「家」の由来、語源はこんなだったのですねえ。
<<<<<P.69より抜粋>>>>>
古来竈の真ん中の事を「ホト」と言い、女の局所も「ホト」と言う所から、ホトの取り扱いを誤ると火事になり、火遊びとなって火傷する事になるという意味も加わって、家は家族の休息する所、慰安の場所、そして生活の基本根源でもあると同時に、人間生活における節操・貞操・貞節道徳的精神的練成場でもある。
つまり家は「へ」を守り、「へ」を正しく取り扱う所であって、「へ」の取り扱いを誤ると、家は破産し身は破滅する事になる。
そこで家に神、先祖を祀る神霊舎(みたまや)を作り、これを中心に道徳倫理の練磨訓練に励んで来たのが我が国日本の家である。
日本人の道徳的高さは、「へ」の二面性の取り扱いにあったと言って良い。
竈の「へ」は生活を表し、女の「へ」と「ホト」は倫理道徳を表している。
性の乱れを火遊びと言って最も警戒して来たのである。
<<<<<抜粋終了>>>>>
そうなんでしょうか?(笑)日本は古来より性に関して大らかだったと思うのですが?(笑)
まあその疑問はともかく、これは初耳でしたので勉強になりました。それでは次は、本記事最後の抜粋です
<<<<<P.69〜P.70より抜粋開始>>>>>
英語の「ホーム」「ハウス」は夫婦となった男女の生活する所、単なる住宅ないし夫婦、親子、家族の合宿所という意味である。
それから発展した複合住宅を「アパート」と言い、立体拡大長屋を「マンション」と呼んで有難がっているが、外装の豪華さに比して内面は精神的閉塞家畜小屋に似て、我が国が生んだ自然発生的庭のある家、「いへ」とは全くその本質をを異にする。
家の特質は自家用神社即ち神霊舎(神棚)を備え祀っている所にある。
家の思想や家族主義は、農耕民である定住定着者たちが培ってきたものであり、住宅の原理や個人主義思想は、遊牧移動民の生活が作ったものである。
日本を包む自然環境と伝統は、日本特有のものであるから、恐らく日本固有の神道、天皇、神社、家も特有のものであるに違いない。
しかし日本も地球上の一存在であり、地球の一部であるが故に、地球の部分である事に間違いはない。然らば部分である以上、全体に通ずるものであり、普遍性共通性を内含するものである事実は何人(なんぴと)も無視する事は出来ない。
<<<<<抜粋終了>>>>>
はい、以上にて本記事の抜粋は全て終了です。
太古の「いへ(家)」の中核を成した竈が、時代が下って神棚(もしくは仏壇)に変わり、現在に至ります。
つまりは家は単に機能的で快適ならそれだけで良いという訳ではなく、家にとって命とも言うべき祭祀と、祭祀を行う為の神棚が欠けていてはならない、となるでしょうか。
そんな魂を欠いた家は最早「いへ」ではなく、単に血縁関係にある者たちが物理的に集まって過ごすだけのハコ、合宿所に過ぎないという事になりますか。
よく大々的に宣伝をしている住宅建築の企業にとっては耳が痛い話かも知れませんね。
現代の建築企業がそんな事まで意識しながら家を建ててるようには思えませんし。
そんな事に元から関心がなさそうに見えますしねえ・・・・。
それでは本記事#3はここまで。次回はまた別のテーマです。
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<<<<<P.124〜P.126より抜粋>>>>>
この本義よりして天皇の本質は、三生面より解釈せられる。
第一経典の天皇。「むすび」の作用を果す立場、すなわち宇宙生命のはたらきを、人間的行為化する立場であり、これは神の立場である。他宗教では経典と言っている。つまり経典の役割である。
第二地位の天皇。制度上に規定せられる地位の立場である。
いわゆる憲法上に定められる地位の天皇の面を言うのである。すなわち他国では皇帝・国王・大統領・主席と言っている。
第三人間天皇。人間としての立場である。経典の解釈によって主観主義的対立分離分派を許さぬ立場の天皇の面である。
経典は解釈する人によって分派分裂するが、生ける経典天皇には対立がない。
むすびの作用をする天皇と、地位上の天皇と、人間天皇の三生面が一体となって現れなければ、日本天皇、即ちすめらみことの本質を発揮する事は出来ない。
生そのものとしてのむすびの立場を原則とし、制度上の位と、人間の場を方法として、天皇の在り方を定めている。
これが天皇の本質である。その一つを欠いても天皇たり得ないのが日本の天皇である。
経典の天皇の面は、国体原理として万世一系たり、国家国民の本源基盤であらねばならない。
生きた人間天皇がこれを行う所に、何人(なんぴと)をしても対立させないという事と、それに価する修行精進せねばならず、常に国民同胞に範を垂れなければならないという二つの作用が表れて来る。
まことに人間天皇が、また地位の天皇が、経典(むすび)の天皇が、一切の私心私欲を断って、万民を統べ司るという事は、非常絶無の修行なしには、到底達せられるものではない。
経典の天皇、地位の天皇、人間天皇の三生面を理解し得ない者は、天皇を理解する事が出来ない。
天皇を生の手段として選択する意思は、近代思弁に支配された合理主義・実証主義の立場であって、天皇の本質論とは別箇の立場である。
天皇の本義はむしろ権力的地位上の面よりも、人間的経典の面の方が遥かに重大である。
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と、天皇という存在の本質を、三つの側面から論じている訳ですが、次からはそれぞれの項目ごとに詳細に語って行きます。
まずは第一の「経典としての天皇」の側面から。
<<<<<P.158〜P.160より抜粋>>>>>
第一経典の天皇は、日本民族の道統・神ながらの道を万邦兆民に伝道宣布して、その実現を図るための使命任務を遂行して、自ら経典となって範を万民に垂れ給う面の天皇である。
民族固有の道統は何によって維持され、実現されるかといえば、祭儀であり、祭儀はまた道統によって支えられ維持されるものである。
民族の道統はかくして国家においては祭儀となり、祭儀を通じて、「伝統・習慣・権威・礼儀・威儀・節義・態度・躾」等国民精神を形成する基本条件を身に修め、心に刻むものである。
民族性即(すなわち)国民性は人間生存の根本規定であり、そしてその民族との区別は、血統と地理的条件とを止揚契機として共同の歴史と伝統を持つ事である。
と同時にその国民が自民族の道統を不動の権威によって表現し、自覚する事によって生ずるものである。
民族性や国民性が歴史的共同性にあるという事は、生活環境と道統に照応する事であるが、ここに我々はその国の生存と道統との関連を見遁がす事が出来ない。
人間は社会的動物であると同時に、創造的動物である。人間は生まれながらにして共同的であると共に個別的存在である。そしてその共同性と個別性を可能ならしめるものは道統である。
民族性ないしは道統は、個々の存在の共通要素の基盤として考えらえる。単なる共通性からは道統は成立しない。自覚の伴わない共同生活は、群衆でしかあり得ないからである。
道統は個々人の存在と行為を超えてこれを統べ、公共体全体の共通基盤即ち超越性でなければならない。この人間の個別性と共同性及び超越性が自覚されて、初めて道統が成立するのである。
道統を離れて民族文化は成り立たない。道統を維持伝承するのが祭儀であり、祭儀の中心に位するのが天皇である。
国民は道統を維持し存続する事によって生存し得、そしてその生存の意義を知るのである。
人間生活は現実的様々の制約や種々の立場の相違によって一様ではないが、しかし国民共同体は必然的に国民精神を統一する道統を維持する事によって達成される。
日本民族は道統への随順によって生き甲斐を感じ、且つ民族精神を統一して来た国民である。
一般に人の道とは具体的にはこの道統への通路をいい、そして倫理道徳とはこの通路の自覚をいうのである。
歴史的民族の生命である道統を無視して人倫道義はなく、また国民精神の統一はあり得ない。
もし何らかの理由で民族精神の統一が阻まれ、分裂するような事があれば、必然的に国家統一が崩れ、対立を生じ混乱が起こり、国民生活は危険にさらされ不安に陥る事になる。これを未然に阻止するのが祭儀である。
祭儀は国民精神統一の重要な行事である。
ソ連や中国が人民広場や天安門広場において行う革命記念日の人民大会は、革命精神の徹底と国民精神統一のための大祭である。少なくともその役割を果たしているものであるといえる。
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以上のように、この第一の側面こそが、天皇としての最も重要な条件でしょう。次は第二の「地位としての天皇」の側面から。
<<<<<P.160〜P.161より抜粋>>>>>
地位の天皇とは、諸外国の皇帝、帝王、国王、大統領と同じく、憲法で規定せられる制度上の地位の天皇をいう。
明治憲法はその第一条に「大日本帝国は万世一系の天皇これを統治す。」と規定しており、現憲法は第一条に「天皇は日本国の象徴であり、日本国民統合の象徴であって、この地位は主権の存する日本国民の総意に基く。」と規定している。
これを法学者等は誰もが例外なく、前者を立憲君主制だと判断し、後者を一部少数の民主的立憲君主制であるという者を除けば、殆どの者が立憲民主制であると解釈した。
法学者や憲法学者としては一定の規範に縛られている以上、そう解釈せざるを得ないのは当然の事であり、特に西洋文化や制度を模倣し、西洋流の近代国家に改めようとする法律家にとって、近世初頭に起こった専制君主制の欠陥を排除した後、国家統治の基礎を憲法に置き、統治権行使の方法を制限すると共に、その運用を司法、行政、立法に分ち、各々独立して国家を統治する立憲君主制を制定したものであると解釈したのは当然の事であった。
また戦後は民主主義時代における天皇の在り方が主権在民である限り、立憲民主制であると解されたのは致し方ない。
がしかし、それは地位の上の事であって、それが日本国天皇の全てを表現するものではない事は、その由来する所の歴史伝統が欧米諸国のそれと全く異なるばかりでなく、その本質が全然違うという事によって知られる。
天皇は元首であるという制度上の存在の他に、祭り主としての天津日嗣の方が遥かに大きな役割を持っているのである。
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外国の国家元首と同じような、単なる象徴とか立憲君主ではないのです。「祭祀王」としての在り様こそが、その本来の御姿です。
別の言い回しを使えば、「天津日嗣」「皇尊(すめらみこと)」としての在り様です。
最後に第三の「人間としての天皇」の側面を論じます。
<<<<<P.161〜P.162より抜粋>>>>>
人間天皇は霊統と血統を承継ぐ存在で、一面人間経典であると同時に、人間性、身体、生理的面を持って生きる人間的一面の立場である。
この点皇帝も天皇も外面上は同じであるが、内面の霊統を相続する点が全く異なる。
人間的立場の天皇はあくまでも人間的であって、親子あり夫婦あり兄弟姉妹ある点、我々一般国民と変りない。
人間である限り、人間性や人間的、賢愚、優劣、長短、強弱の差異は免れない。それだけに天皇は尋常ならざる修行訓練の必要があるわけである。
同時にまた輔弼の任に当る側近も、それに価する適任者でなければ務まらない。
公的立場の天皇と私的立場の天皇とは全く別箇の存在であるため、普遍的立場の皇帝や国王と混同されるが、その本質は日本独自のもので他に類例がない。
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「霊統」とは聞き慣れないかと思います。「霊」は「れい」「たま」の他に「ひ」とも読みます。
つまり簡単に言えば霊統とは、「天照大神以来、代々伝えられて来た霊性、霊徳を、受け継ぎ伝えて行く事」となりますか。つまり「霊(ひ)を嗣(つ)ぐ」「霊嗣ぎ(ひつぎ)」、この場合の「霊(ひ)」は「日(ひ)」と同じ意味になります。
だからこそ天皇は「天津日嗣」と呼ばれるのです。
すなわち本来の「皇統」「万世一系」とは、この霊統を永久に継承して行く事を意味します。つまり天照大神以来の天津日嗣としての「霊統」、そしてその霊統を受け継ぐ為の容器である、神武天皇以来の男系男子の「血統」、これら両輪が揃ってこそ、初めて正統性を持った本物の天皇として認められるのです。
また、
「人間的立場の天皇はあくまでも人間的であって、親子あり夫婦あり兄弟姉妹ある点、我々一般国民と変りない。
人間である限り、人間性や人間的、賢愚、優劣、長短、強弱の差異は免れない。それだけに天皇は尋常ならざる修行訓練の必要があるわけである。」
とありますように、天皇の長男や神武天皇の男系男子の血統として生まれれば、後は何も努力しなくても簡単に天皇になれる訳ではありません。
我が国の天皇とは、何も智恵が優れているとか、腕力が強いとか、戦争に強いとか、学問に深く精通しているとか、政治・外交の手腕があるとか、とにかく「〜〜が上手い、達者だ、秀でてる」という理由で高御座(たかみくら)に御座(おわ)されるのではないという事です。
そして儒教的な有徳の聖人の出現を待ち、その聖人を天子として迎え、即位させるという思想は、我が国の天皇の在り様とは全く異質なものです。さて、本記事における最後の抜粋です。
<<<<<P.162より抜粋>>>>>
天皇の形態はこの三生面からなるものであって、その内の一つを欠いても天皇たり得ないし、またどれに偏しても同様天皇たり得ない。この点を理解し得ない者は天皇の本質を見失うに至る。
特に天皇を国民生活の手段として選択する意思は、近代的思弁に含まれる概念で、その立場からは天皇の説明は出来ない。
天皇の価値及び資格を当代における最高人格者乃至有能者、有力者である事に要求する合理主義は、それは天皇ではなくて皇帝であり大統領である。
天皇を統治の形態に捉え、統治主権に規定するものは、必然天皇廃止論や不必要論を成り立てる。
天皇は日本民族独自の存在であって、近代思想の立場からは理解する事も、説明する事も出来ない存在である。日本の道統を理解せずして、天皇を論ずる事自体が無謀である。
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「天皇の価値及び資格を当代における最高人格者乃至有能者、有力者である事に要求する合理主義は、それは天皇ではなくて皇帝であり大統領である。」
儒教始め諸外国の観念はまさにこれです。そして皮肉な事にそれこそが、長期に亘る政治的な安定ぶりが、我が国に遠く及ばない原因の一つでもあります。
本記事#2はここまで。
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さて、いよいよ「愛読書」シリーズの始まりです。
その第一弾は戸松慶議(とまつけいぎ)氏の著作である『天皇論〜日本固有の道』(綜合文化協会出版)です。
出版されたのが昭和49(1974)年と、今から40年も昔の古い作品です。
同氏の著作には同じく『天皇論』と銘打った別の著作がありますが、サブタイトルが「国体を破壊する皇室に訴える」というものでして、本書庫で扱う「日本固有の道」とは別物です。
この書物では全体を通して、我が国特有の存在であられる「天皇」及び「神道」というものの本質について、深い考察に基いて論じています。
タイトルは「天皇論」ですが、どちらかというと天皇論よりも神道論にほとんどの部分を割いています。
<<<<<P.37〜P.39より抜粋>>>>>
天皇は明治憲法に規定せられた、神聖にして侵すべからず、という権力的皇帝でもなければ国王でもなく、又昭和の現行憲法に制定された、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるという、民選のカイザー(皇帝)即ち大統領でもなくして、天津日嗣(あまつひつぎ)の高御座(たかみくら)に位(つ)く上御一人(かみごいちにん)の「すめらみこと(天皇)」である。
天津日嗣とは、天津神の御心(はたらき)を日に日に承け継ぎ、これを普(あまね)く世に弘めて万邦兆民を生成化育発展せしめて行く事をいい、高御座とは、この神ながらの道を伝道宣布する中心に位することをいい、上御一人とは、天津神と不二一体となって現われることをいう。
故に天皇には氏もなく姓もなく、親子妻子もなく、唯万民の御親とならせられるだけである。
天津神の御自覚を体認せられた天皇は万民の中心であって、皇后、皇太子、皇子、皇女、皇孫、一般国民、ことごとく天皇の赤子であるという、いわゆる現人神にならせられるのである。
もちろん天皇にはこの外に人間天皇の面もあり、憲法上に規定せられる地位の上の天皇の面もあるが、他国の皇帝、帝王、国王、大統領と違う所は、天津日嗣の天皇即ち経典としての天皇である。
経典の天皇とは、神道(かむながらのみち)を顕現する祭主であるという事で、天津神を祀り神と一体化し、神となって範を万民に垂れ、全ての人を神にする働きをいうのである。
神道は祭と政から成り立っていて、その一致を窮極目的としている。それの実現に当たる中心基本の祭主が天皇である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
<<<<<P.123〜P.124より抜粋>>>>>
外来中国文化(唐・隋文化)の受ける以前は天皇を、すめらみこと、と称んだものである。天皇の本質は「すめらみこと」に現れている。
「すめら」は同化の意。「すめる」は清澄、純真、純粋の意。「すべる」は統べる、統一、統治の意。「しめる」は締結の意である。
清澄なものは同化する。同化すれば締結する。締結すれば統一する。「みこと」は命、生命、作用の事である。
畢竟天皇とは、清澄、同化、締結、統一の作用をなす存在という意味である。
即ち、宇宙生命法則のまま原理に立って統治することで、私心、我意、我欲があってはならない存在である。
古事記には、祖神が、その皇孫をこの国の統治者として遣わされる時に、宝鏡を与え、この鏡を視ること吾(われ)を見るが如くし、殿を共にして斎(いつ)き祀るようにと諭されたと記されている。
この伝承は祖神と同居し、神と共にある心境で祭祀と政治に当たるべき事を教えられたものと解される。
天皇は寝ても起きても、大御神(おおみかみ)と一緒に生活して行く精神態度を教えたものである。
また神と同床共殿する精神がなければ天津日嗣の天皇にはなれないし、天皇は無心、無我、無欲であって、私心、私欲、我意、我見があってはならないのである。
天皇は欲望を持たない。名誉、地位、財産を求めない。何物をも欲しない現人神になる為に生れ、育ち、修行される事を天業とするのであって、人と競争したりする事のない立場の人であらねばならない。
これを裏付けているのが「むすび」の思想である。むすびの思想というのは、我が国古来の伝統的思想であって、万物万象を悉く生成化育して止まない存在である。
<<<<<抜粋終了>>>>>
本書を読んでみて思ったのですが、上記の二度に亘る抜粋文からも窺える通り、戸松氏は大日本帝国憲法(明治憲法)を否定的に捉えていて、批判をしていますが、これは残念ながら戸松氏の誤解だと思っています。
それに関してはここでは詳述しませんが、それはさておき、初回の天皇に関するあらましはここまでにします。
次回からは色々と深く探って行きます。
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