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| 計略名から凡その察しが付くように、一言で簡潔に言い表せば、美女を調略の手段として使うのが趣旨である。同義的な表現に、いわゆる「毒饅頭」というのもある。 |
| 敗戦の計の内の一種に挙げられてるように、多くは弱者や劣勢の側が、強者や優勢の側に対して用いる計略であるが、逆に強者が弱者に使う事もある。 |
| 以降論じるに当たって、敵のトップがこういう手に決して乗せられる事のない、思慮深く自制心の強い人間性だというケースは、この際考慮しないものとする。 |
| 同様にこれを用いる側の、倫理道徳的な是非善悪も考慮しないものとする。 |
| 支那の兵法書『六韜(りくとう)』は全六巻から成る集大成であり、その中の第二巻≪武韜(ぶとう)≫の第十五篇【文伐(ぶんばつ)】では、次のような一節がある。 |
| 篇名の「文伐」とは、武力を用いずに敵を降す方法の事であり、全部で十二種類あると説く。その中の第四と第十二の方策は、正に美人計の事である。 |
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| 四に曰(いわ)く、その淫楽(いんらく)を輔(たす)けて、以てその志を広くし、厚く珠玉を賂(まいな)い、娯(たのし)ましむるに美人を以てし、辞(じ)を卑(ひく)くし聴(ちょう)を委(くわ)しくし、命(めい)に順(したが)いて合(がっ)す。 |
| 彼将(まさ)に争わずして、奸節(かんせつ)乃(すなわ)ち定まらんとす。 |
| 十二に曰く、その乱臣(らんしん)を養いて、以てこれを迷わし、美女淫声(びじょいんせい)を進めて、以てこれを惑わし、良犬馬(りょうけんば)を遺(おく)りて、以てこれを労(つか)らす。 |
| 時に大勢を与えて、以てこれを誘(いざな)い、上(かみ)察して天下と与(とも)にこれを図る。 |
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| 第四には、相手国の君主の淫楽(色欲の快楽)を助長させる事。 |
| 手厚く珠玉を贈り、美女を献上して楽しませて、快楽に溺れさせて政治を忘れさせるよう仕向ける。 |
| 下手に出て相手の言うがままにし、逆らわず調子を合わせる。 |
| そうすれば実際に戦う事なく、自滅の道を辿って行く。 |
| 第十二には、相手国の乱臣(国を乱す臣下)を懐柔して、君主の心を惑わせる。 |
| 美女や歌舞団を送って君主の心を蕩けさせる。 |
| 良犬や駿馬などを贈って君主を夢中にさせる。 |
| 時には有利な餌を撒いて相手を誘い、好機が到来した事を察したなら、天下中の諸国と協同して打倒する。 |
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| 自国(自軍)より強く、まともに戦っては勝ち目のない敵国(敵軍)には、まずは低姿勢に出て、服属や友好を願い出る。 |
| 勿論本心ではなく、あくまでもそう装うだけであるが、ただでは成立しない。その申し出の為の証や見返りを強者側から求められる。 |
| そこで領地や金銀財宝を差し出すのも一つの手ではあるが、全体的に見れば損失が大きい。 |
| こちらには大きな負担が掛かり、徒に国力を減耗するだけであり、その場は凌げても結局は敵の好い様にされてしまう。 |
| 徐々に力を削り取られ、遂には滅びてしまう。なのでとても賢明な方策とは言い難い。 |
| そこで領地でも金銀財宝でもなく、美女を差し出すのである。これならば国力を全く減耗する事なく、交換条件として遥かに安上がりで済む。 |
| 敵の君主、敵将などの敵のトップが、こちらが贈った美女を気に入り、色香に溺れて理性や節度を失うようになれば、半ばは成功したと言えるだろうか。 |
| 少なくともその間においては寵愛する美女を通じて、敵のトップの意志を思うままにコントロール出来るからである。 |
| そうなる事で自国(自軍)よりも強大な敵に攻められる懸念から解放され、時間稼ぎが出来るし、色々利益も引き出せるが、それだけではない。 |
| 領地、金銀財宝を与えず、美女だけを与える事に成功したという事は、裏を返せば得をして良い思いをしているのは、敵のトップだけだという事になる。 |
| 領地や財宝を獲得出来なかったからには、それ以下の者たちは何ら報酬を得られなかった事になるので、美味しい所を独り占めしているトップに対して、嫉妬や怨恨を仕向けさせられる。 |
| そうなると上下間の連帯感や信頼感は失われ、秩序や統制が崩壊して行く。 |
| トップが淫蕩に長く溺れている内に、トップの精神が弛緩・荒廃し、その影響で国(軍)全体に風紀の紊乱ぶりが蔓延して行く。 |
| 美女との快楽の為に贅を尽くすようになり、遂には国力を傾けるようになる。 |
| まるで白蟻のように全体を蝕んで行き、遂には滅亡に至らせる。 |
| 以上のような古典的な運用法だけでなく、他にも種類はある。 |
| すぐに思い浮かぶ運用法とは、やはりいわゆる「ハニートラップ」「美人局(つつもたせ)」等の手法である。 |
| 容姿に優れ、男を誑かす手練手管を身に付けた女の諜報員・工作員が、対象者を誘惑して情報を引き出させたり、言いなりになる操り人形化させる。 |
| あるいは対象者に諜報員・工作員と性的関係を持たせて、動かぬ証拠を作り出し、それを脅迫の材料に使って思い通りに操る。 |
| 脅迫せずとも諜報員・工作員に心奪われて、自発的に情報を流す場合もある。 |
| そして最後に紹介する運用法は、敵内部の上下左右間を離間させるものである。 |
| 君臣関係や上役と部下等の縦の関係、あるいは同格の者同士の横の関係の絆を分断し、互いに争わせるよう仕向ける。 |
| 敵内部の対象者Aと対象者Bを互いに憎悪させ、相争うよう仕向けるのに、まずは美人の工作員がABどちらにもいい顔をして、両者の心を奪う。 |
| それから両者それぞれに、AにはBの事を、BにはAの事を悪く吹き込んだり、AにはBがAを良く思ってない、BにはAがBを良く思ってないなどと吹き込む。 |
| 余人が言ったのであればいざ知らず、自身が心奪われている相手が言うと、僅かながらでも動揺するし、頭から信じ込んだとしても不思議ではない。 |
| 更に相手に無理に関係を迫られてる、あるいは為されてしまったなどと偽ったりして、嫉妬や憎悪を燃え上がらせる手もある。 |
| 神ならぬ生身の人間である以上、そのように思い込めば、冷静さを保つのはかなり困難である。そうしてのっぴきならない状況にまで追い込むのである。 |
| 以上のようにAB両者を不倶戴天の敵同士の関係に仕立て上げ、潰し合せるよう仕向けるのである。 |
| これら一連の事柄に類する事を、ルネッサンス期イタリアの政治思想家ニッコロ・マキアヴェリも、著書の『君主論』の【第17章 残酷さと憐み深さについて。また愛されるのと恐れられるのとでは、どちらが良いか?】の中の一節で、次のように論じている。 |
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| 君主が領民の財産や、領民の婦女子を奪い取ったりしなければ、必ず出来る事である。 |
| (中略)人は己の父親が殺された事は忘れ去ったとしても、己の財産の損失となるとなかなかに忘れられないものである。 |
| だからこそ他人の物に手を出す事は慎まなければならない。 |
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| 同書の【第19章 君主は軽蔑や憎悪を避けるには、どのようにすれば良いか?】の中の一節でも、次のように論じている。 |
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| 君主が最も大きな憎悪を買う事と言えば、それは先述の通り、臣下の財産や婦女子に目を付けたり、奪い取る事である。この一事はよくよく戒めねばならない。 |
| それに世の人間というもの、財産や名誉を奪われたりしなければ、結構満足して暮らして行けるものなのである。 |
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| このように何の理由もなく、私利私欲で他者の財産や女性を奪おうとするのは、ただ恨みを買うだけの、有害無益な悪手以外の何物でもない。 |
| だからこそ君主等のトップの地位にある人間は、淫楽に溺れる事を慎まねばならない。 |
| 以上論じたように、この美人計という計略の運用法は、 |
| 一、トップを色香で籠絡して骨抜きにし、堕落させるように仕向ける。 |
| 二、「ハニートラップ」「美人局」などで相手を誑かしたり、脅迫したりして、情報提供者や傀儡を作り上げる。 |
| 三、離間工作を仕掛けて、相手内部に対立や分裂を引き起こし、弱体化させ、崩壊に導く。 |
| 尚、ここでは専ら、女の仕掛け手が男の対象者を陥れる話ばかりだが、この計略は逆に男の仕掛け手が女の対象者に対して用いる事も出来る。 |
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| 第三一計 |
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| 美人計 |
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| ☰ ☴ ☲ ☶ ☱ ☵ ☳ ☷ |
| 兵強きはその将を攻む。将智なるはその情(じょう)を伐(う)つ。 |
| 将弱く兵頽(くず)るれば、その勢い自(おのずか)ら萎(しぼ)まん。 |
| 利もて寇(こう)を御し、順にして相保(あいたも)つなり。 |
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☰ ☴ ☲ ☶ ☱ ☵ ☳ ☷
| | 強勢な敵軍に対しては、その敵将を籠絡する。敵将が智謀に秀でてるなら、その戦意を打ち砕く。 |
| 将兵共に戦意を失い、士気が衰えれば、敵軍の戦力は自ずから低下する。 |
| 相手の弱点を利用して自由に操る事が出来れば、形勢に順応して自軍の力を保って行ける。 |
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