私ごと

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なんか遅ればせながらですが、2020年東京でオリンピック開催が決まりましたね。
 
ということで、で、です。
 
何か7年で、まあ、実質的には5年くらいでしょうか。ものにできて、オリンピックに参加できそうな競技はないかと思案しまして(←暇だなあ、というか、バカです。でも、結構、本気モード入ってました・・・・・)
 
そして、思い出したのがアーチェリー!
 
何故、アーチェリーかというと、北京オリンピックの時、アーチェリーのコーチ(だと思う)が、アーチェリーの選手は、運動神経がよくない。なので、アーチェリー選手になったと、話していたのを思い出したもので。
 
ここで、アーチェリーとは、如何なるものかと。調べると、これが、いつもお邪魔しているブログMachさんの、おっしゃる通り結構な筋力が必要。そして、その筋力を落とさないためには、毎日のトレーニングが必須(当たり前か・・・)
 
↑もう、ここで、無理、挫折してしまいました。(いや、挫折の前になにもやってないが・・・)挫折というのは、きちんとやった人間が使う言葉ですね。
 
私のスポーツ実績は、バスケットをすれば突き飛ばされて、骨を折る。バレーボールでボールを受けたら(ただ一度受けただけ、フツーに)手が腫れて早退したり、(病院に行くためです。さぼりではありません。)
 
もちろん、体力測定はボロボロ。
 
そして、心に誓ったのが「大人になったら、絶対スポーツなんかやらんもんね!!!!」
 
しかし、オリンピックという言葉に惹かれて、一瞬、甘い夢(否、甘い妄想???)なんか、参加できないか〜←いや、本当に真剣なアスリートに申し訳ないでしょう。
 
2020年は、テレビの前で応援にまわろう・・・・・
 
イメージ 2
一週間ほど前から、左足の親指の爪の部分が痛かった。
靴を履いて歩くと痛いが、靴を脱ぐと痛くなくなるので、家に帰ったら日中の痛みをすっかり忘れていた。
 
しかし、昨日、ふと足の親指に目をやると、なんだか色がおかしい。。。
 
(????、何かついたかな??)
 
しかし、よく見ると、何かがついたのではなく、爪の色そのものが変わっていた。
 
内出血しているらしい・・・・
 
これで、ここ一週間の、足の痛みの原因がわかった。
 
しかし、なんでこんなことになったんだろうか。。。まったく、見に覚えがない・・・・・
 
イメージ 1
 
これは、私は全く記憶にない話(2歳ちょっとくらい)です。
 
家の近くに自転車で10分か15分くらいの場所に、母の両親が住んでいた。つまり、私の祖父母が住んでいました。
特に、祖父は子供好きで、私の面倒もよく見てくれていたそうだ。
母は何か用事があるときなどは、よくこの祖父母に私を預けていたらしい。
そして、この、じじとばばは、猫の額のような庭でニワトリを飼っていたそうな(雄のニワトリ1匹)。私は全く覚えていない。じじとばばの家は、旧市街で昔風の家とか、昔ながらの商売をしてい家とか、和菓子屋さんとかが多くなかなか風情のある地区だった。そこでニワトリを飼っていたのである。
 
ある日のこと、何か用事の出来た母は、私をじじとばばに預け出かけたそうだ。
そして、用事が終わり夕方迎えに行くと、3人(じじ、ばば、私)で鳥鍋を囲んでいたそうである。
じじは、母に「おお、ちょうどええところに来た、今できたところや、おまえも早く、そこ座れ」と言う。
ばばは、ふうふうした鶏肉を「はい、あ〜ん」と言って、私に食べさせている。そして、なぜかいつも猫の額のような庭にいる、じじとばばの飼いニワトリの姿がない・・・・
母は「おとうさん、あのニワトリは・・・・」と、恐る、恐る聞くと、じじは平然と、「ああ、あれな、朝早くから、大きな声で鳴くから、近所から文句がきたんや。そやから、潰した」
そう、その目の前の鳥鍋は、じじとばばの飼いニワトリだったのである。母はなんとも複雑な心境になったらしいが、そんなことにお構いなしの、強いじじは、「ほら、早く座れ!」と言う。
母はあまり、食欲がわかなかったそうである。
ちなみにじじは、農家の生まれとかではなく、仕事も機械関係の会社というか、そんな商売していたところで働いていて、後に自分で独立して、自転車となんかの部品を販売していたそうである。
しかし、自分の飼いニワトリをさばくことになんの抵抗もなさそうだったらしい・・・・
昔の人は強い・・・・
 
 
                骨折ヴァージョンその2
 
二回目に骨折したのは23歳の時でした。
その時は、一人暮らしで働いていていました。
自宅アパートから駅まで少し遠かったので、駅前に自転車を置き家まで自転車で帰っていました。
 
そして、悲劇は起こった。
いつものように、舗道を自転車で走っていると、舗道に乗り上げるようにしていた停まっていた車があり、ちょうど、私がその車の横を通り過ぎようとした時、中の人が車の扉を開けたのです。
そして、私は、自分の自転車のハンドルと開いた車の扉に手を挟み・・・・
痛みが・・・・
ただ、前回の高校生の時もそうだったが、痛いのには痛いが、我慢できないほどではなく、その場では、その車の運転者の名刺をもらい、自転車に乗って家に帰りました。
 
そして、家に帰り、負傷した手を、しげしげと眺め、どうみても、腫れもない。
痛いのは手のひらのお姉さん指の骨が痛い。そこを触って指で押し込むようにすると、ボキッと音がして、自分的には定位置に収まったかのように思えたのだが、内心(いや〜これ、折れてるだろうな・・・前回もそうだったし〜、なんか骨折すると気分が悪くなってフラ〜となるとか、痛くて我慢できないっていうけど、そんなこと前なかったしなあ)と思いながら、自転車に乗って病院に行くと、やっぱり、あっさり「折れてます」と、手のひらのお姉さん指の骨が折れていた。
この時は、添木ではなくギブスを第二間接くらいまで、巻かれそのまま家に帰った。(もちろん自転車に乗って)
(因みに、この後、事故を起こした車の人と、ちょっと揉めたりしたが最終的には丸く収まった)
ギブスを巻かれた瞬間から、前回と同じで痛みはぴたりと治まり、多少不自由なものの、第二間接まで動くのでまあ、なんとか生活はこなせていた。
友人も助けてくれてたし・・・・
しかし、納得できないのが、お姉さん指の第二関節が痛いのである。骨折しているのは手のひらのほうの骨、にも関わらず、痛いのが第二間接のところで、指で押しても痛みを感じるし、ゆするとそこが痛む。試しにお姉さん指の付け根を押しても痛くない・・・
(どういう、神経構造なんだろうか?手のひらの骨を骨折して、第二間接が痛い・・・神経がどんな繋がりかたしてるんだ?)と、疑問に思ったが、触ったり押したりしないと、痛くないので放っておいた。
 
そして、約1ヶ月後、ギブスを取り、再度レントゲンを取ると医者が
「ああ、きれいにくっついてますね・・・うん?あれ?」
「?」
「薬指の第二間接にも、ひびがはっていましたね。二箇所・・・・痛かったんじゃあないですか・・・・」
「・・・・・・・・・」
(なるほど、神経の繋がりの問題ではなく、ひびが入っていたのか、そりゃあ、押したり触ったりしたら痛いわなあ・・・・)
 
しかし、強いぞ私と、感心した出来事だった。
 
                 骨折ヴァージョン・・・その1
 
私は、今まで2回骨折したことがる。
 
一度目は高校生の体育の授業中。
バスケットボールの授業で、ボールを奪い合っているクラスメートを傍観していたとき(私はスポーツは全般苦手、バスケットなど、ボールの奪い合いが始まると、コートの外に出て、傍観することがしばしばあった。)
勢いあまったクラスメートが、ボールの奪い合いの中から飛び出してきた。そして、その飛び出した先に、ボーッと立っていたのが私である。
 
飛び出してきたクラスメートに突き飛ばされ、よろけて転んだ。
(情けない話・・・だと思いますね)。そして、その時、「痛い!」と、左足に痛みが走ったが、そのまま体育の授業の終わりまで授業を受け、ほぼ片足で着替えて、体育の先生に「足、くじいたみたいなので病院に行きたいので、帰ります」というと、「その程度なら、湿布して、学校が終わってから行け」と言われ、友人が「骨折してるかもしれないし」と言うと、その教師「骨折してたら、そんな平然としてられないし、腫れも半端じゃない」と、反抗的な答え方をする。
しかし、私はかなり痛かったので、「いえ、今行きます」と言い、タクシーを呼んでもらって、家の近所の病院に行った。
 
レントゲンを取ると、医者はあっさり「折れてますね」。ポッキリ単純骨折していた。
添木をしてもらって、松葉杖を1本貸してもらいい、母親に連絡すると、慌て来てくれ、添木に足を包帯でグルグル巻きしている姿に絶句していた。
 
その夜、風呂に入ろうと思ったのだが、当然、添木に包帯巻きでは風呂に入りずらい。
とその時、父親が「あんた、腫れが引いたんなら、添木取っても大丈夫やで、風呂から出たらまた、包帯巻きなおしたらいいや」と、何が根拠なのか自信満々の顔でアドバイスしてくれる。しかし、添木付のまま風呂に入るのは気持ち悪いので、昼に看護師さんが、巻いてくれた包帯をとり、風呂に入った。
 
そして、その夜、困ったのが、添木付では非常に眠りずらい。そこで、夜、寝るときは、添木を取って寝ることにした。そして、朝、起きると、添木を付けて、包帯を巻く・・・・・
 
母親に替えの包帯を買ってきて欲しいと頼むと、なんと伸縮性のある包帯を買って来てくれている。巻くと、そりゃあ、もちろん伸縮性があるので、動くたび、添木が右へ左へ動く。いくらなんでも、こりゃまずいだろうと思い、伸縮性じゃない包帯をもう一度買って来てもらった。
 
しかし、そんな、こんなの甲斐あってか、1ヶ月後には無事にきっちり治っていた。
痛みは、添木をしてもらうまでは痛かったが、その後は、全く痛みはなかった。
 
 
骨折その2に続く・・・
 
 

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