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源有雅の墓 −甲府市 甲府市指定史跡− 今日は南アルプス市外でのお話。 甲府の小瀬といえば、VF甲府の試合をよく観戦しに行きますが、 そのすぐそばにこんな場所があるんです。 源有雅という方が処刑された場所・・・ 甲斐源氏で最も発展していく源氏一族は 南アルプス市の名将加賀美遠光の一族です。 で、その次男で実質最も発展していったのが、小笠原長清の一族なのです。 南アルプス市小笠原を本拠地とした武将です。 小笠原流礼法とか小笠原流流鏑馬っていえば知っている人も多いかも 鎌倉幕府創建に大きく活躍し、源頼朝に信頼されていことは何度も紹介しましたよね。 ただ、承久の乱の時に、長清の別荘があったといわれる ここ 小瀬で 公家側の源有雅を処刑してしまうんです。 不幸にも、その直後に北条政子から処刑しないようお達しが届くのです。 この石碑の裏には、そのことが記されていて 「小笠原長清」の文字がはっきりと読めます。 と 同時に 「賊将」という文字も見えます。 複雑な思いです。 でも、これが、歴史なんですよね。そういう世の中だったのです。 南アルプス市の外で散歩して、南アルプス市ゆかりの武将の名に出会います。 外から見てみると、また、 ふるさとの歴史の深さに気づくこともあるんですよね(^_^) |
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戦国時代、小説を読むか、テレビドラマを見るように、歴史を見ている分には、面白いのですが、身近な歴史には、必ずこうした骨肉相食む姿が影を落とします。名族小笠原一族もやがて滅び、「賊将」としたためられる。信玄も謙信も、ところ変われば同じ。複雑な思いが駆け巡りますね。人間の世界のことです。
2008/3/17(月) 午前 7:41
こんばんは kodaizinさん PCトラブルのため返事遅くなってしまいました すみませんm(_ _)m そうですよね。まさに人間の世界のことなんですよね。切った方も切られた方も つらい世の中だったんでしょうね。
2008/3/20(木) 午後 9:14