南アルプス市で散歩して

「小笠原流」発祥の地『小笠原』から 古民家や史跡、道端で見つけた「原風景」まで、ふるさとの遺産=資産!を探して散歩中・・・

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将棋頭 −御勅使川旧堤防のひとつ 国指定史跡−

小さな子が飛び回っています。
10日ほど前の散歩での一コマ

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将棋頭から御勅使南公園までの水田地帯はお気に入りの散歩コース
この日は同じコースを歩く小学生の集団に出会いましたよ

赤白帽が懐かしかったですねぇ
今もかぶっているんですね。


聞いてみると、なんとおいらの地元小笠原小学校の4年生。
御勅使川と水との歴史や、徳島堰の歴史を勉強しているそう。

そうなんですよね。遠いように思えるけど、
御勅使川が暴れれば小笠原まで影響があるんだし、
小笠原の畑のスプリンクラーは、今も徳島堰の水を使ってるんですしね。

先人たちの色んな知恵と工夫で
私たちは「普通に」暮らすことができてるんですよね。

生徒さんたちは どんなことを感じたのかな

おいらは良い先人になれてるんだろうか・・・

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散歩して いろんなことを考えて
そんで いろんなことに感謝しましょ

南アルプス市って 
実は歴史の足跡が多く残されてるんですよ!


椿城の空

椿城跡 −上野 視指定史跡−

小笠原長清の孫 上野盛長が築いたといわれる上野城は
周りにツバキが多かったことから別名「椿城」ともいわれます。

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赤い屋根の建物が椿城域に建つ「本重寺」さんで
上野一族の後に養子としてこの地を継いだ秋山氏(小笠原長清の兄の系統です)縁の古刹です。


このお寺さんにはなんと地下式坑が現存しているんですよ!
この周辺には30箇所以上もの地下式坑の存在が知られていて
いたるところで地面が陥没するものだから
昔から 椿城のお姫様が逃げるための抜け穴があるんだといわれていたんですよ。

秋山氏のあとこの地を継いだと伝わる大井一族のことで、
お姫様っていうのはつまり、武田信玄のお母さん「大井夫人」のことなんです。


なんともロマンがある伝説です。


実はこの写真は先週のことなんですが、
この日ちょうど地下式坑の発掘調査が行われていましたよ!
左下の方に土の山が写りこんでいるでしょ。

4mもの深い穴がありました。今はもう埋められているようですけど。
やはり抜け穴ではないようですねぇ。
でもでも、地下式坑が30箇所以上(どうやら100基単位であるらしい)もあるなんていうのも
ものすごいことですよね。
別のロマンにかきたてられましたよ!



南アルプス市 散歩するたびにいろんな伝説に出会えます。
ちょこっと 嬉しくなっちゃいません?(⌒-⌒)










開善寺 −長野県飯田市 指定文化財多数−


またもやご無沙汰してしまいました。
10月は2度ほど信州の飯田市に行く用事がありました。
飯田市といえば、我が南アルプス市発祥の武家「小笠原氏」に縁の深い町じゃぁないですか。
足を伸ばさずにはいられませんで、
小笠原氏中興の祖とも呼ばれる「小笠原貞宗」縁の名刹「開善寺」を訪れました。

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戦国期にほとんど焼かれてしまっている伽藍の中で唯一残されている
国重要文化財の山門が非常に立派でしたよ。

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山門の周りの風景はまさに秋って感じでしたね。

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このお寺は北条縁の一族が建立したものを、小笠原貞宗が引き継いだもので、
粽型の柱など、随所に禅宗の雰囲気が漂っています。

この貞宗さんって方は鎌倉末期から南北朝期の方で、小笠原長清以来育まれてきた小笠原家伝統の弓馬の術に「礼式」を加えた方なんです。要はここから礼法が始まるのですよ!!

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お寺の中にはいたるところに三階菱が!南アルプス市以外でこんなにも三階菱に出会えるなんて
とっても不思議な感じがしましたよ。

小笠原氏って本当に全国へ向けて活躍していたんだなぁって実感しましたよ。

そうそう、この開善寺周辺には古墳群もあり、敷地内には考古資料館もあったり、
「歴史環境保存区域」というのに指定されているんです。歴史と自然とにはぐくまれた町を大切に活かしていこうっていう姿勢を感じましたね。素晴らしいなぁって感じました。学ばないとね。
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南アルプスを挟んだ反対側で
南アルプス市縁の「小笠原」に出会いました。
遠くはなれてもなお、
南アルプス市の豊かな歴史を感じることができる・・・
これは誇りですね。まさしく。


沢登六角堂の切子 −県指定文化財 沢登−
沢登六角堂    −市指定文化財 同−

またまた更新が滞ってしまいました。
ここんところバタバタしてまして
なかなかPCの前にたどりつくことができないまま・・・という日が続いています。

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本日10月13日は、毎年恒例の沢登 六角堂の祭典の日です。
毎年散歩させていただいてますね。

今年は例年以上にお客さんが多かった気がします。

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今年もすばらしい精緻な技に出会えましたよ。
紙を彫るようにして何ヶ月もかけて作成する「切子」。
地元の一般の方々が作成し、奉納する伝統あるお祭りです。

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六角堂の各扉に貼り出しているので、
お堂全体が灯篭のように、切子を通して灯りがこぼれます。

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地元小学生たちの作品も並んでいたし、
お祭りにも子供たちが多いのが嬉しかったですね。

おいらはこの地域の子供達にも顔を知られているので、
多くの子供たちに声をかけられ、
こんなにも多くの子供たちが参加しているこのお祭りは
本当に素敵だなと思いました。

こうやって小さい頃から伝統に触れていくと、
大きくなってきっと積極的に参加してくれることでしょう。
そんな姿を想像して ひとりニヤニヤしてしまいます。

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南アルプス市を散歩して 伝統を守る人たちに出会えます。
そして伝統を育てている姿に思わず心が躍ってしまうのです。

奈古十郎義行の墓 −東南湖 市指定史跡 なごじゅうろうよしゆきの墓−


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東南湖(ひがしなんご)の田んぼのなかにひっそりと佇むこのお墓
奈古十郎義行という源平期の武将のお墓って刻まれています。
でも、いわゆる供養塔っていうもので、ここにお骨があるわけではないと思いますよ。
この一帯には今も「十郎木」っていう小字名が伝わるんです。

ちなみに 安藤家住宅がある場所は 西南湖 でここは東南湖
つまり この一帯が 「南湖(なんご)」っていう地域だったわけで

で、このお方の苗字は 「なご」・・・

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そうなんです。当時、「奈古」とか「奈胡」とかって書かれていた
この一帯の地域を治めていた甲斐源氏の武将で
加賀美遠光さんの弟にあたるわけですね。

遠光さんは次郎、で義行さんは十郎。
ちなみに、豊富村で有名な浅利余一(与一)さんは義行さんの弟にあたるわけで
11番目、ようは10余り1番目なんで余一(与一)っていうそうですよ!面白いですね

この 奈古十郎義行さんは、八条院という朝廷の実力者に「蔵人」として仕えていたので
文献などにはよく 奈古蔵人なんていう名で登場してきたりしますね。
実は そこそこ古い文献に登場する 隠れた名将なんですよ!

今や洪水地帯といった印象の東南湖の地も 
かつては武将が支配するほどの豊かな土地だったんですね。


南アルプス市を散歩して 隠れた名将に出会えます。
鎌倉時代の南アルプス市は、多くの甲斐源氏が活躍する
歴史の表舞台だったんですね!



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