南アルプス市で散歩して

「小笠原流」発祥の地『小笠原』から 古民家や史跡、道端で見つけた「原風景」まで、ふるさとの遺産=資産!を探して散歩中・・・

小笠原流に出会う

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小笠原流流鏑馬 −総合公園流鏑馬専用馬場にて−

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いよいよ明日ですよ!流鏑馬!

アヤメウィークも終盤にきて、
アヤメの花も少し減ってきたかもしれませんね。

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でも、明日は華麗な技が花開きますよ!

雨が心配ですが
なんとか止んで 無事準備、本義と
うまく進めたいところですね。
写真の日のような青空っていうわけにはいかないかもしませんが

みなさんも是非是非訪ねてみてください。
手作りの流鏑馬 皆さん一緒に盛り上げましょ


南アルプス市を散歩して 伝統の技に出会えます。
伝統を受け継ぐ 人の繋がりに出会えます。
真剣勝負ですよ。


★★★5月11日(日)小笠原流流鏑馬が演舞されます 必見ですよ!!★★★
★★★午後1時すぎ(多少変わりますよ)から  滝沢川沿いの馬場にて ★★★

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流鏑馬専用馬場 −桃園 櫛形総合公園内−



蕾の桜で囲まれている 
やぶさめ専用馬場 静かですね。

毎年ゴールデンウィーク前後の
アヤメフェアで奉納される「小笠原流流鏑馬」
それ以外の季節は、砂地を活かして、
足腰を鍛えてる人に好評のコースなのです。

でもあんまり人は来ないんでの〜んびりできますよ

カメラ片手にリラックスです…


こんな静かな馬場だと
ついつい流鏑馬が行われることを忘れてしまいそうですけど

今年も5月に行われるそうですよ〜!
毎年、流鏑馬が無くなるかもしれないって噂が流れますからねぇ
できて良かった良かった

せっかくこんな素晴らしい伝統を生んだ
小笠原家発祥の地ですからね!無くしたくないぞぉ


去年と同じく
今年もお手伝いする気まんまんですよ!


南アルプス市 静かな馬場を散歩して、また、あの歓声が甦ってきます。
鎌倉時代 弓馬の四天王と呼ばれた男が このまちの出身なんですよ!
ちょっと フフンって感じでしょ。だからみんなで応援しましょ!!(o^-^)


昨年の流鏑馬の様子はこちらですよ↓
http://blogs.yahoo.co.jp/zohzoh2587/18529600.html


御所天神は遷りゆく

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御所天神 −小笠原 指定なし−


小笠原流で有名な小笠原家の創始者 「小笠原長清」

現在の小笠原小学校のあたりが館の跡だと伝わる。

今も 「御所庭」「的場」などの地名が残されている。


ついこの間まで、小学校片隅にこの社はあった。

かつて 館の隅に祀られていた「天神」が大正期になって発見され、
そこに北野天神を分霊して「御所天神」として現在へと伝わる。

この天神は何度も場所を動かされる。
定着していた小笠原小学校の隅からも
平成14年に現在の場所 式内社「笠屋神社」(の推定地のひとつ)の境内へと移された。
ここは「的場」という地名、長清ともゆかりのある格式ある神社だ

小笠原在住の有志によって移され、より愛される存在となった。
今度こそは定着してくれそうで うれしい。


小笠原小学校の周りを散歩すると
小笠原流ゆかりの場所にいくつも出会う

いつも 思うことだけど 
こんな歴史豊かな場所に暮らせていることは とても幸せなことだと思う。

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小笠原長清公館跡 −小笠原 市指定史跡 小笠原小学校校舎のレリーフ−

雨が降ったりやんだり
暑くなったり 涼しくなったり

みなさん体調など崩さないようにしましょうね。


小笠原小学校の生徒たちは 
いつも小笠原流のこと、小笠原長清のことを思い出すことができる。

だって、学校の壁に 笠懸のレリーフがあるからね。

弓馬の名手といわれ、当時の弓馬の四天王に数えられた名将 小笠原長清。
その館跡があったのが この小学校のあたりだといわれる。

そう、この場所こそが、小笠原一族の発祥の地なのだ。


この周辺には、「御所庭」や「的場」などという地名が今ものこされている。

「御所ノ庭 小笠原村  村野西ニ在り松樹鬱蒼方四十間許ノ間地ナリ
相伝フ小笠原長清居宅ノ南庭ニシテ・・・」(甲斐国志)


こんな 歴史ある場所で学べる小笠原小学校の子供たちってなんて幸せなんだろう。
この周辺の小学校ではみな、修学旅行で鎌倉に行く。
長清の活躍した鎌倉だ。
これもまたなにかの縁なのだろうか。


南アルプス市 
近所の散歩で まちの奥深さを発見する

甲斐源氏活躍の舞台がここにある 
そして子供たちが飛び回っている
ちょっと嬉しい気がした

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小笠原長清公祠堂 ―小笠原 特に指定なし―


祠堂は以前桜の季節に紹介したけど
祠のすぐ隣に 木陰に佇む石碑がある

「小笠原家高祖の榮域」 と刻まれている。

つまり お墓のことだ


小笠原長清は京都で亡くなり、京都の長清寺に埋葬されるが、
その後3箇寺に分骨されたという。
長清寺(京都)・荘福寺(岐阜)・開善寺(長野)だ


伝承では その際長清の本拠地 南アルプス市小笠原にも埋骨したと伝わるのだ
それが、山寺八幡神社の東、つまりこの祠堂の地なのだ

前回も、この祠堂には地元に深くかかわるエピソードがあることをほのめかしたが
それについては また今度改めて紹介したい


この小笠原に館を構えることで姓を小笠原と名乗った武将であり、
武芸の名手であることから
源頼朝よりも18歳(ん?16歳だったかな?)も年下でありながら
頼朝の武芸の師範であったといわれる武将 

小笠原長清

長清から続く小笠原家の歩みは流鏑馬、礼法として今もいきている

散歩を続ける毎に知ってゆく
ここ南アルプス市って なかなか捨てたもんじゃない(^0_0^)

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