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ベランダの向こうから、どさりと大きな音がしたので、私は目を覚ました。
開けっ放しのまま眠りに落ちたカーテンのついた窓、その向こうに見えるベランダの手すりには、ぎっしりと鳥が止まっていて、こっちを睨んでいた。私と目があって、一瞬の間をおいて、彼らは一気に飛び立った。
まだ赤い空に、黒い渦ができた。
春になったというのに空気はやけに冷たかった。昨日のことを思い出そうとする。私は何をしていただろう。朦朧となってつかめない。誰かと会っていた。誰か?思い出せない。こんな朝がもう何年も続いている。冷たい水を流し込む。鉄の味がした。
ドアを開ける。今日のドアの外は古い鉄道が走っている草生した野原に繋がっていた。いつか、この部屋を捨てて移り住める世界があるといいとは思っているのだが、なかなかそうもいかないで、私はいつもこの部屋に戻ってきている。こんな生活がもう100年以上も続いている。おそらく、100年以上だ。もう、思考も記憶も散漫になってきている。
今日は食べるものが見つかるといい。
しばらく歩いていると、草むらの陰に少年の死体を見つけた。人と会うことすら難しいのに、死体。おなかの肉が、剥ぎ取られているのがわかる。
私は人間の肉を食べたことがなかった。そういう発想をしたことがなかった。食べるか、少しの間考えてた。普通においしそうだと思った。だけど、その選択肢はもっとおなかがすいてどうしようもないときのために、とっておくことにした。私には難しすぎたのだ。なにしろ、私はもう100年以上生きている。
それなのに、まだ私はあの日のあの部屋から出られていない。
そのうちに、小さな集落を見つけた。さっきの少年の姿を思い出して私は少し警戒する。
すれ違う旅人に聞いた話。この世界には二種類の人間がいる。ルームメイトと、ワールドメイト。それは部屋に戻るか、それともドアあけた後の世界で暮らすことを選択するかの違い。この世界には無数の世界がある。ルームメイトは、いつかあの廊下に戻れることを願っているドリーマー。ワールドメイトはあきらめて、どこかの世界に住み着く。彼らには加齢が訪れる。自死のひとつの選択だ。
集落の中にはだれもいなかった。食料も何もかも、奪われていた。もう何年も前にワールドメイトは死んでしまったのかもしれないし、集団の狩にあったのかもしれない。
ああ、この世界には、同じ時間を生きているという感覚すらもてないんだ、と私は思った。
葉の上にとまっていたばったを捕まえて、足だけちぎって口にいれた。もう、家に帰ろう。
すると、私の目の前の木に、矢がささった。
空腹の中で、どこに力があったのか、わからないが、私は走った。どこかの部屋、にアーチェリーの矢でもあったのかもしれない。なんてやっかいなことだ。100年も生きて、私はなんで死にたくないんだろう。もう、死んでしまえ。簡単だ、速度を落とせ。だれかの肉になるんだ。もう、十分だ。こんなのは、悲惨すぎる。それでも、後ろを見ることができなかった。草むらの中をとおり、息を切らしながらぽつりとたたずむドアをあけ、滑り込んだ。気がつくと、嗚咽をもらしていた。ぐったりとした体を、無理やりベッドに押し込んだ。
ベランダの向こうから、どさりと大きな音がしたので、私は目を覚ました。ぼんやりと胸に不安感を覚え、昨日のことを思い出そうとしたが、なにも思い出せなかった。
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