ウチの猫たち

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このカテゴリは2回目の投稿なんですが、いつも放置状態でした。
おそらく、このカテゴリが次に更新される時は
新しい猫との出会いがあった時になる事と思います。
 
1年前の4月25日、私たちと長らく生活を共にしたネコ、まゆげが亡くなり、
最大で6匹いた猫たちも、残すはボスというオス猫ただ1匹となっていました。
そのボスが今日の昼過ぎに永眠し、我が家で生活していた猫たちが全てこの世から去りました。
 
私が結婚して現在の家に移り住んだのは1996年9月。
その半月後から猫と共にする生活が始まりました。
ボスが生まれたのは1997年5月31日。
朝5時に破水したママ猫リリーに起こされ、その時を迎えたのです。
リリーは5匹の子供たちを産み、それから6匹の猫たちとの生活もスタート。
 
イメージ 1

この写真は5匹の猫たちが生まれた次の日に撮影したものです。
左から、まゆげ・たま・ボス・ドドドッチン・ミミです。
ボスと命名したのは他の子どもたちよりも体が大きく、そして行動力があったからで、
リーダー的存在になるだろうとの理由から名付けました。
みんな元気に成長し、時には運動会が始まる等、騒がしい毎日でした。
 
イメージ 2

若かりし頃のボスは他の子供たちよりも食べ、体も大きくなるのが早く、
その体重は重い時で8Kgぐらいになっていました。
ボスは人に対して1番警戒心がなく、誰にでも近付いて行く人懐っこい猫でした。
6匹の猫たちも数年前には2匹となり、そして1年前にはまゆげが安らかな眠りに就きました。
たった1匹となったボスですが、私はその時から今日という日を迎えるのは
そんなに遠くないと思っていました。
1匹となったボスは、年齢からの体力の衰えはあるものの、
つい最近まで元気に過ごしていました。
いや、私自身が元気と思い込んでいただけかも知れません。
晩年のボスは外へ出歩く事も少なくなり、いつも私の傍にいて離れなかったんです。
ボス自身、そんなに長くは生きられないと思っていたんでしょうか?
私にいつも甘えて私の膝の上に乗っていました。
そう、ロードレースを観ている時も私の膝にいたんです。
で、体調不良を訴えたのは、つい3日前の事。
エサを食べなくなったと思っていたら、歩く事もままならなかったんです。
自分ではトイレにも行けなくなり、私が連れて行く事も。
いつもお世話になっているT獣医の元へ連れて行き、血液検査をした結果、
血液尿素窒素(BUN)が140μl(基準値20〜30μl)と異常に高く、
その他にも基準値を大きく上回っているものや下回っているものが多くありました。
T獣医の診断は腎不全で、まゆげと同じ疾患でした。
猫は腎臓疾患が非常に多く、猫の死因の多くは腎不全と言われています。
 
イメージ 3

死ぬ前のボスは歩く事も出来ないばかりか、瞼も閉じられなくなっていました。
おそらく、目も見えていなかったんでしょう。
それでも私が傍によると私を感じ、私を見ようと懸命でした。
体温は序々に低下し、声を出す事も出来ませんでした。
 
1997年5月31日〜2013年5月14日
享年15歳11ヶ月
 
 
ボスの死で私の心にポッカリ穴が開いたのは否めませんが、
それが嫌なら最初から動物を飼うべきではありません。
それよりも命を全うさせてあげられた事を飼い主は誇りに思うべきなんです。
また生まれ変わっても、彼らと一緒にいられたらいいなぁと・・・。
その時にまた新しいページが増える事を願いつつ、
いつの日かまた違う猫との出会いもあるでしょうし・・・。
 
リリー・ドドドッチン・ボス・まゆげ・ミミ・たま、
みんな今までありがとね!
このカテゴリは初めての投稿となります。
実は以前から書こうと思っていたカテゴリですが、
なかなか投稿出来ずにいました。
ただ、今回はどうしても書かなければいけない内容なので、
話が前後してしまいますが、ご了承下さい。
 
ウチには6匹の猫たちがいました。
ママ猫と5匹の子供たちです。
1匹減り、また1匹減りと最近では2匹の猫たちと生活していました。
その内の1匹の猫が2012425日早朝に永眠しました。
名前は、まゆげと言います。
名前の由来は、暗い場所へ行くと目の上に白いまゆげみたいな毛並みが浮かび上がるから。
彼女はママ猫リリーの第3子として1997年5月31日に誕生しました。
大人しくて手のかからない子で、兄妹の中でも落ち着いた雰囲気のある猫でした。
 
イメージ 1

他の4匹の子供たちとともにすくすくと成長し、
 
イメージ 2

若い頃にはまるまると太っていましたが、老後はスリムな体型となり、
それはいい意味ではなく、着実に身体を蝕んでいたものと思われます。
最近は歩行する事も辛い状況だったんでしょう。
トイレにも行けず、リビングで粗相をする事も多くありました。
いつもお世話になっているT動物病院のT獣医によると、
彼女は元々、腎臓が強くなかったらしいです。
彼女が死ぬ前は歩行も困難になり、T獣医の元で2日間入院しました。
このまま院内にいるより、自宅で安心する方がいいとのT獣医の配慮で退院となりました。
しかし、それは手の施しようがない事を意味します。


私が仕事を終えて帰宅すると、彼女はソファーの上でぐったりしていました。
 
イメージ 3

ただジッと1点だけを見つめて、死を待つだけとなりました。
彼女も自分の死を感じ取っていたと思います。
ちょうどこの日、ツール・ド・ロマンディのプロローグだったんですが、
ブログでもある通り、詳細も書けずにご迷惑をおかけしました。<(_ _*)>
次の日も私は朝から仕事へ行かなければならなかったので、
レースが終わった後は就寝したんですが、朝3:40頃にかみさんに起こされました。
 
「まーちゃんが!」
 
かみさんの胸の中でぐったりする彼女は、私の方を見ていました。
私に何かを言いたかったんでしょうか?
それから1分後、彼女の瞳から輝きがなくなっていました。
死因は腎不全。
 
1997年5月31日〜2012年4月25日
享年14歳11ヶ月
 
 
命あるものは必ず死が訪れます。
15年ともに生活を送った家族として、そこにいた存在がいなくなる。
私の心の中にポッカリと穴が開いたのは正直な気持ちです。
それが辛くないと言えば嘘になりますが、
辛いからと言って、いつまでも落ち込んでしまうのはいけない事なんです。
それが嫌なら動物を飼わなければいいんです。
また、動物を飼うなら最後の最後まで生活をともにしてあげなければいけません。
まゆげは生まれた瞬間から死ぬ瞬間までをともに生きた家族です。
決して長くなかった命ではありますが、
飼い主としての責任を全う出来た事を私は自分自身に誇りを感じます。
ここまでしてあげられないなら、最初から動物を飼ってはいけない!
私はそう思います。
最後の1匹となってしまいましたが、彼もまゆげと同じ日に生まれた子です。
まだまだ元気に走り回っていますが、もう15歳になろうとしています。
以前、T獣医の元で検査してもらった結果、
彼の身体の中には大きな爆弾がある事が分かっています。
それについてはまた機会があれば書こうとは思っていますが、
それがいつ爆発するかは分かりません。
1日でも長く生きて欲しい・・・、ただそれを願うばかりです。

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