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新年明けましておめでとうございます。
私の初詣は、地元の神社へ。
ここの神社の狛犬に注目してください 足首に紐が巻かれています。これは家に居着かない人や 家でをしそうな人、家出をしている人の居場所がわかったりするご利益があるそうです。 2本の紐の1本を狛犬の両足首へもう1本を家出等している 人の履き物にくくると、ご利益があるとか。 拝殿で参拝をすませ、奥の神殿へ。
三社ありますがそれぞれ室町時代の創建で重要文化財に 指定されています。 除災招福、金運の福の種をいただいてきました。 |
平野郷
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地蔵堂の2回目です。
前回紹介しました、樋ノ尻口地蔵の横にある松山公園(平野公園)の中を
通り南側に行きます。公園を出て西側(右側)に行くとすぐあります。
ご覧のとおり、見落としがちなところにあります。
所在地は、平野東2−4です。
次に行きます、ここから西に行きます。
途中環壕を埋め立てた道を歩きます。
田畑口地蔵です、最近ですがお堂が新しくなりました。
所在地は、平野東2−3です。
次回は流口・堺口地蔵を紹介する予定です。 |
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平野郷は、戦国時代環壕集落で自治と自衛のため周囲を壕で囲まれていました。
出入り口(木戸)数は、大小13あったそうです。木戸の傍には地蔵堂がありました。
今回から何回に分けて、紹介します。
樋ノ尻口地蔵です。平野東2丁目11にあります。
大坂夏の陣のとき、真田幸村が徳川家康を爆死させようとしてここに
爆薬をしかけました。
家康が休息しましたが、席を外したときに爆発し身代わりにお地蔵様の首が西側の
全興寺まで飛んだと、言い伝えがあります。
木戸跡の石碑 |
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道しるべの番外編です。
道しるべとはまっくちがいますが、かって此の地に大工場の名残です。
大日本紡績(現ユニチカ)の平野工場がありました、工場移転後は
マンション群やボーリング場に様変わりしました。
現在ボーリング場はなく、跡地には市立中学になっています。
此の石碑?の場所はJR平野駅南口から大念仏時方面へR25線との
交差点の手前にあります。
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その2です。
この道しるべは、現在の国道25号線(旧奈良街道)沿いにあります。
左すぐ 天王寺・玉つくりでしょうか
この道しるべにも、右ふじいでら・大峰山上があります。
こちらのは、じといの字が前回のと違いますね。
道明寺・もうひとうつはなんでしょうか。
もう一度、よく見てきました。
“志ぎ”まで、なんとか判読できました。
信貴山だと、思いますが? |





