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今日は有名な脇役の訃報が続きました。
年齢的に、私にとっては素晴らしい名脇役の俳優さんです。
年齢を知って、う〜〜ん、私も歳をとっているんだなぁと自覚しています(笑
最近は全くテレビドラマを見なくなり、俳優さんも出ていなくても気にしませんでしたが、皆さん相当高齢になっていますね。
脇役あっての映画・ドラマですよね(特に龍馬伝なんかは、主役も凄いが周りがもっと凄い!)。
佐藤さんは、声が非常に渋く、ドスの利いた声ですが、笑い顔が印象的でした。(白昼夢でも有名になりましたが、見てませんので記述できません(笑))
北林さんは、物心ついたときからお婆さん役でしたが、品の良いお婆さんだったり、田舎の訛りの酷いお婆さんだったりと色々な役が思い出されます。
ご冥福をお祈りします。
個性派俳優、佐藤慶さん死去 “本番演技”も話題に
5月6日16時57分配信 夕刊フジ
個性派俳優として数多くの名匠の作品に出演する一方、映画「白日夢」での“本番演技”が話題を呼んだ佐藤慶(さとう・けい、本名・佐藤慶之助=さとう・けいのすけ)さんが2日午後4時19分、肺炎のため死去した。81歳。葬儀は近親者で済ませた。喪主は長男、純(じゅん)氏。
関係者によると、佐藤さんはこの数年、体力を落として体調を崩しやすくなり、寝込むことが多くなったが、昨年は映画「60歳のラブレター」「カイジ 人生逆転ゲーム」に出演。いずれもクセのある脇役で、存在感はゆるぎなかった。
佐藤さんは福島県会津若松市出身。会津若松市役所に勤務するかたわら劇団を結成したが、無断欠勤して県の演劇大会に出場したことから市役所を辞めて1950年に上京。52年に俳優座養成所の4期生となった。59年に小林正樹監督の「人間の條件/第3・4部」の脱走兵役で映画初出演を果たし、60年の大島渚監督「青春残酷物語」への出演をきっかけに大島監督作品の常連となり、新藤兼人監督の「鬼婆」(64年)では、パナマ国際映画祭最優秀男優賞を受賞した。
81年公開の映画「白日夢」(武智鉄二監督)では歯医者・ドクトル役で出演。女優、愛染恭子(52)との“本番”がクローズアップされた。「公開後は取材などでこの話題に触れることを嫌がったが、出演したことについては誇りを持っていた」(製作関係者)。事実上のデビュー作だった愛染に佐藤さんは演技をアドバイスして終始、愛染をリード、作品を盛り立て、海外でも高く評価された。
ホームグラウンドの舞台はもちろん、テレビでもNHK大河ドラマ「太閤記」や「徳川家康」に出演。NET(現テレビ朝日)の「白い巨塔」(67年)では主役の財前五郎役を演じ、存在感のある俳優として晩年まで引く手あまただった。
99年の映画「金融腐蝕列島[呪縛]」では自殺する銀行頭取役で出演。原田眞人監督は「いつも映画を撮るときは出演してもらいたいと思っていた。演技にゆとりがあって、共演者を笑わせて場を和ませる方。また映画に出てほしかったのに、残念です」と名優の死を惜しんだ。
■映画評論家の佐藤忠男さん 「『青春残酷物語』をはじめ、大島渚監督の作品は佐藤さん抜きには成立しない。冷酷非情な役が得意で、権力の権化としての『絞死刑』『儀式』、権力に対抗する『白昼の通り魔』と、両方の役が演じられる、切れ味鋭く不気味な底光りを感じさせる役者でした。でも、本人はおとなしくて映画のような激しさは感じられない人。惜しいことをしました」
「日本のおばあさん」女優・北林谷栄さん死去
5月6日15時32分配信 読売新聞
「日本のおばあさん」を演じると第一級だった劇団民芸の北林谷栄(きたばやし・たにえ)(本名・安藤令子(あんどう・れいこ))さんが、4月27日午後8時40分、肺炎のため亡くなった。
98歳だった。告別式は近親者で済ませた。後日、お別れの会を開く。喪主は長男、朝生(あさお)さん。連絡先は、川崎市麻生区黒川649の1の劇団民芸。
東京・銀座生まれ。山脇高等女学校卒業後、肺結核の療養生活を経て1931年、創作座に入り、35年に初舞台。翌年、新協劇団に移って「どん底」のナースチャで認められ、移動演劇の瑞穂劇団を経て戦後の47年、民衆芸術劇場(第一次民芸)結成に参加。50年には滝沢修、宇野重吉らとともに劇団民芸(第二次民芸)を設立した。
20代後半で演じた「とんど祭り」の老女役が認められて以来、老け役を数多く演じた。幼少時、祖母の手で育てられたことが役立ったといい、日ごろから衣装やメークの研究を怠らない話は有名だった。
最大の当たり役は、小山祐士作「泰山木(たいさんぼく)の木の下で」の神部ハナ。貧困や家族を戦争で失った不幸にめげない、明るくたくましい人間像を作りあげ、400回を超すステージを重ねた。最後の舞台になったのも、2003年3月のこの作品だった。
映画やテレビでもおばあさん役者として早くから活躍。今井正監督「キクとイサム」(59年)では、娘が産み捨てた混血児を育てる祖母を好演し、毎日映画コンクールとブルーリボン賞の主演女優賞を受けた。翌年には、今村昌平監督「にあんちゃん」でサンフランシスコ国際映画祭助演女優賞を受賞。テレビでも、日本テレビ「機の音」(80年)で118歳の役を演じて話題になった。
89年に動脈瘤破裂で倒れて前頭部の手術を受けたが、翌年、映画「大誘拐」で見事に復帰。富豪の老婦人を愛敬と威厳をもって演じ、キネマ旬報賞、日本アカデミー賞などの主要女優賞を独占した。
舞台では、75年に「お尋ね者ホッツェンプロッツ」で作・演出に挑戦。96年の「波のまにまに お吉」で演出・出演を兼ねたほか「黄落」(97年)や「蕨野行」(99年)の脚色・主演を次々にこなした。69歳で半年間ロンドンに留学するなど進取の気質に富み、誇りを持った生涯現役女優だった。
72、82、98年に紀伊国屋演劇賞、99年に読売演劇大賞優秀女優賞を受賞。著書に「蓮以子八〇歳」がある。78年、紫綬褒章受章。
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