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今日のニュース2件を見て、新聞記者はどの程度勉強をして記事を書いているだろうか?なんて考えてしまいました。
「爪切り傷害事件」は当初看護師が相当悪く書かれていましたよね。
犯罪者として起訴され3年数ヶ月経ちましたが、やっと無罪となりました。
行為自体に悪意があったかどうかが問題と思われますが、結果だけで判断される医療関係の事件として注目しておりました。
無罪になって良かったと私は思います。
被害者(とされる)次男さんは、毎日お見舞いに来て爪を切ってあげれば良かったんです。
それと、もう一件。
胃ろうの話です。
記事を読んでいると施設側に一方的な判断で胃ろうを施術され無駄な延命をしているかの様に読者に印象を与えていませんか?
経鼻では菅を抜いて危険だから、胃ろうを付けると言うのは犯罪なんでしょうか?
マンツーマンで特老が経営できるなら考えることも必要ですが、一人で数名看ないといけませんからね、無理です。
理想を高くするのは結構な事ですが、実現させるにはそれ相応の対応策が必要です。
「やれ」と言うのは簡単です。
「する」のはとっても大変です。
私は、時々知識の乏しい部分でも偉そうな事を言いますが、新聞記者はプロですからね、この程度の内容でお金を貰ってはイカンでしょうね!
<つめ切り傷害>上田看護師「ケア続けたい」 逆転無罪で
毎日新聞 9月16日(木)12時11分配信
逆転無罪を勝ち取り、喜びを語る上田里美看護師=福岡市中央区の福岡高裁前で2010年9月16日、野田武撮影
「これで安心し看護師を続けられる」。北九州市の北九州八幡東病院を舞台にした「つめ切り」事件で16日、福岡高裁が元看護課長、上田里美被告(44)に言い渡したのは逆転無罪判決だった。突然の逮捕から3年2カ月。待ち望んだ願い通りの判決に、上田看護師は目を潤ませ、法廷は支援者の拍手で沸いた。【西嶋正法】
午前10時半、オレンジ色のスーツ姿の上田看護師が入廷。一般傍聴席82席に対し、傍聴希望者は141人。事件への関心の高さをうかがわせた。
「1審判決を破棄し無罪とする」。陶山博生裁判長が判決を言い渡した瞬間、法廷は拍手に沸き返り、上田看護師は深々と一礼。目を赤くはらし、時折ハンカチを顔にあてながら、判決に聴き入った。
判決後、福岡市中央区のホテルであった報告集会には看護関係者ら約50人が参加。上田看護師はハンカチで目頭を押さえながら「逮捕から3年2カ月。長かったが、やっと無罪が証明されてほっとしている」と話した。
法廷では1審(有罪)での光景が脳裏をよぎり「怖くてたまらなかったけど、無罪は言葉にならないくらいうれしかった」と言い「家族やみんなの支えの力はすごいものだった」と述べた。
07年7月2日の早朝だった。自宅を訪れた警察官がいきなり署に連行し、そのまま逮捕された。「何で私が?」。何が何だか分からなかった。「看護師としてでなく、人として話してください」「出血イコール傷害ですよ」。厳しい取り調べが連日続いた。
無罪を信じ続けてくれたのは、当時高校1年の長男と、中学2年の長女だった。「警察はうそばっかりやけん、気にしたらいかんよ」。弁護士を介して受け取った手紙に何度も励まされ、涙が止まらなかった。それでも時折、心が折れそうになった。救ってくれたのが逮捕から2カ月後に接見に訪れた弁護士の一言だった。「看護師として話していいんですよ」。法廷で全面的に争おうと覚悟を決め、以来3年間、「潔白を示そう」との思いを胸に裁判に臨んだ。1審の有罪判決(昨年3月)にも信念が揺らぐことはなかった。
看護師を志したのは中学1年生の時。姉が負傷し搬送された救急病院の看護師は優しかった。あこがれの職業になった。20歳で念願通りに看護師になり、以来二十数年間、この道一筋で生きてきた。しかし、突然の逮捕後に、懲戒解雇され、生活は一変した。
07年の保釈後、別の職への就職を考えたが、子どもたちは口をそろえた。「お母さんから看護師を取ったら何も残らんやん」。我に返り「自分には看護しかない」と痛感した。
小児科クリニックで働くようになって2年。患者と接する日々にあって、改めて心に誓った。「患者さんのそばで過ごすのが何より大好き。これからも看護ケアを続けていきたい」
◇上田看護師 涙浮かべ「長かった」
判決後、福岡市中央区のホテルで報告集会があり、看護関係者ら約50人が参加。上田看護師は「ありがとう」と言って一人一人と握手を交わした。
上田看護師は「逮捕から3年2カ月。長かったが、やっと無罪が証明されてホッとしている」と目に涙を浮かべながら話した。
◇「なぜ無罪か」被害者側の次男
被害者とされた女性(当時89歳)の次男(63)は無罪判決に「なぜ無罪なのか分からない。つめを切る際には家族や医師の許可を取る仕組みを作らないと、また同じような事が起きる」と話した。
口から食べられなくなったら… 特養での胃ろうに疑問の声
産経新聞 9月16日(木)7時56分配信
口から食べられなくなったとき、胃に直接、管で栄養を入れる「胃ろう(PEG)」。栄養摂取が容易になる一方で、高齢で意思確認ができず、予後が期待できない患者にも胃ろうが作られるケースもある。終末期に向かう治療として、胃ろうは適切なのか−。家族や特別養護老人ホーム(特養)の関係者らから疑問の声が上がっている。(佐藤好美)
群馬県太田市に住む原田貴子さん(63)=仮名=の義母(95)は特養に入所している。7年前に脳梗塞(こうそく)で倒れて以来、右半身まひで要介護5。病院や施設を経て、今の特養に入って6年以上になる。
飲み込みができなくなり、鼻から栄養を入れる「鼻腔(びくう)栄養」にしたが、義母は管をしばしば自分で抜いてしまう。ある日、見舞いに行くと、看護師から「忙しいときに手がかかる。胃ろうにしていただかないと困ります」と言われた。
義母は既に90代半ば。原田さんの夫は既に亡く、義母の娘3人も70歳を超える。義母本人の意思確認は既にできないが、以前、「延命治療はしないでほしい」と言っていたし、親族もみんな「そこまでしなくていい」と否定的だった。しかし、施設側は「胃ろうは延命治療じゃありません。処置です」と譲らなかった。原田さんは「私が反対し、『だったら家で1人で介護してください』と言われても困る。親族の理解を必死で取り付けました」という。
胃ろうにした義母はつなぎパジャマを着せられるようになった。患部をかきむしるからだという。原田さんは複雑な気持ちだ。「体重は4キロ増えたけれど、笑顔が消え、にこりともしなくなった。施設は1日でも1秒でも長生きさせたいと考えているのでしょうか」
■求められる適用の明確化
≪判断迫られる家族≫
胃ろうの人は全国に約30万人いるともいわれる。低栄養の改善をはじめ、誤嚥(ごえん)性肺炎を避けるためや「在宅でも管理が簡単だから」と退院に向けて勧められるケースもある。問題は本人が意思表示できず、家族が判断を迫られる場合だ。
しかし、「これでよいのか」との声は根強い。長寿科学振興財団が行った「高齢者の医療のあり方に関する研究」によると、一般病院の主治医で、自分が胃ろうの対象となったときに「受け入れる」とするのは5人に1人。特養の看護師では10人に9人以上が「拒否する」と答えている。
看護師で全国高齢者ケア協会の鎌田ケイ子理事長は「老衰の過程で食べる量が減り、全身が弱るのは自然なことで、そういう人は胃ろうの対象ではない。介護現場では胃ろうに依存せず、手と時間をかけて“枯れていく大往生”を実現するケアに転換すべき。本人の意思が確認できないとき、胃ろうをつくる選択を家族に迫り、“死なせる引き金”を引かせるのは酷。学会が適用の客観基準を作るべきです」という。
胃ろうの情報を提供するNPO法人「PEGドクターズネットワーク」理事長で国際医療福祉大学病院の鈴木裕教授も、現状がパーフェクトだとは思っていない。「嚥下(えんげ)機能が低下した人が胃ろうにしてリハビリを受け、生活の質(QOL)を取り戻すケースは多い。QOLを上げる使い方をすることが重要で、正しく使えば、こんなによいものはない。どういう人に使うかをきちんとし、患者さんには十分に説明する必要がある」とする。
脳卒中の回復期や嚥下機能だけに問題があるなど、胃ろうが力を発揮する場合もある。それだけに適用の明確化が求められる。鈴木教授らは胃ろうの患者の予後などを調査中で、「結果を踏まえ、指針を検討していく」という。
≪死生観 確認を≫
胃ろうに関する意思確認をする特養もある。東京都世田谷区の「芦花ホーム」では、入所時に記入する「意思確認書」に「お口から食べられなくなったとき」の項目を設けた。選択肢は「胃ろう増設などは受けない」「胃ろう手術などを受けて少しでも長く生きることを望む」など。本人と家族に死生観を確認してもらうためで、ほかにも▽自然に最期を迎えるか、できるだけ医療処置を受けるか▽急変時に心臓マッサージや気管内挿管を希望するか−などの質問項目が並ぶ。
ホームの常勤医師で、『平穏死のすすめ』(講談社)を書いた石飛幸三さんは「胃ろうにするか否かは本人と家族が決めること。うちでは『胃ろうにしろ』とも『するな』とも言わない。ただ、入所者はみんな人生の坂を下っている。最期をどう迎えるか、事前によく考えてもらいたい」という。
昨年の敬老の日には「口から食べられなくなったらどうしますか」と題し、家族会を開いた。講演したのは医師や相談員のほか、胃ろうを断って親を看取(みと)った家族や、腸ろうの親を持つ子供も。議論は白熱し、参加家族らは終了後も長い間、ホールで話し合っていた。
≪栄養量加減も≫
入所者が胃ろうにした場合、石飛医師は状態を見ながら栄養量を加減する。「人間は最期は起こしても起きられず、食べられずに寝ているだけになる。体が受け付けないのに、栄養量を通常通り入れれば吐く。無理に食べさせ、かえって誤嚥性肺炎の危険にさらすのは拷問に近い」
栄養量を加減するようになって以来、ホームでは肺炎の発症が減り、救急車を呼ぶ回数も減った。肺炎死の代わりに老衰死が増え、自然な看取りに臨めるようになった、という。
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