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どうなんでしょうね?
野党にいたときの考えと与党の時の考えが変わること。
その時その時で見え方が変わること。
最初から知って欲しいと記者は言いますが、そんな人優秀な人なんて居ません。
与党と野党では全く違います。
非難するのは簡単です。
他人の意見をバカにすることも簡単です、揚げ足を掴めば良いんですから。言葉尻を掴んだりね。
言い出すことに意義があったりしますんで、私はいい加減でも言います。
腹が立つ人もいるでしょう。(でもね、通りすがりと称して煽る人は最低ですね)
辻元氏への賛否はあまり興味はありませんが、議員なる前から勉強しておいて欲しいと言うのはちと酷ではないでしょうかね?
最初から与党の人と野党の人では、違いませんか?
辻元氏が社民党は非難しているというのは、正しいと思います。
今さら言われても困るよ、辻元さん
7月31日18時24分配信 産経新聞
社民党の辻元清美衆院議員が27日午後、大阪市内で記者会見して、離党を表明した。社民党を離れようと思い立った動機について、会見の中で辻元氏はこう述べた。
「今の日本の政治状況は非常に危機的で、私自身、かつて野党として批判や反対の急先鋒(せんぽう)に立ってきたが、それだけでは日本を変えることはできない。政権の中で働く中で、今すぐにでもいろんなことを具体的に解決していく方向の政治を進めていきたいとの思いが強くなった」
辻元氏は平成8年の衆院選で初当選し、現在4期目。昨年9月に発足した鳩山政権で、社民党は民主党などと連立を組んで与党の一角を占めるようになり、辻元氏は国土交通副大臣を務めた。だが、今年5月に社民党は米軍普天間飛行場移設問題をきっかけに連立政権を離脱。これに伴って、辻元氏自身も副大臣を辞任した。
辻元氏の名前を聞いて思いだすのは、平成13年5月の衆院予算委員会で当時の小泉純一郎首相に対して、「総理、総理、総理っ!」と執拗(しつよう)に呼びかけた場面や、平成14年に鈴木宗男衆院議員の北方領土に関する疑惑を国会で追及した際の「あなたは『疑惑の総合商社』だ」という名言(?)など、歯切れのよい追及シーンである。
もちろん、不祥事や疑惑があれば追及すべきだし、政府・与党に失政があると考えれば、その責任を問うことは悪いことではない。だが、それだけではいけない。辻元氏は「それだけでは日本を変えることはできない」ことに気づき、与党あるいは内閣の内部で具体的な政策を実現していくことも必要であることを学んだというわけだ。
辻元氏がその点に気づいたことはご同慶の至りである。しかし、気づくのが遅すぎないか。できれば初当選時から、その程度の認識は持っていてもらいたかった。言い換えれば、そういう認識を持っている人物にこそ国会議員になってもらいたかった。
国会議員に支払われる歳費はベテラン議員も1年生議員も同額である。はじめから、ベテラン議員と同様の活躍をしろと要求するのは、新人議員には酷かもしれないが、せめて国政を担い、政策を前進させていくために何が必要なのかという基本的な認識くらいは、はじめから持ち合わせていてほしい。
国会議員は初当選のその時から、国民の税金を受け取って政(まつりごと)を行うプロの政治家だ。初当選から15年目になって、ようやくそういう認識に至ったというのでは、遅きに失している。
辻元氏は社民党が連立政権に参画する以前の段階から、自らが理想とする政策を具体的に前進させようとしてきたという。この記者会見では、自らのこれまでの政治行動について、こう述べている。
「いつも現実を1ミリでも前に動かそうと苦悩を抱えながら、毎日試行錯誤してきた」 しかし、辻元氏は、「それは小さな政党にとって決して容易なことではありません」と言う。確かに、多数決で物事が決まる議会において、少数政党の言い分が通ることは多くはない。だが、辻元氏の理想が実現しなかったのは、それだけが理由だろうか。現実離れした主張が、国民に受け入れられなかっただけではないのか。
一方、辻元氏は連立離脱について、「小さな政党にとって政権の外に出たら、あらゆる政策の実現が遠のいていくことも心配でした」と話す半面、「社民党の政権離脱は基本方針に照らしてやむを得なかったことでありました」とも言う。
この発言はどういう意味だろうか。社民党の政権離脱はやむを得ないが、自分自身の考える政策は野党では実現できないから、自分は与党に戻りたいということだろうか。
日本の野党は、ともすれば「反対のための反対」「批判のための批判」に陥りがちだった。だが、国会に求められているのは、批判、検証、議論を重ねた上で、いかにより良い政策を実現してくかということである。それは、与党も野党も等しく背負っている立法府の責務だ。
しかし、辻元氏は小さな野党にいたのでは、そういう国会議員としての責任が果たせないと言っているように聞こえる。辻元氏の発言は、理想の政策の実現は社民党には無理だと言っているのと同じであり、社民党の存在意義を否定したものと言っていい。(五嶋清)
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