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江戸時代以前にも、鳥獣被害があり(=多数のシカやイノシシがおり)、
当時の農民が頑張って対策をとっていた。
それはかなり確実なことだ。
よく言われる「昔はこんなに鳥獣被害は無かった」という声の「昔」とは、
いったいいつのことか。
今生きている人にとっての昔、遡っても60年、70年前とかそのくらいだろう。
その頃は捕獲圧が過度にかかって、鳥獣は今までになく減少していた時代だ。
そのあとも個体数の回復にしばらくの時間を要した。
シカやイノシシが全国的にあまりいないという、日本の歴史の中でも、ある
意味イレギュラーな時代だったわけだ。農業にとっては(鳥獣対策に労力を
割かなくても良いという意味で)幸福な時代であったともいえる。
そして、農業には鳥獣対策がつきものであったという記憶はなくなる。
鳥獣対策に関する意識や知恵は、必要なくなり、しぼんでしまったわけだ。
農家個人も、農学者も、行政も一様にそうなってしまったのではなかろうか?
そして、シカやイノシシによる被害はあまり発生しないという前提での農業が
展開された。
そこに鳥獣が個体数を回復(反動がついて以前より実際に増えている可能性
もあるかもしれないが)し、奇襲をかけてきた。寝首をかかれたようなものだ。
そういうことだと思うのです。
で、ここから反撃するにはどうすればいいか?
単純に考えれば、以前の取組みを再開すればいいわけだ。
山から下りてくる鳥獣に対しては、防護壁を築き、脅して追払う。
防戦一方では耐えられないので、積極的な捕獲に打って出る。
先人もそうやって戦ってきた。我々もできることは同じだ。
技術が発達した現在、もっと効果的な対策もとれるだろう。ただの石垣では
なく電気柵、竹のシシ脅しではなくスチールの爆音機、火縄銃でなく精度の
高いライフルと散弾銃が使えるわけだ。
しかし、昔の時代にはどうしても劣るものがある。
それは、マンパワーだ。中山間に人がいない。何十、何百人で山に分け入って
獣を追うとか、そういうことができない。少ない人員、しかも多くは高齢者と
いう状況は、あまりに厳しい。
山林の様子も違う。
人間にとっても鳥獣にとってもバッファゾーンだった里山は、植生が遷移して
すでに奥山の様相で、鳥獣のテリトリーになっている場所も多い。
そんな感じで、ある意味逆境と言えるような状況を、技術やら制度やら、ある
いはお金、熱意、何でもいいからそういうものでカバーして、何とか盛り返せ
るか?ということになる。
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