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林の中にポツンと立っている水銀灯があり、そこには多くの蛾が飛来するので、 ぼくは足しげく通っているのです。 最近そこに、仔猫がいついています。ここ数日、必ずいます。 親とはぐれてしまったのか、あるいは、心ない人が置き去りにしたのか。 どうやって生きていくんだろうと思いつつ、行動を観察していると、灯火に誘引 されてきた昆虫たちをハントし始めました。 落ちてきたヒグラシに猫パンチをお見舞いしたり、ひっくり返ってジタバタして いるスズメガの類のにおいを嗅いでみたり、動かなくなったドウガネブイブイを 齧ったりします。 さすが食肉目。獲物には積極的にアプローチしますね。 ああ、こうやって一生懸命生きてるんだなぁと思いつつも、いずれ成熟すれば 小型哺乳類や鳥類などを狙う、招かれざる捕食者になってしまうんだよね…と いう思考も脳裏をよぎります。 しばらく見ていて気付いたのですが、せっかくハントした虫を、うまく食べら れてません。歯が生えそろってないのかな。 そういえば、何か痩せてるような。 こういう情景を見ていると、柔らかで美味しい餌の一つや二つ、あげたくなって しまいます。 しかし理性は、無用な餌付けはすべきではないと述べます。 いつものことですが、やはり理性が勝ちます。 で、今回もとりあえず見ているだけに徹します。 そういえば、ネコをじっくり観察するのは、小学生の時以来かもしれません。 ネコっていろんな表情をするんですね。 あどけなかったり、バカっぽかったり、鋭かったり。いろいろ。 日ごろよく見ている(人間以外の)動物は、結構無表情というか、表情筋なんて 無い種がほとんどですから、かなり新鮮でした。 そんな表情の中で、ああ、こんな顔もするんだなぁと思ったのが、今回アップ したもの。 なんというんでしょうか、疲労、茫然、眠気あたりが混在したような、生気の 感じられない表情。 撮影した角度のせい…というわけでもないように思います。 年端もいかぬ仔猫でも、こんな顔をするのですね。
いや、こんな状況に置かれているから、こんな顔になっちゃうんでしょうかね。 |
その他脊椎動物
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なにか生きものがいないかなぁと、サワガニのいた小河川の辺りを ふらふらしていると、細流の中にドンコの子どもがいました。 河川の中上流域に住むハゼ科の魚で、水生昆虫や小魚等を捕食する 肉食魚です。自分の体長ほどもあるような獲物にも食いつく、果敢 にして悪食な奴です。 日中は石や流木の陰に潜んでいるのですが、夜になると開けた場所 まで出て来ることも多いです。 細流には魚食性の大型魚もあまり進入しませんし、怖い鳥類も来ま せんからね。鬼の居ぬ間に何とやら、でしょうか。 (目下の敵は、実は自分より大きなドンコだったりするのですが) 懐中電灯で照らしても、すぐに逃げることはあまりないようです。 なので、物音に注意しながらそーっと見る限り、観察は容易です。 夜だからといって油断しているのか、図太いのかわかりませんが、 観察者からすればありがたい習性です。 小さな個体は警戒心がかなり薄いようで、手をお椀のように伏せ、 ドンコの直上からゆっくりとかぶせていくと、簡単に手づかみする こともできます。 あまりにうまく行くもので、警戒心云々というようなものではなく、 「あっ、なんかいい感じのシェルターが降りてきた」くらいの感覚 しか持ってないのではなかろうかと思ってしまいます。 大きくなると、経験を積んだからか多少臆病になるように思えますが、 シェルターとなる石の隙間から顔だけ出していて、明らかにぼくを 目視できるような距離まで近され、さらにライトで照らされてるのに 「大丈夫。ばれてないよ、ばれてないよ」とでも言いたげな感じで、 様子見を続け、全身を潜めるということをしない個体もよく見ます。 このように。 身を潜めようと急に動くと、その動きで個体位置を感知されるため、 いざというときまでは動かずにおこう、という戦略なのかも。 とすれば、動かなければ発見されまいと本能的に思っているわけで、 これは自信が保護色を持っていることに、相当な自信があることの 表れなのかもしれません。 もしかしたらドン臭いだけなのかもしれません。 種名のドンコは「鈍子」の字をあてるようで、まさに鈍いヤツという わけですから。 捕まえ易いこともあり、幼少の頃は本種を捕まえて遊んでいました。 ハゼの仲間だけあって、焼いたり揚げたりして食べるとおいしく、 酒の魚にもなるので、ぼくが家に持ち帰る生きものの中では珍しく 歓迎された種でもあります。 あまり遊泳能力は高くなく、物陰に待機しているような魚ですから、 河川改修などで凹凸のある河床や浮石がなくなると、姿を消して しまいます。 近(多)自然型工法という概念がまだ国内で浸透してなかった時代に、 長区間を三面張りにされた小河川や水路では、かなりの数がやられた のでしょうね。 しかし、非工事区間が近くにあれば、そこでひっそり生活を続けて、 近自然型工法を用いた改修があったり、大水で流れた礫が堆積した ままであったりすると、いつの間にか戻ってきているということも あるようです。 こういった例が多いのか少ないのかはわかりませんが、したたかに
生きているなあ、と、感心してしまいます。 |
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石垣を通りかかると、「プシュー、プシュー」という、 |
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