泰安洋行 部落格

東洋第一風流才子 النجمه اللامعه في مجرتي

音楽

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

Stuff/Stuff

http://www.youtube.com/v/VKDhqyYlQPQ&hl=ja&fs=1"

俺の大好きな音楽は、歌の無い物が特に多い。
デパートや喫茶店、ホテルのロビーで流れてるような音楽は特に大好き。
それらはイージーリスニングなどと呼ばれ、流行曲の歌を抜いたものや、有名なジャズの曲をソフトに聴きやすくした物などが大半であろうか。

特にジャズが大好きというわけではない。
難解で複雑な調べは聴いていて、何が楽しいんだろうと思うこともしばしば。
やはり音楽は気持ちよく聞こえなければならない。
好みは人それぞれだが、とにかく、雑音であってはならず、ちゃんと

20年以上昔、一世を風靡した音楽ジャンルに、『クロスオーバー』または『フューション』と呼ばれる音楽が流行った。
簡単に言えば、【ジャズを基本にロックやファンク、R&B、電子音楽、ワールドミュージックなどを融合(フューズ)させた音楽のジャンル。】(wikiより)である。
俺はこのジャンルの音楽が大好きである。
ニュース番組のBGMやF-1中継のテーマ曲なんて言えば判りやすいかな。

そんな音楽が出始めた1976年。
ニューヨークの凄腕スタジオミュージシャンが集まって、このSTUFFは結成された。
スティーヴ・ガッド(ドラムス)、クリス・パーカー(ドラムス)、エリック・ゲイル(ギター)、コーネル・デュプリー(ギター)、ゴードン・エドワーズ(ベース)、リチャード・ティー(キーボード)といった凄いメンバーが集まり、発表されたファーストアルバム『STUFF』は今でも名盤として、クロスオーバー・フュージョンアルバムの金字塔として長い間愛されている。

俺最初、この濃いメンバーの顔を見て、高校生の純粋な俺は、ちょっと聴くのにかなり躊躇していた。
アルバムジャケットはこんなにお洒落なのに、画像一番上のコーネル・デュプリー大先生は、どう見ても コントに出てくるヤンキーにしか見えないし(というか、本当にニューヨークのミュージシャンだからヤンキーなのには間違いないが)、もう一人のギタリスト、故エリック・ゲイルさんは、どこまでがオデコなんだか理解に苦しむ頭髪をされている。
三枚目の画像の故リチャード・ティー大先生にいたっては、彼にそっくりな台湾人の女の子の友人が俺にはいる。
おそらくまともなルックスはドラムのスティーブ・ガッド大先生くらいだろうか。
スティーブ・ガッドといえば、押しも押されぬ、ドラム・レジェンドであり、ドラムの神様である。
エリック・クラプトンのバックでも、最近は殆どガッド大先生がドラムを叩いているので、見た方もいるかもしれない。

けどね、やっぱりギターを嗜む俺としては、いかついヤンキー風ルックスの、コーネル・デュプリー大先生の顔に似合わない、テレキャスターに更にデュアルモンドのピックアップを増設して、えらくファンキーでジャリジャリと刻むリズムにブルージーなギターソロに感動したのであった。

全然難しいトリッキーなプレイをするわけではなく、気持ちのいい音やフレーズに徹底したそのプレイは、早弾きやら難解なスケールなぞ到底真似のできない俺を大変勇気付けてくれた。
弾く音符の数が多くて、早ければ良いといのはサーカスを見てるようなもの。
少ない音でいかに表現して感動させるのが本物のギタリストなんだと、俺はそれ以来勝手に解釈している。

メンバーも二人天国に旅立ち、残りのメンバーも還暦過ぎて、あとどれ位活躍できるのか大変心配だ。
コーネル・デュプリー大先生は、演奏中もパイプを咥え、そこがまた非常に格好良かったのだが、最近は喉に医療用だろうか?呼吸補助のようなチューブをつけて、よろよろになりながら演奏しているらしい。
最近の動画も見たが、なんだかもうかなり健康がすぐれない様で、ちょっとヤバイのかもしれないな・・。

それでもチョコチョコと来日して演奏しているようなので、お元気なうちに、一度はこの目で演奏を見てみたものである。







 

イメージ 1

イメージ 2

中学生〜高校生時代、MTVやベストヒットUSAなどの洋楽情報番組が始まり、世は正に洋楽ブーム。

特にテレビ神奈川は洋楽に限らず、まだ目新しい邦楽のミュージックビデオをバンバン流してる番組ばかりであったので、テクノポリスに住んでいるにも拘らず、わざわざUHFのチューナーにアンテナを購入し、家でこれらの番組をチェックするのが俺の日課になった。

折角UHFを導入したのだから、見るのはもちろんテレビ神奈川だけではない。
土曜の深夜、関西の番組「大人の絵本」なんかをチェックしてガチャガチャとチャンネルを替えてみると、

「ハロぉぉぉぉぉぉ〜じゃがぁぁぁぁぁぁ〜でぇぇぇぇ〜すぅぅぅぅ!」

KISSというか、中国の京劇のようなガチガチのメイクを施した金髪の男性が、煌くカクテル光線の中、奇声を発してる番組が目に付いた。
素人撮影の様な映像のその番組の名前は「ハロー!ジャガー!」。
毎週土曜日の深夜は惰性的にこの番組をチェックするようになり、一人悦に行っていたものだったが、小岩や松戸の方から来る高校の同級生にこんな人がいるんだよと自慢したところ、「千葉じゃ知らない人はいない」と衝撃の回答。
おまけに、「ハロぉぉぉぉ〜こんばんわぁぁぁぁ〜じゃがぁぁぁ〜でぇぇぇぇす!いぇぇぇぇ〜い!」なんて、独特の掠れた低い声までそっくりに、真似して聞かせてくれたのである。

そんなジャガーさん、去年まで12年間も千葉テレビの「ハロー!ジャガー!」を休んでいたらしい。
どうやらその間、ジャガー星に帰って、ジャガー大学で修士課程を取っていたそうだ。
その彼が12年ぶりの番組復活に向けて発表したシングルがこの「ファイト!ファイト!ちば!」。
今までの作風とがらりと変わり、大変ポップで聞きやすい作風となっている。
ボブ・ディランを彷彿させるボーカルに、韓国のポンチャック風電子オルガンのフレーズ。
千葉の地名を一通り歌詞に折込み、切々と一人の女性との思い出を、小学生の頃から今まで千葉という世界の中で歌い上げている秀作。
小学生から大人まで同じ女性という歌詞の設定が、彼の非凡な才能を伺わせます。




後半の方になってくると、音がどんどんでっかくなって、なんだか音が割れてるし、歌詞も相変わらず何を言ってるのか、字幕が無いと全然理解できません。(番組で話してる言葉は、歌よりも更に何を言っているのか、ぜーんぜん分かりません。)

本人曰く、日本人が英語の歌詞を聞いて、特に気にしないのと同じで、良いメロディでさえあれば、そんな歌い方であっても、みんなの耳に残るものなんだそうだ。

ジャガーさんは関東一円に店舗を持つ、洋裁チェーン店の社長だという噂を昔から聞いている。
本人のプロフィールは全く謎に包まれているのだが、もうすぐ還暦に近い年齢じゃないのかな。
千葉テレビの「ハロー!ジャガー!」15分の番組枠も、彼は自分の歌を世に広めたいために、千葉テレビから買い取ったというのは、昔から有名な逸話である。

昔、夜のヒットスタジオで、爆風スランプが演奏したときに、何故かベーシストがジャガーさんになっていたのを覚えている人はいるだろうか?
あの時はテレビを見ていて、非常に興奮してしまった思い出が蘇る。

俺もこの人のように、趣味にお金の糸目を付けないで、テレビの番組枠を買い取るくらいの道楽者になって見たいと思うが、一生叶わない夢であろうな。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

ひょうきん族世代のあなた。
西川のりお率いる、フラワーダンサーズを覚えていますか?
あれの元ネタと小難しい説明をするよりも、西条秀樹やピンクレディーが彼らの曲をカバーして、日本でも大ヒットを記録したから、普通にみんな知ってるでしょう。
西条秀樹なんか、彼らの曲「YMCA」で、当時見ていたテレビの「ザ・ベスト・テン」を毎週見るたびに一位だったことを思い出す。
また、彼らの曲、「ゴー・ウエスト!」はその後、ペット・ショップ・ボーイズによってリヴァイバル・ヒットを記録し、日本でもサッカーの応援曲で使われており、大変メジャーな曲となっているね。

彼らの出現で、初めてゲイという言葉と意味を、小学生の俺は知ったような気がする。
最初は結構見るのも怖くて、嫌悪感を抱かずに入られなかったが、そのかなり同性愛者を意識したルックスに似合わず、明るくて能天気な音楽は、ディスコブーム真っ只中の70年代後半には大ヒットを連発するわけである。
全編に繰り広げられるハンド・クラッピングに、野太い男性コーラス、まさにディスコ魁!男塾って感じが大変素敵である。

 

 


電気工事員、ネイティブアメリカン、水兵、水野晴男先生にも影響を与えたと思われるマッチョポリス、荒野のガンマン、レザーに身を包んだヘルス・エンジェルス風バイカーのいでたちで、腰を振り振り踊る姿は、キャラクターとしてもアメリカで人気があったらしく、人気絶頂時に「サタデーナイト・フィーバー」の大ヒットに乗じて、彼らを主役にディスコ映画を作ったのだが、思いっきりコケてしまったらしく、そのれからはぱっとせず、ディスコにみんな飽き飽きし始めると、あっという間に過去へと追いやられてしまった。

そんな売り方を考えると、後のスパイス・ガールズは、ヴィレッジ・ピープルの女性版みたいなものだったんじゃないかな。
ネプチューンがやってたユニットの、HAPPATAIの曲、「YATTA!」もさ、よ〜く聞くと、彼らの「ゴー・ウエスト!」によく似てるように聞こえるし、男性を売り物にしてるところも、ヴィレッジ・ピープルからインスパイアされてるでしょ。

俺が大好きだったのは、ネイティブ・アメリカンの格好をしてる人。
足に付いた鈴?を踊りに合わせて、シャン♪シャン♪シャンと鳴らしてる姿は、すごく格好よく思えたもんだ。
大人気の頃のメインボーカリストである、ヴィクター・ウィリスさんは、ゲイ風に売り出してることに嫌気が差し、途中で辞めてしまうのだが、髭もじゃのバイカー役の人は、本当にHIVで死んじゃうところがシャレになんないよな・・・。
なんであの超有名曲の名前が、「YMCA」なのかと言うと、当時アメリカのYMCAはゲイの溜まり場だったかららしい。

俺は昔から、このグループの「俺たちの80年代」って曲をギターカッティングの練習、腕慣らしで弾くのが好きです。

BONEY M/TAKE THE HEAT OF ME

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

俺には4歳上の姉がいる。
小学生の頃、中学生になったばかりの姉は、当時かなり高級なステレオコンポを買ってもらい、色んなレコード(殆どシングルであったが)、大音響でレコードを掛け捲っていた。

いつも隣から聞こえてくる音楽に、まだ○○○も生えて無い俺は、次第に聞き入るようになり、自分の中で好みの音楽趣味が育ってくるのが分かってきた。

そんな当時はディスコブーム真っ盛り。
巷では「フィーバー」なんて新語が溢れ、近所の歌舞伎町でもディスコが軒並み立ち、派手な服装の若者で溢れかえってた。

姉がその頃よく聞いていたのが、BONNY Mの「サニー」。
元々古い曲で、色んな人がカバーして歌っていたのだが、日本ではこのBONEY Mのサニーで有名になったのではないだろうか。

しかし、俺の目を惹いたのは、その音楽だけではなく、黒人の女性3人とモジャモジャ頭に全身胸毛の男性が格好良くポーズを取っているジャケット写真である。

最初はこのおっさん(ボビー・ファラウェル)、歌を歌ってるわけでもないし、見た目は殆ど野獣だし、何処がそんなにいいのか分からなかったのだが、当時のテレビ番組で彼のダンスを見たら納得。

リズムと合ってるのか合ってないのか分からないタコ踊りに、野獣のようなルックス。
女性ボーカルの横で滅茶苦茶やってるだけの彼は、俺にとってはすごく衝撃的であった。
曲も本当に単純明快で、何も難しく考えさせない聞きやすさは、俺をどんどん彼らの虜にさせていったいた。
彼を見てると、当時の志村けんも彼に影響されたのでは無いかと思う。
胸毛がすごい所や、動きは絶対インスパイアされているだろう。
志村けんはブラック、ソウルミュージックマニアであると、当時の明星だか平凡で読んだ記憶があるので、間違いないと思う。

当時は小学生ながら、将来はアフロにして、胸毛ボウボウになりたいとマジで思った物だが、ディスコミュージックはあまりにも単純であったためか、すぐに飽きられ、そんな格好今頃していたら、女の子たちに後ろ指差されて、キモイと避けられてしまうに違いないだろう。
俺が江頭2:50が大好きな原点は、ここにあったのかも知れない。

収録曲

DADDY COOL
TAKE THE HEAT OFF ME
SUNNY
BABBY DO YOU WANNA BUMP
NO WOMAN NO CRY
FEVER
GOT A MAN ON MY MIND
LOVIN'OR LEAVIN'
<BONUS TRACKS>
NEW YORK CITY
PERFECT

貼り付けてある動画の名曲、「DADDY COOL」のイントロのベースラインは、明らかにDJ★OZUMAのアゲアゲ・EVERY・騎士がパクってますね。(まあ、元は韓国の曲なんだけど)

第一線からあのおっさんは遠ざかっていたのだが、最近、またちょこちょこライブで踊っている様子が、YOUTUBEなどで見ることができる。
しかし、間もなく60歳になるおっさんの踊りは、老人の盆踊りにしか見えないし、しかも頭がツルッパゲになって、ヅラを被ってまでパフォーマンスしてる有様・・・。

ボビーさんは男性ホルモンが多すぎたようですね。

最後が最近のボビーおじいさん。
時の流れは残酷ですね。
踊りは江頭そのまんまです。

んで、みんなのお気に入りのYOUTUBE動画があったら、ここに貼って教えてくださいな。

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

俺は大阪に行った事が無い。
けど、風俗や文化、食べ物など俺の好きな物が多いだけに、行った事が無いのは大変惜しい気がする。
音楽にしても上田正樹とサウス・トゥ・サウスやこの桑名正博など、渋いけどコテコテなミュージャンが好きだったりする。

俺が小学生の時、コマーシャルとタイアップした曲が、大人気歌番組の「ザ・ベストテン」にランクインする事が大変多く、桑名正博の大ヒット曲「セクシャルバイオレットNO.1」も、当時、化粧品のキャンペーンソングとしてCMでよく使われ、あれよあれよという間に1位になってしまった記憶がある。
化粧品とタイアップして大ヒットした曲は、ざっと上げても、矢沢永吉の「時間よ止まれ」や竹内まりやの「不思議なピーチパイ」、一風堂の「すみれ・セフテンバー・ラブ」、矢野顕子の「春咲小紅」、YMOの「君に胸キュン!」など枚挙に暇ない。

子供ながら、その頃の化粧品CMは格好がよく、おしゃれだな・・・と思ってよく見ていた物だが、この曲はハードな感じにロックしていて桑名正博の美声と共に、凄く気になってしょうがなかった。
歌謡番組が全盛期の頃であったが、テレビで初めて見た桑名正博本人も、当時流行っていたアフロヘヤーに不良ぽいルックスで、しかも歌が上手いので俺は夢中になって姉とテレビを見ていた物だった。

それから十数年が経ち、俺のアイドル、鈴木茂のレアトラックなんかが再発され聞いてみると、あれ・・
どこかで聞いた事のある歌声・・と思ってライナーノーツを見てみると、有名になる前の桑名正博の名前がクレジットされてたりする。
このようにお気に入りのアーティストの人脈を辿っていくと、大体みんな一緒に活動していたりするので、本当に面白い。

この人、それから人気絶頂の頃にアン・ルイスと結婚〜離婚したり、その後歌手活動の他に俳優なんかやったりしていたのだが、見た目は昔の面影を残さず、道頓堀辺りで飲み歩いてる、ただの太った浪速のおっさんみたいな風貌になってしまい、おまけに探偵ナイトスクープのコメンテイターまでやってたりする。
しかも吉本興業所属だったりするんだよね。

しかし、数年前、確か凄くダイエットしてハウスのCMに、彼の全盛期を髣髴させるディスコ風の洋服を纏いながら、西城秀樹と競演してたのを見た。
西城秀樹が翳むくらいのオーラを発していたCMで、やっぱ痩せればかっこいいおじさんなんだな・・・と思っていたのもつかの間、最近の画像見るとまた元に戻ってしまったみたいね。。

この人は確か江戸時代位から続く、兵庫県?の有名な海運問屋の御曹司だったはずで、かなりのお金持ちらしい。
芸能活動の傍ら、自分の家を継いで、悠々自適な生活をしてると聞いた。

鈴木茂繋がりで、このアルバムにも細野晴臣の名曲、「しらけちまうぜ」まで収録しているので、ティパンアレイファミリーと言えるのだろう。
彼の妹、桑名晴子はティンパンアレイの弟分、サディスティックスの歌姫としても名演を残しているので、要チェックである。

上のギターは10年ほど前、桑名正博の使っていた物と同タイプのBURNYのギター。
彼のトレードマークと言えば、BC・RICHであったけど、一時期はフェルナンデスとエンドース契約してこのモデルを弾いていた。
このギターで、セクシャルバイオレットNO.1のイントロやソロをガンガン弾くのは楽しい。

開く トラックバック(2)

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


.
ズラ健児オブ・ジョイ・トイ
ズラ健児オブ・ジョイ・トイ
非公開 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

標準グループ

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事