Zutto_3のブログ

今後の原発はいらないと思う / / 放射能除去の情報には疑問を感じる

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EMの「カルト資本主義」
《抜粋》 
カルト資本主義
上記の本の第5章『「万能」微生物EMと世界救世教』が、EM(有用微生物群)批判にあてられ、それによると『EM菌は”神からのプレゼント”と形容され、新興宗教団体である世界救世教の教祖・岡田茂吉(故人)が創始した救世自然農法の普及活動の一環である』とのこと。食料不足をはじめ環境、エネルギー、難病など地球上のあらゆる問題を解決する”万能の救世薬”だそうな。
EMとは、5科10属80余種という大量の微生物を組み合わせてタンク培養した液体であり、酸素が不可欠な好気性微生物と酸素を嫌う嫌気性微生物とが共存し、独特の”波動”を発する点が特徴とのこと。
世界救世教は1982年3月、重要な教義のひとつである自然農法の探究を目的とした任意団体「自然農法国際総合開発センター」を設立した。同じ年の暮れ、琉球大の比嘉照夫(ひが てるお)教授は、教え子との縁で同センターの指導を頼まれ、岡田茂吉の思想に共鳴したこともあって、依頼を引き受けた。1985年秋に同センターが「自然農法国際研究開発センター」と名称を改め、財団法人化した際にも発起人となり、役員として名を連ねている。
比嘉氏は、世界救世教について、<私自身は信者ではなく、また世界救世教を宗教団体とは思っておらず、岡田思想を実現する「地上天国建設集団」としてとらえて>いる、と解釈している。1986年に教団が「再建派」と「新生派」に分裂した際には、比嘉氏は新生派に同調し、彼の研究成果はやがてEMと名付けられ、同派に活用されることになった。斎藤貴男によるインタビューで、比嘉氏は ...


バッタもん日記
d.hatena.ne.jp/locust0138/20130211/1360573965 - キャッシュ
《抜粋》

最後に、EMに対する大々的な批判を行っている私の知る限り唯一の一般書籍、「カルト資本主義(斎藤貴男、文春文庫。残念ながら絶版)」からの引用で締めたいと思います。この書籍には研究者によるEMに対する辛辣な批判が縷々述べられておりますので、EM批判に興味のある方は必読です。どうにかして入手して下さい。

P271(比嘉照夫)
「私はEMで、環境を、空気や水や未来のエネルギーを総合的に解決しようと巨視的なことを考え、実行しようとしているんです。それを、知識のプアーな群盲たちが、反社会的だの非科学的だのと言っているんですね」 

P272(比嘉照夫)
「私は国家にすごく貢献しているんです。世の中にいいことをしていて、なんで逮捕されるんですか」

P273(EM批判の第一人者である東京農業大学の後藤逸男教授)
「EMのようなイカサマが成立してしまうこと自体、取りも直さず、現代農業に対する警鐘に他なりません。化学肥料や農薬に頼りすぎる現状の問題点は、あらゆる研究者が認識しているしているのですから、ああいうものに農家の方が飛びつかなくてもよい農法を確立しなければいけないと自覚しています」 

P274
農薬まみれの農業は、一刻も早く改善してもらいたい。微生物の土壌改良への可能性は否定しない。何かの偶然で、有効に働くこともあるだろう。が、だからといって微生物を崇める宗教を“心理”として押しつけられる社会など、真っ平御免である。
比嘉のEMには、さまざまな人物や団体が引き寄せられていた。新興宗教、政治家、右翼、マルチ商法……。彼らは一様に、金儲けが目的ではないことを強調する。地球を、文明を、EMによって救済するのだという革命的確信に満ち溢れていた。また同時に、だから細かなことはどうでもよい、という態度でも、驚くほど一貫していた。その過程で犠牲にされる人々もいるのではと水を向けても、よいことをしているのに、なぜそんな意地悪を言われるかとでも言いたげに、口を尖らせるばかりだった。 


P274
EM関係者たちの強すぎる善意、確信 


カマヤンの燻る日記 《抜粋》

富士山の大沢崩れをEM団子で防いだ(と主張している)話。関係者以外には、あまり知られていませんよね。 #EM菌 / 参考まとめ: togetter.com/li/496618 /

四元義隆氏に関しては、私も右翼の大物程度のことしか知りませんが、その方だと思います。四元義隆氏と会ったことが、EMを政治的な物に変えるきっかけの一つだった様です。


「会った」というのは比嘉照夫と 四元義隆が出会った、という理解で宜しいでしょうか? 
ネット上の情報ではなく、斎藤貴男氏の書籍「カルト資本主義」241頁に書いてありました。抜粋します「微生物資材で露岩地帯を緑化すれば食い止められると提唱していた比嘉は、80年代の半ば頃、この意見をキッカケに四元義隆(88歳)の知遇を得ることになった。」


一般財団法人 環境イノベーション情報機構 カルト資本主義―オカルトが支配する日本の企業社会

第一章 ソニーと超能力: 土井利忠(天外伺朗)ほか

第二章 「永久機関」に群がる人々: ドクター中松ほか

第三章 京セラ「稲森和夫」という呪術師: 宗教のような経営塾「盛和塾」,成長の家の影響,個人主義や科学万能主義に対するアンチテーゼとしてのニューエイジムーブメント全体主義,ガイアシンフォニーへの出資,アメーバ経営,ホロンの労務管理への応用,マハリシ超越瞑想

第四章 科学技術庁のオカルト研究: 山本有二と「気の研究会」

第五章 「万能」微生物EMと世界救世教: 岡山県船穂町,岐阜県可児市,比嘉照夫((財)自然農法国際研究センター,(財)地球環境財団),船井幸雄渡部昇一向山洋一,春山茂雄らの推薦・協力,ヒューマンポテンシャル運動(自己啓発セミナーとの関連),教育の場のQCサークルTOSS,SF商法(催眠商法)の新製品普及会島津幸一,ナチュラルグループ(アニューなど)の橋本幸雄と(財)地球環境財団,(社)日本緑十字社(戦後,食糧難の時代に設立された社団法人の実権を握り事業の看板へ)

第六章 オカルトビジネスのドン「船井幸雄」: 船井総合研究所江本勝高木善之,七田眞,(株)たまメンタルビジネス研究所

第七章 ヤマギシ会日本企業ユートピア: 高木善之

終 章 カルト資本主義の時代: オカルトに走る管理する側と,オカルトに走らされる管理される側。「人間中心の経営」の「日本的経営」により生産性を向上。ニューエイジカルトとカルト資本主義の類似 など。



碧い世界

最高の自然治癒力は魂の力 |  碧い世界 http://aoisekai487.blog7.fc2.com/blog-entry-241.html

オカルトビジネスのドン 船井幸雄  |  碧い世界  http://aoisekai487.blog7.fc2.com/blog-entry-283.html

オカルトビジネスのドン 船井幸雄 (続) |  碧い世界 http://aoisekai487.blog7.fc2.com/blog-entry-284.html

EM菌をめぐる人々 |  碧い世界  http://aoisekai487.blog7.fc2.com/blog-entry-281.html

EM菌をめぐる人々(続) |  碧い世界 http://aoisekai487.blog7.fc2.com/blog-entry-282.html

政府内のオカルト研究会 | 碧い世界 http://aoisekai487.blog7.fc2.com/blog-entry-280.html



呼吸発電 《抜粋》

EM推進運動とマスコミ
EMは1993年に出版された書籍「地球を救う大変革―食糧・環境・医療の問題がこれで解決する」を契機として社会への普及が始まりました。
EM推進者は2000年代半ばまで、批判者と対立した場合に直接反撃することが多く、各地で住民や自治体とトラブルを起こしていました。
そして日本土壌肥料学会や各地の研究機関、マスコミからEMに否定的な報告が相次ぎました。
それらの出来事の主要な内容が斎藤貴男氏の「カルト資本主義」に描かれています。


neologcutter
http://togetter.com/li/483339 > トップ > ニュース > 国内
《抜粋》
【疑問その1】酵母のアルコール発酵により他の菌が死滅することはないのか?
あと「酸素が不可欠な好気性微生物と酸素を嫌う嫌気性微生物とが共存し、独特の”波動”を発する」(「カルト資本主義」p227)って本当ですか? 


タイの世界救世教信者数は70万人。総人口の1.1%です。これがEM菌普及の原動力になっていますね。http://t.co/UsfVOXSbfM 

やはりカルト資本主義」(p250〜)に書いてあった世界救世教ですか…



Arisan
d.hatena.ne.jp/Arisan/20140529/p1 - キャッシュ
《抜粋》

第五章では、
EM菌と世界救世教の関係が主題になっているが、ここで著者は、アメリカのニューエイジ思想を研究したストームという人の分析(『ニューエイジの歴史と現在』)を詳しく紹介している。
それによると、アメリカでは、60年代の反資本主義(反システム)運動の挫折を経験した人たちが、いわば転向して消費社会のなかで暮らすようになっていたが、80年代に入って、そうした人たちにブランド志向の生活とスピリチュアルへの志向とを両立させる方途を提供したのが、ニューエイジ思想だったという。
こうした、変革の内面化というか、脱政治化のようなことは、いつの世にも起きることであろう。そして、それが必ずいつも間違っているとも言い切れない。
だが、ニューエイジの特徴は、そこでなされる「自己発見」が、モードチェンジした資本主義にとっての有能な駒へと、個人を変えてしまうものだ、というところにあるという。つまり、これは資本主義や経営の新しい形態にマッチしているということだ。
これも、(僕自身は好きではないが)それ自体で直ちに悪いというわけではないが、それがある面では、近代化(個人の尊重)を経ていない「日本型経営」のようなものと似ている部分がある
そこで、近代と対決するという「個」の契機を抜きにして、このニューエイジ思想が日本に導入されると、それは滅私奉公の封建的(反人権的)な日本型経営・労働のマインドを絶対化するようなものとなっていった、ということだろう。
第六章の主人公は、オカルト的経営理論のカリスマ、船井幸雄である。


市民科学研究室
http://blogs.yahoo.co.jp/zutto_3/12102830.html
《抜粋》
10 年前の私なら、斎藤氏のこの指摘にまったく耳を貸さなかったであろう。その時、私はカルト資本主の真っ只中にいた。当時、比嘉照夫琉球大学教授が発見したEM(有効微生物群)の産業利用、特に排水処理に応用する技術を確立する職に就いていた。微生物による通常の水処理(活性汚泥法)にEM を使えば、発生する汚泥がゼロになるという謳い文句に惹かれ就いた仕事だった。難分解性の物質も分解できるという。寝食を忘れ、技術開発に熱中した。しかし、結果はことごとく失敗に終わった。一部、硫化水素の発生抑制などで成果を上げたが、それはEM でなくてもできるものである。
 私が属していた会社の社長は、自分の発明センスを信じて疑わない人だったが、科学や技術をほとんど知らなかった。船井氏が自著でEM を取り上げたことにより、EM への問合せは引きも切らない状態だった。その多くが大企業からの問合せである。船井氏の影響力は甚大だったのだ。会社の中で技術がある程度わかる者は私一人だったため、多数の課題を抱え込んだ。測定のサポートをしてくれる者はいたが、微生物学も水処理工学も知らない素人を集めて作った会社だったので、下手なことを言うと実態はなにもないことがばれてしまう。社長もそれなりに自分のいい加減さを把握しており、専門的な説明が求められる場には私が出なければならなかった。
 EM がまやかしであることに気付くまでに、そう長い時間は要しなかった。それまで表に出ていたデータもいい加減なものであり、到底学術的議論に耐えられるようなものではなかった。社長も比嘉教も当てにならないが、私は微生物技術の可能性と技術者としての自分の可能性に賭けた。EM に頼らなくても画期的な排水処理技術を確立する可能性そのものは否定できないからだ。 
 EM岡田茂吉が創始した世界救世教の内部で使われ、その後世間に広がった。生ゴミを家庭で堆肥化する方法および農薬や化学肥料に頼らない農法として脚光を集めたが、今ではあまり話題に上らなくなっている。宣伝文句ほどの効果が得られないためだ。効果が上がらない時、比嘉教授は「使い方が悪い」と一蹴する。使う者の「心」に問題があるというのだ。技術に携わる者は、不可能とされる目標に挑戦しなければならない。開発に取り組む際の気持ちの持ち方が結果を左右することもある。だが、奇跡は起きない。技術として確立するためには、制御可能な体系にまとめなければならない。再現性が求められるのだ。
 EM 関係者は再現性の乏しさの根拠を、条件の変化に置いていた。排水処理や農業では無数の変動要因を考慮しなければならないことは事実だ。多種の微生物の混合系であり、ひとつの複雑系である。複雑系のメカニズムは要素還元的なアプローチでは解明できない。ここに科学ではなく、怪しげな「神」がしのび寄る隙間が生まれる。
 EM に携わる者の多くは世界救世教関係者が占めてきた。私が勤めた会社の社長も、社員の多くも信者であった。発明に取り組むとき、さすがに社長は根性があった。私には真似ができないと思うほどの集中力を発揮した。「EMで環境問題を解決していこう」という目標には夢があった。その夢を共有したからこそ、全力で開発に取り組むことができた。社長や社員が救世教に私を勧誘することは一度もなかったが、岡田茂吉の思想をなんべんとなく説かれた。社長は「もうやり尽くしたと思えるほどの努力を積み、限界を超えた時に成功がもたらされる」という信念を持っていた。その根拠を岡田茂吉の思想に寄せている。教祖の思想を実現する手段として自らの職があるという確信だ。それが「必ず成功する」ことの根拠だった。
 ほどなくして私は退職する。嫌になったからではない。環境問題の解決には多様なアプローチが必要であり、(あたり前のことなのだが)技術はその一手段に過ぎないことが腹に落ちたからだ。こと環境技術に関しては、ほとんどが対症療法に過ぎないことを理解した。技術による解決はよく「End of pipe」と言われる。勢いよくパイプの先端から出続ける水の量を絞ることなく、パイプの先端で処理しようというものだ。環境問題が起きている現場に足を運ぶと、到底技術だけではどうにもならない場面によく遭遇する。ダイオキシンが飛散した土壌や、地下に浸透してしまった汚染物質の浄化など、起きてしまった事を解決するために技術はほとんど役に立たない。また、成長を続ける経済を前提に、循環型社会の実現は不可能である。経済の仕組みそのものの問題であり、私たちが科学技術に対しあまりに過剰な期待をいだいてしまっていることが問題なのだ。そう結論を出し私は別の道を歩むことになる。しかし、この時点では自分が「カルト資本主義」にいたことをほとんど認識できなかった。




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