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2010.04.05                   世界一周 21日目
 
 
 「次回に詳しく書きます」、と自分にお題を出して書くことを先送りしてしまうと、いつも書けなくなる僕ですが、今日はなんとか頑張って書いてみようと思う。
 
 
 
 いまからおよそ200年前。チチカステナンゴのサント・トマス教会の一角から、古びた書物が見つかった。
 


 その書物はマヤの先住民の言葉、キチェ語で綴られており、この世界の始まりについて、海を渡ってやって来た時の神話的物語、マヤの伝統儀式と神々について、そしてスペイン人の侵略、キリスト教の到来まで、この世の始まりから現在に至るまでのことすべてが書いてあった。

 
 この書物の冒頭には、「これが書かれたのはキリスト教が到来してからである。そして暗黒時代のことや我々のことを知るための「ポポル・ブフ」をいまや見ることができないからである」、と書かれている。そこから、のちにこの書物は「ポポル・ブフ」と呼ばれることになる。

 
 
 この書物を見つけたのは、当時、この教会の司祭であったフランシスコ・ヒメネス。彼はこの書を読んだとき、いまだにマヤの人々がキリスト教を信じず、マヤの神々を崇めていることを良しとせず、彼らがそのような邪教を信ずる過ちを犯していることを世に知らしめるために、スペイン語に翻訳し出版するに至る。


 
 このキチェ語で書かれた原本の作者は不明。恐らく、キリスト教の到来により、失われ行く自分たちのアイデンティティを残そうとしたマヤの人々の手による共同の書だと言われている。 

 
 彼らは教会でスペイン人司祭の前でキリストに祈りを捧げながらも、隠れた場所でずっと長い期間をかけてこの書を書き上げたのだと思う。


 
 この「ポポル・ブフ」が見つかったサント・トマス教会に、僕はチチカステナンゴに滞在している間、毎日、足を運んでいたのであるが、そこに立ち、数百年前、この教会のどこかで隠れながら自分たちのアイデンティティを守ろうとして長い長い書物を書いていた人々のことを想像した。

 
 その光景や、その人々の心の中。彼らが背負っていたものや失ったもの。いろいろ考えてみたものの、やはり限界がある。どんなに想像しても、それは想像でしかなく、きっとそこにはそこにいた人間にしかわからない思いがあったんだろうと思う。現代人のただの旅人である僕には何もわかりはしない。
 
 

 でもひとつだけ、彼らがついに知り得なかったことを僕は知っている。

 
 彼らがポポル・ブフに託したもの。マヤとしてのアイデンティティの保持。それが彼らの望みであり、その書物に捧げた祈りだっただろうと思う。

 
 その託した望みが、ちゃんと生きているのを僕は目にしている。

 
 日曜の早朝、サント・トマス教会にマヤの民族衣装に身を包んだ人々が独特の音色の笛や太鼓のともにやって来て、教会の中にどんどん入って行く。この教会があった場所は、もともとマヤの人たちの祈りの場があり、侵略して来たスペイン人が見せしめのためその祈祷の場を崩し、その瓦礫でその場にこの教会を作ったのである。


 
 その教会の中で、マヤの人々がポポル・ブフの一部を唱えながら祈りを捧げている。それはとても不思議な光景であった。

 
 
 
 ポポル・ブフはいまや、マヤの人々にとって自分たちのアイデンティティの拠り所として、かれらの聖典として捉えられている。ここチチカステナンゴの地をはじめ、多くの人々が同じようにこの書物の一部を唱えながら祈りを捧げている。
 

 
 積み重ねられて来た計り知れない民族の時間の積み重ね。その積み重ねがポポル・ブフの発見により、途切れずにいまも続いてる。その一端に立ち会ったような気がした。
 

 
 この書を発見した司祭フランシスコ・ヒメネスが、「マヤの人々が未だに邪教を信じているということを世に知らしめる」ために翻訳して出版したことが、彼の思惑とは裏腹に、皮肉にも現在、マヤの聖典として扱われるに至った。
 
 
 歴史は皮肉なものであり、民族のアイデンティティは強いものだと感じた。
 
 
 
うるま

閉じる コメント(10)

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旅の中でのワンシーンといえ、キチンと解説して下さるのでスゴイなと思います。

2010/4/7(水) 午後 2:06 [ e:*o ]

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はじめまして。。。
未知なる世界へ連れて行っていただいた気分になります。

2010/4/7(水) 午後 2:18 [ さんび ]

ポポル・ブフ
素晴らしい本が発見された事は意味が深い事でしたね。長い年月を経ていまだに変わらない精神を人々に伝え、受け継がれる事になるなんて 司祭も驚きと戸惑いで遥かな所からため息していらしてますよね
マヤ…神秘に溢れるその地名に惹かれます。うるまさんありがとうございました

2010/4/7(水) 午後 3:43 あみ

世界中のどんな国でもどんな民族でも
人間は
それぞれ一人の人間で、その心を束縛できるものは何もないんですよね
侵略を繰り返してきた歴史の中でも
負けずに信じ続ける思いは何物にも侵略されない強いものなんだと感じます
うるまさんのがんばって書いてくださったお話は
また“マヤ”への想いを駆り立ててくれました・・・

2010/4/7(水) 午後 4:13 [ ppひまわり ]

その土地で産まれ育った者しかわからないアイデンティティ
どんなに力でねじ伏せられても消えないものなのでしょうね
日本人のアイデンティティとは。。?
うるまさんの文章を読んでいてそんな事を考えさせられます
写真のターバンの色彩も美しいですね
次の記事も楽しみにしています

2010/4/7(水) 午後 8:44 [ - ]

これがマヤの民族衣装ですか。。マヤの人、黒髪ですね。

人を支配する為に、宗教や言葉を変えさせようとする試みを日本人も歴史の中で行ったのですよね。。大きな過ちだと思います。
ポポル・ブフ。。出版された時、マヤの人々はきっと大変だったと思うけれど、今となっては出版されて良かったのですね。

2010/4/7(水) 午後 9:30 [ ソマリ ]

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ん〜カタイ(+o+)
民族衣装のカラフルさが救い・・・。
喉が渇いてモモステナンゴの市場のおばちゃんの笑顔を見にいっちゃった☆

2010/4/8(木) 午後 2:14 [ - ]

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バハマの海の上で聞いた、「いつか世界一周」を現実のものにしているんですね。
すごい。
それしか言えません。

諸事情により??毎日はチェックできませんが、このブログで私も旅をしている気持ちになりたいと思います。

体に気をつけて。旅を楽しんでください。応援しています。

2010/4/8(木) 午後 9:22 [ 4everblue ]

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「ポポル・ブフ」伝説の祈りの書なんですね。
世界には様々な謎が多いですね。

2010/4/11(日) 午後 11:47 [ yura8 ]

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『どんなに想像しても、それは想像でしかなく、きっとそこにはそこにいた人間にしかわからない思いがあったんだろうと思う。・・・』

今の時代を生きる私たちには、
到底、知りうることができない、色々な想いや出来事が、
あったのでしょうね。。

それでも、生き続けた祈りは、
マヤの人たちにとっては、何ひとつ矛盾したことはなく、
自分たちが、マヤの人間であるための、
大切な、生きる糧だったのでしょうね。

自分たちの祈りを守り続けたマヤの人たちを、とても高貴に感じます

2010/4/12(月) 午後 8:24 [ ゆらら ]

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