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とても大切なこと。

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 とても大切なことを記した。
僕の2012年10月30日の日記です。

 どうしても書かずにはいられず、どうしてもアップせずにはいられなかった。
長いけれども、読んでもらえればと思う。


 中国四川省とチベット自治区との境界線付近、チベット文化が色濃いカム地方でのある一日に起こった出来事のことである。


2012年10月30日の日記。
中国四川省カム地方


 今日見た出来事を出来る限り、正しい文章と描写で書きたいと思うのだけれども、正直自信がない。
 


 早朝、カンゼからダオフに向かうシェアタクシーに乗った。その時、ふたり連れのチベット人がこの車が行くから一緒に行こうといってくれた。彼らはダオフ出身で、ふたりとも若いのでそんな感じには見えなかったけれどもタンカを描く職人だった。車の中で片言の中国語でやりとりしていたのだけれども、それだけでも充分そのふたりがいい人たちであることはわかった。


 そのうちのひとりはパンツォと言う名前で、途中から乗って来た夫婦のために席を譲り狭い助手席をふたりがけするなどして優しい人だった。


 僕が日本人だというと、彼らはうれしそうに喜んでくれて、日本のことは好きだといって、そして中国は嫌いだとくわえた。


 カンゼを出た車はルーフォーまで行き、そこでダオフ行きに乗り換えることになった。彼らもダオフに行くので、車を移る時もこっちだよ、と言って手伝ってくれた。


  車はすぐに走り出し、30分もすると公安による検問所に到着した。四川省カム地方はチベットエリアである。チベット自治区内ではないけれども、中国政府とチベットとの衝突はこれまで数えきれない。今年に入ってから僧侶の焼身自殺も多く起こっていて、つい数ヶ月前までは外国人はこういった検問所で追い返されて入域することさえ出来なかった。ここの検問所はこの地方にある他の検問所に比べて随分としっかりとしていえる印象を受けた。

 
 色達で交番に軟禁され尾行されて宿の部屋まで公安がやって来たり、アチェンガルゴンパでは何もしてないのに職務質問されたりと、これまでカム地方にきてから公安に睨まれ続けているので、嫌だなと感じた。


 前の車の検問が終わり、乗っている車の番になった。公安の係官が車に歩いて来る。目が据わっていて、冷たい印象を受けた。その係官は何も言わず助手席のドアを開け、そこに座っていたパンツォをいきなり掴み車外に強引に引きおろしたかと思うと、彼を殴り始めた。すると何人かの公安がさっと近づいて来て、止めるのかと思ったら彼らも一緒になってパンツォを殴ったり蹴り始めた。パンツォはその間、一切抵抗することはなく殴られ続けている。地面に倒れ、鼻血を流している。


 あまりに突然のことだったのと、まったくもってそんなことを予期していなかったので、正直、意味がよくわからなかった。ただ公安がチベット人に対して日常的に暴力をふるっているのだということは、その公安たちの慣れた感じからすぐにわかった。


 驚いて何も言えない僕ら他の乗客をよそに、公安はパンツォを建物内に連行して行った。そして僕らのところにも公安がやってきて身分証明書の提出を求めた。この調子だと間違いなく日本人である僕も外国人だということで連行されてしまうとおもったのだけれども、なぜか他の検問所よりもチェックは甘く、パスポートを一瞥しただけだった。



 車はパンツォとその友人を残して動き出し、このまま彼らは公安に捕われてでてこれないのだろうかと思ったのだけれども、50mほど移動して他の車の通行の邪魔にならない場所に停車した。そして10分ほどすると、建物内からパンツォが出て来て車に乗り込んで来た。どうやら一緒にダフオまで行くことができるようである。僕はこのとき、彼が無事に戻って来たことに安堵したと同時に、突然目の前に現れた冷徹な暴力に言葉を失い、また自分の無力さにうちひしがれていた。


 
 車は走り出し、チベット人たちは口々にいま起こったことについて話している。何を話しているのかわからないけれども、この出来事は彼らにとって日常茶飯事であるということがその落ち着いた様子からわかった。パンツォは無意味に殴られたのにもかかわらず、怒ることもなく落ち着いていて、時折笑顔を浮かべながら話をしている。


 しかし、チベットと中国政府との衝突の問題を実際目の当たりにした僕は、冷静で居ることができなかった。



 初めて見のあたりにした無意味で徹底的な冷たさを持った暴力の現場。あの暴力には意味がないのである。怒りもなければ憎しみも主義主張もない。ただ殴りたいから殴っただけ。動機のない暴力なのである。そんなものはこれまで見たこともなかったし想像したこともなかった。それがまず僕にとって衝撃的だった。



 そして、パンツォを始めチベット人たちの忍耐強さ。何もしてないのに殴られているというのに、抵抗することがない。怒りに我を忘れ反撃するでもない。暴力を受け止め、受け入れている。それは暴力が何も生み出さないことをきっと知っているのだと思う。その彼らの無抵抗の強さ。それを持っているからこそ、殴られて車に帰って来た時も、平然としていられるのだと思う。



 彼らチベット人は、きっと違う次元に居るのだと思う。中国公安のような人たちが辿り着くことができない精神的な深みにいる。そこからこの世界を捉えている。だからこそ強く居られるのだとおもう。



 彼らの前では暴力は弱く、無抵抗は限りなく強く見える。公安がチベット人を虐げれば虐げるほど、中国は追い込まれていく。それをわかっていない。彼らはそれだけの精神世界を持ち合わせていない。彼らにとって世界とは狭く息苦しいに違いないと思う。


 チベット人が持ち合わせる世界観の広さと深さと優しさ。その一片も想像することができないだろう。


 僕は外の風景を見ながらそんなことをずっと考え続けていた。あまりにも心が衝撃を受けていたので、もはや風景はほとんど目に入っていなかった。


 その後、車は無事目的地ダオフに辿り着いた。


 車を降り、パンツォに向かい合う。なんて言えばよくわからない。僕が何か言いたそうにしているのにもごもごしている様子を気遣って彼は笑顔で、僕は大丈夫だよ、と言った。その笑顔の屈託のなさ。いままで見た笑顔の中でもっとも優しい笑顔だった。



 僕はなんとか、一言だけでもいいから彼に何かを伝えたくて、ペンと紙を取り出し、そこに中国語で「我愛西蔵人」と書いた。その意味は「僕はチベット人のことが好きです」、といった感じである。


 頑張れとか、大丈夫??とか、そんな言葉ではなく、彼らに僕が日本から来たと伝えた時に「日本のことは好きだよ」と言ってくれたように、僕もチベットが好きだと伝えたかった。それ以外に僕には何も言うことができなかった。それ以外の言葉はどれをとっても正しくないように思えた。


 そして同時に、彼と僕との間でコミュニケーションを取る上で、中国語を介さないといけないということにもどかしさを感じた。もし僕がチベット語を話し、またはパンツォが英語が話すことができれば良かったのだけれども、そのどちらもできなかった。中国語でしか彼に何かを伝えることができない皮肉。それでも僕は彼に何かを伝えなければ気が済まなかったのである。


 その後、パンツォは僕を知り合いのチベット人が経営する宿まで連れて行ってくれて、本当はツーリストは外国人料金を払わないといけないのに、パンツォが「僕の友達なんだ」といってチベット人価格で泊まらせてくれるように交渉してくれた。


 そして彼は何事もなかったように、じゃあと言って立ち去ろうとした。僕は彼のこのやさしさに触れて、もう言葉を発することができなかった。手を差し出し握手をして、僕のいまの気持を伝えたかったけれども、それだけではものたりなかったので、さっき車を降りた時に「我愛西蔵人」と書いたノートを切り取り、彼に渡した。かれはそれを受け取って、またあの優しい笑顔でありがとうと言ったのであった。


 今日のこの出来事のことを、どうすれば正確に伝えることができるだろうか。僕が感じたもどかしさや衝撃。目の当たりにした公安の暴力の冷たさ、チベット人たちの精神世界の広さ。


 この出来事は、この旅に大きな意味を持つことになると思う。これまでであらゆる意味において、一番深く僕の心の奥底に響いた。パンツォと別れたあと、部屋に入りしばらく言葉を発することができず、ただずっとぼぉーっと過ごした。


 僕は完成されていない未熟な写真家だけれども、それでもやはりひとりの表現者として、今日僕が見た世界は文字だろうが写真だろうが伝えなければならないと感じている。


 正直、僕は使命感というものを感じたことはない。むしろ使命感から物事を表現するということ自体に僕は否定的である。僕はただ自分のために写真を撮り、自分の心のバランスを保つためだけに文章を書いている。すべては自分のためなのである。これまでずっとそうしてやって来たし、これからも基本的なスタンスはそうだろうと思う。


 でも今日この出来事を目にして、それを目にした人間として、それをきちんと伝えなければならないという一種の使命感のようなものを感じた。自分から使命感にかられて行動を起こして何処かに向かうことはないけれども、向こうから突然やって来た出来事に対しては違う。だからここに記すことにした。


 僕はここに何の主義主張も入れるつもりはない。チベット人と喧嘩したり、漢民族の人たちと仲良くなって楽しい時間を過ごしたり、そういうこともあった。それを語らずにこの出来事だけを語るという取捨選択をしている時点で、もはや何かしらの主義主張がここにあるということができるわけだけれども、でもそれ以上のものをこの文章に入れ込むつもりはない。ただこういうことが今日ここで起こり、僕はこう感じたということを知ってもらえればそれでいいと思っている。


 僕は、僕の文章と写真を目にする人びとが世界を覗くために存在するひとつの媒介である。

 あとはそれに触れた人びとが感じるままに任せたいと思う

うるま


※Faust Adventurers Guild世界一周連載
Vol.44 「熱狂と混沌のインディア」編UPされました。ぜひに。

※Be-Pal Web
Vol.31「祈りの大地」編 UPされました。

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中国はかつて大変酷いやりかたでチベットを侵略した国ということを米映画でみました。米国の目を通しても中国という国は暴力的でチベットは美しい国として表現されていました。中国人の醜い侵略を観たときに、スクリーンの中での出来事ですが怒りがこみ上げて来ました。今も中国と関わらなければならないチベットの人々に一日も早く平穏な暮らしがくることを願って止みません。実際にその身を世界に置いて目の当りにした理不尽な出来事を伝えてくださいましたURUMAさんに心から感謝です。

2012/11/3(土) 午後 6:39 [ ena+ ] 返信する

はじめまして。
いつも読ませていただいています。

チベットの方々は素晴らしい。
私たちも含めて
中国に脅かされている人々で連帯することが必要ですね。

2012/11/3(土) 午後 8:28 Kuu 返信する

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知ること、認識すること。そして違いを認めること。
そこからすべてが始まると僕は常々思っています。

それをわかってはいるけれども、経験として知っているわけではなかったのです。

この旅はそれを自分の眼で見て自分の体で経験して、その本当の意味で知る旅だったといま僕は思います。

それに気づかせてくれたのがこのチベット文化圏カム地方での出来事だったと思います。

とても衝撃的な出来事でした。
自分の中で留め置くことができず、ここに吐き出しました。

吐き出した以上は、多くの人とこの経験を共有できればと思っています。

中国という国のあり方を責めるのではなく、現在、緊張関係にある日中関係に当てはめるのではなく、ただこういうことがこの世界の日常の一日として、僕という人間が経験したということを知ってもらいたい。それだけです。

それが大切だと思っています。

URUMA

2012/11/3(土) 午後 9:51 [ URUMA ] 返信する

うるまさん!

日本もよくわからない私が……

読ませていただきました!
ありがとうございました
日本は、平和な国なんだとつくづく感じまた世界には、国境と言うものがあり強いもの弱いもの訳のわからず…凄く悲しくなりました。。。涙が止まりません。
もっと平和な世界をって想いました!

この日を忘れません!私も強くなります!また失礼します!

2012/11/3(土) 午後 11:52 [ BA-BE-さん ] 返信する

最近は読み逃げしていて、コメントは残していませんでした。
今日は久々のコメントです。。


ウルマさんが近い空気の中目の当たりにした「無意味で徹底的な冷たさを持った暴力の現場」にわたしも衝撃を受けました。
上手くコトバには出来ませんが、今わたしの中で感じてるざわざわしたものは忘れずにいたいと思います。

2012/11/4(日) 午前 10:31 河原優子 返信する

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始めまして、久保といいます。

なんかなんとも言えない出来事ですね。
僕はいつも、人と人がぶつかり問題が起こるときお互いの立場になって考えてしまいます。
もしかしたら自分も中国の公安の方と同じ境遇で生まれ育ち、同じ立場だったら同じことをしたかもしれない。
生まれる国、環境は誰も選べない。
問題が起きた時に誰が悪いとかではなく、今よりももっと多くの人が笑い合えてもっと面白い世界になるよう願い行動して行きたいと強く思いました。
ありがとうございます。これからも頑張って下さい。 削除

2012/11/4(日) 午後 8:21 [ 久保 ] 返信する

うるまさん。

この記事を読んで、どうコメントすればいいのか考えました。
なんども訪問して、とてもショックな現実。

中国は多民族国家、でも、経済的に優位なのは漢民族(華僑)の人々。
この中で登場している公安の職員の方は、もしかしたら日々大きなストレスを抱えているのかもしれないですね。
今の中国は大学を卒業しても、就職に就けない若者が多いそうです。
民族が多民族、人口も増えて国としても成長期のピークを過ぎているのかも・・。
国として成長はしても、中身は成長してません。

文明社会の急な変化に心囚われ、大切なものを忘れているのでは。
チベット民族は古くから仏教を大切に、自分たちのアイゼンティティを重んじてます。
今回の話のなかで、チベット民族の若者に清々しさを感じます。
現在、中国を含め、日本は厳しい環境に晒されています。
でも、表面の問題にばかりとらわれず。
他にも素敵な人々がいることを忘れず。
自分たちも日本人としての自尊心、誇りを忘れずにいたい。

うるまさんがこの記事をアップしてくださり、感謝です。

2012/11/4(日) 午後 10:33 [ とみー ] 返信する

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はじめまして。ファウストの記事でファンになり、最近はこちらのブログも読ませて頂いています。いつも、綺麗なだけでなく、どこか輝いて心惹かれる写真を楽しみにしています。また、そこに更なる彩りを加える文章も大好きです。

今回の記事は、いつも以上に何かを突きつけられた気がします。
これは皆が共有しなければいけないものだと思いました。知る事で、考え、教えられるものがある。体現的な強さでなく、精神的な強さで向かうべきにできる事がそれだと思いました。 削除

2012/11/5(月) 午前 7:08 [ Namiko ] 返信する

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初めて読まさせていただきました。冷酷で残忍な仕打ちを目の当たりすることはショッキングな出来事です。私もインド北部ダージリンに行ったとき中国人に対する地元民の「目」は冷ややかなものだと写りましたチベタン食堂では、青年が自らの体に火を放って中国政府に対抗しているポスターが飾ってあったり、店主のTシャツには「北京オリンピックボイコット」と書かれていたりと・・・
ただ、漢民族すべてがこのような人ではないことも忘れてはいけないと思います。良識者や世界を旅している視野の広い人もいます。
怖いのは無知な者が自分を愚かであると自覚していないことだと思います。各個人が自己を深く見つめ「気づき」と「学び」を大切に成長していくことができれば変われるのでは?と思います。

2012/11/5(月) 午後 5:09 [ miz**montri* ] 返信する

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「とても大切なこと」
〜自分と家族、親しい人たちの健康と幸せ〜

なんて私の世界は狭いのでしょう。
胸が痛い。 削除

2012/11/11(日) 午後 9:15 [ Yoshiko ] 返信する

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途中で…涙があふれました。
「なんとかならんのか!!」
思いつつ、
暴力をふるっている官憲にも、家族がいるだろうし、
子供もいるかもしれません。
あるいはかつての紅衛兵のように、
ただそのように教育されているだけなのかもしれません。
あわれだなぁ…とも思いました。

もし自分がなんらかの関与を持ちたいと思うのならば、
ひとまず自分にできることは、
「知ること」であろうと思います。
そして知らせることであろうと思います。
なので、リンクをはらせてください。

そして…以下、敢えて。

商業アニメを作っている私ですが自作で、
ある作品を作りました。
「冬虫夏草」(40分)という作品です。

予告
http://www.youtube.com/watch?v=f0akIwsedUY&feature=g-upl

冬虫夏草という漢方薬はチベット原産なんですよね。

無礼さ、下品さ、は承知の上で、ひとつの突破口として、
エンターティメントを通じて、
静かに「皆に訴えかける」
ということもアりではないかと考えます。
(中国語バージョンはな

2012/11/19(月) 午前 11:18 [ oyunam ] 返信する

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コラムニストの勝谷誠彦氏が、うるまさんのことを絶賛しておりましたよ。 削除

2012/11/19(月) 午後 1:53 [ Sei ] 返信する

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勝谷さんのメルマガから来ました。あなたの文章はちゃんと日本人である私の心に届きましたよ。チベットに力を! 削除

2012/11/19(月) 午後 2:06 [ イーハウス ] 返信する

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私にも伝えてくれてありがとうと言わせて下さい。

日本の未来に明るい希望がもてないなどとため息ついていた年よりが,こうして,余所の国の出来事に激しく心動かされ,行動の一歩を踏み出した若者がいることに,感謝と喜びを感じています。

そして,チベットの方から暴力でなく,もっと大きな心を学ぼうとされている姿が嬉しいです。

暴力から生まれる荒廃を救うのは,忍耐と広い心,そしてプライドです。

ぜひ,たくさんの方がこのブログを読んでくださるよう祈ります。

2012/11/20(火) 午前 11:13 [ arinko66 ] 返信する

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お気に入りに登録させていただきました。
このブログを読んで、ちょっと泣いてしまいました。
早くチベットの地に平和が来ますように、パンツオさんはじめ、チベット人の皆さんが普通に暮らせるように祈らずにはいられません。

2012/11/20(火) 午後 7:49 [ DAG@PMGB ] 返信する

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とてもオープンで正直で、そして貴重な記事をアップして下さりありがとうございます。

うるまさん、一言だけ。何もしていないチベット人が暴力を受けるのを目の当たりにして、あなたはなぜタクシーを降りてやめろと止めに入られなかったのか。ここでこんなにもオープンで正直で誠実な日記をお書きになったあなただからこそ、私もあなたと同じくオープンに正直に、一人の日本人としてどうしても言わずにおれませんでした。
非暴力による平和はダライ・ラマ法王も常々説いておられることですし、私も同じ気持ちです。ただ、不条理な暴力を受けている者を目の当たりにした時何もしない、できない非暴力は甘言にすら聞こえてしまうのです。 削除

2012/11/25(日) 午前 0:23 [ マカロン ] 返信する

気が付いたら、
歯をぐっとくいしばっていました。

涙を流してはいけないような気がしました。

私のなかにあるとてつもない何かが溢れ出しそうです。

2012/11/26(月) 午後 6:35 [ go_*ng*mer*y*o ] 返信する

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フェイスブックにシェアさせて頂きました。レポートありがとう御座います。貴重な証言だと思います。

2012/11/28(水) 午後 3:16 [ mkr*w97* ] 返信する

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久し振りにうるまさんのブログを読みに来て、この日記を読みました。
なにか言いたいのですが、なんて言ったらいいのかわかりません。すみません。涙が出ます。 削除

2012/12/8(土) 午後 0:48 [ イオナ ] 返信する

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10年近く前に、ラサを旅行したカナダ人が言っていました。「ある食堂に入ったら、そこに人民軍兵士がやってきて食堂のオバサンを外へ引きずり出して殴り始めた。どうして殴るのかと問いただしたら、チベット人は客の呼び込みをしてはいけないのに、外国人の客が入っているからだ、と言うので、自分たちは自主的に入ったのだと説明したが、そういうことが日常的に行われている。ひどいよ」と。

人民軍のうっぷん晴らしではなく、漢民族人民軍の習性だということを知らなければなりません。戦前も、匪賊たちが自国民や外国人たちを残虐に殺害していたことーーー民族性です。 日本もこのままでいったら、チベットやウィグルのようにされてしまいます。中共は長年日本を乗っ取る計画をたてて着々と実行しているからです。

まともな人がいるーーー当然です。しかし、民族性として中共および過去の中華帝国は連綿としてこういうことを続けてきたのです。ですから、漢族自身が母国を逃げ出したくて仕方が無いのです。ただし、移住先を漢族が支配する傾向にあることも私たちは忘れてはなりません。東南アジアの支配者たちはほとんどが華僑です。 削除

2013/1/8(火) 午前 9:28 [ みどり ] 返信する

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