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アジア周遊日記-07.

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2005.12.27〜28

27日の早朝、目覚めると空には星空。今日も一日、いい天気になりそう。26日の朝、アンコールワットで朝日を見ようと思って出かけたら、あいにくの曇天。昼からは晴れたのだが、朝日は見られなかった。27日はプノンペンへ向けての出発の日なので、アンコールワットでの朝日は結局見られなかった。残念。

 でも、プノンペンへの船は、とても楽しい旅だった。所要時間は約5時間。トンレサップ湖にある船着場(港ではなく、水上家屋が集まるエリアの岸にそのまま横付けしてる感じ)から船に乗り込むのだが、乗り込む人がとても多い。

 船の席はおそらく100席ほど。それに対して乗り込む人はその200ぐらいいる。もちろん全員座れるわけもなく、半分の人間は客室のあるところの屋上のようなところに乗り込む。ここは本来、人が乗るための場所ではなく、ただの屋根に近い。そこへ所狭しと乗れるだけ人が乗る。僕も類に違わず、その屋根へ(一番上の写真)。

5年前にこの船は一度沈んだらしいのだが、そりゃあこれだけ定員をオーバーして乗せていたら沈むのは当たり前である。航行中、船は左に傾きながらどんどん進む。転覆の不安を多少抱えながら、川沿いに広がるカンボジアの田園風景を眺め、無事プノンペンに到着。

 28日は、プノンペン市街をうろついた。今日も朝から雲ひとつない晴天。気温はどんどん上がり、バンコクでとても寒い思いをしたのが嘘のようである。今日はあまりにも暑すぎて、年中南の島で仕事をして暑さに慣れている僕もさすがにバテました。それぐらい暑かった。この冬の季節が一年で一番寒いのだから、夏の暑さは想像を絶するものがありそうである。

 プノンペン市内は、一言で言うと活気あふれる町である。街中は交通ルールもクソもない。ほぼ無法に近い形でバイクや車が行き来する。そこら中に屋台が出て、ローカルの人々がご飯を食べている。道路わきでチェスのようなものをしていたり、昼寝をしていたり、散髪していたり、とても生活感が滲み出ている風景が。観光客も年末だというのにほとんど見かけられず、市内唯一の観光地である王宮付近でちらほら見かける程度。カンボジアのローカルの生活そのままの世界の中をウロチョロするのは、とても楽しかった。アンコールワットは観光客だらけで少し辟易していたので。

 2枚目の写真は、今日街中を回るのに使った自転車を改造したシクロという乗りもの。お客さんは前に乗り、おじさんがこいでくれる。はじめは結構なスピードだったのだが、おじさんも暑さにバテたのか、途中からゆっくりになりました。

 3枚目はマーケットの写真です。屋台で売っているウチャイと呼ばれるニラ饅頭のようなものが安くて美味かった。

 明日は、陸路ベトナムはホーチミンを目指します。明日から10日間はベトナムです。

うるま

アジア周遊日記-06

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2005.12.26

今日はシェムリアップ郊外に点在する遺跡へ。

今回、移動手段はバイタク(バイクタクシー)を使っていて、ひとつのバイクに運転手を含めて3人で乗っている。近距離ならいいのだが、これが長距離になると結構疲れる。もともとバイクは最大2人乗りとして作られているところに、大人が3人乗るのだから狭くないわけはない。カンボジアではバイクには何人でも乗れるだけ乗っていいらしく、5人ぐらい乗っているのもたまに見かける。年齢制限もなく小学生ぐらいの子供もバイクに乗っていたりする。

 そのバイクに乗って、今日はシェムリアップの東へ60km。約一時間半の道のり。向かうは、アニメ映画の「ラピュタ」のモデルになったと言われている遺跡、ベンメリア。

 遺跡が密集するエリアから遠く離れたこの遺跡には訪れる人も少なく、また大きく崩れたその遺跡内部は修復されずにそのまま。その瓦礫は緑の苔に覆われ、樹齢何百年というような巨木が根を張り、遺跡と自然が融合している。

 この遺跡の中で、今日は昼寝をした。目を閉じると聞こえてくるのは鳥の鳴き声と、木々のざわめき。時折、風が吹くと枝から葉がひらひらと落ち、最後に「カサ」という音を残し遺跡の上に落ちる。聞こえるのはこれらの音のみ。その環境のなかで、1000年前の遺跡の上で昼寝をするのだ。これ以上ない贅沢。本当に今年一番の気持ちよさの昼寝でした。

 実はこの遺跡に至るまで1時間以上も未舗装のガタガタ道を3人乗りのバイクで走ってきたのだが、その前に違う場所に行っていたので、普段観光客が通る道ではないところを通ってきた。その場所は、道の外側には地雷の撤去がまだ終わっておらず、しかも数年前までは山賊が出ていた場所だという。そんな道をどきどきしながらようやく到着したのだから、その安堵感も手伝って本当に心地よい時間を過ごしました。

 あと、その道はカンボジアのローカルの生活を垣間見ることのできるエリアだったので、地元の人々の普段どおりの生活も見れました。川にはいって遊ぶ子供たち、牛車に乗って荷物を運ぶ人、井戸の水をくみ上げる人、子ブタ2匹と子犬5匹とヒヨコ6匹が同じお椀のご飯を食べていたり、スッポンポンの子供がうろちょろしていたり。シェムリアップ周辺は観光地化が進み、お店も観光客相手のものがほとんど。なので、遺跡のみならず、こういった本当のローカルの生活が見られてよかった。

でも未舗装の道なので今日も宿に戻って体を洗うと泡が真っ茶になっていました。

 明日はトンレサップ湖からメコン川を通り、フェリーでプノンペンに向かいます。

うるま

アジア周遊日記-05。

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2005/12/24〜25

バンコクから車で14時間かけて、ようやくシェムリアップに到着。でも、実際車に乗っている時間はトータルで8時間ほど。残りはすべて待ち時間。国境やビザ申請場所などで何回か車を乗り換えるのだが、そのたびに待たされて、移動より待ち時間のほうが疲れた。

しかし、道がすごかった。タイ側はきれいに道路が舗装されていて、車もちゃんとしているので特に問題なく快適なのだが、カンボジアに入った途端、道は赤土のデコボコ道。そこを窓が割れてたり、水が天井からが漏れているようなおんぼろバスでひたすら走る。車の中は、とてもじゃないけど寝れないし、窓から入ってくる土埃で喉は痛くなる。国境からシェムリアップまで150kmを5時間かけて走るのだ。

ホテルについたころにはもうボロボロ。お風呂に入って体を洗うと、体中についた赤土のせいで、石鹸の泡が赤茶色になってしまった。

その日はそのまま就寝。今日25日は9時過ぎまでゆっくり寝て、アンコールワットへ。行ったのは、アンコールトム、アンコールワット、タ・プローム。半年振りぐらいに来たのですが、やっぱりいいです。半年前に占ってもらった占い師もいたし、写真を撮らせてもらった線香売りのおばちゃんにも出会いました。

そして、今日の夜はクリスマスということで、ちょっと奮発して久しぶりにレストランで食べました。といってもカンボジアは物価が安いので、ふたりでお腹いっぱい食べて、お酒を飲んでUS$14しかかからなかったです。食べたのはカンボジアの鍋料理、チュナン・ダイ。土鍋で、牛のモツとたっぷりの野菜をあっさりしたスープでグツグツ煮込む。手元の辛い味噌と濃くのある味噌の2種類の味噌を加えて食べ、最後は麺でしめる。激うまでした。

明日からはまた、屋台での食事に戻ります。別に安いから食べているのではなく、美味いから食べているのでお間違いなく。


うるま

アジア周遊日記-04.

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2005.12.23

今日は電車に乗って、バンコク郊外のアユタヤに行ってきました。

アユタヤは、14世紀から18世紀にわたってこの地に栄えていたアユタヤ王国の遺跡が多く見られる場所で、チャオプラヤ川とその支流に挟まれた中洲ににある。

 18世紀にビルマ軍が侵攻してきて、その時にこの王国の首都であるアユタヤは徹底的に破壊されたらしいのだが、それでもなお、当時の王国の文化の深さ、技術の高さなどを見ることができる。

 アユタヤに到着し、小型ヴァンを改良したような乗り物、トゥクトゥクをチャーター。それで、市街に点在している遺跡を見て回ったのだが、とてもよかった。

 アユタヤに行った人に話しを聞くと、「アンコールワットに行く前に行ったほうがいいよ」、というコメントが大半。アンコールワットがあまりにもすごいので、その後にアユタヤを見ても、すごいと思わないと言うことである。僕はアンコールワットに行ったことはあるし、さらにビルマ軍に破壊され尽くしていると言う話も聞いていたので、あまり期待はしてなかったのだが、でもアユタヤはとてもよかった。

 確かにアンコールワットほどの規模はないし、破壊の度合いも大きい。でも遺跡全体を包む雰囲気のようなものがよかった。遺跡の上で犬がごろごろ昼寝していたり、きれいな花が咲いている木を見上げると、たくさんの小鳥がさえずっていたり。観光地なので、客引きとかもひどいと思いきや、全然そんなことはなく、優しい人ばかり。

 帰りの電車で、3等列車の窓から顔を出してバンコクの街並みを見ていた。線路脇にはたくさんの掘っ立て小屋みたいなのが建っていて、そこに住む人々の生活を見た。決して裕福とはいえない彼らの生活だが、子供がキャッキャッ言いながら走り回っていたり、犬が昼寝していたり、家族でなんだかわからないが楽しそうにワイワイガヤガヤ話していたり、すべてがのんびりしていて、タイの生活そのものを垣間見たような気がして、とても楽しい電車の旅でした。電車は3等に限りますね。その土地の人の雰囲気がよくわかるので。

 明日は、車でひたすら西へ。国境を越え、カンボジア・シェムリアップに向かいます。半年振りにアンコールワットの地を踏みます。


うるま

アジア周遊日記-03.

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今日、まとめてアップしてます。合わせて読んでください。


2005/12/22

あさ6時起床。気温13度。バンコクでこんなに寒くなるなんて、異常気象。今日の朝はほんとに寒かった。日本を出発するときに着ていた服をすべて着込んでも寒いぐらいだった。

その寒さの中、向かったのはバンコクから南西に80km、ダムヌン・サドゥアク。ここは、張り巡らされた運河に、野菜や服などをたくさん乗せた船がたくさん浮かぶ水上マーケットがある場所。

 到着するとたくさんの船が所狭しと運河に浮かび、その船の上から独特の帽子をかぶったおばちゃんたちが、大きな掛け声で客引きをしている。フルーツを売っている船、ラーメンを売ってる船、帽子、お土産、服などさまざま。

 このマーケットは120年程前から続いていて、近年、衰退していたものを政府が文化保護と観光客誘致のために復活させたものらしいのだが、それでもこの狭い運河にあふれるエネルギーとおばちゃんたちの掛け声は魅力的なものだった。

 僕はその船からラーメンを2杯食べて、それからロンガンといわれるライチの小ぶりののようなフルーツを買った。どれもこれも、旨かったです。
 
 次にバンコクにもどり向かった場所は、ワット・ポー。ワットとは寺の意。なのでポー寺。この寺の一番の見所は、やはり長さ46m、高さ15mの寝ている仏像。肩肘を立てて、薄笑いを浮かべながら遠い目をするこの仏像は、実際に見ると本当に巨大。奈良の大仏を2倍にして、それが寝転がってる感じだ。しかも全身金ぴか。たたみ10畳分ぐらいありそうな足の裏は、細かなレリーフが描かれていてタイの仏教文化の奥深さと技術の高さを感じさせられた。ちなみに寝ている仏像は日本語では「寝仏」、英語では「Reclining Budda」と言うそうだ。直訳すると、くつろいでいる仏さん、ということなのだろうが、何もここまで大きくする必要もないのに。とにかくめちゃくちゃでかかった。

昼ごはんは近くの屋台で、激辛、激ウマ、激安料理をヒィヒィ言いながら食べて、その後はカオサン通りへ。

カオサン通りは、その名を世界に知られるバックパッカーの聖地。タイに来るバックパッカーはこの通りの安宿に泊まらなければ話にならない。一泊100〜200バーツ(約300〜600円)ぐらいの安宿がずらり。通りにはたくさんの出店と観光客。ヒッピー風の人々もたくさん歩いていました。
僕はこの騒がしそうな場所が嫌だったので、別の場所に泊まってます。

 明日は、電車に乗って郊外にあるアユタヤに行きます。


うるま

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