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. この半年、長かった。でも一瞬だった、という思いも同時にある。 とにかく、これから始まることのスタートラインに立つために、あらゆる方法でいろんなことをやって来た。そのスタートラインがもう目前に迫っている。ずっとそこを目指して来たから、それはむしろ僕にとってゴールのようなものでもあるのだが、しかし、それは間違いなくスタートである。 できることはしたと思う。空回りをたくさんしたけど、ちゃんと回転したこともたくさんある。いろんな人に協力してもらい、助けてもらった。 前回の写真展でのスライドショーに来ていただいた方々には、もうご存知だとは思いますが、次回、重大発表をします。 |
Blog-2010
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. 先日、とてもショックなことが起こった。 ボクが住む鎌倉には、鶴岡八幡宮というとても歴史が古く由緒ある神社がある。それは鎌倉の存在そのもののような場所である。ボクはそこを、親しみをこめて「ツルッパチ」と呼んでいたのだが、そのツルッパチの中心に位置する樹齢千年とも言われる大銀杏が、先日の低気圧の通過の際、根元からぼっきりと折れてしまったのだ。 その画像をニュースで見た時、なんだか自分の腕が一本折れてその辺に転がっているような、なんというか悲しい感じがした。 そして、その悲しいという感情は、ボクが鎌倉という土地に繋がっているということを実感させた。横浜に住んでいた頃にはなかった感覚である。 もしボクが鎌倉に住んでいなければ、このような感情はなかっただろうし、移り住んですぐだったとしても、さしてないだろう。 そうやって自分の体の一部のように感じてしまうのは、やはり数年この鎌倉に住んで、その土地を知って、繋がって、根を下ろしはじめたからだろうと思う。愛着があるんだと思う。 神社というのはその土地そのものである。鎌倉で言えば、ツルッパチは鎌倉そのもので、そしてそのご神木が折れるというのは、なんとも寂しい。 自然というのは永遠ではないし、与えることもあれば奪うこともある。わかっているものの、慣れ親しんでいたものが、ああやって無残に倒れているのを見るのはやはり忍びない。 ボクはもうすぐ、鎌倉の土地をしばらく離れて旅立つ。遠い海の向こうでこのニュースを聞いていたら、きっともっと寂しくなっていただろうと思う。 自分が知らず知らずのうちに鎌倉という土地に根をおろしはじめているんだなぁ、と実感させられるような出来事だった。 うるま
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. 先日、何人かでご飯を食べていたとき、いろんな会話をしていたのだが、その途中、あのホテルの名前ってなんだったっけ?とか、あのイベントの発祥の地はどこやったっけ?とか、そういう会話の中の疑問がいくつか出て来た。 その度に、そのご飯を食べていたうちの一人が、さっと携帯を取り出し、パッとそれらを検索して調べだす。その手際の良さや、スピードに感嘆し、なんでそんなにすぐに検索して答えを導きだせるの?と聞いたところ、こんな答えが返って来た。 「検索はイマジネーションです」。 名言である。 検索は実は結構難しい。キーワードはいまやいろんなところにかわれていて、検索したつもりがスポンサーサイトばかりでて来たりして、なかなか求めるキーワードに辿り着かないことが多い。同じようなサイトばかりが出て来て、次のページ、その次のページ、さらにその次のページまで行っても答えは見つからず、その頃にはもうどうでもいいやと思い始める。 それを避けるには検索するキーワードを工夫する必要がある。そこで、「検索はイマジネーション」という言葉である。 思えば、10数年前ぐらいにはまだパソコンはもちろん、携帯を持っている人も少なく、ポケベルだったりしていたのに、もう世インターネットの世界は現実の世界より広いんじゃないかというぐらい、広くて深い。 10年後はどうなっているのか、想像もつかない。 うるま
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. 気がつけば3月である。 季節の変わり目なのか細かい雨が降り、この繰り返しできっと温かくなって行くのだろう。 毎日、本当によくらない日々を送っている。何から先にすれば良いのか、何をしなくていいのか、何をしなくてはいけないのか、とかが全くもってよくわからなくなって来た。 眠しい、疲れてるし、眠りたいけど、寝てはいけないような気がする。でも眠気には勝てず、一度眠りの中に落ちると、今度は起きたときに寝てしまった罪悪感があるのだが、しかし熟睡できてなくやたらと体が重い。 もう少し、あともう少し。なんとか踏みとどまっていたいと思う。 アップする頻度が少なく、またアップしても意味の分からない内容ばかりで、本当にごめんなさい。もう少しだけ待って頂ければと思います。もう少ししたら、必ずちゃんとアップします。 うるま
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. 日本に帰って来て、気がつけばもうすぐ2月が終わる。 いま六本木のカフェでこのブログを書いているが、今日は外は小春日和の陽気で、これは春の気配ということなのだろうか。 日本は四季があるからいい。季節が変わるごとに新しい世界がそこに存在しているような感覚を持つことができる。辛いことや大変なことがあっても、季節の移ろいとともに次に進もうという気持ちがもらえる。 長い冬は、短い春をよりあたたかく迎えるためにある。 と誰かが言ってそうな言葉が、今日は思い浮かんでくる。 うるま
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