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さて今年はフランス戦役のあった1814年からちょうど200年目のメモリアルイヤー。
しかも2/9に例会がある! となればもうこのゲームしかございませんw (なんどめだアットベイ)
シナリオも前回と同じではありますが当然2/9開始のマルヌ河畔の戦いから。
そして担当も前回と同じくフランス軍を私、連合軍をK氏でございます。 ※写真は上が南
プレイ内容;第1ターン(2/9-10)
フランス軍の初手はもうこのシナリオのお約束。 ということで前回と同じ要領で南方のVictor、Gerardも呼び寄せChampaubertにいるOlsufiefの歩兵4千と、 Karpovの騎兵3千を包囲殲滅させます。 対する連合軍は少ない軍管理ポイント(AP)をOsten-SackenとHornに与えて全力で東方へ移動させ、
Petit Morin河沿いに防衛戦を構築してフランス軍に備えさせ、 Blucher自身は連絡線確保のためにKristをBergersに残してEpernayに向かいます。 またボヘミア軍もSaine南岸からパリを目指し西進していきますが、
同時にWittgensteinのロシア軍によって後方連絡線確保のためAube河の橋梁破壊を試みる模様。 その後フランス軍はOsten-SackenとHornかKristのどちらを襲うか逡巡しますが、
より策源に近く勝率も高いであろうKristに狙いを定め強行軍を行います。 第2ターン(2/11-12)
フランス軍はBlucherの増援を阻止しながらKristを包囲しそれを全滅させる事に成功。 対する連合軍はシレジア軍をMarne河の北に退避することを決め、
BlucherやYorkら主力もEpernayに集合し退路を確保します。
また策源と守備部隊もMarne河北岸に退避させChalons-sur-Marneに後退ますが、 Marne河に架かる橋の破壊には失敗してしまいます。 第3ターン(2/13-14)
フランス軍はNpoleonを含む約二万で前ターン連合軍が破壊に失敗した橋梁越しにChalons-sur-Marneを強襲。 この攻撃は1級河川越しの攻撃でしたがほぼ4倍の兵力と2個の戦闘ボーナスによりフランス軍の完勝。 これによりシレジア軍の後方連絡線が危機にさらされる事になってしまいます。
対する連合軍は全体として賽の目が低調なのかなかなか活発に動くことが出来ません。
それでもボヘミア軍はジリジリとながらWredeやWurtemburgなどが前進。 さらにはシレジア軍の支援としてロシア軍が(Mery-sur saine〜Sezanne間にある)Aube河に架かる橋を修復し、
Troyesから進出してきたBarclayと共にかなりの数(推定5〜6万)のロシア軍部隊を集結させ、 フランス軍主力の後背へ進出を目論む構えを見せます。 それを見たフランス軍はこのままシレジア軍を追撃するのは、
ボヘミア軍をフリーにしすぎるということで一旦Sezanneまで後退することにします。 第4ターン(2/15-16)
フランス軍主力は後退を続けSezanne付近に到着して一旦はロシア軍に相対するかに見せますが、 軽騎兵2千を分派してボヘミア軍連絡線の妨害を(というより策源にちょっかいをかける)試みさせ、 同時にOudinotに(Brayの町にある)橋を修理させ、Saine河南岸への足掛かりを築きます。 というのも敵のロシア軍は兵力的にも多く、
しかもある程度集中しているため打ち破るのはそれなりにリスクが生じます。
それでもAube北岸に渡ってくれば分の良い勝負も望めそうでしたが、 そもそもシレジア軍から矛先を逸らさせるための陽動である可能性もあり、 ここでモタモタしていればシレジア軍が態勢を立て直してしまうかもしれません。 それよりはロシア軍を除くボヘミア軍各部隊はSaine河南岸に広範囲に展開していたため、
巧くSaine河さえ渡河できれば各個撃破も十分望めそうで状況に見えたからです。
またボヘミア軍の連絡自体も比較的短いこともあって一度でも策源を東方へ追いやることが出来れば、
かなりの部隊を伝令距離の外へ押しやることが出来るため、 更に分の良い勝負を望めそうだとフランス軍は踏んだのでした。
対する連合軍はWredeの約1.5万をBrayに向かわせOudinotを迎撃。
これに成功した連合軍はWredeをSainne河北岸まで前進して橋の確保に成功します。 しかし、連絡線妨害の騎兵に対してはイニシアチブの賽の目が全く奮わず迎撃に失敗。 その後のフランス軍強行軍によってTroyesにあったボヘミア軍策源は10ヘックスの退却を強いられてしまいます。 またフランス軍主力はSaine河を越えてきたWredeを間合いに収めるためにnogent-sur-saineまで後退します。
第5ターン(2/17-18)
Wrede攻撃の絶好のチャンスを得たフランス軍は、 Nemoursから北上してきたSebastiani(南方からの増援を受け取るためにココまで移動していた)と、 先ほどWredeに敗北したOudinotの部隊に特別行軍を与えてYonne河とSaine河の接合点付近に架かる橋からSaine河南岸へ渡河。 側面を守っている騎兵部隊を攻撃しWredeの退路を断ちつつNaporeonを含む主力でWredeを攻撃します。 この戦闘でSaine河南岸への退路を断たれたWredeは1万ほどの損失を受けて北岸を西へ後退します。
(本来なら東へ向かうようにするべきかもですがSaine南岸へ向かうなら、 Yonne河の接合点を目指す方が自然かもということで西へ向かっております) 対する連合軍はBrayの橋がフランス軍の手に渡ったため、急いで態勢を整えようとしますが、
策源が後退したことでボヘミア軍の殆どの部隊が伝令距離外となってしまい、 Troyes付近で連絡線妨害の騎兵を排除した以外は満足な移動すら出来ない結果に終わります。 更にWredeの残存部隊の方も前回の戦闘でGrouchyにしっかりと追撃され接敵されており全く動くことが出来ず、
直後のフランス軍強行軍でフランス軍主力に捕捉され全滅させられてしまいます。 またシレジア軍は敵軽騎兵妨害によりこちらも策源を後退させられますが、
BlucherをChalons-sur-Marneに向かわせとりあえず最低限の連絡線を維持する事に成功します。 第6ターン(2/19-20)
Wredeを全滅させたことによりSaine河北岸の安全を確保し、 さらには南岸にも一定の橋頭堡を確保したフランス軍主力は満を持してSaine河を渡河。
今度はWurtemburgの1.5万に襲いかかって1万ほどの損害を与え、 追撃でもWurtemburgにピッタリと貼り付くことに成功します。 直後の連合軍プレイヤーターンで勝敗を決しようと目論みます。 対する連合軍は未だ連絡線の確保がままならないため、
自軍プレイヤータンでありながら移動の成否を統率力チェックに委ねねばならず、 更にはそのチェックも賽の目にも見放されWurtemburgへの救援が全く出来ません。 結局、直後の強行軍で主力の殆ど接敵させることに成功したフランス軍に対する戦闘で、
パリのモラルが振り切れるのは間違いないということで、ここでゲームを終了することになりました。 感想;いや〜、もう正直言って連合軍の賽の目悪すぎ。
これに尽きると思いますねぇ。 (軍管理ポイント獲得の時などは狙い撃ちのように”0”の欄に当たってましたし、 統率力チェックもBlucherや騎兵少将(4以下)ですら余り成功してなかった様に見えましたから) 中でも4ターンの軽騎兵の阻止に失敗したのは大きかったと思います。 (個人的にはアレは絶対阻止されると思っていた) 逆にフランス軍の方は順調というか、軍管理ポイントは最低でも毎ターン4ポイントは獲得してましたし、
強行軍も比較的成功してましたからねぇ。 というわけで対戦相手のK氏が気の毒になるくらい賽の目に偏りの大きい一戦となってしまいました。
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2014年02月27日
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