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先々週より諸般の事情により毎週金曜日は何時もより一本早い電車で帰るようにしている。
つい先日までは一駅までダッシュで走りそこから自宅に程近い駅まで電車で帰宅していた。
理由は電車が止まる番線の問題。
発駅がホームを跨いでいる為、電車に乗る為には車椅子を階段で上がって渡る為、坂本駅長様以下駅職員方々のお手間を取らせる事となる。それでは余りと言えば余りである。
私事にて皆々様方のお手間を取らせるのは余りに忍びない。
故に車で10分歩きで40分余りの距離をダッシュで駆け抜けていた。
その事に坂本駅長様はとてもお心を痛めておいでであったようだ。
先週も何時もの様に一駅走ろうと思って何時もの様に駅へ降り立った。
すると何時もの様に坂本駅長の熱い歓迎を受けそしてこう申された。
”先生、一寸お時間ございますか?実は先生が何時も乗られる電車のお話なんですが…”と
私は最初訳が解らなかったが取り敢えず坂本駅長様のお話をお聞きする事にした。
すると18:36発の宮野行きに私が乗る事が出来ればそのまま宮野まで一旦出て、そのまま折り返し新山口までその電車は行く。すると私が湯田温泉駅まで毎週ダッシュする必要は無いとの事。
しかもこちらの番線違いによる物故に宮野までの運賃は戴かないとのご配慮まで戴いた。
中々簡単に出来る話ではない。坂本駅長様だからこその心憎いばかりのご配慮である。
氏曰く”毎日頑張っておられる先生を見て何とか自分達も出来ない物かと考えた末の結果でございます”との事。
落涙の思い此処に極まれりである。
”又、御不自由があれば何なりと仰って下さい。駅員総出にて対処させて戴きます”と
駅長様は加えて申して下さいました。
過日も私の為にダイヤを一部修正し番線を変えてくださったばかりである。
坂本駅長様には只々、感謝の一語に尽きる。
閑話休題
実はこの日、私は寝違えを起こし激しい胸痛に悩まされていた。
既にご承知の通り、我が駅は新幹線口から在来線へ渡る際、陸橋を渡らねばならない。
だが陸橋を渡る際の上り坂がその日の私には至難の業であった、しかも悪い事に当日は思い荷物を持参しての上り坂である。余計に胸に負担を掛け痛みは倍増するばかりである。
其処へこちらも又、我が新山口を代表する名物駅員の中山君にお会いした。
元・ファミレス店長という肩書きを持つ彼は常、斜め45度の角度でお辞儀をしてくれる。
しかも手先はピシっと下を向き、踵もちゃんと揃えられた状態である(凄い!^^;)。
今のご時世規律を重んじる知人の自衛隊員ですらまともな挨拶ができない世の中である。
その中にあって彼の真面目さはとても目を惹き、我が駅を代表する名物駅員としてその名を馳せていた。
本日は非番にてラフな格好にてばったりと陸橋前にてお会いした。
休みの日とて彼はサボってはいない、自ら駅周辺の地図を頭に叩きいれる身の入れ様。
一日も早く一人前の駅員となるべく精進を重ねる姿はさながら修行に暮れる苦行僧の如し
私が重い荷物を持って陸橋を渡る姿を見つけ走って来てくれたのだ。
そのまま陸橋を渡り切り駅構内へ入るまでずっと車椅子を押してくれた。
中々非番の日にお客のサポートをする人間は早々多くは無い。
彼の真面目さ、そして何より温かい心に触れ此方も又、落涙の思いであった。
最後は過日も此処で紹介した八木君。
こちらも当日帰りの電車の際、下車時世話になった。
既に当日は19時を遥か回っており彼らは退社時間を過ぎて居たはずである。
聞けば当日はサポートが忙しく私が19:43に新山口駅へ着駅する事を知った彼はわざわざ
私の帰りを待っていてくれたと言う、本当に有り難い限りである。
彼も又、私を反対側の陸橋まで送り届け無事自らの仕事を終え帰宅された。
”貴方の為に出来る事…”
この事をこの日ほど深く考えた事は無かった。
何れ方々も本来の駅職員としての仕事外の事である、やらねばやらぬで責められる事ではない。にも係らずご配慮戴けた事はとても感謝の念に耐えない。
本日も週末の雨が嘘のような夏日の我が地元。
紫外線対策必至の太陽光が容赦無く照り付ける状態である。
だが、何故か私の心にはとても爽やかな”初夏の風”が吹いている。
それはきっと彼らが運んで来てくれた”思い遣りの風”であると思う。
その風の後押しを受け、今日も今から外回りイッテキマース"8-( *゜ー゜)カタカタカタ--..
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