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私はモロMJ世代である。 だが私と同世代の人がそうであるように余りにも生活の中にMJが入りすぎていてそう感情移入する事も無く青春時代を過ごした…MJが亡くなる迄は。 『This is It』を見たいと言ったのは意外にもMJ世代ではない愛方からだった。 MJが亡くなってMJのビデオをTVで沢山やっていて彼の偉大さを知りもっとMJを知りたくなったのだと言う…勿論私は二つ返事で承諾した。 正直、MJが亡くなったという感覚はまだ余り私の中で無い。 と言うか私の中でMJは既に”人”ですらない、”人”という存在を超越した存在だった。 映画館は意外にも若い世代の人より私の親世代の人の方が多かった。 MJが如何に幅広い層のファンを獲得してきたか?それが伺えた。 2週間という短い期間の公開という事も手伝ってか会場は『This is it』を見ようとするファンで埋め尽くされていた(そして私もその埋め尽くしたファンの一人であった)。 幕が開きドキュメンタリーが始まった。 ロンドン公演の為、世界中から一流の人間が集められた。 ドキュメントの冒頭、あるダンサーが”生きる意味”を見つけに此処へ来たという言葉がとても印象的だった。 皆MJを愛していた。ダンサー、ミュージシャン、舞台関係者、そしてスタッフ全員… 特に音楽監督はMJに何度も”サンキュー”といいMJは彼に”アイラブユー”という言葉を繰り返していた。 長い年月を掛けて培われた信頼関係がそこに見え隠れしていた。 リハでもMJは決して手を緩める事はしなかった。 皆がラフな格好でリハをする中、MJだけはきちんと衣装に身を包みメイクを施し完璧なパフォーマンスを見せていた(それでも彼に言わせれば全力ではないという…)。 MJのどんな要求にもスタッフは全力で応えようした。 そしてそんなスタッフをMJは誰よりも深く愛し信頼していた。 ”皆はMJの為に、MJは観客の為に…”皆が一つになってロンドン公演を、最後のMJの舞台を最高の物にしようと必死だった。 何度も何度もテイクを繰り返しても誰一人嫌な顔をせず皆が笑顔だった。 それはMJの真剣さをMJの観客に対する”愛”を皆が知っていたからだろう。 一音一音をとても大切にし、頭のてっぺんからつま先まで全身でMJの音楽を体現しようと皆も必死だった。 随分遠くからこのオーデションに参加した人も数多く居た。 しかし参加者はMJと踊れるMJと同じ舞台に立てる、それだけでどんな遠くからでも駆けつけた。 MJという人の為に…。 MJは自分が目立つのではなく参加者の見せ場もちゃんと考えてくれていた。 決して自分を見せるのではなく全体としてのショーを見せる。 簡単なようであるが簡単な事ではない。 本当に皆を愛するMJだからこそ出来る気配りだと思う。 MJは自然破壊を誰よりも憂いこのロンドン公演でも自然破壊の惨たらしさを訴えようとしていた。 そして10年で自然破壊と止めようと皆で心に決めていた。 もしMJがまだ生きていたなら…それも可能だったかもしれないと本気で思った。 それほどまでの力とカリスマ性を持っていた人であったと思う。 驚いた事には私幼少の頃聞いた洋楽の殆どがMJの曲であったという事。 自然と口ずさんで居た曲が実はMJの曲であった事をこのドキュメンタリーで知った。 新たな試みもなされていた。 特にスリラー3Dの怖さは半端じゃなかった^^; オリジナル版も充分幼少の私のトラウマとなったがスリラー3Dは益々私のトラウマを増長させてくれた(笑) ロンドン公演がもし実現していたならどれだけ素晴らしかっただろうと思う。 スタッフ全員の願いが叶えられなかった事は慙愧の念に耐えない。 ドキュメンタリー放映中、二度右手に白い人影のような存在を見つけた。 演出かと思ったが私以外の誰も気付いていなかった(愛方すらも…)。 上映終了後、愛方にその事を話したら『MJが殿に会いに来てくれたんじゃないの?』と言ってくれた。一面識もない只の一般市民にわざわざ天界からMJが下界へ降りてくれる事など有り得ない。 しかし何故か愛方の言う通りであってほしいと思う自分も又其処には存在していた。 敢えて言おう、MJの損失は世界の損失であると。 MJの死後MJ関連グッズや映画の上映で得た興行収入は50億を超えたという。 恐らくまだまだこの数字は伸びるだろう。 『獣は死して皮を残し人は死して名を残す。』 MJの肉体は亡くなったがMJの魂は多くの人の心に受け継がれた。 そして未来永劫MJの名はそしてMJの魂は人々の心に宿り続けるだろう。 MJよ永遠なれ…安らかに。 良かったらポチっとお願いします<(_ _)> |

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