遠東風

日ざしの明るくなり

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キュレーターズ・チョイス07
「対話する美術館」

東京都写真美術館 B1F階展示室
2007年8月11日(土)〜10月8日(月)
開館時間 10:00〜18:00(木・金は〜20:00)

http://www.syabi.com

撮影者不明
読書する少女二人像
明治初期頃(1868-77頃)
アンプロタイプ

中心に置かれた丸机の前で
少女がふたり本を読んでいる。
椅子にかけた少女の視線は
本の上に落とされている。

本に熱中しているように見えながら
「写真に写ると手が腫れる」の言い伝えから
和装の少女は手をちゃんと袂に隠している。

写真をブレずに撮影するためには
静止している時間の長かった時代にあって
少女たちは読書という設定からは遠く
手が腫れないことを祈りながら
その写真の時間の終わることを
ひたすらに願い
文字を追う余裕などなかったに違いない。

かわいいというキャプション以上に
その緊張感漂う画面からは
使命感ゆえにしぶしぶ座り
目を落とし続けたであろう
少女たちのいじらしさが伝わってくる。

日本画に見られる読書する少女像は
良家の子女の娘らしい幸せが漂ってくるものが
多いように思われるものの
写真における読書は
かくも忍耐を要するものなのかと
その好対照を思うのであった。

イメージ 1

鈴木理策 熊野 雪 桜

東京都写真美術館

■会 期:9月1日(土)→10月21日(日)
■休館日:毎週月曜日(休館日が祝日・振替休日の場合はその翌日)
■会 場:2階展示室
■料 金:一般 700(560)円/学生 600(480)円/中高生・65歳以上 500(400)円
※( )は20名以上の団体および東京都写真美術館友の会会員
※小学生以下および障害者手帳をお持ちの方とその介護者は無料
※第3水曜日は65歳以上無料

http://www.syabi.com

掲載写真は東京都写真美術館の三越側の壁に貼られたポスターを撮影。

鈴木理策(すずき・りさく)

1963年、和歌山県新宮市生まれ。東京綜合写真専門学校修了。
恐山と熊野という2つの聖地への旅を独特な時間感覚で表現した『PILES OF TIME』により、
2000年、第25回木村伊兵衛写真賞受賞。
2003年、ヒューストン美術館のグループ展出品、
2006年、ニューヨークでの個展など国際的な活動の場を広げ、
最も活躍が期待される中堅作家の現在進行形の活動を展示。


雪の季節でもなく
桜の季節でもなく。

季節と関係なく作品展を開催するだけの
力のある作家なのであろうことは
予備知識のない素人でも理解し得た。

展示は三部で構成される。
黒で構成された部屋に広がる熊野の緑
白で構成された部屋に広がる雪と桜
これらを連結する通路に並ぶ熊野の火。

黒で構成された暗い部屋で作品集をめくる。

白の増殖。
この言葉が脳裏にひっかかる。

プリントの影響もあると思われるものの
滝や岩の白が目に付く。

帰ってきてからネットで検索すると
果たして同部分の抜粋があった。

鈴木理策の「犯罪」は、
「花泥棒」から、もっ苛烈に「爆破」へと
さらにエスカレ-トしてゆくかのようだ。
画像における「白」の増殖は、
そのエスカレーションを証してあまりある。

展覧会図録「鈴木理策:熊野、雪、桜」(2007年、探鉱者)
より抜粋
http://www.rekibun.or.jp/press/pdf/070809_suzuki.pdf#search='鈴木理策';

黒の「熊野」から白の「雪、桜」に進むと
そこに広がる別世界に眩しさを覚える。

一枚一枚を見進めるうちに
その眩しさは感動に変わり
目が潤むのを覚える。

増殖と評される「白」をよく見ると
積もり積もった固雪であったり
さらさらの新雪であったりする。

その白に木々の枝を映し出す光も
淡光であったり強い反射光であったりする。
深い雪に埋まった枝のひとつに桜を見つけ
雪と桜の連続性を穿ってみたりする。

「雪」に続く「桜」は「桜花」と「青空」のみ。
「雪」と同一の面でこの桜をみていると
いつしか満開の桜に雪の降る春のぼた雪を思い出す。
白のボケの向こうにわずかに見え隠れする桜。

青空と対照的であるかのように思われる
手前の増殖した白に
人はさまざまな思いを描くのであろうか。
手が届きそうで届かない彼岸の桜。
空が青いが故に強調されるその対比。

秋めいた陽ざしのなかで
秋のお彼岸を前に
日本人の精神性を垣間見たような気がした。

イメージ 1

キュレーターズ・チョイス07
「対話する美術館」

東京都写真美術館 B1F階展示室
2007年8月11日(土)〜10月8日(月)
開館時間 10:00〜18:00(木・金は〜20:00)

http://www.syabi.com


ディレクターズ・チョイス

東京都写真美術館
館長福原義春氏の選んだ写真

ラスロ・モホイ=ナジ
《手》1926年

添付写真はパンフレットから抜粋


モホイ=ナジは
写真で絵画に迫ろうとした。
だが、
その試みは却って光が演ずるドラマを
輝かせることになったのだ。
福原義春

学生時代に撮った写真が
「子供の科学」「アサヒカメラ」などの表紙を
飾った時期もあるという福原義春氏
知性と感性の蓄積こそが
企業文化であると語る福原義春氏

難解にして不可解な写真

知性と感性と資生堂に縁のない私には
理解できないものと
諦めることにする。

時に資生堂モデルでもあった
山口小夜子さんが亡くなった。
不思議な存在感のある方だった。

山口小夜子さんはJAPANを発散し
資生堂はJAPANを漂わせているように思う。

心よりご冥福をお祈りします。

イメージ 1

キュレーターズ・チョイス07
「対話する美術館」

東京都写真美術館 B1F階展示室
2007年8月11日(土)〜10月8日(月)
開館時間 10:00〜18:00(木・金は〜20:00)

www.syabi.com

シリーズ〈死〉より 春タヌキ
宮崎 学 1993

写真はパンフレットより抜粋

一匹の若いタヌキが死んで土の上に横たわっている。

死体にはウジがわき最後には白骨化する。
その3ヶ月の変化を定点観測して撮影している。

腐敗する死体としてではなく
輪廻する生命を感じさせる。

グロテスクなゲテモノとしてではなく
尊い現象として写真にひかれ
しばらく立っていた。

そのためだろうか。
蝉の死骸が気にかかる1週間だった。

キュレーターズ・チョイス07
「対話する美術館」

東京都写真美術館 B1F階展示室
2007年8月11日(土)〜10月8日(月)
開館時間 10:00〜18:00(木・金は〜20:00)

www.syabi.com

「対話する美術館」

キュレーターズ・チョイスが
対話となりえているかどうかは
なんともいえない企画展であるように思った。

と同時にあることを思い出した。

昨年の東京都写真美術館のある展示室。

作品に興味があったので
近くにいたスタッフに尋ねた。
「少々お待ち下さい。」
といって若い女性はどこかへ消えた。
しばらくして戻った女性は私に言った。
「個人情報のためお答えできません。」

「コジンジョウホウ・・・?」
写真はみても興味はもつなということであろうか。
さしたる質問をしたわけでもなかったものの
釈然としない答えに
そういうこともあるのだろう。
それ以上考えずに会場を回った。

ベンチに腰掛けて図録をめくる。
先ほどの個人情報が詳細に記載されている。
作品の理解を助けるのに十分な情報量であった。

図録にある情報は秘匿すべき個人情報なのであろうか。
個人情報という箕に隠れた
スタッフの無関心でしかないように思われた。

対話する美術館

対話の難しさを思いつつ思い出す一コマである。

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