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できるだけ自然体・・・^^;
花粉もPM2.5も…。年度末、体調管理気を付けましょう!

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こないだ観に行った「ガンダムワールド博多」。

シャアにわか煎餅の他、
会場限定で販売されていた、
『1/144スケール HGガンダムRX-78-2 クリアバージョン』。
1000円ほどでゲットしてました。
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早速、開封の儀^^。
中身はこんな感じで、オールクリアパーツです。
イメージ 2
クリアと言っても、スケスケの透明ではなく、
若干曇りの入った、半透明。
セミ・スケルトン、って感じです。


これをこのまま組んでも良いんですが、
完成はたぶんこんな感じ…
イメージ 3
…うーん…
なんだかいまいち^^;


なので、ヨドバシカメラで800円くらいで売ってた
全く同じソリッドモデルのノーマルバージョンを買ってきました。
イメージ 4


開封の儀。
イメージ 5

全く同じの金型なので、クリアじゃない同じ中身。
なのでパーツはピッタリ合います。


これを部分的にミックスしながらオリジナルなガンダムを作ってみます。

といっても、
基本的にスナップオンなので、
接着剤さえ不要のらくらく組み立て。

でも、ランナーから切り取ったら、
ゲート処理とか、パーティングライン処理とか、最低限の下ごしらえはして、
部位ごとに仕分けておきます。
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クリアパーツの黄色の色がいまいちなので、
クリアオレンジを吹き付けたり、
青のボディパーツの色を少し薄めの青にしたり、
若干の色彩調整をしました。
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その他、
関節パーツや、武器類をガンメタ色に塗装。
靴底の部分はパールレッドで塗装しました。


組み立ては、比較的スイスイ、パチプチ。
バンダイさんの設計、スゴイです。
組み立てやすさが半端ない^^。
躯体がすぐに組みあがりました。
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改造したのは、ここくらい。
頭部バルカン砲をメタルパーツ化。
イメージ 9


これからデカール貼り。
RGガンダムのデカールをヤフオクでゲットしてました。
合わないところもあると思いますが、大体行けそうです^^。
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てことで、デカールを貼ったら
つや消しのクリアで一度コーティング。
イメージ 11


これで、デカールの上から触っても、ある程度大丈夫。
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スミ入れ工程に行きます。
エナメル塗料を使うので、先ほどのようにつや消しクリアを吹いておくと
コーティングされて、パーツの破損も予防できます。
ダークブラウン色でスミ入れしていきます。
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ほぼ完成。
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この週末だけで完成しました^^。



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クリアパーツをあちこち使ってみました。
上の画像に赤丸を付けてみますと…
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あんまり違和感なく、
そして、逆にこの半透明加減が、
意外とメカっぽさをアップしましたね^^。


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ちょっとだけポージング^^;
関節も程よい感じで、シューティングポーズもピタリと決まります。
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「そこかっ!」
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「どこだ?」
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ニコイチ製作レポートとなりましたが、
こういう楽しみ方が出来るのも、ガンプラの面白さですかね〜^^。











この記事に

ようやく完成しました。

下ごしらえや、意外と追加作業が多くなってしまったし、
ぜんぜん手つかずの日もあり、
結局足掛け2ヶ月近くかかってしまいました…^^;

でも初めてのF1模型、
それもあの歴史的なクルマですので、
モチベートを保ち、製作することが出来ました。


せっかくなので、このクルマの栄光の歴史を
少したどってみたいと思います。



・・・・・・・・・・

1964年(昭和39年) 『RA271』の開発。
HondaによるF1への挑戦の第1歩。」

イメージ 2
エンジンを、オートバイと同じく横置きに積むという独創的な搭載方法など、
Hondaらしい技術が盛り込まれた記念すべきF1デビューマシンRA271
そして1気筒あたり吸気2、排気2の4バルブのレイアウトは、
当時どのエンジンメーカーも採用していませんでした。
しかし、この設計が、RA271の弱点ともなりました。
機構が複雑になり部品点数が増え、車両重量は当時の規定最低重量を75kgも上回り、
さらには整備性の悪さが表面化。

サーキットでの素早いセッティングや迅速な整備は、
時としてマシンの性能以上に重要な要素であることを、
Hondaはこのマシンで学ぶ事となりました。

ボディはアルミ合金を主体としたモノコック構造。
当時、つまり6263年は、まだパイプ・フレームのレーシングカーが主流の時代でしたが、
Hondaはあえてモノコック構造を選択しました。
モノコック構造でレーシングカーを作っていたのは、
フェラーリ、ロータス、そしてBRMといったチームだけでした。

といっても、オール・アルミというのではなく、フロント・カウルは樹脂製。
また、ボディ内部にある「隔壁」、
というと航空機の設計思想のようですが、それは鉄製でした。
このマシンは、全体の造形にしても、
またエンジンの「抱え方」にしても、航空機の考え方が多く入っていました。
燃料タンクの設計や使っている素材にも、航空機のノウハウが用いられました。

タンクはゴム製で、合計6個がボディの各部にあるという構造です。
ゴムといっても、厚さは1センチくらいあるもので、
これは(敵の弾丸で)撃たれても穴が開かないようにという
これまた戦闘機?のコンセプトで作られていました。

ドライバー席の横に穴があり、
そこからたたんだゴムタンクを押し込んで、なかで開いてフューエルタンクになるという、
そんな作り方をしていました。
その狭い穴から手を突っ込んでの作業で、
さらには分割したジョイント部分をビスでつなぎ止めるということもやらなくちゃいけない。
手先が見えない、狭いというやっかいな作業で、
このマシンの組み立て担当者は相当苦労したそうです。

エンジンはリヤに搭載、ラジェーターはフロント。
だから、ボディの前から後に冷却水を通さねばならず、
なかなかそんなパイプを通す場所がなくて、
結局、ドライバー席の横を通すことになりました。
これがちょうどドライバーの肩のあたり
だからパイプに肩が密着するドライバーはかなり熱くて、火傷をしたこともあったよう。
さらにエンジンが大きなV12気筒、それも横置きで、バッテリーも置き場所がなくなって、
ボディの最後部に追い込まれるとになってしまったり。

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こうした現物合わせの試行錯誤の連続だったようです。

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しかしこのクルマがあってこそ、
HondaF1の歴史がはじまりました。


 
そして翌年1965年。
さらに翌年の1966年からはレギュレーションの変更により
エンジン排気量が3リッターに変更されることになっていたため、
Hondaは完全なニューマシンの開発をしないことに決定。
前年の試行錯誤で開発されたRA271で得た経験を随所に生かして改良を進め、
RA272」としてプロジェクトをすすめました。

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525kgあった重量は498kgまでダイエット。
しかしそれでも規定重量より48kgも重く、ハンディは否めませんでした。

そのため環境の違う各国のサーキットを転戦して戦うF1において
重要でかつ迅速なセッティング変更に対応するために、
まずは整備性の向上が図られました。

リヤサスペンションはインボードから一般的なアウトボードに変更され、
これで、サスセッティングの自由度は、以前にくらべれば増したというか、
多少なりとも調整しやすくなっていました。
また、このマシンから、ダンパーがコニ製に変更。
イメージ 4

エンジンの冷却効果を上げるため、
ボディーカウリングやエアインテークにも改良を実施。
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シーズン後半のイタリアGPからは、エンジンマウントをさらに10cm下げ、
低重心化した発展型の“RA272が登場。

この低重心化が奏功して、ハンドリングが向上し、
最終戦メキシコでの劇的な初優勝を飾ることに繋がりました。

 

ではその具体的な改良とは・・・。
「進化した実践仕様」へ。

とにかく「はじめて作ってみた…」といっていいF1マシンのRA271
改良・発展させ、1965年のシーズンを実際に闘ったのが、この「RA272」でした。

そして、このマシンがHondaに、F1での初勝利をもたらすことになりました。

1965年シーズン最終戦のメキシコ・グランプリは、
エンジンが1.5リッターというレギュレーションでの最終戦でもありました。
前述のように翌年からは3リッターに規則が変わってしまったため、
その最後を飾ったマシン、ということで、特に印象深いマシンとなりました。

カーナンバー「11」は、メキシコGPのウィナーである「リッチー・ギンサー」が駆ったマシンです。

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その意味では歴史的なマシンであり、結果も残せたマシンですが、
作り手にとっては、試作状態でもあったRA271とそれによる実戦の経験をベースに、
レーシングカーとしてどう発展させればいいかと模索しつづけた、
2代目のマシンということになります。

そしてF1マシンとして、
その構造的に何より先にやらねばならないことがありました。
それは「軽量化」です。
まず材料を見直し、置き換えるべく、軽量なジュラルミンの使用部位を増やしました。
このジュラルミンは、たしかに軽量で丈夫。
しかし、真の強度を発揮するのは、熱処理されたあと。
しかし熱処理をすると、今度は硬くなりすぎて、加工自体が困難。
よってやむなく熱処理せずにそのまま使ういうように
せっかくの新素材の性能を十分に使いこなしているとはとてもいえない、
当時はそんな状況だったようです。


それから、鉄板も高張力鋼鈑を使いましたが、
これが初期は厚さ1.6ミリもあり、軽量化を阻みました。
鉄鋼メーカーの協力もあって、板の厚さを薄く加工。
鋼鈑は、たしかに強度は増したものの、当時の技術では加工はしにくかったようです。

また、ボディの外板だけでなく、
たとえばバルクヘッドの隔壁といった見えない部分でも、材料の置換えを行ないました。
その隔壁は、271では鉄でしたが、272ではアルミにコンバート。
また、アルミにチタンの金具を組み合わせて、
フロント・サスなど各パーツの構成材とするなど軽量化の手法も取り入れました。


また、今日では、前後重量配分から言って
ミッドシップ・レイアウト以外のフォーミュラは考えられなくなりました。
しかしこのマシンのエンジンレイアウトは、
今で言うとミッドシップの思想というより、リヤ・エンジンに近かったかもしれません。

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さまざまな意味でまだ試行錯誤を続け、
レーシングマシンとして、けっして煮詰められた設計ではありませんでしたが、
パイプの形状は剛性を増すために中央部分を太くする
スウェージング加工と呼ばれる特殊な手法も取り入れてみたり、
立ち止まることなく細部に亘って改良を重ねていきました。

そしてバッテリーも、ぶら下げ状態だった271と違って、
薄型のものを開発してドライバーの膝の下あたりに収められました。


 1965F1メキシコ・グランプリ初優勝!」
ホンダが自動車の販売を開始したのは1963年。
翌年の64年には、RA271の開発。
そしてこのRA272でモータースポーツの最高峰であるF1に参戦して、
僅か2年目での快挙を成し遂げることになりました。
このときのドライバー、米国人のリッチー・ギンサーにとって、
RA272改はまさに記念すべきマシンとなりました。
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しかしわずかな期間とはいえ、いばらの道の連続でした。
2輪グランプリを制し、鳴り物入りで4輪レースの最高峰、F1に参入したホンダは
1年目のRA271では1964年は完走さえできずにノーポイント(3戦のみ出場)に終わりました。

明けて1965年、2度の6位入賞でポイントは獲得したものの、
決め手を欠くばかりか、
現地部隊と日本の本社の研究所の間には意思の疎通において大きな隔たりがあり、
戦力アップの足かせになっていたとも言われています。

昨今のようにインターネットで密に情報共有やコミュニケーションができる時代ではなく、
開発は思うように進みませんでした。

その現場チームを率いた監督は中村良夫氏で、
ホンダ入社前はあの『中島飛行機』(現スバル)のエンジニアでした。
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小排気量1500ccで行われる最後のF1「メキシコGP」に、
一度は現場を離れていた彼が向かうことになりました。

このメキシコの「エルマノス・ロドリゲス・サーキット」は
標高2300mという高地にあるため、
空気が薄いサーキットに合わせて混合気を調整するなど、
中村氏が航空機で学んだ知識や経験・ノウハウが
エンジンのセッティングにおいて大きく活かされました。
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その一発勝負といえる、
1.5リッターレギュレーションのラストレースがスタート。

結局、レースは1度もトップを譲ることなく独走してそのままチェッカー。
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こうして純国産RA272F1初優勝を果たしました。

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苦労の連続だった自らのチームのマシンが初優勝を遂げた時、
彼は日本のホンダの本社へ、
あのユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)に倣い
”Veni,vidi, vici”(来た、見た、勝った)の電文を送っています。

これは日本のモータースポーツにおける名言として語り継がれています・・・。

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このRA272は、現在もホンダコレクションホールにて動態保存され、
レースイベントなどで、その勇姿を今も見ることが出来ます。
1.5リッター12気筒の「ホンダ・ミュージック」は今も健在。



以下、RA272の主要スペックです。

エンジン: 水冷4サイクル60度V型12気筒横置DOHC
排気量: 1,495cc
最高出力: over 230PS / 12,000rpm
最高速度: over 300km/h
重量: 498kg
サスペンション(前):
ダブルウィッシュボーン 上:溶接ロッキングアーム、下:Aアーム
サスペンション(後):
ダブルウィッシュボーン 上:Iアーム、下:逆Aアーム、ダブルラジアスアーム
全長×全幅×全高: 3,950mm×1,675mm×793mm



・・・・・・・・・・





前置きが長くなりました^^;


栄光の足跡にはたくさんの汗と努力があったんですね…。









では、「RA272」の
プラモデル完成画像です^^;











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リアのエンジンカバーカウルを取り外して。
このプラモの見せ場ですもんね^^;
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「ハトメ」ファンネルも狙い通り^^;
なかなかうまくいったと自画自賛してます(汗。
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コクピットが覗ける角度より。
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一番後ろに付けている白いボトルは、
冷却水のキャッチタンクです。
3㎜のプラ角棒で作ってみました。
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苦心したフロントダクトと
ストーンガードネット。
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ディスプレーケースのベースに
百円ショップで買ってきた色画用紙に
黄色のマスキングテープで
ピットレーンのガイドラインに見立てたラインを貼り、
書道用の墨でタイヤ痕を付けてみました。
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それをスチレンボード(これも百円ショップ)に貼って、
ディスプレイベースに貼り付けました。
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なんとなく、ですが
雰囲気は出せたかな…と。
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以上で
「HONDA RA272」の製作記を終わります。

独特な車体構成、当時の技術者の苦心の作。
プラモデルを作ることで、
それを「カタチ」として学ぶことが出来ました。

走る実験室と言われるF1のプラモデル。
製作はとっても難しいですが、結構楽しかったです。
出来栄えは、別にして…(汗。


最後までお付き合いいただき、
有難うございました。



この記事に

好天に恵まれた日曜日!

午前中時間が出来たので、
博多までZXで散歩^^。

まだリアブレーキキャリパーに不具合があるものの、ZXは快調。

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博多駅から少し離れた駐輪場に停め、
博多駅の9階にある、JR九州ホールへ。

3月の今月いっぱい、ガンダム生誕40周年を記念した、
『ガンダムワールド博多』が開催されており、見学に行きました。


会場入り口。
イメージ 2


入ると、
お土産コーナーに人だかり。
ここは最後に寄ります。
イメージ 3


撮影が許されましたので、ちょっとレポート^^;

会場内は照明が落とされ、
少し暗くなっており、
初代ガンダムがお出迎え^^。
イメージ 4

ガンダム、といえば、
このファーストガンダムしかイメージがわかない世代です^^;
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いろいろと大型フィギュアが展示されてますが、
ギリギリこの辺までですかね。ゼータとν(ニュー)。
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オルフェンズのバルバトスもありました。
この辺はさすがにわからないです^^;
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懐かしいガンプラのジオラマセット。
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歴代パイロット一覧表。
って、宇宙世紀でいうと結構バラバラの順序でしょうけどね^^;
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シャアザク頭の実物大。
モノアイが「ギュポーン!」と光った瞬間^^。
こういう大きさのものに乗って、あの加速、あの激突をやると、
実際搭乗して操縦する人間は、即死でしょうね。
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ガンダムの世界観を
科学的に検証しようとする展示は、興味深かったです。
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スペースノイドの生活拠点、コロニーは実現可能か?
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ホワイトベースのような宇宙と地球を往復する乗り物の検証。
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『ビームライフル』を持てます^^。
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意外と重かったです^^;
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ガンプラの完成品がカテゴリーごとに
たくさん展示されてました。
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ガンダムクイズのコーナーがいくつかありましたが、
長蛇の列でチャレンジできませんでした^^;


一番奥のシアターには
ユニコーンや、シャアの足跡をまとめた映像が流れてました。
ここも満員状態。立ち見でした。
日曜だから仕方ないですね。
イメージ 18


なかなか充実した展示だったですね。
でもどうせやるなら
ザクヘッドだけじゃなく、
ガンダムヘッドとか、コクピットとかの展示とか、
もうちょっとヴァーチャルな体験型も欲しかったですね〜。



お土産コーナーでゲットした、「シャア・にわか煎餅」。
絶対やるだろうと思っていたコラボ。
あのマスクの形は、
博多なら『にわか煎餅』の他には考えられませんから。
イメージ 19

箱の裏を見て爆笑。
「当たらんかったら、どげんなか!」って…。
イメージ 20


なんかこれ、面白い!

いっそ、華丸大吉やら、
武田鉄矢氏に博多弁バージョンでアテレコしてほしいです。

「見せちゃんない、連邦軍のモビルスーツの性能ば。」
(見せて貰おうか、連邦軍のモビルスーツの性能とやらを)

「ばかやなか!?直撃のはずたい!」(ばかな!?直撃のはずだ!)

「君はよか友人やったばってん、君の親父がいかんとたい。」
(君はいい友人であったが、君の父上がいけないのだよ。)



…調子に乗り過ぎました(笑)。



箱の中身は・・・
イメージ 21
なかなか凝ってました^^。

こりゃ、GWの博多どんたくで使う人が多いかもwww












この記事に

ボディパーツのクリア塗装が乾燥したので、
車体とドッキング。
接着していきます。
イメージ 1



資料画像を見ながら、雰囲気だけですが、
アクセルのリンケージ部分を自作。
0.3mmピアノ線と1mm真鍮パイプ、真鍮板と1mmスプリングでそれらしく作ってみました。
イメージ 2




冷却水のブリーザーパイプ?をイメージして、白のメッシュコードを這わせ、
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フューエルラインパイプをイメージして、
0.8mmアルミパイプをコクピット横に這わせます。
いかにも「あと付け」って感じのむき出しのパイプ類を表現。
イメージ 4



サスペンションが付きました。
長さを合わせてフィッティング。
取り付け中に折れたりしてしまいましたが、
どうにかカタチになりました^^;
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エンジンカバー・カウルはこのままでは載せているだけ、なので、
収まりが良いように軽く固定する方策が必要です。
さてどうするか。
プラ棒などでオス型メス型を作って、はめ込み型にするか、
真鍮線を使って、「引っ掛ける」形にするか、
それとも極小のネオジム磁石を埋め込むか・・・。
やり方はいろいろあると思いますが、磁石方式で行ってみようか、と思います。
使うのは1mm径のネオジム磁石。小さいですが磁力は強力。
下側のサイドカバーはイイとしても、問題はフタになる上側。
位置決め、そして厚みがないので、掘り込めないし・・・。
位置決めがムズイ。磁石の極性もあるし、
あまり彫ると突き抜けるし、恐る恐る削って、アロンアルファで固定。
イメージ 6


仮組みしましたが、どうにか上手くいきました^^。
これでエンジンカバーの付け外しがだいぶ楽になりました
イメージ 7


タイヤを付けたら
ほぼ形になりました。

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風防を仮組みしてみると、
どうしてもパイプの厚み分で収まりが悪いので、
思い切ってリュ-ターで風防を削る荒療治。
コンパウンドで磨いて、透明度を復活、見れる形にはなりました^^;


細かい作業途中の画像を撮り忘れていまして、恐縮です・・・。


製作工程もほぼ終わりに近づき、
次回は完成画像をご紹介します。



その6(完成編)につづきます。



この記事に

本塗装前の下地のチェック。
そして車体色のグランプリホワイトを本塗装。
イメージ 2


イメージ 1

ここで欲張ってあまり厚く塗ると、垂れて来てしまいます。
2〜3回に分けて塗装します。
ポイントは銀の下地が消えるようにムラなく、満遍なく塗装すること、でしょうか。
あとで、クリア塗装しますので、ツヤの出来はここでは関係ないです。イメージ 3





コクピットの風防は、厚ぼったいので、エッジ部分を多少うすうす攻撃。

コンパウンドで磨いて、削り跡を消します。

取り付けボルトとして1mmの金属ビスを穴あけしてくっつけておいて、

下側の「取り付けしろ」の部分をボディ色の白に塗っておきます。

イメージ 4


イメージ 5


ボディの下側を接着。
接着剤が乾くまで洗濯バサミで固定します。
イメージ 6





フロント部分が組みあがってきました。

パイピングがかなり面倒でした・・・。

入り組んだところが多くて、しかも複雑。
冷却ラインだけでなく、さらにブレーキラインも交錯してて、
なるだけスッキリとまとめるのが難しかったです。
イメージ 7

上からボディがかぶさって見えなくなるので、
リード線や、パイプ類は、適当なところでカットしておきます。
イメージ 8


エンジンのボディへの組付け。
いが出ないように、しっかり確実に取り付け。
同時にプラグコードの取り回しと接着、冷却ラインの取り付けも。
これまで取り付けたハトメや線が取れないように
慎重にかつ、しっかりと取り付け。
イメージ 9


ボディへのデカールの貼り付け。
プラモデルは、デカールを貼るとグッと情報量が増した感じになって、
スケール感とあいまってまさに「画竜点睛」。
でもこのころのF1っていまと違って、商業ベースに乗ってなかった時代なので、
スポンサーステッカーも無く、なんだかちょっと淋しい感じですね。
このRA272はシンプルに日の丸がデザインされているのが印象的ですが、
ちょうどエアインテークや、カウリング固定金具ででこぼこした場所への貼り付けなので、
マークフィットを根気良く塗りながら
綿棒などで破れないように綿棒などで押さえつつ馴染ませていきます。
その他、ゼッケンや、ドライバー名も位置を合わせながら貼ります。

イメージ 10



一晩おいてデカールが定着したら、
クリアを上塗り。
ガイアノーツEX-3クリアを3〜4回に分けて塗装します。
イメージ 11


クリアの上塗りが終えたら、
2日から3日ほど乾燥させます。(本当は5日ぐらい乾燥させた方がいいと思いますが…)


いよいよ次回で仕上げ工程に入っていきます。


その5につづきます・・・。







この記事に

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