もうひとりでだいじょうぶ

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次男坊危機!

きょう、先生の移動が新聞に載っていました。

校長先生が定年で退職されることは前々から知っていました。
次男坊が不登校だったとき、大変お世話になりました。

それと、100%移動はなく
4月から6年生になっても、次男坊の担任をしていただけると思っていた先生が移動になっていました。

次男坊は、とてもショックを受けていました。
「校長先生も○○先生(担任の先生)もおらんようになる」
「俺 4月からどうしよ・・・」

私もショックでした。
去年の5月に、1年半の不登校を克服して、ようやく落ち着いてきたのに
環境が変わればまた・・・

でも、これも、乗り越えなければならならない壁なのでしょう。

中学校にいけばどっちにしろガラリと環境が変わります。
そのためにも、違う環境に、次のステップに行かなければならないのでしょう。

君は、1年前の君じゃあない
この1年がんばってこられたんだから
きっと、担任の先生が変わっても大丈夫!

何に不安になり、どうして悩んでいるのか。

普通の子どもはちゃんと学校に行っているのに
次男坊が行かないから

私が、「普通だ」「正しい」「こうあるべきだ」「こうでなくてはならない」と
考えていたことから外れていたからです。
次男坊自身もそのような自分はだめだ。
でも、何も出来ないということを悩んでいました。

しかし、その時の彼は普通の状態ではなく
いつも何かにおびえたようで、体をこわばらせていました。

とうてい、普通の生活が送れる状態ではありませんでした。

でも、それをお互いが受け入れることが出来ず
「行かなくちゃ」「行かせなくちゃ」ということにまだ囚われていました。

親にとって良い子

我が家には、4人の子どもがいます。

長男、次男、長女、次女。

その中でも、しっかりとしており
言われたことはきとっとやり
甘えることもほとんどありませんでした。
手がかからない良い子どもでした。
それは、親にとって良い子でした。

でも、喘息があり何度も入院をしていました。

今思えば、それが、彼の唯一の自己主張だったのです。

それに気が付いてやることが出来ませんでした。

入退院を繰り返しているうちに学校に行くことが出来なくなりました。
それが4年生の秋でした。

なんで?
どうして?
どうすればいいの?

私も嫁さんも不登校になったという現実が受け入れることが出来ず
ふたりで悩むだけでした。

「もうひとりでだいじょうぶ とーさん、もうこんでもいいよ」
ずっと待ち望んでいたことでした。

次男坊は、1年半、学校に行くことが出来ませんでした。
それが、多くの人に支えられ「不登校」を克服することが出来ました。
その間、いろいろなことがありました。
でも、それをひとつひとつ乗り越えるたびに
いろいろなことを学びました。
私の家族にとって、本当に意義のある時間でした。

それを、これから少しずつ振り返りたいと思います。

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