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前回模型で「ゆうづる」牽引機を再現しましたが、ここではそれに関連して平機関区のC62と初期のゆうづるについて触れたいと思います。
まず、常磐線の急行17・18レ「北斗」を特急に格上げする形で同線初の20系客車列車、通称「ブルートレイン」によるゆうづるが誕生したのは1965年(昭和40年)10月であった。この時常磐線の電化は平(現いわき)まで完成しており、普通列車では交直流電車のパイオニア401系がおおよそ数が揃ってきていて(23〜24編成程度落成していた、また翌年の1966年からは主電動機の出力を強化した403系が登場している)、準急や急行でも451系電車がキハ55系に代わってだいぶ幅を利かせるようになってきていた。また他の路線に目を向けてみると東海道新幹線が既に開業していた。
そんな中、既に時代遅れになりつつあった蒸気機関車が特急の牽引を行うようになったかというと、あと2年程度で常磐線の電化が完成する予定で、そんな短期間のために最新鋭であまり数が揃っていなかったDD51形ディーゼル機関車を平まで投入するにはもったいないからだといわれている(現にDD51は仙台〜青森間で使用されるにとどまっている)。
その後常磐線の電化は順調に進み、1967年(昭和42年)10月の電化完成によるダイヤ改正でゆうづるのC62牽引は終了した。
さて、平機関区には当時12両のC62が配置されていて、日立製が1両、川崎製が3両、汽車会社製が8両で、ナンバーは10、22、23、24、37、38、39、45、46、47、48、49、だった。
このうち23号機は最もゆうずる牽引に当たることが多く、次いで22、37、48が多かった。
この12両は常磐線電化完成まで転属等は無くそのままだったが、脱線事故によりリタイヤしたカマがあるらしい。
装備としては、ATS−s、テンダー前照灯、清罐剤送入装置は全車装備していたが、重油タンクは装備していなかった。
平機関区のC62は電化後大部分が廃車になったが、23、37、46、47、48の5両は糸崎機関区に転属した。
次に客車について。客車は最新鋭の20系客車で尾久客車区が担当した。編成は上野寄りからカニ21・ナロネ21・ナロネ21・ナハネ20・ナハネ20・ナシ20・ナハネ20×6・ナハフ20の13両編成で、C62牽引時代は特に変化は無かった。
さて、このC62牽引のゆうづるを模型で再現する場合、簡単に再現するにはC62(どこのメーカーでもいい)に20系客車(KATO製)を組み合わせればいいのだが、これだけでは肝心のゆうづるのヘッドマーク(あと客車のバックサイン)が足りないので、別に用意する必要がある。バックサインは別売品があるのでこれを使用すればいいのだが、ヘッドマークは他の製品に付属する物を利用する必要がある。
ゆうづるのヘッドマークが付属する製品はまずKATOではED75(一般型、耐寒型)、DD51(一般色暖地型)、TOMIXではED75-1000、DD51(500・1000番台)、EF81-300(ローズピンク)、マイクロエースではEF80に付属する。このうちKATO製品に付属の物はAssyパーツでばら売りされている。
また客車は20系客車基本セットそのままでは実際の編成と異なるため、こだわるなら以下の点を参考に編成を組み替える必要がある。
まず、製品では最後尾の緩急車がナハネフ22だが実際はナハフ20なので別に「さくらセット」を用意してナハフ20を持って来るか、Assyパーツを組み立てて用意する。
セットに含まれるナハネフ23は必要ないので外す。
この状態に単品のナロネ211両とナハネ206両を追加すれば実物同様の13両フル編成になる。
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