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既に1ヶ月前の話題ですが、勝田車輌センター祭りについて。今回で最後です。 恒例の並び、しかしそこには485系や415系は無い・・・ 一番奥の651系はスペースの関係上クハ1両のみ、外部から電気を供給しLEDヘッドマークのみ点灯。 で、隅の方で留置されている415-700。 正直、高萩に留置されている白電を回送して展示して欲しかったです。 |
鉄道(実物)
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なんだかどんどんこのブログが空気と化していますね。何とかしなければ・・・ 去る10月17日、草野に留置されていたK809編成が検査の為勝田まで自走で回送されました。 このとき既に廃車回送が始まっており、このK809編成も勝田に行ったらそのまま戻ってこないと予想され、実質これが最後の自走となると考えられました。 そこで私はその姿を捉えようといつもの場所へ向かいました。 しばらく待って、いよいよやって来ました。 ついさっき水戸行き普通列車が通過したためゆっくりと走っていきました。 後で知った話ですが、このK809編成は勝田で検査後また草野まで自走で回送されました。 つまり、まだ最後ではなかったのです。 あと、さっき気付きましたが昨日の27日をもって当ブログ「常磐総合車輌センターN」が1周年を迎えました。
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去る10月11日、K910編成が勝田から高萩まで自走で回送されました。 これまで検査等の都合により何度か自走による回送が行われていたことは分かっていましたが、運転日が良く分からず撮影には行けませんでした。 しかし今回は運よく前日に情報が入手でき、会社を休んで終点である高萩まで会いに行きました。 高萩に到着し、待つこと数十分、遠くから懐かしいタイホーン音が聞こえました。 そして遠くに、白い車体に丸いヘッドライトの、長年常磐線を走ってきた「白電」がやってきました。 国鉄時代近郊型電車の標準だったコイルバネの台車による重厚なジョイント音、抵抗器のブロアー音、コンプレッサー作動音すべてが懐かしく感じました。 車内は、あの時から時間が止まっていたかのようにそのままでした。 E501系とのツーショット、つい9ヶ月前まで上野あたりで普通に見られた光景です。 そして折り返し留置場所に移動の為発車。 何度か折り返しと転線を繰り返し留置場所に移動。 しばらくして電源を切り、パンタグラフを下げた。 既に廃車回送が機関車による甲種回送であることが決まり、先日その第1陣としてK504編成とK618編成が旅立ちました。 もうこの車輌がパンタを上げる事は無いでしょう。 そして明日、最後の自走回送が行われるようです。
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だいぶ更新が遅れましたね。 と言うわけで今回は前回に続いて勝田車輌センター祭りについてお伝えしたいと思います。 水戸駅でひとしきり撮影した後勝田車輌センターへ向かう訳ですが、おりしも隣の6番線にE501系が入線、回送の為方向幕を回し始めたので例のアレを狙ってみました。 例のアレとは、営業運転ではあの日以来使われていない上野の幕で、現在は回転中しか見ることが出来ません。 次に勝田へ向かいます。 まず開祭前に中古部品販売の列に並び、入場。415系方向幕、E501系方向幕(白)、鉄道時計を購入(詳しくはそのうち)。 次に少し歩くと早速展示車輌の1つであるE491系が現れました。 そしてその横を見てみると651系が妻板を晒していました。 どうやら、651系のみ場所の関係上編成をバラして先頭車のみの展示となったようです。 あと、建物の前にこんな石碑を発見。 かつて常磐線を走っていた401系は、国鉄近郊型電車の礎を築いただけでなく、後の455系や485系などの交直流電車の子孫でもあり日本の電車史上に残る名車です。 しかし、実を言うと401系量産先行車2編成(後のK1、K2編成)が落成した当時は勝田電車区はおろか取手〜藤代間のデッドセクションも完成していなかったので暫定的に宇都宮機関区に配置。東北本線黒磯付近で試験運転を行っていました。 続く?
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昨日、勝田車輌センターに行ってきました。 更新日数を稼ぐ為数回に分けてお伝えしたいと思います。←セコイ まず、植田発上り普通列車の始発(E501系5連)で高萩まで行き、最近回送されてきたK618編成と、前回は隠れていた車輌などを撮影しました。 次に、後続の高萩始発上野行き普通列車(E531系)で水戸まで行き(時間に余裕があるから)、常磐路パスで入れる7・8番線で鹿島臨海鉄道の6000系等を撮影しました。 ↓塗装が簡素化されている車輌もある 次回は本題の勝田車輌センターへの潜入ですw
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